ざまぁの結果とやるせなさ


 ──八月三日。


 お嬢の誕生日から三日が経った。

 最終的にパーティーそのものは平穏で済んだものの、ヒューリット様による婚約破棄のせいで満足のいく結果とは言えない。


 仔細をお嬢から聞き、激怒したゼノグリス様が下した処罰は以下の通り。


 まずルルフリーシュ家は賠償金の支払いと長女マリアベラの勘当を厳命された。

 娘のとばっちりになってしまったが、これでもデミトリアス家に比べたらまだ軽い方だろう。

 そのデミトリアス家は伯爵家よりも多額の賠償金と、ヴェルゼルド王の信頼を傷付けたとして伯爵位への降格が決定されたからだ。


 幸いと言って良いか分からないが、ヒューリット様とマリアベラとの結婚は白紙になっていない。

 成人してルルフリーシュ伯爵家に婿入りした後に勘当という執行猶予付きの条件でだが。

 つまりマリアベラ共々、結婚した頃には貴族で無くなるのだ。


 貴族として育ってきた二人が庶民になって暮らしていけるのかは分からない。

 真実の愛とやらがあるならなんとかやっていけるだろう。


 そんなことよりも目下の悩み事は婚約破棄後のお嬢だ。

 いくらスカーレット公爵家とはいえ、元婚約者が別の女性を選んだ事実は無くせない。

 令嬢としての価値に大きな傷が付いた以上、次の婚約は生半可な相手じゃ務まらないだろう。


 ……と思っていたが、待っていたのは新たな婚約者として名乗り出たいというPRの嵐だった。


「──ってことみたいだよぉ~」

「いやどういうことだよそれ」

「つまり多少の傷を見過ごしてでも、スカーレット公爵家と関係を持ちたい貴族は多いということですよ。短絡的で浅慮かつ愚行の極みです」


 そうズバリと吐き捨てたサクラの表情は実に憎々し気だ。

 お嬢が婚約破棄を告げられたあの瞬間、リリスに抑えられなければ暴れていてもおかしくなかったらしい。

 それだけ妹を傷付けられた怒りは凄まじかったのだろう。


 だが一旦は落ち着いたその憤怒は、挙って婚約を申し出た貴族へ向けられている。


 俺が泊っている部屋で吸血と吸精を済ませた後、三人でティータイムをしている最中にお嬢の話題になっていた。


「フリーになった途端に声掛けて来るとかぁ、普通にないわ~ってなるよねぇ~」

「あ~そういう……」


 サクラが怒る理由はそういうことらしい。

 破局した直後に付き合ってくれって告白されたら……確かにウザいし腹が立つな。

 リリスに要約されてやっと腑に落ちた。


 いや飲み込んだら余計にムカつくな。

 あまりにも配慮に欠け過ぎじゃないか?


 先立って申し出てきた貴族達は、お嬢個人よりもスカーレット家の権威しか見てないように感じる。

 あぁなるほど、サクラが怒るワケだ。

 妹を自らが成り上がるための道具としか思ってないヤツなんて唾棄するに決まってる。


 お嬢の幸せを願う俺としても、可能ならそんな野郎共をぶん殴りたい。


 腸が煮えたぎる思いを感じていると、サクラは怒りを鎮めながら長い息を吐いた。


「ゼノグリス様もシルディニア様も、本当なら全て不要だと切り捨てたいはずなのですが……」

「問題はエリナ様が次の婚約を決めるって乗り気なんだよねぇ~」


 そう、これこそ俺達が直面している悩みだ。


 本来なら相手にするまでもない連中に対して、お嬢は顔を合わせて婚約するか否かを判断している。

 公爵令嬢としていつまでも婚約者不在は良くないなんて理由で。


 明らかに無理をしている。

 それくらいは一番付き合いの短い俺でも容易に察せられた。

 でも止めようとしても貴族の責務を口実に聞く耳を持ってくれない。


 俺達は先に地球へ帰って良いと言われたが、流石にお嬢を放っていくワケにはいかないので本邸に留まっている。

 通常の業務における人手は足りているということで、ジャジムさん以外は休暇扱いだ。


「確かにお嬢は公爵令嬢だけど、まだ十四歳になったばかりの女の子だろ。貴族の責務ってそんなに大事なのかよ」

「伊鞘君にはあまりピンと来ない事柄ですよね」


 養子として引き取られた過去を持つサクラが、共感出来るという風に苦笑しながら続ける。


「人の上に立ち責任を持って領地を治める以上、割り切らなければならないことは多いです。エリナお嬢様は特に責任感が強い方ですから尚更でしょう。でも今のあの子は……少し焦ってるようにも見えます」

「焦ってる?」

「何に対してなのかは分かりませんが、理性的なエリナらしくないのは確かです」


 真偽はともかく、サクラが言うなら恐らく間違いではないのだろう。

 しかし考えれば考える程にお嬢の真意が分からなくなる一方だ。


「公爵様達は何か言ってないのか?」

「あまり手応えはないようです。真意はともかく貴族令嬢としてはおかしくない行動ですので」

「そっか……」


 姉のサクラや両親ですら言って止まらないのなら、俺にはお手上げだ。


「せめて何か言ってくれたら良いんだけどなぁ」

「あまり人に弱味を見せたがらない子ですので、心情を聞き出そうとしてもきっと大丈夫だと言ってはぐらかすでしょうね」

「そんなぁ……エリナ様に一杯助けられたのに、何も出来ないなんてリリは嫌だよぉ」

「……従者としても姉としても不甲斐ないばかりです」

「……」


 自分達じゃどうにもならない問題に揃って黙り込んでしまう。

 俺もサクラもリリスも、お嬢には大きな恩がある。

 それを返せないまま見守ることしか出来ない現状がどうしようもなく歯痒い。


 いくらS級冒険者に至る実力があっても、戦闘が絡まなければ役立たずだ。

 かといってお嬢のために何もしなくていい理由にならない。


 結局答えが出ないまま時間だけが過ぎていく。


 夕食を済ませた後、俺は本邸の風呂に入っていた。

 円形の大きな湯船にライオンの口から流れる乳白色のお湯が注がれている。

 大きな浴場だから一人で入るにはかなりスペースが余った。


 湯船の縁を枕代わりに手足を伸ばす。

 無為に天井を眺めながら考えるのはお嬢のことだった。


 今のまま無理に婚約したとして、彼女が本当に幸せになれる保障はない。

 それどころかまた破棄されたらと心配が尽きないでいる。

 我ながら悲観し過ぎだと自嘲するが、それだけお嬢の幸せを願っている裏返しだと思う。


 でも願うだけじゃ何も意味を為さない。

 だったら行動、と言いたいがそのために出来ることがないという悪循環だ。


 どうしたら良いのかと悶々と頭を悩ませている時だった。


「──おや。先客がいたんだね」

「へ?」


 誰かの声が聞こえた。

 顔を上げて振り返って……目を見張る。


 浴場に入って来たのは肩に掛かる長さの黒髪に赤目の青年──ゼノグリス様だったからだ。


「ほほぅ。小僧だったか。数奇な巡り合わせよ」


 ついでに人化してないジャジムさんもいた。


 風呂で出汁でも取るのかな?

 思っても口にしなかった理性を褒めて欲しい。


「ど、どうも……」


 思わぬタイミングでの邂逅に、俺は精一杯の愛想笑いを浮かべるのだった。

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