勇者が人の話を聞いてくれない
「え、え~っと……記憶にないってどういうこと?」
「そ~ゆ~ことでぇ~す」
「それで納得できる人は多分いないと思うよ?」
渾身のプロポーズをあっさりと断られたユートは困惑を露わにリリスへ問う。
成功を疑っていなかったからか、その衝撃は大きいように思える。
十二年前の約束だのを考慮すると二人は幼い頃に面識があって、なんらかの理由で離れることになった際に結婚の約束をした……そんなところか?
尤もそれはユートの言葉が正しければ、という前提になるが。
「リリス。ブレイブラン様は結婚の約束をしたと仰っていますが、本当に心当たりはないんですか?」
「うん~。これぽっちもないよぉ~」
「なるほど……」
それはサクラも同じ疑問を持ったのか会話に割って入ってリリスへ尋ねる。
訊かれた質問に彼女はなんとも軽い調子で答えた。
返答に対してサクラは顎に手を当てて逡巡した後、ギュッとリリスを抱き寄せながらユートを睨み付ける。
「僭越ながら申し上げますが、ブレイブラン様の妄言にリリスを巻き込まないで頂けませんか?」
「妄言!?」
まぁそうなるよな。
リリスに心当たりがないなら、俺としても信じる理由は無い。
むしろさっきの告白より質が悪いし、貴族相手といえどもサクラが警戒心を露わにするのは当然だ。
自分の言葉を妄言と切り捨てられたユートはショックを隠せず狼狽した。
それでも彼は咳払いをして気を保ちながら再び笑みを作る。
「だ、大丈夫。説明すればきっと思い出してくれるはずだ! そう、あれは十二年前のことさ……」
「どっから来るんだよその自信……」
しかも勝手に話し始めたし。
プロポーズを断られた上に妄言扱いされてなお、強気な姿勢を崩さない強メンタルの持ち主とかしぶといなぁ。
呆れを感じながらも言い分くらいは聞いてやろうと、ユートの自称結婚の約束エピソードに耳を傾ける。
========
当時五歳だったボクは、父上の仕事に付いて行って地球へ訪れた。
初めて足を踏み入れた地球は、ボクにとって新しい発見ばかりでとてもワクワクしたよ。
父上が仕事をしている間、近くの子供預かり所で待つことになった。
他の子が思い思いに遊ぶ中、ボクは地球人とどう接すればいいのか分からなかったんだ。
そうして立ち尽くしていた時さ……運命の出会いがあったのは。
『ねぇねぇ~。いっしょにあそぼぉ~』
『!!」
独りで固まっていたボクに女の子が声を掛けてくれた。
でも突然のことでビックリしたから返事もままならなかったんだ。
けれど女の子はニパッと明るい笑顔で続けた。
『リリはねぇ~、さきばリリスってゆ~のぉ~。キミはぁ~?』
『ゆ、ユート……』
『そっかぁ~。それじゃゆーくん、いっしょにボール遊びしよぉ~』
『う、うん!』
人見知りをしない彼女の温かな誘いにボクは頷いた。
あの時に感じたボール遊びの楽しさは忘れられないよ。
ずっと彼女と遊んでいたい、そう願ったモノさ。
けれども幸せな時間は続かなかった。
『ユート、帰るぞ』
仕事を終えた父上が迎えに来たんだ。
待っていたはずの瞬間なのに、ボクの心は言い表せない寂寥感で満ちていた。
『もう帰っちゃうのぉ~?』
『うん……』
そう、このまま帰るということはリリスとの別れを意味していたからだ。
でもボクはブレイブラン家の長男……我が儘を言う訳にはいかない。
だからせめてもの心の標を得るために、リリスへある言葉を告げた
『リリス、やくそくしよう! ボクはしょうらい、りっぱな『ゆうしゃ』になってかならずキミをむかえにいく! そしたら……けっこんしよう!』
それがボクとキミが交わした結婚の約束だった。
今でも鮮明に思い出せるよ、あの時のリリスの笑顔と返事を。
ボクの言葉にキミはこう返してくれたんだ……。
『──そっかぁ~。ばいばぁ~い』
========
「──ということさ!」
「返事が無重力クラスに軽いッ!!」
言われたことに対する受け止め方があまりにも軽すぎてツッコミを堪えきれなかった。
つーかここで回想終わりかよ!
