メイドの恋バナ



 本日の授業を終えた私達は、屋敷へと帰って来て早速業務に取り組んだ。

 リリスとどちらの手作り弁当が美味しいのか競った結果、伊鞘君は私の勝ちだと言ってくれた。

 人目も憚らず飛び上がるくらい喜んでしまったけれど、好きな人に手作りを美味しいと言って貰えたことが嬉しくて堪らない。


 伊鞘君の後で私達もお互いの弁当を食べ合った。

 同じ先生に師事しているだけあって彼女のお弁当も美味しく、彼はよく決めたなと感心した程だ。


 でも今日一日を通して私はリリスへある疑念を抱いていた。

 学校では人の耳に入って欲しくなくて訊けなかったけど、伊鞘君がジャジムさんに頼まれた買い出しに行っている今なら訊ける。

 応接室の床を拭いているリリスに私は声を掛けた。  


「リリス。訊きたいことがあります」

「なぁにぃ~?」


 こちらの問いに対して彼女はいつもと変わらない、緩やかな調子のまま聞き返す。

 初めの内は間延びした口調を改めるように注意していたが、一向に直す気配がないので諦めている。

 むしろ体育祭前にリリスが落ち込んでいた時は、心配になって胸が不安で一杯だった程だ。

 伊鞘君がブレイブラン様を倒したことで、調子を取り戻して良かったと安堵した。

 しかし、その後から彼女の伊鞘君に対する距離感が変わったのだ。


 初めはなんとなく、昨日までは疑念だったそれが、今日になって確信に変わるまでそう時間は掛からなかった。

 顔を合わせたリリスへ、私は緊張で震えそうな唇を堪えながら口を開こうとして……。


「──いえ、なんでもありません」

「そっかぁ~」


 ダメだ。

 ほとんど確信があるクセに、いざ口にしようとすると躊躇ってしまった。


 このことを言及した瞬間、リリスとの関係は今までのようにいかなくなる。

 信じた人との仲が拗れたらと思うと、今度こそ世界で独りぼっちになってしまうような恐怖に襲われそうだった。

 臆病な自分がとことんイヤになる。


 そんな自己嫌悪に苛まれている時だった。


「リリもねぇ、サクちゃんに言いたいことがあるんだぁ~」

「言いたいこと、ですか?」


 どんなことなのか先を促すと、リリスはにこやかな面持ちで頷いてから告げた。


「実はねぇ~、リリいっくんのことが好きになったのぉ」

「っ!」


 今まさに尋ねようとしたことを聞かされ、驚きのあまり目を見開いてしまう。

 しかし無理もないと思えるのは、それだけ伊鞘君が素敵な人だからという納得があった。

 ブレイブラン様の件を解決して見せたことから、彼女が好意を抱くのは自明の理だ。


 ん?


「リリス。自分もというのはどういうことでしょうか? まるで他にもいるみたいに聞こえるのですが……」

「え? いっくんが好きなのはサクちゃんも同じでしょ~?」

「──っ!?」


 あっけらかんと当たり前のように告げられた指摘で、全身が一気に熱くなったように錯覚してしまう。


 ど、どうしてバレている?

 ドラグノアさんといい、私はそんなに分かりやすいのだろうか?

 ポーカーフェイスは得意な方なのに……。


「なんでって顔してるけどぉ~、サクちゃんは話し相手がいっくんかどうかで全然表情違うからねぇ~? お茶会の後から明らかに変わってたもぉん」

「うぅ……」


 苦笑しながら説明された指摘の根拠に、私は小さい呻き声を上げるしかなかった。

 伊鞘君と話していると心が満たされてついつい表情が緩んでいる自覚はある。


 自制はしていたつもりだったけれど、まさか人目にも分かる程だとは淑女としてはしたない。


 お茶会の後に気付いたと言うけれど、それは二ヶ月近くも前の話だ。

 であるならリリスは私の気持ちに気付いた上で、わざと伊鞘君にちょっかいを掛けていたことになる。

 本当にこの子は……!


