あたしの前でラブコメしなさい!



 サクラとリリスに腕を組まれながらも、俺達は砂浜を進んで行った。

 途中ですれ違う男達からやけに睨まれるのだが、俺としては両腕に伝わる胸の感触に抗うのに必死で気にする余裕はない。

 見掛けだけ見れば羨ましいかもしれないけど、実感してる身としては醜態を曝さないように気張っているのだ。


 歯を食いしばって誘惑に耐えている内に、海辺まで数メートルのところまで進んでいた。

 依然としてサクラ達は腕に掴まったままで離れてくれない。


「サクラ、リリス。もう離れて良いんじゃないか?」


 試しに二人へ声を掛けるが、腕を放すどころか更にギュッと密着するように力を込められる。


「ダメです。離れた途端にナンパが来るかもしれませんから」

「いっくんはリリ達が知らない人に声を掛けられてもいいのぉ~?」

「その言い方はズルいって……」


 やけに真剣な表情の彼女達に気圧され、言い分も相まって引き下がるしかなかった。

 そんな俺達の様子を後ろで眺めていたお嬢は、手で口を隠しながらクスクスと笑みを零す。

 笑うなよと視線で抗議するが、特に気に留められないまま両手を叩いて俺達の注目を集める。


「はい、それじゃ何して遊ぼうか考えましょ」

「え、何も考えてなかったのか?」


 てっきりいつものように考えてくれてたと思っていただけに、肩透かしを食らってしまう。

 聞き返した問いに対して、お嬢はムッと眉を顰める。


「逆よ。むしろ多くて決めきれなかったの」


 威張って言うことが可愛いなオイ。

 でも決めれないくらい、お嬢は俺達が楽しめるように真剣に考えてくれていたんだろう。

 そう思えば微笑ましいことだ。


 なんて感想を浮かべていたら、お嬢は悩ましげな面持ちで言った。


「だってイサヤの状況、まさにラブコメそのものじゃない? あんなイベントもこんなイベントも現実で見られると思うとどれも捨てがたいのよ!」

「めちゃくちゃ私情じゃねぇか!」


 そんなどうでもいい理由で悩んでたのかよ!

 状況だけ見れば確かにラノベによくあるラブコメっぽいけど、現在進行形で遭遇している身からするとありがた迷惑だわ!


