スカーレット公爵家本邸へ向かう馬車の中で


 戻ったお嬢をサクラとリリスが迎えてくれた。

 お嬢が心配を掛けたことを謝ると、サクラは勢いよく抱き着きながら無事を喜んだ。


 トラブルが起きたお詫びとしてテナントエリアの飲食店で使える無料券を貰った。

 割り損ねたスイカと一緒に食事を済ませてから、時間になったので海水浴場を出て白馬とユートと別れる。

 そうして俺達は迎えの馬車に乗って本邸へと向かうこととなった。 


 対面にお嬢が一人で座っていて、俺を挟む形でサクラとリリスが両隣に腰掛ける形だ。

 行きの時もこうだったけど、誰もツッコまないんだよなぁ。

 気にしてる俺の方がおかしいのか?

 

「ふ、ぁ~……」


 馬車に乗って気が緩んでしまったのか、つい欠伸をしてしまった。


「伊鞘君、眠たいんですか?」

「あ、悪い。人前で欠伸なんて行儀悪かったよな」

「今はあたし達だけなんだから気にしないで良いわよ。それよりも疲れてるみたいね?」

「まぁあれだけ色々あったしな」


 慰安目的だったのにむしろ疲れが堪ってるのは確かだ。

 お嬢の趣味に付き合ったり、吸血と吸精を同時に受けたり、リア充を妬む乱入者を倒したり。

 一つだけでも疲れない方がおかしいレベルの出来事が凝縮されている。


 そもそも俺達が異世界に来たのはお嬢の誕生日パーティーのためだ。

 リハーサルが明日から始まることを考えると、今日は早く寝た方が良いかもしれない。


「まだ屋敷まで時間あるから寝ちゃいなよぉ~」

「ん~そうするか」


 リリスの提案に一理あるかと頷く。

 すると彼女はニコリと良い笑みを浮かべながら言った。


「それじゃリリが膝枕してあげるねぇ~」

「うえっ!?」


 さも当然のような誘いに思わず驚いてしまう。

 ビックリして眠気が霧散してしまったくらいだ。

 戸惑う俺に対してリリスは白い太ももを軽く叩きながら続ける。


「座ったまま寝るより横になった方が楽でしょ~」

「そ、それはそうだけど……」

「それともぉ~……サクちゃんの膝枕の方が良いのかなぁ~?」

「リリス!?」

「どういう邪推!?」


 意地の悪い笑みであらぬ推測を口にするリリスに、サクラと揃ってツッコミを入れる。

 別にリリスの膝枕が嫌ってワケじゃなくて、単に恥ずかしいとすら言えなかっただけなのに!


「違うからなサクラ? 俺は別にサクラにして貰いたいとか考えてないから!」


 不埒な意図はないと否定するが、当のサクラは何故だか不満げに頬を膨らませる。

 え、なにその表情。

 どうしてそんな反応をするのか分からず困惑を隠せない。


 俺の態度が気に食わないのか、今度は服の裾を掴みながらジ~っと紅の瞳で睨み付けてくる。


「えっと、サクラ?」

「なんですか? 私の膝枕ではご不満な辻園さん」

「唐突な心の遠距離!?」


 沈黙に耐えられず呼び掛けてみたが、冷たい返答にショックを露わにしてしまう。

 痛む胸を手で押さえながら不機嫌な原因を探るが、どう考えても自惚れとしか思えないような理由しか浮かんで来ない。


 いやだってそうだろ。


 ──サクラが俺に膝枕をしたかったなんて。


 行き着いた答えにどう反応すればいいか分からず口籠もっていると、ギュッとリリスが俺の腕を抱き寄せた。

 

「サクちゃんは嫌がってるみたいだしぃ~リリの膝なら大歓迎だよぉ~」

「ちょ、リリス!」


 腕から伝わる柔らかさと制汗剤の爽やかな匂いに動揺してしまう。

 落ち着かせようとするより早く空いている腕も引かれる。

 

 反射的にそちらを見やると、サクラが不機嫌さはそのままに俺の腕を抱き締めていた。

 

「勘違いしないで下さい。私は一言も嫌だなんて言っていませんから」

「どうすりゃいいんだよ!」


 俺から膝枕して欲しいって言えば良いのか!?

 無理だよ、だって恥ずかしいし!!

 これでも一応、男としてのプライドくらい持ってるんだからな!?


 やいのやいのとまたもや抗戦する二人に揺らされる。

 馬車の揺れも相まって段々と目が回って来た。

 このままじゃ寝るより先に気絶してしまいそうだ。

 誰か助けて……そんな心の願いが届いたのだろうか。


 ──パァンッッ!


