ついに知ってしまった辻園伊鞘くん(16歳)



 ──八月十四日。


 お嬢は公爵様達に対して、一切の縁談の拒否を宣言した。

 理由は至極単純……俺という異性を伴侶と決めたことだ。


 祭りの翌日に両親の前で、自分の想いを打ち明けるとかどういう胆力してんだよ。

 その相手が奴隷だっていうのだから絶対に驚かれるだろ。


 だがそう思っていたのは俺だけだったようで……。


「エリナちゃんが選んだ相手なら安心だわぁ。その相手がイサヤちゃんだなんてもう安泰よ!」

「イサヤ君なら文句はないよ。エリナのこと、どうか大切にして欲しい」

「は、はい……」


 このように絶賛だった。


 懸念していた外堀に溝なんてなかったようだ。

 こんな状況で『はい』以外の返答が出来るヤツがいたら尊敬するわ。

 なんて内心で悪態をついていると、隣のお嬢がたおやかな笑みを湛えたまま言った。 


「もう、お父様もお母様も気が早いです。イサヤには確かに好意こそ伝えましたが、まだ交際には至っていませんよ」

「お嬢?!」


 今それを言う!?

 心臓が飛び出そうな驚きと今にも首が飛んでいきそうな恐怖に身を竦ませる。


 恐る恐るゼノグリス様とシルディニア様を見やると、案の定というか二人はポカンと呆けた表情になっていた。

 やばい、早く謝らないと!


 そう思って口を開こうとするより先に、何故だか二人は納得したように頷きだした。


「なるほど、確かに彼の人柄を思えばエリナでも独り占めにするのは難しいね」

「イサヤちゃんったら罪な子ねぇ~。でも今までの生活を思えば、ようやく報われる時が来たと見るべきじゃないかしら」

「えぇ。これからはあたしが責任を持って彼を幸せにします」

「お嬢、その言い方だと俺が貰われる側に聞こえるんだけど」


 なんかいつの間にか結婚の挨拶みたいになってる。

 流せずツッコミを入れると、お嬢は何を言ってるんだという風に首を傾げた。


「あたしに買われたんだから間違ってないでしょ?」

「そうなんだけど! 一切嘘は言ってないんだけど釈然としねぇ!!」

「ぐだぐだ言わない。アンタもあたしを幸せにしてくれるならそれで良いじゃない」

「うぐっ……!」


 正論で説き伏せられてしまった。

 お嬢のモノ発言といい、俺ってもしかしなくても尻に敷かれているのでは?


 いやそんなはずない……ないよな?

