勇者(笑)の顛末と史上初の例、そして……


 体育祭翌日。

 イサヤから命令通りにアホ勇者に勝ったとメッセージで報された。


 まぁ当然ね。

 S級冒険者のアイツが、箱庭育ちのお坊ちゃまに負けるはずないもの。


 そのアホ勇者だけれど、体育祭後に改めて子爵から折檻を受けたみたい。

 流石に完膚なきまでの敗北が堪えたのか、素直に聞き入れたらしいわ。

 一撃で済ませたイサヤと違って顔中に包帯を巻くくらいボコボコにした後、廃嫡して異世界へと強制送還された。

 戻された先でも何かしらの罰を与えるようだから、イサヤ達に報復する可能性はなくなるでしょうね。


 キチンと更生させられそうだと感謝した子爵から、希望があればいつでもイサヤに借りを返してくれる約束も得られたし、学校の方でも変化が訪れるのは間違いないわ。

 これであの子の望んでいた平穏な学校生活も帰って来るはずね。


 惜しむらくはイサヤがバカを倒したところを見れなかったところかしら。

 まぁお姉ちゃんとリリスからどれだけ凄かったのかはよく聞かされたから把握はしているけど。


 そう、それはもう耳にタコができるくらいに。

 好意を懐いているお姉ちゃんは分かるけど、リリスまであんな熱に浮かされたように自慢するなんてビックリだわ。


 特に……イサヤに告白して淫紋が出たって言われた時は。


 あぁ思い出しただけで頭を抱えたくなる。


 サキュバスの身体に淫紋が浮き出る確率は、宝くじの一等を連続で五回以上当てるくらいの奇跡なのだから。

 何せサキュバスという種族は性に奔放で、リリスの母親みたいに特定の相手を作ること自体が稀である。

 生涯のつがいと認めた個人からしか、吸精出来なくなるリスクを負うことを忌避する傾向が強い。


 リリスが母親のような恋愛を望みながらも、心のどこかで無理かも知れないと諦め掛けていた最大の理由だ。


 けれどもその障害は完全に取り払われた。

 バカ勇者を倒したことでリリスはイサヤに好意を抱いたから。


 正直に言うと人間不信のお姉ちゃんが首筋から吸血したって聞いた時から、なんとな~く遅かれ早かれこうなる予感はしていた。

 結果は見事に的中、イサヤは二人の女の子から想いを寄せられることになったのである。

 それでもリリスが告白するまでは予想できなかったけど。


 幸いにもイサヤが返事を保留したから、即座に交際へと至らなかった。

 でもお姉ちゃんがリリスの気持ちに気付くのは時間の問題だ。


 首筋からの吸血と番と定めた淫紋……この二つがブッキングしたのは地球はもちろん、異世界でも無かった初めての例である。

 他にも異性に対する執着が強い種族は多いけど、交際関係に至ってから証を付けるケースが殆どだ。

 これらを踏まえると、イサヤの身に起きたことがどれだけ異常なのか実感せざるを得ない。


 肝心の当人はリリスに限界近くまで精気を吸われたことで、丸一日寝込んでいる。

 それが不幸中の幸いと取るか否かは判別しかねるけれど……少なくとも不満を言えない点は恨めしかった。

 少しだけ様子を見に行ったけど、身体を動かすのすら億劫そうだったわね。

 あれじゃ貸したラノベも読めそうにない。


 でも……。


「イサヤならって思った通りだったわね」


 S級冒険者という最高峰の実力を持ちながら、それに驕ることなく謙虚な振る舞い。

 他者や異種族に対して分け隔て無く接する社交性。

 何より他人のために真摯に動ける優しさ。


 から全く変わってない。

 お姉ちゃんとリリスが惹かれたのはある意味で当然だと思える。


 最終的に彼がどんな答えを出すのかは分からない。

 でもあの二人が一緒なら絶対に幸せになれるだろうって確信はあった。

 きっとあたしとの隷属関係を解消しても、安心して任せられる。


 そんなことを考えていると、執務室のドアがノックされた。


「入って良いわよ」