「あぁいうのは物語の中だからこそ盛り上がるのであって、現実でやることは想定されてないだろ」

「ふぅ~ん。そう言うならサクラ達と実践してドキドキしないか確かめようじゃない」

「いや結局やる流れにしないで欲しいんだけど……」


 俺の言葉が気に食わなかったのか、ジト目を向けるお嬢から実証しろと言われる。

 苦言を洩らすものの、奴隷に拒否権なんてないので大人しく従うしかない。


 まぁでも当のサクラ達が頷けばの話だが……。


「サクラ、リリス。アンタ達には今からあたしの指示に従ってイサヤと遊びなさい」

「畏まりました、エリナお嬢様」

「りょ~かいですぅ~、エリナ様ぁ~」


 主であることに変わりはないので、当然ながら断られる道筋なんてなかった。


「伊鞘君。少し早いですが、エリナお嬢様への誕生日プレゼントだと思って頑張りましょう」

「そうだよぉ~。それにラノベみたいなお話をするのってぇ、なんだか楽しそうだからいいじゃぁ~ん♪」

「うぐ……」


 頭を抱えたい気分の俺を少しでも気乗りさせようと、サクラとリリスからそんな説得をされる。

 何もお嬢の命令が嫌なワケじゃない。

 借して貰って読んだ作品の中で胸が熱くなるような展開があったのは事実だし、演技とはいえ再現するのは面白いと感じている。


 渋っている理由は一つ……単に恥ずかしいだけだ。

 それにラノベのラブコメイベントをするってことは……。 


「……流石にラキスケとかは無いよな?」

「あら、期待してるの?」

「しししし、してないって!」


 念のために問い掛けてみたが、お嬢はニヤ~っと意地悪な笑みを浮かべながらからかって来た。

 心臓を鷲掴みにされたような驚愕を感じつつも、決してそんな意図は無いと否定する。


「あくまで健全な内容だよなって確信しただけだ!」

「アッハハ。心配しなくても、ちゃんと常識の範疇に留めるつもりよ。──……事故で起きる可能性は否めないけど」

「今なんか不穏なこと言った!?」

「さて、それじゃ早速始めるわよ!」

「待って流さないで!!」


 ボソッと恐ろしい何かを口走ったお嬢に説明を求めるが、無情にも耳を貸されないまま実践が始まってしまった。


 ========


【MISSION①:リリスの背中に日焼け止めを塗る】


「初っぱなからヤバいのが来てんじゃねぇか!!」


 最初からクライマックスと言わんばかりの指示に堪らず吠える。

 パラソルの下でビーチチェアに寝そべるお嬢が、サングラスを掛けてメガホンを片手にシチュエーションを出したのだが、まさか一番初めがセクハラに抵触しそうな内容とは思わないだろ。

 マジでやらなきゃいけないのコレ?


 チラっとリリスへと目を向ければ、彼女はレジャーシートの上でうつ伏せになっている。

 満遍なく塗るためにトップスの紐を解いているので、真っ白な背中が盛大に曝け出されていた。

 特に潰れて横へはみ出ている胸に視線が吸い寄せられそうになる。

 とんでもなくエロいんだけど、女子二人に見られている状況では目を向けることすら憚られてしまう。


 え、ホントに俺が日焼け止めクリームを塗らないとダメ?

 手術前の医師みたいに構えている両手の震えが止まらないんですけど。


「俺が塗られる側ならまだしも、塗る側って明らかにマズいだろ……」

「だから耐性のないサクラじゃなくて、リリスの背中に塗るようにしたでしょ~」

「が、頑張って下さい伊鞘君」

「ほらいっくん~。早く塗ってくれないとぉ、リリの背中が焼けちゃうよぉ~?」

「こんな四面楚歌ある?」


 サクラすら止めてくれないなんて、あまりに惨い仕打ちじゃないだろうか。

 こうなってはどうしたって覆せない。

 俺は腹を括って日焼け止めクリームを掌に乗せて、リリスの背中へと押し当てた。


「ひゅぁんっ!」

「っ」


 瞬間、リリスが人に聞こえるのではと思う程の大きな嬌声を上げた。

 唐突な大声にビックリして身体が石のように固まってしまう。


「へ、変な声出すな!」

「だ、だってぇ~冷たかったんだもぉん!」

「合図しなかったのは悪かったから、出来れば静かにしてくれ……」


 そう遅れて言ってから、両手でリリスの背中へクリームを塗りたくる。

 肌に浸透するように丁寧に行わないといけない。

 かといってうっかり胸や尻に触れないように気を張り続ける。


 しかし……。


 背中、柔らかいなぁ。

 クリームのぬめりでしっとりとした手触りが心地良い。


「んんっ、ゃ、あふぅ……。ひゃ、はぁっ、くす、ぐったぁぃ……」


 極めつけはリリスの艶めかしい吐息だ。

 確かに声を抑えてはくれているんだが、間近にいる俺にはバッチリ聞こえてしまっている。

 この聞こえている状態が非常にマズい。

 何故なら俺の耳はリリスの声に反応するように調教されている。

 いつものようにゼロ距離じゃない分マシだが、それでも塵が積もって山になるようにジワジワと湧き上がる気を感じていた。


 落ち着け、俺!

 お嬢とサクラが見てるんだぞ!

 こんなところで理性を手放したらクビが飛んでもおかしくない!


 心頭滅却、無我夢中、明鏡止水、無念無想、煩悩退散!!


 適当に邪念とは正反対の四字熟語を脳裏に浮かべながら、なんとかリリスの背中に日焼け止めを塗り終えることが出来た。


「よぉし、オッケーよ! ねぇリリス。やっぱり背中を触られるとゾクゾクしたのかしら?」

「物凄かったですよぉ~。いっくんの手付きがとぉってもクセになりそうでしたぁ~」

「そりゃバイトで鍛えたからなぁっ!!」


 ゼェゼェと肩を揺らして息を整える間に、やたらと誤解を招きそうな言い方をするリリスへ投げ槍気味に制止する。

 整体師の資格こそ取っていないものの、本職から教わったマッサージ技術は健在だ。

 こんなことに役立てるつもりは毛頭無かったのにな!!


 ========


【MISSION②:サクラに泳ぎを教える】


 難易度の差がありすぎじゃないか?


