両手に花な奴隷の登校
夢の中でリリスに告白されてから二日が経った。
……この言い方、なんか俺が妄想したみたいに聞こえるけど事実だ。
いや事実だからめちゃくちゃ悩ましいんだけど。
ともかくたっぷりと休んだことで学校に通う分にはなんら問題なく回復した。
六月末となった今の時期、学校の制服はすっかり夏仕様となっている。
のんびりと登校しながら夏の朝陽を浴びようとか考えていたんだが……。
「いっくん~。リリ、今日はいっくんのためにお弁当作ったんだよぉ~。美味しく出来たからたくさん食べてねぇ~♪」
「お、おぉ」
「伊鞘君。以前約束した通り、私も作りました。食べて感想を聞かせて下さいね?」
「あ、あぁ……」
今現在、俺はサクラとリリスに左右の腕を絡まれながら登校していた。
二大美少女と呼ばれる二人と並んでいる光景は、当たり前だがとても目立ってしまう。
ほらまた男子から睨まれ──あれ、目を逸らされた?
体育祭前とは違う反応に戸惑いを憶える中、両隣でサクラとリリスは互いに睨み合う。
「リリス。伊鞘君とは私が先に約束していたんです。そちらのお弁当は明日にして頂けませんか?」
「えぇ~? せっかく作ったのに勿体ないじゃぁ~ん。男の子のいっくんならたくさん食べれるでしょぉ~?」
「過度な栄養の摂取は却って不摂生になります。キチンとバランスを考えないと彼の身体に要らない負担を掛けてしまいますよ。ただでさえ誰かさんのせいで昨日はずっと寝込んでいたんですから……」
「それは悪いって思ってるけどぉ~、ちゃんと謝ったしいっくんも許してくれたもぉん」
「許して貰えたからと言って、すぐに繰り返すようではいけないと言っているんです!」
「やぁん、サクちゃんが怒るぅ~! いっくん助けてぇ~!」
「リリス! そうやって伊鞘君に甘えないで下さい!」
やいのやいのと俺の両腕を綱引きのように引っ張り合いながら口論する。
腕を引かれる度に二人の柔らかいのが当たって大変落ち着かない。
相手への反論に集中していて、彼女達はまるで気付いていなかった。
お嬢から借りたラノベの中で、二人のヒロインに挟まれた主人公がやれやれとか言ってたけど、実際にはそんな余裕なんて持てるはずがない。
性欲死んでんのか。
「伊鞘君! 私の作ったお弁当の方が美味しいですよね?」
「いっくん! リリのお弁当のが絶対に美味しいに決まってるよねぇ~?」
「まだ食べてないのに同意を求められても困るわ!!」
いつの間にか訳の分からない同意を投げ掛けられた。
答えられるはずもないので困惑しながら返すが、二人は納得がいかないという風に頬を膨らませる。
同じ反応……仲が良いのか悪いのか分からない。
喧嘩の出来る友人という意味では良いのかもしれないけど。
リリスが弁当を勧める理由はよく考えなくても、俺に好かれようとするためだろう。
告白の返事こそ保留することになったが、好きになって貰うためにアプローチはすると宣言されている。
なので彼女の行動には何も疑問はない。
逆に分からないのがサクラだ。
首筋から吸血をされて以降、明らかにリリスに対抗意識を燃やすことが増えている。
というか俺が他の女子と接するの良く思ってないようですらあった。
仲良くなった俺を取られたくない、そんな独占欲を感じる時が多々ある。
その根拠や理由がなんなのか考えてもさっぱりだ。
まさかリリスみたいに好意を抱いているんじゃ……そんな自惚れすら過ってしまう。
流石にありえないよな。
リリスだけじゃなくてサクラからも好意を寄せられてるなんて、ラノベの読み過ぎだろと自らを諫める。
結局口論の決着はうやむやになったまま俺達は学校に着いた。
依然として二人から腕を絡まれた状態なのだが、教室へ行くまでの間に妙な違和感を覚える。
なんというか俺に対する僻みとか嫉妬の眼差しをほとんど感じなくなっているのだ。
射殺すくらい睨まれていた体育祭から二日しか経っていないのに、いくらなんでも沈静が進み過ぎじゃないか?
