勇者病とお嬢の矜持


「ふぅ~ん。男子からの嫉妬にブレイブラン子爵の長男がリリスと顔見知りだったねぇ……」


 相談の内容を聞き終えたお嬢は顎に手を当てながら思案する。

 少し待っていると、彼女は神妙な面持ちで俺と目を合わせた。


「まず男子からの嫉妬だけど……ぶっちゃけ無視すれば良いと思うわ」


 白馬やサクラと同じく、お嬢もまた手厳しい意見を口にする。

 

「本当にぶっちゃけたなぁ」

「だってただの僻みじゃない。サクラとリリスが誰と交流を持とうが二人の自由でしょ? それを身勝手に受け入れないなんて、心の狭さが露呈して浅ましさしかないわ」

「そうだけど、そう簡単に片付けられないのが男心というか……」

「なんで被害者のイサヤが庇うの。堂々としてなさいよ」

「スンマセン……」


 言ってることは正しいんだけど、正しいからってどうにかなる訳じゃないのが難しいのだ。

 そんなのはお嬢だって百も承知だろうけど、言わずにいられないくらいにみっともなかったのかもしれない。

 そのまま彼女は呆れを露わにしながら続ける。


「っま、サクラとリリスも噂を否定するでしょうし、そっちに関しては火の粉を払う程度で良いわよ。問題は後者、ブレイブラン子爵子息の件よ」

「やっぱそっちの方が比重ある?」


 頭が痛そうに目を伏せるお嬢にそう尋ねると、彼女は首肯する。


「大問題よ。その子息、どう考えてもの典型患者だもの」

「なにその勇者病って、なんか中二病みたいだな」

「概ね同じよ」

「マジか」


 ラノベを読んでるだけあって、中二病の概念は把握済みのようだ。

 そして大体同じだと返されて唖然としてしまう。


 だって剣と魔法の世界で生まれ育ってる異世界人が、思春期から来る中二病になるなんて思わないだろ。

 

「ヴェルゼルド王が異世界を支配していた魔王を倒したのは有名な話でしょ?」

「まぁ小学校の歴史の教科書に載ってるし」

「異世界でも武勇伝として語り継がれているから、それこそ知らない人はいない。だからこそかの王に憧れる人はとても多いの」

「気持ちは分かるけどなぁ……」


 ノンフィクション英雄譚の主人公で、四人の綺麗な奥さんを持つハーレムの主だし。


 けどなんで今さら王様の話を?

 意図が分からず疑問を感じていたら、お嬢は傍に置いていた読みかけの異世界ファンタジー物のラノベを掲げる。


 どうしていきなり……と訝しんだのは一瞬だけだった。


「……まさか、ラノベって異世界でも流行ってるのか?」

「半分正解。漫画やアニメとかゲームもよ。特にラノベは愛読してる人が多いわ。それもが」

「おぉぅ……っ!」


 呆れて物も言えないとはこのことか。

 ヴェルゼルド王が魔王を倒す英雄譚に憧れた人が、ファンタジーラノベに触れて勇者という概念を知り、自らが勇者になろうと目指すようになった訳だ。

 地球交流でこんな症例が出て来るとか、王様も報われねぇな!


 十中八九ユート・ブレイブランもその口だろう。

 勇者に憧れて間もない頃、リリスに初恋したことが切っ掛けで熱意が暴走したんだ。


 十二年も続いたのを思うと、完全に筋金入りだな。


「勇者病の患者は共通して、過剰な正義感と思い込みの激しさを持ってるわ。善行に働いている分にはやる気に満ちてて良いんだけれど、大抵は独善に傾倒していってしまうの。そうした身勝手な振る舞いが原因で迷惑を被る人が後を絶たないの」

「不本意ながら目の当たりにしたせいで容易に想像出来る」

「でも大半は才能が無いとか、平和な世界で倒す敵が居ないとかの理由で折れるんだけどね」

「極一部に才能があったり目的を持ったことで、挫折しないまま成長した奴が出て来ると」

「その通り。だから異世界では勇者病患者が自称する勇者は、専らバカの代名詞とされているわ」

「勇者の字面にそぐわない扱いだな!?」

「実際ただのバカだもの」


 つまり今のユートは自分でバカだと名乗ってる訳か。

 いやもう、可哀想を通り越して憐れでしかねぇよ。

 とんだピエロじゃねぇか。

 

 俺はともかく、そんなのに目を付けられたリリスが不憫でしかない。


 痛む頭を抱えていると、お嬢が大きなため息をついた。

 

「全く、面倒なことになったわね」

「えっと、ゴメン」


 居たたまれなくなって謝罪すると、お嬢に頭を小突かれる。


「だからイサヤは謝らなくて良いってば。むしろ早い段階で相談してくれて助かったくらいよ。原因を突き詰めれば、ブレイブラン子爵家の教育に問題があっただけなんだから」

「ちなみにユートが俺に喧嘩吹っ掛けて来た場合は?」

「イサヤに怪我を負わせた時点で廃嫡確定よ」

「公爵家の奴隷って子爵子息より上ってコトっ?」

「良かったわね? あたしに買われて」

「否定出来ないけど、事態をよりややこしくしてる要因にもなってる気がする……」


 ニコリと良い笑顔で言われて、苦笑しながら嘆息する。

 スカーレット公爵家の底が知れなさすぎて恐い。


「それでアイツ、去り際に決闘がとか言ってたんだけど避けた方が良いよな?」

「別に受けても良いんじゃない? さっさと廃嫡させて学校も退学になるでしょうし、そうしたら早く解決するでしょ」

「いやでも子爵家の人達に迷惑を掛けるのはちょっとなぁ……」


 ドライなお嬢の言葉に、どうにも賛同できず言い淀む。


 育て方に問題はあったにせよ、きっと散々手を焼かされていたであろう子爵家の人達に責任を持たせるのは気が引ける。

 あんなのでも廃嫡したら、子爵家が多大な損害を受けるのは容易に想像できた。

 全く以て親不孝者だと悪態をつかずにいられない。


 なんとか穏便に済ませたいがあの勇者バカのことだから、俺が公爵令嬢の奴隷って言っても信じないだろう。

 

 そんな迷いを察したのか、お嬢はジト目で俺を見つめていた。


「アンタもとんだお人好しねぇ。っま、イサヤが穏便に済ませたいなら、その方法くらい考えてあげるわよ」

「……良いのか?」

「当たり前よ」


 まさか寄り添ってくれるとは思わず、反射的に聞き返してしまった。

 戸惑う俺にお嬢は毅然とした面持ちを浮かべる。


「奴隷を買うってことは、奴隷の安定した生活を保障する義務を引き受けることよ。だって人一人の命をお金で買うんだから、それくらいは覚悟しておかないと。漫画みたいに不当に扱うのは愚か者がすることだわ。だからあたしはイサヤが平穏な学校生活を望むなら、それを叶えるために力を尽くす……それだけよ」

「……」


 そう告げたお嬢に対して、俺は目を見開いたまま言葉が出なかった。

 

 あぁ、ヤバい。

 少しでも油断したら涙が出そうだ。


 年下の女の子にここまで気に掛けて貰えたから泣きそうになるなんて、自分が情けなく思えてくる。

 さっきは冗談めかして言っていたが、俺を買ってくれたのがお嬢で本当に良かった。

 胸の奥に滾る畏敬の念が熱くて堪らない。


 言葉にしたら、きっと彼女はなんてことない風に返すだろう。

 感謝してるからって、しつこく礼を言うのも考え物だ。

 だから彼女が望んだような、畏まらない伝え方をするべきだ。


 震えそうな喉を落ち着かせようと深呼吸をする。

 そして俺は口を開いた。


「──お嬢っていい女だわ」

「ふふっ、分かってるじゃない。でもうっかり惚れちゃダメよ?」

「畏れ多いんで自制するよ」


 そんな軽口を交わして、どちらからともなく笑い合う。

 

 何も解決した訳じゃないけど、俺の心はかなり軽くなっていた。

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