中間テストが近付いてきてるので
お嬢とその相談から数日が経った。
俺への敵意は依然として無くならないものの、そんな状態に構わず中間テストの時期が迫っていた。
奴隷になってから忙しい日々が続いているが、それでも勉強を欠かしたことはない。
成績を出すことは今後の将来における選択肢を増やせる。
尤も、スカーレット公爵家の奴隷という最終雇用を得た今じゃあまり意味は無いかもしれないが。
それでも手を抜けないのはもはや性分と言える。
そんな昼休みの最中、白馬からある提案が齎された。
「伊鞘。中間テストの勉強に付き合ってくれないか?」
「良いぞ」
親友からのヘルプを快諾する。
中学の頃から続いているテスト前の習慣だ。
白馬は飲み込みが早いし自分の見直しにもなるので、人に教えるのは苦じゃない。
「勉強熱心ですね、伊鞘君」
「やっほ~いっくん」
「サクラ、リリス」
並べた机に教材を広げていると、今度はサクラ達が寄って来た。
瞬間、男子達から嫉妬の眼差しが向けられるが表立ってやっかんで来ない。
先日の告白のように、彼女達の前で俺を堂々と非難したら怒られると理解しているからだろう。
だったら睨むのも止めたら良いのに……。
俺が外野に対して呆れを感じている間に、毛嫌いしているリリスの接近に白馬が思い切り顔を顰めていた。
「何の用だ淫魔め。見ての通り、僕と伊鞘はこれからテスト勉強をするんだ。さっさとどこかへ行け」
「別に子馬さんに用は無いしぃ~。リリだってたまにはいっくんとお昼休みを過ごしたいだけだもぉ~ん」
「ッハ、どうだか」
相変わらずバチバチに仲が悪い二人だが、サクラが睨んでいるので程々に抑えている。
それでも悪態を突き合うのは止めない辺り、こっちも根が深いなぁと他人事のような感想を浮かべていた。
愛想笑いをしていた俺に、ふとサクラから呼び掛けられる。
「伊鞘君。お手数でなければ私とリリスも加わってよろしいでしょうか?」
「え、学年一位のサクラも?」
始業式で主席挨拶をしたことがある彼女は、一貫して学年一位を保持し続けている。
前は天才だなぁとか思っていたがなんてことない、サクラはその成績に見合うだけの努力を重ねているのだと今では把握済みだ。
そんな彼女からの誘いに思わず聞き返したのは、他人と一緒に勉強するイメージが湧かなかったからだが。
これもまた、俺と仲良くなってから見えるようになったサクラの変化だろうか。
「はい。以前より伊鞘君は勉強時間が取れていないかもしれないと思ったので、微力ながら力添えをと」
「それはマジで助かる! よろしくな」
「えぇ、任せて下さい」
確かに奴隷になってから屋敷での仕事やエサ役やらで、勉強に割ける時間は減っている。
そのことを気に掛けてくれた結果が、今回の提案のようだ。
感謝と共に承諾すると、サクラは誇らしげな笑みを浮かべる。
しかし彼女とは対照的に白馬は浮かない面持ちになった。
「
「嫌なら一人で勉強すればぁ~?」
「ふざけろ。貴様が一人でやれ」
「コラ喧嘩すんなって。勉強時間が減るぞ~」
ホント仲悪いな。
どちらとも友人の俺としては、喧嘩は止めて欲しいんだけど厳しいか。
ひとまず四人で勉強する方向で話が纏まろうとした時だった。
「辻園伊鞘! 今日こそボクとの決闘を受けてもらうぞ!」
「うわっ来た」
「うげっ」
「……」
「ッチ」
隣のクラスから
転校初日に敵視されてからというもの、拒絶反応で顔を顰めてしまう程に絡まれているのだ。
初めはイケメン転校生がウチのクラスに来てキャーキャー騒いでいた女子も、その残念っぷりが周知されたからか『またか』と呆れを隠さなくなった。
好意を向けられているリリスはあからさまに嫌そうな顔をしていて、サクラと白馬も眉を顰めている。
三人にもすっかり苦手意識が芽生えている辺り、これも勇者病が生む悲劇の一つか……。
そう憐れむ俺を余所に、今日も自分の世界を生きるのに忙しい
「中間テストが近いから五教科の合計点数で勝負しようじゃないか」