 喧騒の中、突如として大きな音が木霊する。

 三人で揃って驚きながら目を向ければ、両手を重ね合わせたお嬢の姿があった。


 ニコリと淑女らしいたおやかな面持ちのまま彼女が口を開く。


「──いい加減にしなさい」

「「「はい……」」」


 言い訳も許さない圧によって呆気なく沈静した。

 肩を落としながら黙った俺に、お嬢は微笑みを讃えながら手招きされる。


 なんだろうかと彼女の隣に座った途端、肩を引っ張られて横たわる姿勢になった。

 それもお嬢の膝に頭を乗せる格好に。


「──へ?」

「「あーーっ!!」」


 突然のことに理解が追い付かず茫然とする俺とは違い、サクラとリリスが揃っておやつを取られた子供みたいな悲鳴を上げる。

 お嬢が先に膝枕をした衝撃に戸惑っているようだ。


 そんな三者三様で反応する俺達を尻目にお嬢が呆れからため息をついた。


「あのねぇ、喧嘩してたらイサヤが休めないどころか余計に心労を掛けるでしょ。延々と惚気られるのもムカつくし、罰と折衷案としてあたしの膝で休ませるから」

「いやお嬢。無理に膝枕しなくても休めるけど──」

「このまま休みなさい。命令よ?」

「了解ッス」


 ご主人様に命令されちゃ逆らえないっすわ。


「むぅ……」

「エリナ様ぁ~ズルいですよぉ~。リリがしたかったのにぃ~」

「はぁ?」


 膝枕を横取りされた二人が不満を口にするが、対するお嬢はキッと諫めるように目を細めた。

 その眼差しを向けられたサクラとリリスは、身を竦ませながら背筋を伸ばす。


「文句言わないの。そもそもイサヤはあたしの奴隷なんだから、どうしようとあたしの自由でしょ? 貸されてる身なんだから少しは自重すること」

「うぐぅ~……はぁい」

「よろしい。サクラも分かったわね?」

「はい……」

 

 罰を受け入れた態度を見て険を解いたお嬢だが、何食わぬ顔を浮かべながら緩やかな手付きで俺の頭を撫で始めた。


 うわ、なんか凄く心が和らぐんだけど。

 年下の女の子に膝枕された上に撫でられる状況……恥ずかしさよりも安心の方が勝ってる。

 さっき吹き飛んだ眠気が帰って来て、瞼が重くなっていく。


「眠いなら早く寝なさい。着いたら起こしてあげるから」

「で、でもそこまで甘えるのはちょっと情けないというか……」

「じゃあ理由をあげるわ。膝枕これはスライムに捕まったあたしを助けてくれたお礼よ」

「……お嬢を助けるくらい、奴隷として当たり前のことだからいいって」

「はいそうですかで借りを返せたと思うほど恩知らずになったつもりはないわ。臨時報酬だと思って遠慮無く受け取りなさい」

「お嬢っていい女だよなぁ」


 うつらとうつらと眠たさを感じながらも会話を紡ぐ。

 心なしかお嬢の声は慈愛に満ちている気がする。

 その優しい声音がよりいっそう眠りへと誘う一因となっていた。

 

「ふふっ、ありがと。まぁあたしの膝じゃサクラとリリスみたいに極上とはいかないけど、そこは我慢して頂戴」

「そんなこと、ないって。お嬢の膝、温かいから凄く安心する」

「っ……寝させるためじゃなかったら耳引っ張ってたわ。言葉には気を付けなさいよ」

「あ、はは。ゴメン……」


 少しだけトゲを含んで諭され、小さく笑いながら謝る。

 

 もう瞼を持ち上げるのも限界で、閉じてから程なくして俺は眠りにつくのだった。


 ========


「あら、寝たみたいね。アッハハ。イサヤったら可愛い寝顔してる」


 エリナお嬢様に膝枕をされながら頭を撫でられていた伊鞘君が眠った。

 その寝顔を見た彼女は堪えきれず笑みを零す。

 

 伊鞘君を見つめる深紅の瞳には、一言では言い表せない感情が渦巻いているように見えてしまう。

 まるでどこかの恋愛映画のワンシーンみたいだ。

 きっと微笑ましいはずなのに、どうして私の胸はこんなにもざわつくのだろうか。

 

 大事な妹を取られたように感じるから?

 それとも伊鞘君との接触を羨んだ?

 

 疑問は尽きないけれど、特に分からないのはリリスが伊鞘君に救われた時から感じるだろう。

 

 何せ彼の人生においても私達が救われたことも、あまりにも順調過ぎる。

 無論今の関係を築き上げたのは伊鞘君自身の行動の結果で、私とリリスの好意は紛れもない本心だ。


 けれども……都合の良いことが続くと安直に受け取れない自分がいた。


 そもそもどうして伊鞘君なのだろうか?

 彼がS級冒険者だから……恐らくその肩書きだけではない気がして止まない。

 むしろそれだけの経歴を持つ伊鞘君も売り出された闇オークションに、エリナお嬢様がピンポイントで鉢合わせたことから疑問が生じる。

 

 売られた彼を即座に買えるように先回りしたと勘繰ってしまいそうな程に。

 

 分からない。

 家族の、妹の考えていることが何も。


「エリナ様ぁ、あの──」

「──しーっ」

「っ!」


 同じような疑問を抱いていたのかリリスが質問を口にするより早く、エリナお嬢様は口元に人差し指を立てながら制止する。


 伊鞘君を起こさないように静かにして。

 そして今は何も聞かないで。


 まるでそう訴えかけるような眼差しに、リリスは二の句を口に出来ないまま顔を俯かせる。

 隣で様子を見ていた私も、聞き出せる雰囲気ではないと引き下がるしかなかった。


 私達の表情で踏み込まれないと悟った彼女は、再び膝で眠る伊鞘君に視線を落とす。

 慈愛に満ちた眼差しを向けながら、飽きることなく彼の頭を優しく撫で続ける。



 ──ねぇ、エリナ……あなたは何を知っているの?


 

 胸のざわめきは晴れないまま、私はただ疑問を浮かべるしか出来なかった。 


 

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