婚約破棄、承りました




 ──七月三十日。


 お嬢の誕生日パーティーが始まった。

 この日のためにリハーサルはもちろん、飾り付けや飲食物の選択など出来る準備をしてきたつもりだ。

 ヴェルゼルド王を初めとした来賓の方々をもてなすのは緊張するけれど、恩人であるお嬢の誕生日を最高の日にするために頑張ろう。


 そう思っていたのに……。


「僕はマリアベラと出会って真実の愛というモノを見つけたんだ。だからキミとの婚約を破棄させて欲しい」

「──え?」


 婚約者であるはずのヒューリット様から婚約破棄を突き付けられるという、最悪の形で台無しになろうとしていた。

 唐突な宣言を突き付けられたお嬢は深紅の瞳を揺らし、胸元に両手を当てながら困惑を露わにする。


「わ、私のどこが至らなかったのでしょうか?」

「キミは何も悪くないよ。ただ僕が愛したのはマリアベラだった……それだけの話さ」


 何をふざけたことを言ってるんだ?

 お嬢っていうこれ以上ないだろう婚約者がいるのに、どうして違うヤツと結婚しようとか思えるんだよ。

 そもそも婚約破棄したいからって、何もこんな大事な日じゃなくたっていいはずだろうが。


 言いたいことは山ほどあるのに、来賓の人達の前だというだけで何も言えない。

 もし空気を読まずに文句を言ってしまえば、それだけで公爵家の品位を貶めることになってしまう。

 例え相手が先に侮辱したとしても、帳消しにされるような話じゃない。

 どう見ても傷付いているであろうお嬢を遠巻きに見守ることしか出来なくて、こういう時に奴隷でしかない自分が情けなくて堪らなかった。


「ま、待って下さいヒューリット様! 私達の婚約は両家の発展や人種の垣根を越える、融和を目的としたヴェルゼルド王からの勅命です! あなた様の一存で破談することも、ましてや別の女性と懇意になる形だなんて……デミトリアス公爵様が黙っているはずありません!」

