まさかの再会
お嬢が出した次のシチュエーションは、ナンパに遭っているヒロインを助けるというモノだ。
男の俺が離れたら挙って声を掛けて来るだろうと踏んだお嬢の命令により、わざわざ飲み物を買って来ることになった。
遊びでもわざとナンパに遭うのは良くないのでは?
そう思ったものの……。
「向こうが強硬手段に出た時は、こっちから返り討ちにするまでよ」
と、右手にバチバチと雷魔法を発動させながら良い笑顔で送り出された。
確かお嬢ってジャジムさんから魔法を師事してたんだっけ。
それなら大丈夫……なのか?
自業自得とはいえせめて死人が出ないように祈っておこう。
そうして彼女達と離れた現在、飲み物を買うためにテナントエリアにある店に足を運んだ。
何を買うかは好きにしていいと言われているのでコーラにした。
ナンパが来るまで時間が掛かるだろうからゆっくり戻って来いって話だが、あの三人の顔面偏差値を考慮すると今すぐにでも向かう方が良い気がする。
特にリリスはサキュバスだから目を付ける輩も多いはず。
面倒なことになる前にさっさと戻るか。
そう思って歩き出した矢先、視界の端で椅子の上に立っていた女の子がフラリとバランスを崩すのを捉えた。
危ないと感じて駆け出そうとするより早く、ソイツはサッと残像を残すスピードで飛び出す。
「危ない!」
「きゃっ!」
女の子と砂浜に挟まるようにして男が顔面スライディングした。
その甲斐あって背中がクッションになり、女の子は怪我することなく無事だ。
「すみません! うちの子が!」
「いや。彼女に怪我がなくて良かった」
「ありがと、おにーちゃん!」
慌てた母親が謝罪するが、男──
なんでここに親友がいるのか疑問は尽きないが、何はともあれ女の子が無事で良かった。
「あの、何かお礼をさせて下さい」
「それは遠慮する。僕は見返りを求めて助けた訳では無いからな」
「そう、ですか……」
母親の提案を白馬は丁寧に断る。
釈然としないままでも、母親は無理に恩を返すのも良くないと思ったのか引き下がった。
その対応に白馬は大仰に頷きながら背を向けて去って行く。
残された母子はそんな彼の背中に尊敬の念を込めた眼差しを向けていた。
一見すると良い場面だが、一部始終を見ていた俺は見逃さなかったぞ。
女の子の尻が背中に触れた瞬間、白馬が恍惚とした満足感のある表情を浮かべていたのを。
すぐに取り繕ってたからバレてないだろうけど、久しぶりに親友の気持ち悪い部分を見て苦笑いが出てしまう。
ヤツ曰く『背中に清らかな少女が乗ると幸せな気持ちになれる』ようで、合法的に欲求を満たそうとする悪癖があるのだ。
かっこ付けて見返りを断っていたが、助けた瞬間に貰っていたのだから必要ないだけである。
人を助けるのにかこつけて少女が背に乗る感触を堪能してたなんて真相、あの親子が知らなくて良かった。
って安堵してる場合じゃない。
なんで異世界にいるのか聞きに行かないと!
呆れから立ち直ってすぐに白馬の後を追い掛けるが、追い付くより早く二人組の女性が彼に声を掛けた。
それぞれ赤と青の髪色から、揃って異世界人の人族だと分かる。
黒のビキニを着ていて、如何にも遊んでる感じだ。
「お兄さんめっちゃイケメンじゃん! 暇ならウチらと良いことしよーよ?」
「キミみたいにカッコイイ人、初めて見たかも~♪」
ナンパより先に逆ナンに遭遇するとかある?