 無いと思いたいのに自分が信じられないのはどうしてだろう。


 得も言われぬ謎の納得感に苛まれながらも、公爵様と夫人への挨拶が済んだ。

 縁談を断るって伝えるだけだったはずが、なんで告白報告になったのかは分からない。

 まぁお嬢の身分を考えたら報告しない方がおかしいんだけども。


 公爵様の次はサクラ達に報告する番だ。

 昨日は吸血を受けた疲労から、帰ってすぐに寝たから今になってしまった。

 それだけお嬢の吸血が凄まじかったワケで……いやアレは本気でヤバかったなぁ。


 思い返しただけでも邪念が沸いて来そうなので頭を振って払う。


 サクラとリリスが泊まっている部屋の前に立ったお嬢が、ドアをノックしてから呼び掛ける。


「サクラ、リリス。今いいかしら?」

『は、はい!』


 中から慌てた様子のサクラの返事が聞こえる。

 程なくしてドアを開けた彼女の顔は、お嬢を心配する余り不安げなものだった。


 しかし当のお嬢の晴れ晴れとした表情を見て、ホッと安堵の息を吐く。

 流石は姉妹、顔だけで解決を悟ったみたいだ。


 内心で感心していると、お嬢がたおやかな笑みを浮かべながら口を開いた。


「心配掛けてごめんなさい、サクラ。さっき、お父様達に縁談は必要ないって断って来たわ」

「……心配、したんですから」

「えぇ。もう大丈夫よ、お姉ちゃん」


 拗ねたように目を潤わせるサクラに、お嬢は口元に手を添えながら苦笑する。

 どっちが姉か分からなくなりそうだが、微笑ましい場面なことに変わりはない。


「いっくん。お疲れ様ぁ~」

「サンキュ、リリス」


 二人を眺めていた俺にリリスから労いの言葉を投げ掛けられる。


「エリナ様、すっかり元気だねぇ~。きっと楽しいデートだったんだろうねぇ~」

「チクチク刺すなぁ……埋め合わせするって言っただろ?」

「それそれ~。リリ、地球に帰ってからパンケーキバイキングに行きたいんだぁ~」

「聞くだけで胃もたれしそうな目的だなぁ」


 甘いのは嫌いじゃないけど、バイキングレベルとなると喜びよりも遠慮が勝ってしまう。

 祭りで思ったより出費がなかったって安心したのに……。

 幸いというかお嬢から貰ってる給料が良いので言うほど痛くはないけれど、元貧乏人としては出来るだけ貯金したい。


 とはいえお嬢のためにお祭りデートを譲ってくれた恩がある。

 その礼と埋め合わせとしてリリスが望むのなら断る理由はない。


『──イサヤがどう返事しようが、あたし達と恋人になる以外の選択肢はないから』


 ふと、告白に続いて告げられたお嬢の言葉が脳裏を過る。

 リリスと二股、もとい同時に付き合う了承を出された。

 だからって頷けないのは自分の気持ちが定まっていないせいだ。


 早く答えを出さないといけないのに、どうしたって最後の一線を越えるのが怖くなってしまう。

 こんなんじゃダメだ。


 迷いを振り切るためにも、もっと彼女達と向き合っていかきゃいけない。


 そう考えながらリリスと予定を詰めている時だった。


「伊鞘君。エリナお嬢様を救って頂いてありがとうございます」

「そんな大袈裟なことじゃないって。自分に出来ることをやっただけだよ」


 割って入るようにサクラから呼び掛けられた。

 唐突な乱入に少しだけ驚きつつも礼は必要ないと返す。


 しかしサクラはそんなことないという風に顔を横に振って続ける。


「そういうワケにはいきません。あの子の姉として、私なりに感謝を返せないと困ります」

「って言われてもなぁ……」

「つきましては地球に帰った際には、伊鞘君に何か食事に行きませんか?」

「それでサクラの気が済むなら良いぞ」

「ありがとうございます」


 律儀な彼女らしい物言いに軽く了解する。

 サクラにも埋め合わせをするつもりだったから、この誘いは渡りに船だ。


 どちらからともかく小さく笑い合っていると、その様子を眺めていたリリスが頬を膨らませて不服な面持ちを浮かべる。


「むぅ~……いっくん! サクちゃんとご飯を食べに行くのはリリとデートした後にしてよねぇ~」

「若干、語弊がある言い方は止めてくれない? 心配しなくてもちゃんと行くから」

「リリス、伊鞘君だってエリナお嬢様の件で疲れているんですから、先に体を労った方が良いと思いますよ」


 自分との用事を忘れるなと、リリスが俺の腕を抱き寄せながら釘を刺して来る。

 不意打ち染みた接近に内心でドギマギしつつ返したら、サクラが続けて配慮の効いた言葉で諫めようとする。

 だがリリスは不満げな面持ちのままサクラにジト目を向けた。


「それはダメだよサクちゃん~。いっくんのためみたいに言ってるけどぉ~、自分が先にデートしたいだけじゃん~」

「そ、そんなことありません! 邪な憶測はやめて下さい!」

「憶測じゃないもん~。先に約束したのはリリなんだからぁ~、サクちゃんのお礼は後でも良いでしょ~?」

「……聞き捨てなりませんね。一日でも早くお礼と労いをするのが誠意と思いませんか? ケーキバイキングよりも伊鞘君のリフレッシュに適しています」

「素直じゃないなぁ~。そんなにリリに先を越されるのが怖いのぉ~?」

「ふふふ……」


 いつの間にか空気がギスギスし始めた。

 リリスだけでなくサクラも俺の腕を取って、自らの元へ引き寄せようとしている。

 なんで二人とも笑顔なのに笑ってないんだよ。


「ま、待てって! ちゃんとどっちとも出掛けるから喧嘩は止めてくれって」

「喧嘩じゃないよぉ~これは戦いなんだからぁ~」

「えぇ。この一戦に今後が掛かっていますから負けるわけにはいきません」

「ただ出掛けるだけで大袈裟だな!?」


 綱引きみたいに左右へ体を揺さぶられながら説得を試みるが、二人はまるで折れる様子を見せず張り合う。

 ダメだ、俺じゃ何を言っても聞く耳を持ってくれない。


 どうにも出来ないと判断して、視線だけでお嬢へ助けを求める。

 俺のアイコンタクトを受け取ったお嬢は、任せろという風に大仰に頷いてくれた。

 あぁ良かった……そう安堵しながら彼女の動向を注視する。


「サクラ、リリス。イサヤが困ってるから止めなさい」

「でもエリナ様~。リリだっていっくんとデートしたいですぅ~!」

「私もデ、お礼をしたいので退けません」


 しかしお嬢が制止を呼び掛けてもサクラ達は引き下がらない。

 なおも強情なメイド二人にお嬢はあからさまにため息をついて呆れる。


 え、もしかして諦めちゃう感じ?