 休憩を挟んでから出された次のシチュエーションにそう思わずにいられなかった。

 肩透かしを食らってはいるが、それ以上に意外だったのがサクラが泳げないという点だ。


 文武両道の優等生を地で行く彼女に、まさかそんな苦手分野があるとは想像も付かなかった。

 余程知られたくなかったのか、サクラは恥ずかしそうに顔を逸らしている。


「すみません伊鞘君。実は私、金槌で……」

「大丈夫だ。泳ぎが苦手な人に教えるのはバイトで経験してる」

「えっと、冒険者以外のバイトを幾つ掛け持ちしていたですか?」

「ん? 一番多い時で確か、ご──」

「や、やっぱり良いです! ご指導ご鞭撻の程、よろしくお願いします!」

「お、おぉ」


 質問に答えようとした矢先に何故か当人から制止される。

 釈然としない気持ちはあるが、やる気がある内に早く教えた方が良い。

 尤も制限時間があるため、どこまで進めるかはサクラ次第だが。


 何はともあれ指導を始めるに当たって、まずは確かめたいことがある。


「サクラ。金槌って言うけど、どのくらいなんだ?」

「クロールを試みると全身が沈んでしまいます」

「浮きすらしない感じか……」


 思っていたよりも重症だと頬が引き攣りそうになる。

 多分、サクラは泳ごうと意識すると身体が強張ってしまうんだろう。

 あとは顔を上げたままとか。


 そうなると水面に対して足が沈む格好になるから推進力が出ない。

 顔に浮力が集まるせいで、下半身にまで及ばないという連鎖になっている。


 改善策としては水に浮く感覚に慣れること。

 今日の所は水に対する恐怖を軽減するのが関の山だろう。

 そう分析した結果を簡潔に伝えると、サクラは感心するように目を丸くする。


「なるほど……分かりやすい説明、ありがとうございます」

「礼はちゃんと成果が出てからな。早速、この浮き輪に掴まって練習しよう」

「はい」


 太ももが浸かるくらいの深さまで進んで、サクラの水泳指導を開始した。


 本当は波の小さいプールで行う慣らしなんだけど、ここは海なので浮き輪で代用する。

 ちなみにこの浮き輪は練習のためにレンタルしたモノだ。


 浮き輪に手を伸ばして貰ったが、やはりというかサクラの身体は沈んでしまっている。

 水底の砂に足が触れているため彼女も察しているみたいだ。


「だ、ダメです。全く浮きそうにありません」

「う~ん……サクラ、身体触るけど良いか?」

「え? は、はい……」

「んじゃ失礼」


 念のため許可を取ってから、俺はサクラのお腹とすねに手を回す。

 そのままグイッと海面と水平になるように持ち上げた。


「ひゃっ!?」


 前置きしたとはいえ触れられたサクラが驚きの声を漏らす。


「悪い。でもこれで身体が海面に浮かんだぞ」

「そ、それは良いですけど、えと……お、お腹が……」

「っ、あ~……ホントごめん」


 カァッと顔を赤く染めながらサクラは視線を右往左往させる。

 言われた瞬間、気付かなかった彼女の腹部の柔らかさに意識が向いてしまう。


 え、めっちゃフワってしてる。

 細いのにしっかり柔らかいってどういうこと。

 女子の身体ってどこもかしこも柔らかいとこばっかかよ。


 瞬く間に動揺した感想が脳裏を過るが、離したら練習の意味が無くなるので腕を降ろすことが出来ない。

 と、とりあえず謝ったが果たして許して貰えるのか。


 ヒヤヒヤしながらもサクラを見やると、彼女は視線を合わせないままゆっくりと口を開く。


「いえ、伊鞘君が必要だと思ってして下さったことなので、嫌というワケではありません……」

「そ、そっか……」


 無事に許して貰えて安堵したものの、形容出来ない気恥ずかしさは依然として拭えないままだ。

 嫌じゃないってあんまり困るようなこと言わないで欲しい。


 もしかしたらって勘違いするだろうが。


 内心でそんな悪態をつきながらも、サクラへの指導は平静を保って続ける。

 結果としては泳げるようにはなれなかったが、水への恐怖はある程度は緩和させる事が出来た。


「ごちそうさま。とっても良かったわよ」


 そう満足げに語るお嬢とは対照的に、俺とサクラは心労からぐったりと肩を落とすのだった。

 また次があるとしたら、もう少しだけ心臓に優しい内容にして貰おう。

 心の中でそう切に願うばかりだ。



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