テスト明けとご褒美のおねだり
時間はあっという間に過ぎ、二日掛けて中間テストは終了した。
教師から終了の知らせを聞いた瞬間、強張っていた肩から力が抜けていく。
腕を回して凝りを解していると、サクラとリリスがやって来た。
「テストお疲れ様です、伊鞘君。手応えの方はどうでしょうか?」
「まぁ全力は出したよ。サクラから一位を取れるかは分からないけどな」
「ふふっ。なんだか順位発表が待ち遠しいですね」
「同感」
たおやかに微笑む彼女の言葉に賛同する。
前回までのテストだったら、特待生でいられるかどうか不安で一杯だった。
でもお嬢の奴隷になった今は比較的に余裕を持って挑めた上、むしろサクラとの勝負の結果を知りたくてこの後にでも順位を教えて欲しいくらいだ。
「リリスの方はどうだ?」
「いっくんのおかげでぇ~、一番良い点数とれそぉ~! ありがとぉ~」
「そりゃ良かった。教えた甲斐があったよ」
リリスの方も今回はかなり手応えを感じているらしい。
もしかしたら上位五十位以内に入っていたりしてな。
そうして和やかな会話を交わしていると、数人の男子が揃って近付いて来た。
先頭の男子が爽やかな笑みをサクラ達に向けながら口を開く。
「緋月さん! 咲葉さん! 良かったらテスト後の打ち上げに──」
「アルバイトがあるのでお断りさせて頂きます」
「リリも同じくぅ~。ゴメンねぇ~?」
「ぁ、そうっすか…………っ!」
「えぇ……」
親睦を深めようと提案した誘うも、彼女達から呆気なく断られてしまう。
項垂れた先頭の男子は愛想笑いで引き下がりつつ、一言も喋っていない俺にキッと一瞬だけ睨み付けた。
逆恨みにも程がある。
屋敷の仕事があるのは本当なんだから、俺を睨んだところで勤務は変わらないってのに。
ともあれ、俺も二人と一緒に屋敷まで帰ろうと立ち上がった時だった。
「辻園伊鞘! テストが明けた今日こそ、ボクはキミに決闘を──」
「これからバイトなんだよ。邪魔すんな」
「な、なんて圧だ……っ!」
今日も今日とて空気を読まない
どうせテスト明けになったら来るとは思っていた。
その間は勉強するからと躱していたが、案の定駆け込み寺に行く勢いで来やがったな。
そもそもテスト週間中は屋敷の仕事を休んでいたので、その分をこれから取り返していかなきゃいけないのだ。
貧乏から解放されたとは言っても、これからのために金は貯めておきたい。
コイツの相手してる暇があるのなら、一秒でも早く仕事をして一円でも多く稼ぎたいんだよ。
「お、お金が欲しいのかい? だったら決闘でボクに勝った時は好きな金額を言えば──」
「は? お前、まさか金を賭ける気か? 勝ったら金をあげるだと? そもそもその金は子爵のであってお前のじゃねぇだろ? 金稼ぐことの厳しさを知らないボンボンが簡単に言うんじゃねぇよ」
「ぇ、あ、その……ごめんなさい」
あまりにもあり得ないことを口走る前に黙らせる。
我ながら滅多にキレない方なのだが、金を賭けの対象にするのは許せなかった。
今どこにいるのか分からない父さんは、借金返済の資金を得ようと何度も宝くじや競馬で溶かしてきたことがある。
その日の食事代すら使い込んでな。
だから俺は賭け事なんて一生するつもりはないし、さっきみたいに勝てば金をやるなんて話は耳に入れたくもない。
大会の賞金ならともかく、明らか私闘の結果で貰う金なんて興味は無いのだ。
「二人とも、帰ろうか」
「え、えぇ……」
「うん……」
おずおずと引き下がったユートを尻目に、サクラ達と帰路を共にする。
「……いっくんってお金で苦労して来たからぁ、お金に関するやり取りには厳しいんだねぇ~」
「エリナお嬢様から給金をもっと出すと言われても、相場でないと受け取らないと頑として譲らなかったそうですよ」
「とても奴隷が言う台詞じゃないよねぇ、それぇ……」
後ろで二人が何か話しているが、俺の頭の中は今日の業務のことで一杯だった。
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「伊鞘君」
屋敷に帰って一通りの業務を済ませた後、厨房から出て部屋に戻ろうとしたところでサクラに呼び止められた。
何の用だろう……とは訊かない。
今日は前回から三日経っているので、自ずと彼女が呼び止めた理由も察せる。
緊張しているのか恥ずかしいのか、頬を赤らめるサクラを安心させるように微笑みながら頷く。
「分かった。空き部屋の方に行こうか」
「あ、あの。今日はその……」
「サクラ?」
しかし何故だか躊躇いがち顔を伏せる。
何か間違えたのか聞き返すとサクラは数歩近付いて、俺の燕尾服の裾を摘まんだ。
すぅはぁと小さく息を繰り返し、紅の瞳と目が合った。
相変わらず綺麗な煌めきに見惚れていると、サクラはゆっくりと告げる。
「い、伊鞘君の部屋で……吸血させてくれませんか?」
「……へ?」
乞われた要件に、素っ頓狂な声を出してしまう。
伊鞘君の部屋ってつまり俺の部屋ってことだよな?
