勉強会と触れた感想
放課後、テスト勉強のために俺達は学校からそう遠くないファミレスに来ていた。
四人でテーブル席に座ったのだが、その席順に少々問題が発生してしまう。
というのも……サクラとリリスが揃って俺の両隣を埋める形で座っているのだ。
肩身が狭いし、左右から良い匂いがするしで集中出来る気がしない。
一人対面に座っている白馬も、この状況に戸惑いの眼差しを浮かべていた。
「サクラ、リリス。なんで俺の隣に?」
「わ、私はその、
「リリは子馬さんの隣だけは絶対いやぁ~♪」
「淫魔が隣に来るとボクの清い身体が汚れる。業腹だが同じくゴメンだ」
サクラは申し訳なさそうに顔を赤くしながら、リリスはにこやかながら拒絶し、白馬は苦々しい面持ちで、それぞれの理由を口にする。
人間不信、ユニコーンとサキュバスの犬猿状態……そりゃこのメンバーで集まればこうなるのも仕方が無いか。
「それなら俺が白馬の隣に行っても──」
「伊鞘君は私から一位を奪うんですよね? 分からないところがあった時、隣ならすぐに教えられます」
「リリはいっくんに勉強教えて貰わなきゃなんだからぁ~、隣じゃないと教えにくいよねぇ~?」
「お、おぅ……」
女子二人の笑みに込められたただならぬ雰囲気に気圧されてしまう。
色々とツッコミたいことはあったが、とても言い出せる空気じゃないので口を噤むしかない。
そうしてこの席順のまま勉強会が始まったのだが……。
「いっくん。ここの途中式ってこれで合ってるぅ~?」
「ん? いや、そっちにxを代入してるせいでこんがらがってるぞ」
「えっ、あ、ホントだぁ~。じゃぁ~こう?」
「そう正解」
「ありがとぉ~! それでぇ~次の問題なんだけどぉ~……」
「! あ、あぁ」
リリスには数学を教えていた。
試しに解いて貰うと、確かに彼女は勉強があまり得意じゃない。
でも基礎は出来てるし、教えたことはすぐに呑み込んで理解してくれる。
要は応用問題で躓くタイプだ。
それならひたすらに解いて公式を頭に覚えさせれば点数は稼げる。
この調子ならもしかしたら五十位以内は目指せるかもしれない。
そう思ってはいるんだが……。
──フニッ、フニッ。
リリスは質問をする時に俺の身体を引き寄せて来るんだが、その度に胸が肘に当たって集中できないんだよ!!
表向きは笑顔だけど、何度も彼女に吸精されてきた俺には分かる。
人前で俺を意識させて愉しんでいるのだと。
ホントにブレないなぁ。
まぁユートに言い寄られてリリスもストレスが溜まってるだろうし、発散する機会があっても良いかと考え直す。
決してこの感触を味わっていたいとかじゃない。
そもそもリリスにだけ集中出来ない状態なのだ。
「伊鞘君。そこの英文、スペルが間違っていますよ」
「! あ、ホントだ……」
「ですが流石は特待生です。他の問題は全部正解でした」
「さ、サンキュ……」
「ふふっ」
手放しに褒めてくれるサクラに礼を言う。
それが嬉しいのか彼女はふわりと柔らかな笑みを浮かべる。
……ペンを持つ俺の手を擦りながら。
こっちもこっちで柔らかくてスベスベで、撫でられる度に心臓が高鳴って仕方が無い。
なんなんだ、俺なんかしたか?
それとも遠回しな吸血の要求?
困惑からいくら問題を解いても頭に入ってる気がしない。
落ち着かない心を必死に宥めていると、サクラが紅の瞳を細めてリリスを見やる。
「ところでリリス。先程から思っていましたが、どうして伊鞘君に質問する度に身体を引きつけるのでしょうか? 教わるだけならそんな必要はありませんよね?」
「近くなら声が聞こえて分かりやすいもん~。それよりぃ~……なんでサクちゃんはいっくんが質問してないのにぃ、自分から解き方を教えてるのかなぁ~?」
「そちらの方が躓いてしまうよりスムーズだからですよ」
「ふぅ~ん……」
なんか二人の視線の間に火花が走ってるように見えるのは気のせいだよな?
同じ職場で働く同級生として仲が良いはずが、どうしてバチバチに睨み合ってるんだ。
対面に居る白馬に視線で助けを求めるも、親友は非情にも首を横に振って俺を見捨てた。
面倒事に関わりたくないって顔に書いてやがる。
「だぁーっ、こんな空気で勉強出来るか! 休憩だ休憩!」
このままじゃ埒が明かないと思い、始まって三十分しか経ってないが休憩を宣言した。
それに対して三人は拒否することなく受け入れてくれる。
黙々と進めていた白馬はともかく、サクラとリリスは少し気まずそうな表情を浮かべていた。
勇者病のユートと違って、自覚があるだけまだマシだろう。
「……やっぱこの席順はダメなんじゃないか?」
「そ、そんなことはありません!」
「リリも自分で解けるように頑張るからぁ!」
「う、う~ん……」
やはり席順を見直すべきかと口にするも、両脇にいる女子二人から却下される。
なんだって俺なんかの隣が良いのやら……それとも白馬の隣がイヤなのか?
