誰もいない浜辺の影で吸血と吸精を



 吸血と吸精を同時に行う。

 そう告げたサクラの目は決して冗談を言っているように見えなかった。


 ただでさえ彼女達に前後で挟まれ、水着故に分かりやすい柔らかさで思考を削いでいく。

 削られるなけなしの理性を働かせて平静を保ちつつ、未だに抱き着いているリリスを諫める。


「た、確かに前の吸血と吸精から時間は空いてるけど、今は海に来てるんだぞ!? 誰か来たらどうするんだ!?」

「この辺りに人が来ないって、ブレイブランくんに教えて貰ったから大丈夫だよぉ~」

「なに要らんアドバイス送ってんだアイツ!!?」


 いつの間にそんなありがた迷惑な助言貰ってたんだ?

 お嬢と白馬が追い掛けて来ないってことは、まさか二人の行動を黙認してたのか?


「あ、後で本邸に行った時じゃダメなのか?」

「ダ~メ♡ さっきのシチュエーション再現の時、いっくんに触られてから我慢出来なくなってたんだからぁ~」

「俺が悪いみたいに言わないでくれる!?」


 お嬢の指示に従ってノリノリだっただろうが!

 そう呆れながらも心の隅で納得はあった。

 俺からしか吸精出来なくなった以上、求められたのなら応える必要がある。


 サキュバスにとって精気が確保出来ないのは、命に関わることなのだから。


 しかしリリスはともかく、なんでサクラまで乗っかったんだ?

 視線で俺の疑問を悟ったのか、サクラはあすなろ抱きにしていた腕にキュッと力を込めながら、躊躇するように目を逸らしつつ口を開く。


「私は、その……い、伊鞘君、……が」

「え? 俺がなに?」

「~~っ」


 震えている上にボソボソと喋るためまるで分からず聞き返す。

 するとサクラはカァーっと頬を赤く染めたかと思うと……。


「水着で露わになった伊鞘君の身体を見ていると、血が欲しくなってしまったんです!!」

「お、おぉ……」


 思いがけない暴露に驚きを隠せなかった。

 自分の身体にそんな魅力があるのかと戸惑っていると、顔を上げたリリスがサクラへ話し掛ける。


「サクちゃんったら泳ぎを教えて貰ってる間はぁ、いっくんの鎖骨ばっか見てたもんねぇ~」

「リリス!!」

「さ、鎖骨……」


 なんかサクラの性癖が垣間見えた気がした。

 種族柄から特に惹かれたりするんだろうか?


「と、とにかく! 今はスイカよりも伊鞘君の血で小腹を満たしたい気分なんです! 失礼します!」

「っ、ぐ!?」


 性癖のカミングアウトを受けて動揺している内に、サクラがラッシュを脱がせて右の首筋へと牙を立てた。

 容易く皮膚は貫かれて血管に突き刺さる。

 身構えていなかったせいで堪らず苦悶の声を漏らしてしまう。


「んくっ、んくっ、んん……っ」


 ゆっくりと血が吸い出される度にサクラが小さく喉を鳴らす。

 それにつられるように手足の指先が少しだけ冷たくなっていく。


「っ、つ……」

「いっくん。痛そうだねぇ? ちょっとだけでも楽にしてあげるよぉ~」

「お、おい、リリス!?」


 ジクジクと焼けるような痛みに歯を食いしばって耐えていると、今度はリリスが抱擁したまま身体を上下させ始めた。

 そうなると当然、俺の胸板に押し当てて潰れている彼女の豊満な胸が擦れる。


 リリスが身体を動かす度に、大きくて柔らかい胸がジワリと流れる汗で滑らかに形を変えていく。

 もう自分の汗なのか彼女の汗なのか分からない。


「んっしょ。んっしょ。はぁ、あはぁ~。いっくんの身体、すぅっごく熱いねぇ~♡」

「りり、す……!」


 汗で額に髪が張り付きながらも煽るリリスの言葉に、射し込む真夏の太陽の光とは違う熱が灯っていく。

 甘い香りのせいで段々と思考がぼやけて、理性で抑えている情欲が燃え盛る。


 今すぐにでも宙を彷徨っている手で彼女の身体を抱き寄せたい。

 肌に滴る汗も、完成された肢体も、無我夢中でしゃぶりつくたくなる

 早くこの全身を滾る膨大な激情を全てぶちまけたい


 もういっそのこと──。


「んっ! ごほっ、けほっ!」

「づぁっ!?」


 魔が差し掛けた瞬間、首筋から強い痛みが走る。

 慌ててサクラへ視線を向ければ、胸を押さえながら目尻に涙を浮かべたまま紅の瞳で睨んでいた。


 さっきのむせ方……ジュースを飲んだ時に肺に入って咳き込む感じに近い。

 ってことは興奮して血の巡りが早くなったせいで、一度に吸う血が多くなったのか?

 だとしたら申し訳ないな。

 でも同時に助かったとお礼を言いたいところだ。


 危うく理性が負けそうになった。

 その原因であるリリスをじっと睨むと、彼女はテヘペロとあざとい表情を作る。


 いくらお嬢の命令があるからって、あまり性欲を煽られると困るんだが。


「ゴメンねぇ~? でもいっくんも良くないんだよぉ~?」

「な、なんでだよ」

「あぁんなにエッチな気持ちで一杯になった目で見られたらぁ~、リリの中のサキュバスがキュンってなっちゃうんだからねぇ~?」

「っ!」


 窘める言葉とは裏腹に、リリスの恍惚とした笑みはあまりにも妖艶だった。

 彼女の腹部で淡く光る淫紋が決して冗談ではないと訴えている。

 こうして精気を吸うだけじゃ物足りない。

 もっと直接的な方法で受け取りたいと、飽くなき欲求をこれでもかと暗示していた。


 その根底にある気持ちが痛いほど伝わって来るからこそ、未だに応えられない自分が嫌になる。

 けれど自己嫌悪している暇はない。


「んんっ、おいひぃへふよ、いはやふん。ん……ふ、ぅん……っ」


 後ろで懸命に血を吸い続けるサクラからも、大きな信頼を寄せられているとは自覚している。

 果たしてその信頼を生んだのが友情なのか別の感情なのかはまだ計れていない。

 考えたところで答えは出ないのなら、サクラが明かしてくれる時まで待つだけだ。


 そうして彼女達の食事を身を以て受け入れている内に、満腹になったのか抱擁を解いた。


「ぷはっ。ふぅ~……ごちそうさま、でした」

「えへへぇ~美味しかったよ~いっくん♡」

「サンキュ。エサ冥利に尽きるよ」


 全身の脱力感はあるが、満足げな二人の笑顔をみるとすぐに気にならなくなる。

 我ながら単純だと自嘲してやまないが、身体を張ることでサクラとリリスの命を繋げるどころか、美味しいと言ってくれる点は誇らずにいられない。


 あぁそうだ。

 サクラの真意も、リリスの好意も、今はまだ答えが出せなくとも分かっていることがある。

 俺の中で確かに彼女達は大事な存在になりつつあるということだ。

 少なくとも自分以外の血と精気を吸って欲しくないと思ってしまう程、独占欲があるのだと認めるしかない。


 それだけ分かっていれば十分だ。


 どれくらい集中していたか分からないが、そろそろお嬢達の元へ戻ろうとした瞬間だった。


「キャアアアアアアアア!!」

「「「っ!?」」」


 突如として大きな悲鳴が聞こえて来たのは。


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