「嫌に決まってんだろ。何回も言わせんな」
俺の意を汲んだお嬢からは絶対に受けるなと言われている。
そうでなくとも最初から受けるつもりはないけどな。
すかさず却下した俺に、ユートはハァと呆れ顔を浮かべる。
「またかい? キミはいつもそうやって逃げるんだね」
「だって決闘を受けたところで俺にメリットないし。むしろお前の実家のために避けてるんだけど」
「弁の立つ言い訳だね。でも負けるのが恐いって魂胆が丸見えじゃ意味が無いよ」
「いつになったら話聞いてくれるんだテメェ……」
IQに差があると会話が成立しないって話があるけど、まさにコイツはその体現者だろ。
こっちの一言を拡大解釈するその頭、マジでぶん殴りたい。
同じ言語でここまで話が通じない徒労感に負けて手が出ないように、必死に我慢してる身にもなれよ。
鬱陶しさから顔を顰めていると、ユートは仕方ないと言わんばかりに肩を竦めながら続ける。
「ボクも鬼じゃない。キミに勝ち筋を見出せるようにハンデを付けようじゃないか」
「もうナチュラルに見下してんのを隠さなくなって来たな」
なんの根拠があって俺の成績を決め付けてんだか。
でもユートは転校生だから、現段階で成績がどの辺りなのか全く予想が付かないんだよなぁ。
地球の学校に転入して来たことを鑑みると、勉強は出来る方ではあるかもしれない。
そうなるとコイツは頭の良いバカってことになるんだけど。
とことん厄介なヤツだなんて思っていると、横からスッとサクラが割って入って来た。
「水を差す形になりますがブレイブラン様。仮に勝負が行われるとして、伊鞘君にハンデを付ける必要は無いかと思われます」
「なんだって?」
「彼はエリナお嬢様に買われるまで貧乏生活でした。その貧困さから高校の学費を払うことは出来ません」
「そんなまさか。だって今まさに通っているじゃないか」
「えぇ。何せ伊鞘君は泉凛高校の特待生として、学費全額免除を受けて入学していますので。学年一位ではありませんが、彼は現二年生の約二百名の中で常に五位以上をキープし続ける秀才なんです」
「……え?」
毅然と述べたサクラの言葉に、ユートは目を丸くして唖然とする。
そこまで驚かれるとかどんだけ下に見てたんだよ。
心外極まりない。
まぁ特待生に関してはサクラが言った通りだ。
両親に奴隷として売られたせいで退学扱いにされたせいで、特待生じゃなくなったんだよなぁ。
だからその事実を知らされた時はガチで落ち込んだモノだ。
幸い、復学の際にお嬢が交渉してくれたおかげで特待生待遇は復活したけど。
それにしても……。
「サクラ、俺の成績知ってたんだな」
「テスト後に張り出されている順位発表欄に、いつも伊鞘君の名前が載っていたのを覚えていましたから」
「学年一位に覚えて貰って光栄だ」
「ふふっ、なんなら私から一位の奪取を目指してみますか?」
「お、良いな。そっちの方が全然面白そう」
微笑む彼女の投げ掛けた挑戦に乗っかる。
一転して和やかな空気から自然と心が癒やされそうだった。
サクラとこういう話で盛り上がれるのも、仲良くなれた証拠として嬉しく思える。
「が、学生の本分である勉強に勝負事を持ち込むのは良くなかったね! 今回は許してあげるよ! それじゃ!」
なんか勇者が逃げて行った。
自分から勝負吹っ掛けて来ておきながら、不利を悟ったら逃げるとかやってることが三下じゃねぇか。
もはや呆れすら烏滸がましく感じていると、右袖をクイッと引っ張られる。
顔を向ければ、リリスから期待と不安の混じった眼差しで見つめられていた。
「あのねぇいっくん……勉強、教えて欲しいなぁ~?」
「初めからそのつもりだから安心しろって」
助けを乞うような目で見なくたって、リリスを放っておく理由なんて無い。
彼女の不安を和らげようと、苦笑しながらも願いを受け入れるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます