スイカ割りだと思ったら?




 激怒したお嬢をなんとか落ち着かせた後、改めてユートがここにいる理由について尋ねることにした。

 俺の問いにユートは一瞬だけビクッと身体を震わせ、気まずそうに顔を逸らしながら口を開く。


「父上の折檻の一つで各地に奉公へ出ることになったんだ。今日はその内の一つの監視員としてのアルバイト中だよ」

「ふ~ん」


 自らの現状を話すユートの表情は、怯えこそあるが以前より落ち着いたモノになっている。

 さっきも思ったけど、勇者病の荒療治は功を奏したみたいだ。

 あれだけやって治ってなかったら、もう手の施しようがないから良かったけどな。


 そう若干の安堵を感じていると、ユートは徐に頭を下げ始めた。


「その……キミには色々と迷惑を掛けてしまったこと、深く反省している。すまなかった」

「え……お前、誰?」

「その言い方は酷くないかい? ま、まぁあの頃のボクを思えばそう言われても無理もないか……」

「なぁホントに大丈夫か? 必要なら一発叩くぞ?」

「やめてくれ!」


 スッと拳を掲げるとユートは目に見えて戦く。

 謝られると思っていなくて動揺のあまり変な脅しをしてしまった。

 いやまさかここまで反省しているとは。


「あの敗北と父上からの説教で、自分がどれだけ愚かだったのか実感したんだ。もう勇者なんて名乗るつもりはないよ」

「……そっか。でも一つだけ間違ってることがあるぞ」

「え?」


 俺の言葉にユートは目を丸くする。

 だってちゃんと過ちを認めているのなら、俺なんかに謝ってる場合じゃない。


「お前が一番に謝る相手は俺じゃなくてリリスだろ」

「っ! そう、だったね……」


 図星だったのかユートは気まずそうに目を伏せる。

 ゆっくりとリリスと合わせた。

 当のリリスはムッと警戒心を剥き出しにしてユートを見つめている。


 解決したとはいえ、自分が悩まされた原因なのだから当然だ。

 そんな緊迫した空気の中でユートは頭を下げる。


「すまなかった、。許して欲しいとは言わないが、せめてもの謝罪だけでもさせて貰いたい」

「……」


 よそよそしく苗字でリリスを呼びながら謝った。

 どうやら勇者病と同じく彼女への好意も吹っ切ったようだ。


 それで果たしてリリスがユートを許すのかどうかは分からない。

 口利きするつもりはないし、彼女の判断に委ねるだけだ。

 そう思いながら行く末を見守っていると、リリスは大きく息を吐いてから口を開いた。


「──反省してるならぁ、別に良いよぉ~」

「! ……ありがとう」


 いつも通りの緩い調子でケロッと許した。

 謝罪を受け取って貰えたことにユートは感謝極まりないといった風に顔を伏せる。


 とりあえず一件落着みたいだな。

 無意識に入っていた肩の力を抜きながら安堵する。


「あたしは許さないわよ」

「お嬢」


 しかしリリスは良くてもお嬢は腹を据えかねていた。

 そりゃそうか。

 自分の身内に迷惑を掛けられたんだから、簡単に許せる訳がない。


「……使用人への理不尽な言動は、誠に申し訳ございませんでした。スカーレット公爵令嬢様」


 そのことはユートも重々承知しているようで、改めてお嬢へ頭を下げる。

 彼の謝罪を聴いたお嬢は……。


「はいそうですかって受け入れられないわよ。待てども声を掛けて来ないと思ってる内に、やっと網に掛かったナンパ共を勝手に蹴散らしたこと……絶対に許さないわ!」

「そっちの話かよ!!」


 リリスのことじゃなくて、シチュエーションを台無しにされた方で怒ってた!

 楽しみにしていた分、なかったことにされた怒りが大きいんだろうけど、それでも根に持ちすぎじゃないか?