「恋する乙女なサクちゃん、とぉっても可愛かったなぁ~♪」

「……その人をからかう性格、直さないと伊鞘君に嫌われますよ」

「だいじょ~ぶ! 自覚したその日にはいっくんに告白したもぉん! 返事は保留して貰ってるけどねぇ~」

「早くないですか!?」


 好意を抱いた当日に告白したと聞かされ、驚愕のあまり声を荒げてしまう。


 二ヶ月近く経った私は全然勇気が出ないのにズルい!!

 しかし既に気持ちを伝えているのなら、今日の行動にも納得がいってしまう。

 返答を保留したと知って安堵したものの、それも時間の問題としか思えない。


 何せリリスは私と違って愛嬌があって可愛くて、胸も大きいから男性に好まれやすい方だ。

 外見では競い合えても、人付き合いという面では圧倒的に私は不利である。


 自分なりにアプローチはしているけれど、リリスのように大胆な攻め方は到底出来そうにない。


 いきなり迫って距離を取られたらどうしよう、身勝手に嫉妬して鬱陶しがられたら嫌だ。

 伊鞘君のことが好きなのにいつもそんな考えが過って、あと一歩踏み出せずに怖じ気づいてしまう。


 リリスに伊鞘君への好意を問い質せなかったさっきと同じ。

 私は信頼した人との不和に対して弱すぎる。

 こんな臆病者が伊鞘君のような素敵な人を好きになって良いんだろうか。

 ホトホト嫌気が差す自らの至らなさに顔を伏せると、リリスは私の肩に手を置いてからそっと呼び掛けた。


「も~暗い顔しなぁい。サクちゃんだっていっくん以外の人を考えられないくらい好きなんでしょ~? その気持ちだけは何があっても裏切っちゃダメだよぉ~」

「リリス……」

「いっくんのこと、好きなんだよねぇ?」

「……っ」


 らしくもなく優しい声音で投げ掛けられた問いに、ふと脳裏に伊鞘君の笑顔が浮かび上がる。


 もっと彼と一緒に居たい、もっと笑って欲しい、もっと触れて欲しい。

 好きで堪らない伊鞘君を想うとキュッと胸が締め付けられる。

 奥底から湧き上がる好意に身を震わせながら、問いに対して無言で首肯した。


 当人に告白した訳でも無いのに、ただ恋愛感情を認めただけで顔から火が出そうなくらいに熱い。


「むっふふ~。今の可愛いサクちゃんを見たらぁ、流石のいっくんでもイチコロだよぉ~」

「む、無理です。伊鞘君の前では言える気がしません……!」

「じゃあしばらくはリリが独り占め出来るねぇ~」

「からかわないで下さい!」


 ただでさえ一杯一杯なのに、煽るような物言いをするリリスを叱る。

 でも彼女は大して気にした素振りを見せない。


 その余裕な態度が自分が優勢だと見せつけているようで、つい反発して話を終わらせてしまいそうになる。

 しかしまだ拭えない疑問があったため、渋々ながらも尋ねることにした。


「……リリスが伊鞘君のことを、す、好きなのは分かりました。ですがどうして私に報告したのでしょうか? まさか宣戦布告のつもりで?」

「違うよぉ~。サクちゃんに提案があるのぉ」

「提案?」


 どういう腹積もりなのか計りかねている私に、リリスは重ねた両手と共に首を傾けながら言った。


「二人でいっくんを囲ってみない~?」

「囲む……?」

「そ~。要はリリ達二人でいっくんの恋人になるのぉ」

「!?」


 いざ告げられた提案の詳細に大きく目を見開いてしまう。

 一対一での交際を考えていただけに、その発想はまさに目から鱗だった。

 だがすぐに頷ける話ではない。


「り、リリスはそれでいいんですか?」

「そりゃリリだって独り占めしたいよぉ~? でもいっくんが好きって分かった時、同時に感じちゃったことがあるんだよねぇ~」

「感じたこと、とは?」

