#3 吸血鬼のお姫様が過ごす〝普通〟の夏休み
お嬢の誕生日パーティー
──七月三十日。
オーケストラが演奏する美麗な音楽をBGMに、スカーレット公爵家本邸にてお嬢の誕生日パーティーは盛況を見せていた。
異世界に存在する貴族の中で頂点とも言えるスカーレット公爵家、そのご令嬢であるエリナレーゼ・ルナ・スカーレットの十四歳となる誕生日会とあって、来賓の人数はかつてのお茶会を遙かに上回っている。
特に注目する人物としては、異世界を治めるヴェルゼルド王と四人の奥様だろう。
仕事をしながら遠目ではあるものの、画像じゃない当人を目にしたのはこれが初めてだった。
奥様達の美しさもそうだが王様本人は五十歳を越えているはずなのに、二十代にしか見えない若々しい容姿なのが衝撃的だ。
それで第二妃の間に新しく子供が生まれたって言うんだから、もう羨ましいとか通り過ぎて苦笑いするしかない。
確か第四妃の大精霊様と契約した影響で、人間でありながら不老長寿になったんだっけ。
未だに魔王支配から抜け出しても混乱の真っ只中の異世界の政治、故郷である地球との交流や法整備……これらをこなすには人間の寿命じゃ不可能なんだろうなぁ。
その王様と王妃様達はというと、公爵様と公爵夫人の二人と談笑している。
両者と接点を持とうと考える貴族は多いが、割って入るにはあまりに無粋だと誰もが躊躇っていた。
ヴェルゼルド王とスカーレット公爵は親友というのは周知の事実なので、意図が無いとしても邪魔立てするのは憚られるんだろう。
そんな感心を余所に俺は給仕として会場内を忙しなく働いていた。
本邸で勤める先輩方と共同なのだが、それでもなお膨大な作業量に追われている。
無くなった料理や飲み物の補充、質問や要望の受け答え、突発的なトラブルへの対処等々のエトセトラ。
いやもうホントにやることが……やることが多い!!
礼節に関してはお茶会以降もサクラから教わっていたので問題は無いが、純粋な忙殺で心身ともに悲鳴を上げたい気分だ。
無論、来賓の方々の前で叫ぶ訳にいかないので歯を食いしばって堪えるが。
そうして身を粉にして働き続け、ようやく一息つける段階にまで落ち着いて来た頃だった。
「エリナ、誕生日おめでとう」
「ありがとうございます、ヒューリット様」
ふと耳に入った声に顔を向ければ、そこには豪奢なドレスに身を包んだお嬢と見知らぬ男子が顔を合わせていた。
短く切り揃えた青色の髪と眼鏡を掛けた柔和な緑の瞳、高そうなタキシードを着たこの少年こそがお嬢の婚約者、ヒューリット・デミトリアス公爵子息様だ。
美少女のお嬢と並んでも違和感のないイケメンで、婚姻を結んだ暁にはスカーレット家へ婿入りすることになっているらしい。
婚姻……つまり結婚かぁ。
お嬢は貴族だから当然だって言ってたけど、やっぱ物心着いた頃から結婚を意識するなんて想像も付かない。
表面上こそ楽しげに話しているが、お嬢が令嬢モードを崩していない時点で好意が無いと分かってしまう。
本当にこのまま結婚して良いんだろうか。
俺の人生を救ってくれたお嬢には幸せになって欲しい。
どうせ結婚をするなら、ちゃんと心の底から想いを通わせた相手との方が良かった。
奴隷のクセに烏滸がましいのは百も承知だが、そう願わずにはいられない程に彼女への恩義がある。
なんて思っていると、ヒューリット様が一枚の手紙のようなモノをお嬢に手渡した。
「ヒューリット様、これは?」
「スカーレット公爵様への陳情書だよ」
「陳情書? どうしてそのようなモノを?」
「読めば分かることだけど……そうだね、キミには先に説明するのが最後の役目か」
「最後……?」
要領の掴めない言葉を口にする婚約者に、お嬢が訝しげな面持ちを浮かべる。
偶然ながら聞き耳を立てている俺も、胸の奥でざわつく不快感が湧き上がっていた。
戸惑うお嬢を余所にヒューリット様は一人の令嬢を手招きする。
その令嬢は何故かヒューリット様へ寄り添うように並んだ。
なんだか嫌な予感がする。
そしてこういう時に限ってうんざりするくらい当たってしまう。
「彼女はマリアベラ。ルルフリーシュ伯爵家の令嬢だ」
「初めまして、スカーレット公爵令嬢様。この度はお誕生日おめでとうございます」
「え、えぇ。ありがとうございます」
公爵令嬢の前にも関わらず怖じ気づいた素振りを見せないまま、伯爵令嬢はニコリとたおやかな笑みを浮かべた。
言葉では恭しいが笑みの奥にどこか嘲りを感じさせられる。
なんだかつい最近、こんな光景を見た気がした。
どこでだったかを思い返して……すぐに行き着いた答えからゾッと背中に悪寒が走る。
おい、待て。
いくらなんでもそれはないだろ。
頭の中で浮かぶ言葉を口にするより先に、ヒューリット様が伯爵令嬢の肩を抱き寄せながら告げた。
「僕はマリアベラと出会って真実の愛というモノを見つけたんだ。だからキミとの婚約を破棄させて欲しい」
「──え?」
長年の交流を重ねたお嬢に対する婚約破棄を。
突如伝えられた宣言に彼女は茫然と立ち尽くしたままだ。
それは記念すべき誕生日パーティーが最悪へと変貌した瞬間だった。
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