ここにいないお嬢のテンションが上がりそうな状況だが、女性達に声を掛けられた白馬はというと、分かりやすいくらいに煩わしそうな顔をしていた。
「失せろ
「「はぁっ!?」」
オブラートを突き破る勢いで放たれた暴言に、二人は一瞬で怒り心頭となった。
まぁ見た目通りというべきか、彼女達は心身共に白馬が嫌うタイプだったみたいだ。
そのまま二人はイケメンだからって調子に乗るなと捨て台詞と共に去って行った。
別に乗ってないし、なんなら平常運転だから的外れである。
ともかく追い付いた俺は白馬に声を掛けた。
「よっ、白馬」
「! 伊鞘か。思いがけない奇遇だな」
「本邸で予定してるお嬢の誕生日パーティー前の慰安でな。お前こそ
「帰省ついでに遊びに来ただけだ」
白馬はそう言いながら小さく鼻を鳴らした。
なるほど、帰省なら鉢合わせても仕方ないか。
見たところ一人で来ているみたいだ。
「一人ならこっちに来て一緒に遊ばないか?」
「……どうせあの淫魔もいるのだろう?」
「まぁいつもの面子にお嬢を加えた四人なのは違いないよ。もちろん無理にとは言わないけど」
「いや構わない。せっかくの誘いに乗らない程、無粋なつもりはないからな」
リリスの存在が引っ掛かっているようだが、白馬は誘いを断ることなく承諾してくれた。
気の良い親友で助かる。
なんて感想を浮かべた後で、そういえばナンパからお嬢達を助けるシチュエーションの途中だったと思い出す。
すっかり忘れてた。
向かう分には良いものの、白馬にどう説明したモノか。
……ナンパを撃退する時は普通に手伝ってくれるだろうし、別に教えなくても良いか。
ひとまずそう結論付けた俺は、白馬を伴ってお嬢達の元へ戻ることにした。
歩くこと二分足らずで三人の姿が見えて来たのだが……。
「だから連れがいるなんて誤魔化さなくてもいいっしょ? オレらと遊ぼーよ?」
「そーそ。ちょーど三人同士だし、仲良くやろーぜ」
「絶対楽しいって!」
まぁそうなるよなって気持ちと、まだ生きてて良かったという気持ちが綯い交ぜになって押し寄せる。
声を掛けられているお嬢達はというと、真顔で如何にも興味ありませんとスルーしていた。
どう見ても失敗濃厚なのに、諦めずに誘い続けるナンパ男達のメンタルが頑強過ぎないか?
いやもしかしたら単に気付いてないだけかもしれないけど。
「伊鞘? 公爵令嬢様と緋月達を助けに行かないのか?」
「え? も、もちろん行くに決まってるだろ」
呆れを隠せないでいると白馬から発破を掛けられる。
とりあえず予定通り助けに行こうと足を進めた時だった。
「──そこのキミ達! いい加減にしないか!!」
突如として大きな制止の声が割って入り、瞬く間にナンパ男達の両手を縛り上げた。
その場にいた大半の人達がその大声と早業に驚き、誰なのかと一斉に顔を向ける。
視線の先に捉えた顔を見て──表情筋が引き攣った。
短く切り揃えられた茶髪、溌剌とした緑の瞳、目鼻立ちの整った精悍なイケメン。
ライフセーバーみたいな水着姿ではあるが、あんな出来事があったが故にすぐに誰なのかを察した。
「ふぅ。しつこいナンパは他のお客様の迷惑だよ。無事かい? レディた、ち……」
額の汗を拭いながら振り返ったイケメンは、お嬢達の姿を見るやサァーッと分かりやすく顔を青ざめさせた。
咄嗟に動いたからか誰がナンパに遭っていたのか確かめなかったんだろう。
出来れば関わりたくないのだが、お嬢達が唖然としている内にさっさと戻った方が良い。
面倒なことになったとため息をつきながら、俺は固まっているイケメンに声を掛けた。
「なんでお前がいるんだよ、ユート」
「ヒィッ!? つつ、辻園くんもいた!?」
思い切り悲鳴を上げたな。
失礼なヤツ……まぁあれだけ心身共にへし折ったのだから無理もないか。
俺を見るや全身をガクガクと震わせるユート・ブレイブランに、少なくとも勇者病の後遺症は見られなかった。
ここに来てまさかの大集合とは思わなかったなぁ。
なんて悠長なことを考えていると……。
「──よくも台無しにしてくれたわね! このアホ勇者ぁっ!!」
「ええっ!?」
「お嬢!?」
予定を崩されたお嬢が怒りを露わにしてユートに掴み掛かった。
ようやく意識を戻したサクラ達と一緒に、慌てて怒り狂うご主人様を止める。
ホントに忙しいな今日は!
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