『失礼する』


 入室の許可を出すと、不遜な物言いで返される。

 その時点で誰なのかが分かって失笑してしまう。


 入ってきた人物は予想通り、我が家の料理長であるジャジムだった。

 骸骨の姿は最初こそ驚くけれど、慣れてしまえばなんてことない。

 むしろ生まれた頃からの付き合いなのであたしにとって馴染み深い存在だ。


「何か用かしら?」

「先刻、姫様宛ての手紙を頂戴したので渡しに参った。封蝋の印から送り主は婚約者であるデミトリアス公爵家であろう。恐らく来月末にある姫様の誕生日パーティーに関することではあるまいか?」

「ありがと。さっそく開けてみるわ。……うん。ジャジムの言った通り、誕生日会は参加するって書かれていたわ」

「それは良いことであるな」


 あたしの言葉にジャジムは恭しく頭を下げる。

 骨である彼は表情を作れないから、こうやって動作と言葉で意を示す。


 手紙の送り主はデミトリアス公爵家の次男ヒューリット様。

 物心着く前から決められていたあたしの婚約者で、権威的な理由からこちらへ婿入りすることになっている。

 あちらが異世界で政務に勤しんでいるため、顔を合わせた会話より手紙での文通が主な交流手段だ。


 手紙を畳んでしまうと、ジャジムが小さく鼻を鳴らした。


「ククッ。良いことと言えば、何やら小僧が面白いことになっているようだな」

「あぁ、あなたもお姉ちゃん達から聞いたの?」

「うむ。揃って小僧の胃袋を掴もうと、我が輩に指南を申し出ておる」

「ふふっ、イサヤったら近い内にブクブクと太るんじゃないかしら?」

「クハハッ。そうならんよう、体育祭前と同じく我が輩が鍛え直してやるまでよ」

「程々にしなさいよ? 前に死ぬかと思ったって言われたんだから」


 冗談めかして言ったことに、ジャジムは愉しそうな笑い声を漏らす。

 決闘ゲームで勇者と決着をつけることになった際、奴隷になって戦いから遠ざかっていたイサヤは、念のためにカンを取り戻したいと申し出た。

 けれどもS級冒険者となると、まともに相手になりそうな人材は限られている。


 そんなイサヤに模擬戦相手としてジャジムを紹介したのだ。

 あたしの魔法の師匠で、エルダーリッチーとして様々な魔法を操る彼はまさにうってつけだと思った。


 実際の戦闘内容は見てないけれど、イサヤ曰く『殺す気満々の攻撃の嵐でやばかった』とだけ聞いている。

 ブランクがあるとはいえS級冒険者をしてそこまで言わせるなんて、ジャジムの前歴は侮れたモノじゃないと冷や汗を流したものだわ。


 尤も、それはイサヤにも言える話なんだけれど。


『いやはや。姫様からS級冒険者と聞かされてはいたが、よもやブランクがあって尚あれ程凄まじい力の持ち主だとは思わなんだ。まともな装備であれば我が輩の方が負かされていたであろうな』


 と、ジャジムから絶賛されていた程なんだから。

 初めて聞いたわよ、魔法をぶった斬るなんて。


 そんなことを思い返しながら、話が終わったジャジムは退室していった。


 一人になったあたしは改めてヒューリット様のことを思案する。

 数少ない面談で把握した彼の人柄は、真面目だけど少しドジな人。

 好ましく思っていない訳じゃないけど、ハッキリ言って恋愛感情はない。


 けれど貴族である以上、家の都合による婚約は避けられないのだ。

 互いに成人したら婚姻を交わす手筈で進んでいる。

 既に個人的な心情で破棄することは出来ない。


 結婚をして次代の後継を作る。

 それが公爵令嬢として生まれたあたしの責務。


 後悔なんてないし、とっくの昔に割り切っていること。


 だからほんの一瞬の気の迷いだ。


 ──愚直に想いを寄せることが出来るお姉ちゃんとリリスが羨ましいなんて。

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