そんなにドラマ的でも無かったし、なんなら出会って一日どころか半日も経過してない!
幼さを踏まえてもその短時間の付き合いじゃ覚えてないに決まってるだろ!
というかそもそもの話……。
「その約束を胸に、ボクはリリスに相応しい男になろうと努力を重ねて来たんだ」
「いやいや気付けよ! 別れ際の会話をどう反芻しても約束として成立してないって!」
ユートの約束しようって言葉に対して、リリスはイエスともノーとも言ってねぇんだわ。
話を信じるなら面識があった点は妄言じゃないにしても、約束の件に関しては百パーで思い込みでしかない。
自分の世界を生きすぎだろコイツ。
言葉にしないでも、サクラも頭を抱えたそうに目を伏せてる。
「話終わったぁ~? 特に何も思い出せないから結婚はしないけどぉ~」
「ええっ!?」
肝心のリリスは今の話を聞いてもピンと来た様子は無いし、暗に退屈だったと口にする始末だ。
当時の出来事は忘却の彼方へ送り込まれてるらしい。
結局思い出されなかったことに、ユートは顎が外れそうな勢いでショックを受けた。
とんでもない擦れ違いがあったもんだなぁ、オイ。
全く憐れに思えないのはユートが滑稽すぎるからだろうか。
っま、なにはともあれだ。
「っじゃ、帰るか」
「そうですね」
「よぉし、お仕事頑張っちゃうぞぉ~」
「ま、待ってくれ!」
真相が判明したのでこれ以上は付き合う義理も無いだろうと屋敷へ帰ろうとしたが、まだ諦めていないらしいユートが俺達の前に立ち塞がる。
……しぶてぇな。
思わず顔を顰めてしまう。
「なんだよ、まだ諦めないのか? これは受け売りだけど男が諦めちゃいけないことは二つだけで、それは生きることと女を幸せにすることだ。他は諦めたところでどうにでもなるから安心しろってさ。肝心の言った先輩はいつも酒飲んだら『嫁が欲しい』ってくだ巻いてたけど」
「説得力ゼロじゃないか!? そうじゃなくて、さっきからリリスと一緒に居るキミは何者なんだ?」
「今さらかよ。さっき自己紹介しようとして遮ったのはそっちじゃねぇか」
「御託はいい! さっさと名乗れ!」
人の話聞かねぇなコイツ……!
許されるならぶん殴りたいところだが、いくら公爵家の奴隷でも貴族の長男に手を出すのはマズい。
名乗れと言われて名乗るのは癪だが、言わないとしつこく付き纏って来そうだ。
秤に掛けた結果、ため息をつきながら名前を言うことにした。
「辻園伊鞘。スカーレット公爵家の奴隷でこっちの二人のエサ。以上」
「え?」
簡潔に自己紹介を済ますと、ユートは緑の目を大きく見開いて呆ける。
「改めて列挙すると凄い単語が揃ってるよねぇ~」
「多分、二ヶ月前の自分に言っても信じないと思う」
「私は肩書きなんて気にしませんよ」
「ありがと、サクラ」
リリスとサクラの感想にそれぞれ返す。
名乗れっていった当人がなんか茫然としているので、もう良いだろうと踵を返そうとするが……。
「──そうか。キミが、辻園伊鞘だったのか」
「はぁ? そうだけど……」
何やら剣呑な声音で再確認して来たので、半分くらい苛立ちながら肯定する。
「今日、転校してきたボクはクラスメイトにリリスのことを尋ねた。そしたらなんて教えられたと思う?」
なんだろう。
そこはかとなく嫌な予感がする。
ついでだが、ここ最近の俺の嫌な予感は良く当たる傾向が強い。
何が言いたいかと言うと……。
「辻園伊鞘という男子に、サキュバスの命の源である精気を吸わせないと脅された結果、肉体関係を持たされたってね!」
「濡れ衣にも程がある!!」
吸精されてるから根も葉もあるけど、断じてそんなことはしてない!
付き纏ってた嫉妬が最悪の形で牙を向いて来やがった!
