お嬢への相談


 今日の仕事を終わらせた後、俺はお嬢の元へと向かっていた。

 目的は学校における俺の状況改善の相談だが、正直に言うと放課後の告白劇を目撃するまでは軽く済ませるつもりだった。

 その後は自分の力でどうにか解決を図ろうとしていたが、ユート・ブレイブランという子爵子息が絡んで来たのなら話は別だ。

 

 貴族が関わると絶対にロクなことにならない。

 だから一刻も早くお嬢に相談することにした。


 サクラとリリスも同意してくれている。

 彼女達も付いて行こうか提案されたが、あくまで事態の渦中にいるのは俺なので気持ちだけ受け取った。

 

「サクラが言うには、確か書斎に居るんだったよなぁ……」


 夕食の後で書斎に籠もるなんて、公爵令嬢って忙しいんだろうなぁ。

 もし疲れているようなら肩でも揉もうかと考えつつ、目的の書斎前に着いた。


 ドアの四回ノックしてからドア越しに呼び掛ける。


「お嬢。伊鞘だ。少し相談したいことがあるんだけど、時間は大丈夫か?」

『えぇ、良いわよ。入って頂戴』

「失礼します」


 許可を得たので入室する。

 書斎の名に違わず、壁一面の至るところに本が敷き詰められていた。

 膨大な数に圧巻されて、もはや書斎じゃなくて書庫と呼んだ方が正解だと思わされる。


「ふふっ、ビックリしたかしら?」


 その主であるお嬢は、中央に設置された大きなソファに腰掛けて本を読んでいた。

 セミロングの金髪に深紅の瞳、年下だと感じさせない優雅な佇まいを持つ美少女こそ、エリナレーゼ・ルナ・スカーレット公爵令嬢様だ。

 本来ならこうして関わることのない人なのだが、奴隷になった俺を大金で購入したご主人様でもある。

 

 そんなお嬢は書斎の内装に圧倒されていた俺へ、勝ち気な微笑みを向けていた。


「そりゃ驚くって。こんな大量の本、全部読もうと思ったら何十年掛かるのか考えたくないな」

「布教はしても強制はしないわよ。ここの本は全部、あたしが趣味で集めてる本だから重要度も高くないしね」

「お嬢の趣味?」

「ほら、こんな感じ」


 そう言ってお嬢が表紙を見やすいようにかざす。

 数歩近付いてよく見てみると……。


【A級パーティーを追放された無能盗賊、実は敵のステータスを盗めるチートスキル持ちでした~こっちは可愛い後輩と自由に生きるので放っておいて下さい~】


 ほとんどあらすじみたいなタイトルと、美少女キャラを全面に押し出したイラストが目立つ。

 えぇっと、これはつまり……。

 