 まぁ今からもう一回しようと思っても多分無理だもんなぁ。

 お嬢の言い分から察するに、彼女達に声を掛けるのを躊躇ってた人が多そうだし、さっきユートが助けたことで下手をすれば出禁になる可能性も生まれてしまった。


 怒号を飛ばされたユートは顔を真っ青にして、ペコペコと何度も頭を下げる。

 なんかめちゃくちゃ軽くなったなぁ、コイツの頭。

 あんまり下げたら一回一回の誠意も薄れるから良くないぞ。


「も、申し訳ございません! お、お詫びなら是非ともさせて下さい!」

「フンッ。それならスイカ割りしたいから、スイカと適当な棒を買ってきなさい。もちろんアンタの自腹よ」

「寛大なお心遣い感謝致します!」


 子爵家長男をパシリに使うなよ。

 しかも自腹て……やってることが古典的だし。


 ともあれ命令されたユートはナンパ男達を引き連れながら、スイカを買いに行ってしまった。


「お嬢、あんまいじめてやるなよ? また子爵様の胃が心配になるから」

「今回だけよ」


 窘めの言葉に対して、お嬢はプイッと頬を膨らませながら顔を逸らす。

 どんだけ楽しみにしてたんだか……。


 呆れと微笑ましさを感じていると、そういえば白馬のことを伝えていなかったと思い出す。

 肝心の親友の方へ顔を向けてみたのだが……。


「あのさぁ~今、リリ達だけで遊んでるんだからぁ~子馬さんはどこかに行っててくれない~?」

「残念だったな、僕を誘ったのは伊鞘だ。貴様なんぞにこの友情を引き裂かれる筋合いはない」


 うわちゃぁ~……リリスとバチバチにいがみ合ってた。


 相変わらず仲悪っ。

 海に来てまで喧嘩なんて止めて欲しいが、これは俺が白馬を誘ったから起きた諍いだ。

 責任を持って止めようと声を掛けるより先にサクラが割って入った。


「リリス。壱角さんを嫌うのは構いませんが、彼とも遊びたいという伊鞘君の気持ちを無視しないで下さい」

「うっ、ごめんなさぁい……」

「壱角さんもです。お二人が喧嘩をして親友が海水浴を心の底から楽しめると思いますか?」

「……すまない」


 いつぞやの時のように、サクラはあっという間に二人を説き伏せた。

 ちゃんと人を見ていないと、こうも簡単に説得出来ないだろう。


 とりあえずギスギスした空気にならなくて済みそうだ。

 内心で胸を撫で下ろしていると、大玉のスイカを抱えたユートが戻って来た。


「お待たせしました!」

「おぉ~おっきいねぇ~」

「大きめのビーチボールくらいあるぞ」

「よく買えましたね」


 中身がぎっしり詰まってそうで、割って食べるのが楽しみになって来た。

 丁度小腹が空いてきたし、早くスイカ割りを始めたい。


「さて、それじゃスイカ割りを始めましょうか」

「分かりました。ところでスカーレット公爵令嬢様。このスイカはどこに置けば良いでしょうか?」

「え、アンタがそのまま立って持ってれば良いじゃない」

「えっ!? あ、あの~それだとボクの頭が割られる可能性があると思うのですが……」

「そうだけどそれが何か?」

「ヒェッ」

「根に持ちすぎだろ、お嬢」


 スイカ割りにかこつけた暴挙にユートが気絶しそう。

 元勇者病患者の時点でマイナスだったのが、さっきのことでどん底を突き破ってしまったようだ。


 こんなヤツでも死なれるのは忍びないので軽く諫める。

 というか場合によっては俺がぶっ叩くことになりかねない。

 そんな気持ちを悟ったのか、お嬢は不満げながらもユートに『冗談よ』と言って流した。


 そのままお嬢の出した指示に従って、俺達はスイカ割りの準備を整える。

 周りの人の迷惑にならないように人気ひとけの無いところへ移動済みだ。


 ちなみにユートはお嬢から荷物の見張りを命じられた。

 アレでも一応アルバイト中なんだけどなぁ……。


「では僕が審判を務めさせて貰おう。トップバッターは伊鞘だ」

「よし、ちゃんと指示出してくれよ?」

「了解だよぉ~」

「任せて下さい」

「後続は気にしなくていいわよ」


 皆からの合図を皮切りに目隠し用のタオルを巻く。

 この感じ、なんか久しぶりだなぁ。

 リリスが夢の中に入って来て吸精するようになってから、とんと着けなくなったからだ。


 拘束が無くなった当初は安堵していたものの、むしろその気になれば容易に触れられる状況の方がヤバいって気付かされたけどな。

 だからというワケじゃないが、こうして目隠しをしていると否応なしに感慨深い気持ちになってしまう。


 ……別に縛られて喜ぶ変態じゃないよ?