 見捨てられたかと思った瞬間だった。


「止めなさいって言ってるでしょ」

「「「っっ!」」」


 思わず息を呑んでしまう威圧を伴った制止に、俺達は揃って畏縮してしまう。

 つい忘れがちだが、お嬢が魔王の血族だと突き付けられた気分だ。

 こえぇ……。


 内心で震えていると、お嬢は無言で俺を手招きする。

 逆らえるはずもなく黙々と言われるがまま彼女の元へ近付く。


 自分の元へ来たと確認するや、お嬢はベッドを指差す。

 どうやらここに座れということらしい。

 何を考えているのか訝しみながら指示通りにベッドへ腰掛ける。 


「よいしょ」


 次の瞬間、昨日の馬車でしたようにお嬢が俺の膝の上に座った。


「「あぁっ!?」」


 一連の様子を眺めていたサクラとリリスが羨望を含んだ声音で驚く。

 そんな二人に構わずお嬢はしっくり来たという風に頷いてみえる。


「うん、やっぱりここが落ち着くわね」

「お、お嬢?」

「何よ? お願い通りに助けてあげたんだから、これくらい甘んじて受け入れなさい」

「は、はい……」


 困惑する俺にお嬢はさもありなんといった面持ちでウィンクした。


 それを言われては文句など言えるはずもない。

 尤も元から無いも同然なのだが。

 戸惑いながらも受け入れる自分がちょっと情けなく思う。


 昨日もそうだったけど、俺への好意を明かしてからお嬢の攻勢が凄まじい。

 まさかサクラ達がいてもお構いなしとは恐れ入った。


「ズルいですエリナ様~! リリもいっくんとくっつきたいです~!」

「え、エリナお嬢様……? 些か伊鞘君と距離が近過ぎるのではないでしょうか?」


 そんな状態に納得がいかないと、サクラとリリスがお嬢へ抗議する。

 明らかに態度が変わったお嬢に驚きを隠せないようだ。

 二人は昨日のデートの詳細を知らないから混乱するのも無理もない。


 どう説明したものかと逡巡するより先に、お嬢が呆れたようにため息を吐いた。


「ねぇ二人とも。忘れてるみたいだから改めて言わせて貰うけど……イサヤはあたしの奴隷なのよ? あまり困らされると主人としても放っておけないわ。エサとして貸してるだけなんだから、度が過ぎるようなら取り上げられてもいいと見なすからね?」