「──ラノベ?」

「えぇ。昨日発売した新刊よ。ウェブで連載された頃から好きな作品なの」

「へ、へぇ~……」


 困惑する俺の反応が予想通りだったのか、お嬢はクスクスと笑いながら続ける。


「公爵令嬢がこういうのを読んでるなんて、意外だったでしょ?」

「ま、まぁ」


 誤魔化しても仕方がないので素直に白状した。

 気安く接してるからつい忘れがちだが、お嬢は異世界でも特に高い権威を持つ公爵家の令嬢だ。

 その彼女がラノベ……要はオタク趣味の持ち主というのは中々結び付かなかった。


「意外だったけど、ラノベは面白い作品が多いから気持ちは分かるよ」

「え? 貧乏生活だったイサヤも読んだことあるの? あたしとしてはそっちの方が意外だわ」

「小学生の頃、冷暖房の電気代を浮かすために図書館で閉館ギリギリまで過ごしてたんだよ。その時の時間を潰すために読んでたんだ」

「アンタの貧乏エピソードって、聞く度にこっちが気を病みそうになるのよねぇ……」

「ご、ごめんなさい」

「親が悪いんだから、伊鞘が謝ることないわよ」

「ははは……」


 今も行方が知れない両親を非難するお嬢に、渇いた笑いしか返せなかった。

 少し重くなった空気を紛らわそうと、本棚に並べられた数々の本へ視線を向ける。


「ホントに凄い量だな……学校にも持って行って読んでるのか?」

「そもそも学校には行ってないわよ」

「えっ!? でもお嬢って今年で十四歳のはずだろ?」

「義務教育の範囲なんて三年前に家庭教師から全部教わったわ。高校卒業資格は去年の内に取ってるし、大学に行かなくても貴族に必要な勉強はいくらでも出来るもの。令嬢として責務を果たしつつ、ラノベを読むには十分な環境を与えて貰ってるわ」

「生きる世界が違い過ぎてなんも言えねぇ……」


 年齢に見合わない聡明さは感じていたけど、まさか飛び級出来る程とは思わなかった。

 公爵家令嬢の身分に相応しい才覚がありながら、それに驕ることなく広い視野を持つお嬢だからこそ尊敬しない理由がない。

 

 つくづく、俺は恵まれてるなと失笑する。


 再び本棚を見やれば、ファンタジー系からSF系、恋愛系やラブコメ系といった様々なジャンルの作品があった。

 相当なコレクター魂というべきか、趣味でここまで揃えられるのは中々難しいんじゃないかと思う。


「なんか、恋愛系の作品が多いな……もしかして憧れてたりするのか?」

「あたしだって女の子なんだから人並みに興味あるわよ。っま、現実だとそういかないから創作物で発散してるようなものなんだけれど」

「なんで? お嬢もかなりの美少女だからモテそうなのに」

「ありがと。でも、モテたところで意味ないわよ。だってあたしいるし」

「あ~婚約者がいるなら仕方がな──って、ええええええええぇぇぇぇっっ!!?」


 サラリと告げられたとんでもない事実を流しそうになって、遅れて気付いた俺は驚愕を露わに叫んでしまう。

 近くで発せられた大声に驚いたお嬢が耳を塞ぎながら俺に非難の眼差しを向ける。


「うるさっ。いきなり大きな声出さないでよ、ビックリしたじゃない」

「ご、ゴメン! でもその、お嬢に婚約者がいると思わなくて……早すぎじゃないか?」

「アンタねぇ……あたしは公爵令嬢なんだから、婚約者くらい居るに決まってるでしょ。この歳で居ない方がどうかしてるわよ。むしろ居ないって思われたなんて心外だわ」


 無知を責めるようにジト目で睨みながらお嬢はそう言った。


 いや、ホント仰る通りです。

 勝手に居ないと思い込んでた俺の方が悪い。

 お嬢って良い意味で貴族らしくないから、自然とそう考えちゃってたんだよ。


 反省の意を示すようにその場に正座をして説教を受け入れる。

  

「お嬢はその、婚約者のことが好きなのか?」

「逆よ。婚約者だから好きになろうとしてるの」

「なろうとしてるって、じゃあ元から想い合っての婚約じゃないのか?」

「そ。お相手は人間で同い年の公爵家次男で、何度か顔を合わせてるわ。心配しなくても悪い人じゃないし、今は地球で暮らしてるあたしと文通でやり取りしてるところなの」

「そっか……」


 至って平然と婚約者について語るお嬢の表情に、特に憂うような陰りは見えない。

 好きでもない相手との結婚だろうと、貴族としての責務には必要なんだろう。

 正直、こうして当事者から話を聞いてもまるで実感が湧かない。


 お嬢の婚約に関して何が出来るかなんて思い上がるつもりはないけど、願わくば幸せになて欲しいと祈っておこう。

 内心でそんなことを考えているとお嬢が手に持っていたラノベを閉じて、深紅の瞳でジッと見つめながら口を開く。


「それで、こうしてやって来たのは世間話をするためじゃないんでしょ? 相談事があるなら言いなさい」

「っと、そうだった」


 お嬢の趣味やら婚約者やらで、危うく目的を忘れるところだった。

 しっかりしろよ俺。

 気を持ち直しながら、学校で起きたことの説明を始めた。

 

 

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