いやいや、待て待て待て待て……。
咄嗟に意味を呑み込めず、気付いたら出来ていた眉間のシワを指で解す。
スゥーっと長い息を吐くと、少しだけ動揺が治まる。
まだ上手く咀嚼出来てないけど、なんとか訊く姿勢を整えることは出来た。
「本気で言ってるのか? その、女子が男の部屋に入りたいっていうのはちょっとなぁ……」
「べ、別に疚しい意味なんてありません。先程言った通り、吸血のためです」
「それは分かってる。分かってるけど……吸血にかこつけて俺が何かしないかとか警戒しろって話だぞ」
「警戒なんて必要ありません。今までの吸血で何もされていませんから、伊鞘君は紳士な人だと信頼しています」
「うっ……」
それを言われると弱い。
加えて人間不信のサクラから信頼していると言われては、さらに反論の余地が無くなってしまう。
けど、けどなぁ……!
ふっっっっつーに女子が部屋に来るって事実が照れるんだよ!
そんな意図は無いって分かってても、意識するものは意識しちゃうに決まってるだろ!
勉強会初日の時といい、サクラの距離感って結構バグってるよなぁ。
心開いてくれてるのは嬉しいけど、動揺するこっちが悪いような純真さがある。
「それに伊鞘君の部屋なら、吸血後すぐに休めるじゃないですか。強がっていますけど、私の吸血が上手で無いばかりにいつも負担を掛けていますから」
「気にしなくていいのに……」
「気にします。私のせいで伊鞘君に元気が無いというのは気が気ではありません」
「ん、ん~……」
ほら。
変に意識してる俺と違って、サクラはこちらの身体を慮ってくれてるんだ。
その厚意に甘えるべきだと思う半面、やはり女子を部屋に入れるのは照れるなぁという気持ちも拭えない。
簡単に頷けないでいたら、サクラがソッと顔を俺の耳に寄せてくる。
ふわりと香るミントの香りに心臓の高鳴りを覚えたのも束の間だった。
「──実はテストの自己採点をしてみたところ、恐らくですが全教科満点になったみたいなんです」
「えっ、それは……おめでとう?」
「ありがとうございます。ですから……満点を取った私へのご褒美だと思って、伊鞘君にはいっぱい甘やかして欲しいんです。──……ダメですか?」
「~~~~っ」
甘えるような声音に脳がビリビリと痺れる。
そうまで言われてしまっては、もう俺が取るべき選択なんて一つしか無い。
ガシガシと頭を掻きながらサクラの肩に手を置いてから答えを告げる。
「分かったよ! それなら、部屋に入れる」
「! ありがとうございます!」
自分の要求が通ったと把握するや、サクラは手放しに明るい笑みを零す。
甘やかして貰えると分かって嬉しいのか、はたまた俺の部屋に入れるのがいいのか。
多分だけど前者だろう。
未だにドキドキと落ち着かない心臓に手を添えつつ、サクラと共に自室へと足を運ぶのだった……。
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