お嬢の誕生日パーティーがあります
屋敷に帰った俺達は各々の仕事着に着替えて業務に取り掛かった。
明日から夏休みとはいえサクラが言ったように、公爵家に仕える身として仕事を怠ることは出来ない。
まぁ仕えるとは言ってもサクラは従者、リリスはバイト、俺はお嬢の奴隷だからと事情は異なっているんだが。
でも理由や経緯が違っていても同じ職場で働くのはよくあることだろう。
冒険者だって夢やロマンを求めたり、騎士や兵士になれなかった未練だったり、俺みたいに生活のためだったり、色んな背景があって就く仕事なのだ。
むしろそんな理由も種族もバラバラな人達が、一つ屋根の下であくせく働く姿は不思議で面白いとすら思える。
以上が夕食を作る最中でジャジムさんから訊かれた、自分のことは怖くないのかという問いへの答えだ。
じゃがいもの皮を剥きながら伝えると、彼は堪らず噴き出したように笑う。
「クハハッ。小僧は実に変わっておるな」
「エルダーリッチーの料理長に比べたら普通ですって」
「言いよる! だが現実としておぬしのように、真に種族の垣根を越えて接する人間は中々おらぬ。我が輩が知る限りでも小僧を除けば一人だけだ」
「ジャジムさんぐらい長生きでもたった一人しか知らないんですか?」
生前と没後合わせて250年も過ごしている彼の断言に、驚きを隠せず聞き返してしまう。
俺の疑問にジャジムさんは『うむ』と小さく頷いて、少し遠くを見るように顔を上げる。
「
「地球も同じですよ。そういうのが無かったら世の中に戦争とか起きなかったでしょうし」
ジャジムさんの語ったことは何も異世界に限った話じゃない。
二千年近くの時を経ても解決していない事柄を、たった三十年でどうにかする方が無茶だ。
姿形や価値観が違っていても、等しく人であるのなら世界を隔てようと同じ穴の狢なんだろう。
そんな俺の言葉にジャジムさんは神妙に頷いてから続ける。
「然り。故に小僧のように偏見に惑わされない思考は貴重だ。サクラ嬢やリリス嬢が気に入るのも当然と言えよう」
「そんな特別なことはしてないですけどね。冒険者だった頃、色んな人に世話になった気持ちを忘れずにいるだけですよ」
偏見という一方的な視点で相手を知った気になって、当人を見ないというのは失礼だ。
それに俺の中にだって偏見が全くないワケじゃない。
サクラ達と関わってから、吸血鬼やサキュバスに勘違いしていた部分があると常々感じている。
買い被りすぎだという俺の言葉に、ジャジムさんがケタケタと笑う。
「そう簡単に言ってのけるのが小僧の美点だろうな」
「ははっ、ありがとうございます。ところでさっき言ってたもう一人ってどんな人だったんですか?」
賛美に礼を返しながら、ついでにと気になっていたことを尋ねた。
長い時間を過ごして来た彼の印象に残った人物だ。
きっといい人だったんだろうと期待を込めずにいられない。
しかし当のジャジムさんは何故だか首を傾げる。
「何を言っておる? 小僧も知っているヤツだぞ?」
「え?」
誰のこと?
そう聞き返すよりも先に、ジャジムさんが答えを口にする。
「タカシ=ホンジョウ──ヴェルゼルド王のことだ」
「はいっ!?」
とんでもない大物と同列に見られていたことに驚きを隠せない。
嘘だと思いたかったが、ジャジムさんの目は──眼球無いけど──本当だと言いたげだった。
「は、ははは……恐悦っすね……」
畏れ多すぎて震えそうになりながら、そう返すのが精一杯だった。
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そんな一幕を経て夕食の片付けを済ませた直後、お嬢から招集が掛けられた。
呼ばれたのは俺だけじゃなくサクラとリリス、ジャジムさんの四人だ。
別邸で働く面々が揃ったのを確認したお嬢は咳払いをして口を開く。
「集まって貰ってありがと。特にイサヤ達は夏休みになるっていうのに悪いわね」
「気にしてないから大丈夫だよ、お嬢」
「リリも問題ナシですよぉ~」
「お気遣い感謝致します。どういった要件なのかお聞きしてもよろしいでしょうか?」
各自で心配要らないと返すと、お嬢は大仰に頷いてから続ける。
「知ってると思うけど、十日後にあたしの十四歳の誕生日パーティーがあるわ。開催場所は異世界にあるスカーレット家本邸。当日は多くの来賓が参加する予定よ」
「っ!」
その報せに思わず身体を強張らせる。
異世界の貴族の中でも頂点とも言える権威を誇るスカーレット公爵家。
そのご令嬢であるお嬢の誕生日パーティーとなれば豪華な催しと化する。
貴族らしいイベントと聞いて、ゴールデンウィークにあったお茶会を思い出す。
当然だがあの時とは規模も人数も大きく増えている。
お茶会以降もサクラから礼節を学び続けて、一従者としてらしい振る舞いを身に付けた自負はあった。
しかしいざ本番が迫っていると実感するとどうにも緊張してしまう。
そんな不安を感じながらも、続くお嬢の言葉に耳を傾ける。
「イサヤ達には本邸の使用人と一緒に動いて貰うからそのつもりで」
「本邸の使用人……あ、お嬢。質問いいか?」
「良いわよ、何かしら?」
話を遮ったにも関わらずお嬢は快く質問を認めてくれた。
感謝しつつ俺は感じた疑問を口にする。
「サクラは今回も裏方だと思うんだけど、またお茶会みたいなことにはならないよな?」
「あぁそういうこと」
質問に対してお嬢は納得したように手をポンッと叩く。
至って普通の女の子だから忘れられがちだが、サクラは異世界で魔王の使徒と恐れられる半吸血鬼だ。
俺達はもちろん地球ではそうでもないが異世界人は彼女を過剰に排斥しようとする。
今までは裏方に従事して人目を避けていたが、お茶会において運悪く鉢合わせてトラブルになったことがあった。
あの時は少人数だから誤魔化しが利いたものの、誕生日パーティーでは本邸の使用人や来賓の方々と、多くの人が集まるため万が一を考えると何かしらの対策は必要だ。
またあんな風にサクラが謂われの無い罵声を受けるところは見たくないし、自分のせいで義妹の誕生日が台無しになるのは避けたいだろう。
その意図を悟ったお嬢は片目を瞑りながら、毅然とした面持ちを浮かべつつ口を開く。
「それに関してはジャジムが一考したみたいなの。心配は要らないわよ」
「うむ。従者に徹してこそいるが、サクラ嬢も我が輩が仕えるスカーレット家の令嬢。
「凄い頼もしい台詞」
地球じゃ非力なサクラ達のために、高性能な転移魔法具を作った
どんな方法なのかは秘密だって言われたけど、屋敷の防犯セキュリティも設計したジャジムさんの対策なら安心だ。
もちろん彼に任せきりではなく、いざという時は動けるように俺も気を配るつもりだが。
「良かったな、サクラ」
「はい。ありがとうございます、伊鞘君……」
「いや、お礼はジャジムさんに言おうな?」
「あ、えっと、ありがとうございました」
「うむ」
最悪は避けられそうだとサクラに声を掛けたのだが、何やら熱の籠もった眼差しで見つめられる。
苦笑しながら訂正すると、彼女はハッと慌てながらジャジムさんに礼を言った。
「ふふっ。それじゃ出発は明後日よ。各自、しっかり気を引き締めて頂戴」
そんな俺達のやり取りを眺めていたお嬢は、微笑ましそうにしつつ両手を叩いて注目を集めさせた。
「当日までのリハーサルは四日後からで、出発は明後日よ」
「あれぇ? どうして二日空いてるんですかぁ?」
「良い点に気付いたわね、リリス」
リリスの発した問いにお嬢がニヤリと笑いながら返す。
なんかえらく含みを持たせただなぁ……。
心の中で訝む内にお嬢は人差し指を立てた右手を天に掲げながら言った。
「パーティー前の慰安として、異世界の海で遊ぶわよ!」
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