「いっくんは前からあんな感じだったと思うと、リリ達より先とか後に好きになった女の子が現れない気がしないなぁ~って」

「それは……」


 リリスが口にした懸念に対し、同感以外の言葉を失くしてしまう。


 何せドラグノアさんから、男子と違って女子は伊鞘君に興味を持った子が多いと聞かされたからだ。

 尤も私とリリスという二大美少女が傍にいる以上、敵わないと大人しくしているみたいだと見なされている。

 煩わしいと思っていた肩書きがこんな形で役に立つとは思わなかった。


 けれどリリスの言うとおり、今後も伊鞘君に好意を抱く女子が出てこないとは限らない。

 であるならば私達で両脇を固めるというのは良い案だ。


 現に不可能という話でもない。


 四人の妻を迎えたヴェルゼルド王のように、現行法では一夫多妻と多夫一妻による婚姻は認められている。

 もちろん両者の合意などの条件をクリアした場合に限られるが。

 確かに三人で交際すれば、私達の間で伊鞘君を取り合うことは無くなるだろう。


 けれど……。


「──伊鞘君の性格を考えれば、二股は不誠実だと捉えていてもおかしくありません」


 私達は良くても彼に二股を強いることになる。

 男性なら本望だろうと安易に考えられない程、伊鞘君は誠実であろうとする人だ。

 そうでなければリリスの告白を受けるどころか、私達に対して早々に劣情を抱いていた可能性がある。

 むしろそんな伊鞘君だからこそ、こんなにも恋い焦がれているのだ。


 もちろん彼と恋人になれるのならなりたい。

 願わくばお互いの気持ちを通わせた上での交際が理想的だ。

 強引に迫って傷付けて、却って嫌われるのでは本末転倒になってしまう。


 そういった推測を告げると、リリスも『そうなんだよねぇ~』と同意する。


「だからリリ達に必要なのはいがみ合うんじゃなくてぇ~、二人で協力していっくんに好かれるようにすることなんじゃないかなぁ~?」

「……そうですね」


 思うところが無い訳ではないものの、一人では躊躇してしまうよりは恋敵とはいえリリスの協力があった方が良いだろう。

 告白するまでは厳しくても、伊鞘君に意識して貰えるようになれるかもしれない。


 そんな淡い期待を秘めつつ、リリスの提案を呑むことにした。


「えっへへ~。それじゃ改めて、同じ人を好きな仲間だねぇ~♪」

「言っておきますが、伊鞘君が二股を拒むのなら恨みっこは無しですからね?」

「そうならないように、お互い頑張ろうよぉ~」

「……はい」


 少々楽観的な調子のリリスに呆れながらも、牽制し合って仲違いするよりはマシだと考え直す。


 もうしばらくすれば夏休みの時期が来る。

 伊鞘君に好意を抱いて貰うにはまさに絶好の機会だ。

 とはいえ恋愛にかまけるようでは従者失格……来月末にはエリナお嬢様の誕生日パーティーがある。


 きっと忙しい夏休みになるだろうけれど、少なくとも私にとっては今までで一番楽しい思い出になるかもしれない。

 そう思いながら、私達は部屋の掃除に戻るのだった……。


=======


ヤバエサ二章、完結です。

プロローグからストックが尽きた状態でなんとか毎日更新を保てました!


勇者くんの登場からサクラのデレ、リリスとの進展など盛りだくさんな展開でしたね。


次章もこの調子で行きたいものの流石に疲れが出てるので、申し訳ありませんが三章開始は一週間後とさせて頂きます。


積み読めっちゃ増えてる(;´Д`)ハァハァ


それでは一週間後にお会いしましょう。

ではでは~

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