しかもなんだそのデタラメは!
精気を吸わせないって言っておきながら肉体関係は持つって矛盾してるだろ!
明らかに嘘じゃねぇか!
まさかとは思うけど、その私怨垂れ流しの嘘を本気で信じてるのか?
そんな欺瞞に満ちた内容で?
厄介なんて言葉で片付けられない事態に、もう頭を抱えるしかない。
「何を言っているんですか? 伊鞘君はそんな不埒な真似はしていません」
「そうだよぉ~。いくらなんでもデタラメ過ぎるってぇ~」
サクラとリリスはあり得ないと否定してくれた。
特にサクラはプレッシャーを出さないまでも、憤慨しているのが伝わる。
あぁ凄くありがてぇ。
二人と紡いだ絆に救われたのが堪らなく嬉しい。
しかしユートはそんな彼女達の言葉に納得がいかないのか、分かりやすいくらいに怒りの眼差しを浮かべる。
「なんてヤツだ……自分が非難された時に庇うよう、彼女達を言い含めただなんて!」
「どういう思考回路してたらその結論に至るんだよ。そんなことしてないし、さっき言った通り俺は公爵家の奴隷で──」
「黙れ! 勇者の名の下において、ボクは絶対にキミを許さないぞ!」
「聞く耳すら無しかこの野郎!」
もう完全に俺が悪者扱いじゃん!
何言っても聞こうとすらしない相手じゃ付き合いきれねぇよ!
サクラとリリスも軽蔑の目でユートを見てるし。
好きな子から呆れられてるのに気付かないまま、ユートはビシッと俺を指さして高らかに言う。
「辻園伊鞘! 彼女達の名誉のため、その悪辣極まりない暴挙を断罪するため、キミに決闘を申しこ『お仕事に遅刻しちゃうからもう行くねぇ~』え、ちょま──」
何か言い切るより先にリリスの声が聞こえたかと思った瞬間、目の前の景色が一変する。
さっきまで体育館の近くに居たはずだったのに、俺達はスカーレット家の別邸前に立っていた。
辺りを見渡しても見間違いじゃなく、なんなら立ち塞がっていたユートの姿が見当たらない。
「あ、あれ? なんで?」
「面倒くさいからぁ~、屋敷まで転移したんだよぉ~」
「転移!?」
唐突な場面転換に戸惑いを隠せないでいると、リリスから緩い調子で答えが齎された。
起きた事象に驚愕の声を出してしまう。
異世界に存在する魔法の一つに転移魔法があるので、転移そのものは不思議じゃない。
しかし地球では魔法を使えないように、魔封じの腕輪で制限されているのだ。
にも関わらず、リリスが転移魔法を行使したのだという。
魔法が封じられているのにどうやって?
そんな疑問を察したのか、リリスが手に持っているモノを見えやすいようにぶら下げる。
「これを使ったからだよぉ~」
それは卵みたいな形のストラップだった。
中央にはボタンらしき装置が組み込まれていて、さっきの転移はそれで起こしたらしい。
あぁ、なんか分かった。
そのストラップの正体が。
「ジャジムさん特製魔法具ぅ~、転移式防犯スイッチのおかげぇ~」
「あの人、就く業種間違えてない?」
どう考えても料理長の器に収まらない凄まじい技量に、感歎を通り越して疑問すら浮かんでしまう。
でも理屈はおおよそ理解した。
サクラ達の容姿はとても目が惹くため、狙う人が後を絶たないはずだ。
抵抗しようにも地球では魔法が使えない上、下手に騒ぎを起こすと異世界人への非難に繋がってしまう。
そんな状況で穏便に済ませるため、スイッチを押すことで屋敷まで転移する魔法具を作って持たせたんだ。
後で俺の分も作って貰えないか頼もうかなぁ。
「さて。色々と面倒なことがありましたが、ひとまずは業務を済ませましょう」
「おっけぇ~」
「異議無し」
やっと落ち着いたのも束の間、サクラの号令に従って仕事を始めることにした。
嫉妬から生じた敵意の数々、ユートのこと。
積み重なる悩み事から少しでも意識を逸らそうと、業務に励んでいくのだった。
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