 誰に言うでもない言い訳を浮かべつつ、グルグルとその場で回転してから適当に止まった。


「それでは始め!」

「イサヤ! そのまままっすぐ進みなさい!」

「伊鞘君、十時の方向に直進して下さい!」

「いっくん~! リリの声のする方にスイカがあるよぉ~!」

「スイカ食べたいならせめて統一してくれない!?」


 なんでどの指示もバラバラなんだよ。


 お嬢は海に突っ込ませる気か?

 リリスの方に行けば確かにスイカはあるんだろうよ、ユートが用意したのより小さいけど二つほど実ってるのが。

 サクラ以外、面白おかしく言ってるのが丸わかりだわ。


 そうと分かれば従うのはサクラの声だけで良い。

 指示通り十時の方向に直進していく。


 ……。


 …………。


 次は?

 進めど進めど次の指示が飛んでこないし、なんならスイカに向かってるはずが全然ぶつかったりしてない。


「サクラ、本当に合ってるのか?」

「そ、そのまま直進です!」

「いやスイカそんなに遠く置いてなかっただろ! 歩数的にどう考えてもあらぬ方向に進んでるんだよ!」


 なおも愚直に進めという指示で、やっと彼女が嘘を言っていたと悟る。

 マジかよ、まさかサクラがそんなイタズラをするなんて思わなかった……。


 もう失格扱いだろうと目隠しを取る。

 さっきまで視界を封じていたため、眩しい太陽の光に堪らず目を閉じてしまう。

 やがて光に慣れたのでゆっくりと目を開けて見ると……。


「──いらっしゃ~い、いっくん♡」

「うおわぁっ!?」


 両腕を大きく広げて抱擁しようと近付いてくるリリスの姿が映った。

 咄嗟に彼女の手首を掴んで止めるが、脳内では困惑で一杯だ。


 どうしてリリスが前にいる!?

 お嬢と白馬の姿が見えないって、どこまで歩かされたの俺!?

 驚きと混乱の中、リリスが不満げに唇を尖らせる。


「もぉ~いっくん。そんなに抵抗されたら悲しくなっちゃうよぉ~」

「わ、悪い──」

「隙アリ。ふぅ~♪」

「あっひ!?」


 罪悪感に駆られて力を緩めた一瞬の隙をつき、リリスが俺の耳に息を吹きかけた。

 リリス、耳、刺激、この条件が揃うと俺の身体は簡単に脱力してしまう。

 結果としてリリスからの抱擁を一身に受ける体勢になった。


 S級冒険者がサキュバスに敗北した瞬間である。

 サキュバス先輩のペットでポチって呼ばれてた、元B級冒険者のことを笑えなくなった。


 腰を抜かして座り込んでしまうが、リリスに怪我をさせないよう庇った。

 ホッと安堵したのも束の間……。


「隙だらけですよ、伊鞘君」

「さ、サクラ!?」


 今度は背後からサクラが抱き着いて来た。


 リリスほど力は込められていないが、しなやかな腕を重ねる仕草は離す気がないと伝わって来る。

 というか背中にくっついているせいで、程よい大きさの胸が押し当てられてるんだけど。

 口頭で指摘出来るはずもなく、ピンッと背筋を伸ばしたまま状況に流されるしかない。


 言葉を失くす俺を見たサクラはゆっくりと耳元に顔を寄せて来る。

 生暖かい吐息に耳がくすぐったさを覚える間もなく彼女は告げた。


「今から伊鞘君には、私達から吸血と吸精を受けてもらいます」

「はい!?」


 ただでさえ単独でも濃厚になりつつある、吸血と吸精の同時実行を。

 訳も分からないまま言われた俺が驚愕の声を上げるのは当然のことだった。

 


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