彼女達の意図が掴めそうになくて首を傾げるしかない。
「そもそもぉ~勉強会に男女が揃った時点でまともに進むワケないじゃん~」
「俺、キミから教えて欲しいって頼まれてるんだけど」
割ととんでもない発言だが、現にさっきまで集中出来なかっただけに否定しきれない。
しかしこっちはお願いされた身なので、いつでも止めて良いのだと暗に釘を刺す。
それを察したリリスは両手を重ね、あざとく首を傾げながら笑顔を向ける。
「冗談だってぇ~。いっくんの教え方、サクちゃんと違ってすぅっごく丁寧で分かりやすいよぉ~」
「へぇ、いつもそんな風に思っていたんですね」
「だってぇ~サクちゃん厳しぃもぉ~ん」
「それはリリスがあまりにもやる気を出さないからです! いくら指導しても聞き流されては厳しくもします!」
「やぁん! いっくん、助けてぇ~!」
「ちょ、自分から煽っといて抱き着くなよ!?」
制服越しに左腕が豊満な胸に挟み込まれ、不意打ちから大いに狼狽えてしまう。
口元がニヤついてるからからかってるのは分かってる。
だがこうも密着されると意識してしまう男の性が恨めしい。
「そ、そんなに近付いては破廉恥です! 伊鞘君から離れて下さい!」
そして俺達の接触が不満なのか、サクラが目に見えて顔色を変えてリリスを非難する。
リリスから俺を離そうと、空いている腕を抱き寄せて対抗し始めた。
当然、それだけ引っ張られれば右腕がサクラの胸に触れてしまう。
ちょいちょい、破廉恥だって咎めんのに自分のは良いんかい。
しかし当人はそこまで頭が回っていないのか、まるで気付いた素振りを見せないままリリスと口論を繰り広げる。
リリス程ずば抜けて大きいワケじゃないけど、サクラもどちらかというと大きい方だ。
首筋から吸血する時なんて、いつも抱き合う姿勢になるから特によく分かる。
尤も痛みで全然堪能する余裕なんてないが。
というかそろそろ離してくれません?
外なのに吸精中かと思うくらいドキドキして、全然休憩にならないんだけど?
男としてはこのままでも構わないが、もし衝動に任せてしまえばお嬢から施された命令に背く形になるので、ペナルティとして俺の全身が悲鳴を上げることになる。
そうなったら彼女達が気に病むのが目に見えるので、なんとか止めて貰わないといけない。
「さ、サクラ。その、当たってる……」
「え──~~~~っ!?」
リリスに言ったら余計にからかって来そうなので、指摘して殴られるのを覚悟でサクラに呼び掛けた。
その指摘でようやく自分の姿勢に気付いた彼女はポカンと呆けたのも束の間、みるみるうちに顔を真っ赤に染め上げて動揺を露わにする。
反応があまりに可愛くて悶えそうになるが、唇を堅く結んで堪えた。
ともあれこれで離してくれるだろうと思ったものの、サクラは依然として俺の腕を抱いたままだ。
「サクラ?」
「い、伊鞘君は……こうされた方が嬉しい、ですか?」
「えっ!?」
どうしたのだろうかと声を掛けると、彼女は上目遣いでそんなことを口にする。
思わぬ問いに俺は冷静さを欠いて慌ててしまう。
こうされた方がって、腕に胸が当たってる状況がか?
「そりゃ、男としては嬉しいけど……」
「だ、男性だからではなく、伊鞘君自身がどう思っているのか聞いているんです!」
「……っ、う、嬉しい、よ。サクラみたいに綺麗な女子が相手だと、尚更」
らしくない質問に動揺を隠せないが、羞恥に耐えながら答えを求めた彼女の表情を前にはぐらかせる気がしなかった。
自分でも相当に恥ずかしいことを言ってしまったが、口に出した以上はもう撤回出来ない。
「! ……でしたら、気にしません」
「そ、そうか……」
俺の答えを聞いたサクラは紅の瞳を見開き、ふわりと微笑んでから腕に頭を擦り付けるように伏せる。
一連の動作に目を奪われた俺は、曖昧な返事をするので精一杯なくらいに緊張した。
俺が嬉しいなら気にしないって……あまり勘違いさせることを言わないでほしい。
あぁもう、めっちゃ顔が熱いな。
心臓が全然大人しくなってくれない。
無性にサクラを見るのが気まずくなって視線を逸らす。
だが目に映ったのは、ニマニマと実に愉しそうな表情をしているリリスだった。
「……見るな」
「はぁ~い」
せめてもの抵抗でそう告げると、イヤに素直に従ってくれた。
なんか後が恐いなぁ。
そして白馬も微笑ましいモノを見る眼差しで俺を見ていた。
「白馬、なんでそんな目で見るんだ?」
「いや。伊鞘が楽しそうで何よりだと思っただけだ」
「楽しそうって暢気な……」
「少なくとも、奴隷になる前よりはずっと良い表情をしている。今まで苦労して来た分、思うがまま過ごせている証拠だ」
「うっ……」
なんとも否定しきれない核心を告げられ、ぐうの音が出なかった。
確かに奴隷になってからの生活は、今までの人生からは考えられないくらい充実している。
それもこれもお嬢が俺を買ってくれて、サクラとリリスとも仲良くなれたことが大きい。
客観的に見てみれば、なるほど。
男子達が嫉妬するのも無理もないレベルで恵まれている。
だからこそ大切にしたいと願う。
そのためにもまず、中間テストを乗り切ることが先決だ。
そんな密かな決意と共に、休憩を終えてからは心機一転して勉強会に集中するのだった……。
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