「父には既に話を付けている。ルルフリーシュ家に婿入りすることを条件に、僕とマリアベラの結婚を認めてくれたんだ」

「公爵様が……?」


 考え直せという風に諭そうとしたお嬢の言葉を、ヒューリット様が一蹴する。

 質の悪いことにデミトリアス公爵はこの婚約破棄を推奨した側だと。


 思わぬ返答にお嬢は信じられないと顔を顰める。

 そんな反応をするのも無理もない。


 デミトリアス公爵は異種族嫌いで有名な人だ。

 とは言っても公人として弁えてはいるので実害を出したことはないのだが、王様の勅命とはいえ息子とお嬢の婚約を良く思っていなかったらしい。

 であればヒューリット様の不貞は、家系に吸血鬼を加えなくて良くなるから願ったり叶ったりだったんだろう。


 その背景を察したお嬢は小さく咳払いをしてから、佇まいを正して冷然とした面持ちを浮かべる。


「マリアベラ様と相愛であることは分かりました。ですが婚約を破棄せずとも、側室として迎えるのではいけないのでしょうか?」

「僕の一番はマリアベラだ。側室なんて不当な身分に置くつもりはない」

「……そこまで耄碌もうろくされましたか」


 頑として譲らないヒューリット様にお嬢は呆れを隠せずため息をつく。

 貴族の責務を果たすことを考えるなら、どう見ても間違っているのは向こうのはずだ。

 なのに婚約破棄を受け入れないお嬢が悪いみたいな言い草は……あまりにも反吐が出る。


「なんとでも言ってくれていいさ。キミに渡した手紙には婚約破棄をしたい旨と、こちらが背負う賠償責任について書かれている。スカーレット公爵様に渡しておいてほしい」


 これ以上は話すこともないという風に、ヒューリット様はお嬢に無理やり手紙を押し付けた。


 とても婚約者に対する態度じゃない。

 いや、わざわざ誕生日に婚約破棄を宣言する時点で今さらか。

 お嬢は持たされた手紙とヒューリット様を交互に見やってから顔を俯かせる。


「……このような形で終わりだなんて残念です、ヒューリット様」

「なに、キミと婚約したい貴族子息は大勢いる。僕のように唯一の想い人に出会えるさ」


 もう痛々しくて見ていられなかった。

 堪らず彼女の元に向かおうと駆け出して……。



 ──お嬢は手紙をビリビリに破り捨てた。



「は?」


 予想外の行動にヒューリット様が目を丸くして呆ける。

 それは彼に肩を抱かれているマリアベラや、行く末を眺めていた他の来賓方も同じだ。


「──ふっ」


 ハラハラと宙を舞う紙切れ以外が揃って唖然とする中、失笑が木霊した。

 その笑い声の主は……お嬢だ。 


 俯かせていた顔を上げて露わになった表情は、さっきまで悲しみに打ち拉がれてなかったかのような微笑みだった。

 どうしてそんな表情をするのだろうか。

 誰かが問うより早くお嬢が口を開いた。


「──婚約破棄は承ります。ですが賠償については当家の裁量で判断させて頂きます」

「え? いや待ってくれ。それはキミが破り捨てた手紙に記して──」

「同じ公爵の位だから握っている実権も同等だと思っていたのでしょうか? でしたら甚だ烏滸がましいと言わざるを得ません。スカーレット公爵家を少々侮り過ぎではありませんか?」

「っ!」


 うっすらと開かれた深紅の瞳に捉えられたヒューリット様が小さく身を震わせる。

 素人から見ても、お嬢から放たれるプレッシャーが凄まじい証拠だ。


 自分の愛を証明しようとわざわざ人目の多い誕生日パーティーで、婚約破棄を告げたのは痛恨の痛手でしかない。

 せめてこの場が普通の茶会ならまだ言い訳や撤回の余地はあったが、こうも大勢の人の前で失態を見せては手遅れだ。 

 人の口に戸は立てられない……一方的に婚約破棄を言い渡した、デミトリアス公爵家の品性を疑う声はあっという間に広がるだろう。


 あとは知らん。


 お嬢はそのまま視線を動かして、マリアベラにも目を向けた。

 当然、男ですら震わせた眼差しで見つめられれば、伯爵令嬢なんて小さく『ひぃ』っと息を漏らして簡単に震え上がらせる。


「もちろんルルフリーシュ伯爵家も無関係ではありませんよ? 然るべき処罰を受けて頂くつもりです」

「あ、あぁ……」


 威圧をたっぷり含ませた笑みで告げられた罰に、マリアベラは今にも気を失いそうだった。

 彼女の体をヒューリット様が支える。

 一瞬だけお嬢を睨もうとして、逆に睨み返されたことで強制的に黙らされた。


 醜態を曝した上に肩身が狭くなった二人は、そそくさと会場を後にする。

 一部始終を眺めていた来賓の方々は、何事もなかったかのように歓談へと戻りだした。

 婚約者がいなくなったお嬢に声を掛けるヤツがいないか心配だったが杞憂みたいだ。


 駆け出した勢いのまま、独力で解決してしまったお嬢の元へと近付く。

 俺の接近に気付いた彼女と目を合わせ、感じたことをありのまま口に出す。


「……ざまぁ早くない?」

「なんで向こうから仕掛けて来るのを待たなきゃいけないのよ。こっちの手が届く内にさっさと処理した方がお互い楽でしょ」


 いや分かるけど、なんかやること無くなった気分なんだわ。

 婚約破棄された直後だっていうになんともリアリストな人だ。


 でもなんでだろう……笑ってるはずのお嬢の笑顔に、どこか陰りのようなうっすらとした複雑な気持ちがあるように見えた。

 それを問うよりも先に、お嬢の誕生日パーティーは幕を閉じるのだった……。




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 Twitterや近況ノートでも報告しましたが、カクコンラブコメ部門の中間選考に残っていました。

 ありがとうございます!

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