「だ、ダメです!」

「リリは淫紋があるんだからぁ、いっくん以外の人なんて無理ですぅ!」


 脅し文句と言ってもいい説教に二人はこの世の終わりみたいな反応を見せる。

 すげぇジョーカー切り出してきたなぁ。

 めちゃくちゃ効いてるから疑いようもないわ。


「分かったら我が儘は程々にね? イサヤは断っていないんだから、いっそのこと三人で出掛けなさい」

「か、畏まりました……」

「はぁい、申し訳ございませんでしたぁ……」


 口喧嘩を諫めつつ妥協案を出すお嬢に、サクラ達は肩を落としながら了承した。


 ここで文句を言ってしまえば反省の意が無いと見なされていただろう。

 二人がそれに気付かないはずがないと理解した上で言った、お嬢の飴と鞭の使い方が巧みだ。


 そんな感心をしていると、リリスが何か言いにくそうに口をモゴモゴさせる。

 どうしたのかと思っていたら、彼女が意を決したようにお嬢へ呼び掛けた。 


「あの、エリナ様ぁ。いつまでいっくんの膝に座ってるんですかぁ?」

「? 何か問題かしら?」

「問題というかぁ、見せつけられてるみたいでちょっとイラッとすると言いますかぁ~……」


 さり気ないようで明け透けな不満を口にする。


 イラッとするって……まぁリリスの気持ちを考えれば当たり前か。

 その辺りはお嬢も察しているようで特に気に障った様子もなく、あっけらかんとした表情を浮かべる。


「あぁそういえば言ってなかったわね。あたし、イサヤのことが好きだからよろしくね?」

「「ええっ!?」」

「お嬢!!? そんな軽く言うことじゃないだろ!?」


 サラッと好意を告白したお嬢にツッコミを入れてしまう。

 そして当然というべきか、サクラとリリスは一際大きな声で驚愕を露わにした。


 リリスもそうだったけど全く隠す気ないよなぁ。

 とはいえお嬢の場合、今日までそれらしい素振りを見せなかったから特に衝撃は大きいだろう。

 二人とも目を見開いて唖然としているのがまさにその証拠だ。


「信じられない? だったら恥ずかしいけど……イサヤの首筋にあたしが吸血した痕があるわよ。見てみる?」

「け、結構です! 公爵令嬢がそんな破廉恥なことしないで下さい!」


 証拠ならあると照れながらも告げるお嬢を、真っ赤な顔を両手で覆ったサクラが諫める。

 確か吸血鬼にとって吸血痕って、裸を見せるようなものなんだっけ。 

 元人間のサクラでも恥ずかしがるって、どんな意味が込められてるんだよ。


「い、いっくん? まさか昨日のデートで落としちゃったのぉ?」

「俺が悪いみたいに言うなよ」


 失礼すぎない?


「概ね合ってるでしょ? それと好きになったのは二年前からよ。立場上我慢していたけどもう止める。イサヤにも既に気持ちを伝えてあるわ」

「なるほどぉ~……」

「エリナ……」


 毅然としたお嬢の宣言に、サクラ達は困惑から立ち直れないままでも事実と受け取ったみたいだ。

 リリスは納得したようだが、サクラはどこか悲痛な様子が気になる。


 どうしたのかと声を掛けようとしたが、聞くより先にお嬢がソッと顔を寄せて耳打ちして来た。


「イサヤ。サクラの様子が気になるの?」

「お嬢も気付いた? なんか暗い顔してるし、どうしたんだろうなぁ」

「はぁ……」

「え、何その表情」


 お嬢から『マジかコイツ』と言いたげなジト目を向けられた。


 もしかして原因は俺?

 何か傷付けてしまったのだろうか?

 そんな疑問符を浮かべる俺に、お嬢は手で額を覆いながら天を仰いだ。


「ウソでしょ……結構なヒント与えたつもりなのに、まだ気付かないなんて」

「ひ、ヒント?」

「確かに首筋からの吸血が持つ意味を不用意に聞くなとは言ったわよ? でも告白してから吸ったら流石に分かるはずよね? この鈍感」

「え、えぇっと……?」


 どうして罵られるのか甚だ疑問なのだが、どうやらお嬢から出されたヒントを拾えていなかったらしい。

 いきなりそんなことを言われても困るだけなんだが……。


 戸惑う俺にいよいよ呆れたのか、お嬢はもう一度顔を寄せて耳打ちしてくる。


「いい? 一回しか言わないからちゃんと聞きなさい」

「お、おぅ?」


 そんなに真剣なことなのかと身構えながら、お嬢の言葉を待つ。

 何故だか緊張している間にお嬢はゆっくりと告げた。


「首筋からの吸血はね『あなたが愛おしくて堪らない』っていう吸血鬼にとってのプロポーズなのよ」


 ……。


 ──……は?


 告げられたことの意味を咄嗟に飲み込めなかった。

 だってそれはあまりに埒外な内容だったからだ。


 そして言外に伝えられた一つの事実も察したからに他ならない。

 違うと現実逃避したくても、これまでの彼女の言動にあった違和感が一気に解消されていく。


 嘘か冗談かと、おずおずとお嬢を見やる。

 しかし彼女は事実だという風に首を横に振られた。

 それでもなお受け入れられない俺は、思考がフリーズしたままゆっくりとサクラへ目を向ける。

 未だに思い悩んだ様子の彼女は俺が見ていることに気付いていない。


 それが今はとてもありがたかった。

 顔に集まった熱から察するに、きっと俺の顔は真っ赤に染まっているだろうから。


 いやだってそうだろ?

 首筋からの吸血がお嬢の言う通りの意味を持つということは……。



 ──緋月サクラは辻園伊鞘に恋愛感情を抱いている。


 

 そう指し示す他の答えが思い当たらないのだから。


《第三章:完》


 =======


 ヤバエサ三章完結です!

 

 満を持してメインとなったお嬢でしたが、どうでしょうか?

 デレの高火力にたくさんの読者が焼かれていたように思います←


 そのお嬢の口からついに遠回しにサクラの好意が明かされました!

 サクラからの好意を知った伊鞘の今後は!?

 といったところで次章に続きます。


 そして四章で以てヤバエサは第一部完結となります!

 果たして彼ら彼女らの恋の行方や如何に……最後まで見守って頂けると幸いです。


 ではでは~!

 

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