形容出来ない不気味さを感じながら教室に着いた。
しかしここでも男子達が俺を見るや否や目を逸らす。
一体なんなんだ?
そんな疑問を感じていると、ある人物が俺達に近付いて来た。
「おは~ツージー! 今日も両手に花でウラヤマだぞこのヤロー!」
「おはよう、フレア」
クラス委員長のフレアだ。
体育祭で話した時と変わらない態度での挨拶に、ホッと胸を撫で下ろす。
彼女にまで変化があったら今日一日は憂鬱だったかも知れない。
「ツッキーとサリーもおは~」
「お、おはようございます。その、ツッキーって私のことですか?」
「おはよぉ~フーちゃん」
安堵する俺の内心を知らないまま、フレアはサクラ達とも挨拶を交わす。
独特な呼び名にサクラは戸惑いながら、リリスは至って普段通りのまま返した。
「なぁフレア。さっきから男子達がやけに目を合わせないというか、こっちを見ないように避けてる気がするんだけど、何か心当たりはないか?」
「あ~多分アレかもしんないね」
「アレ?」
何やら知っているらしい彼女に深く尋ねると、ニコリと満面の笑みを浮かべた。
「ほら、ツージーって決闘ゲームで勇者くんをボッコボコにしたっしょ?」
「あぁ。それが?」
「その勇者くんが体育祭後に家の事情で転校しちゃったじゃん? それで男子達の間でツージーは『勇者を半殺しにした挙げ句に転校させたヤベー奴』って広まって、怒らせたら自分達も勇者くんみたいに追放されるかもって怖がられるようになったワケ」
「──……え?」
ケロッと明かされた俺に対する認識に、指先まで石化したように硬直してしまう。
いや確かにユートに完勝はしたよ?
でも転校したのは子爵様が与えた罰だから俺は関与していない。
なのにこうもあからさまに遠巻きにされるってヒドくないか?
えぇっとこれはつまり……。
「嫉妬から恐怖に変わっただけで、俺が避けられてる状況に変わりはないってコト!?」
「それな~。っま、少なくとも面倒なやっかみは無くなってオーライじゃない?」
「違う違う、この状態はマイナスから抜け出せてないんだよ!」
他人事だからって簡単に纏めないで欲しい。
結局やっかみが始まった頃に、白馬から提案された対処法を取った時とほぼ同じじゃねぇか。
強いて違いを挙げるとしたら公爵家か自力かの差でしかない。
なんとも複雑な心境だがフレアの言う通り、俺はもちろんサクラ達の身に危険が迫ることもなくなったと見るべきか。
経緯はどうあれひとまず平穏な学校生活は戻ったと前向きに捉えるしかない。
……。
そう考えた時、ふと心の中に引っ掛かる感覚があった。
もしかしてだけど、お嬢は俺が相談した時からこうなるように筋書きしていたのか?
あくまで俺自身にケリを着けさせることで、結果的にユートの更生と男子達からのやっかみの沈静に繋げた。
いやいや流石に考えすぎだよな。
いくら聡明なお嬢だからってそんな先まで見通せる訳がない。
我ながら飛躍した思考を首を振って払う。
そんなことをしていると、不意に両手が包み込まれる。
顔を上げてみれば、サクラとリリスが俺の手をそれぞれ握っていた。
「伊鞘君が怖がられていようと、私はあなたの味方ですよ」
「リリもいっくんの味方だよぉ~」
「……おぉ、サンキュ」
彼女の達の言葉に励まされて、失笑しながら礼を伝える。
あぁ、そうだった。
何も悲観することばかりじゃない。
サクラとリリス、お嬢やジャジムさんに白馬だっている。
自分にとって大事な人との日々を過ごせるなら、それが一番良いに決まっていたな。
──でもやっぱ怖がられるのは結構心に来るなぁっ!!
心の中でそんな悲鳴を上げながら、今日もまた一日が始まるのだった。
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