いっくんはズルい


 ──いっくんが勇者くんの剣を弾き飛ばした。


 たったそれだけのことを理解するのに数十秒も掛かってしまう。

 あまりの早業にりりもサクちゃんも、他の誰もが目を見開いて茫然とする。


 ただ一人例外を除いて。


「──クーッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!」


 隣で観戦していた子馬白馬さんが、右手で顔を覆って大笑いする。

 初めて見る姿にまたしても驚きを隠せない。

 だっていつも仏頂面で、滅多に笑わないのにこんな風に爆笑するなんて槍でも降るんじゃないかと勘繰りたくなる。


 そんな私達の視線に気付いたのか、彼は息を整えてから口を開いた。


「すまない。こうも予想通りの流れを見せつけられると、つい笑いを堪えきれなかった」

「い、いえ。それは構いませんが……壱角いすみさんには何が起きたのか分かるのですか?」

「なに、簡単なことだ。伊鞘が本気を出した……それだけの話だ」

「ほ、本気ぃ? でもいっくんって人と戦うのは苦手なんじゃぁ……」

「苦手だから弱いなどと浅はかな決めつけだな。その気なれば第一試合の相手だった熊の防御など紙切れのように貫けるぞ」

「「ええっ!?」」


 さも当然のように伝えられた内容に、サクちゃんと揃って驚いてしまう。

 冒険者だったって聞いたことはあったけど、もしかしていっくんってとても凄い人?


「そもそも他の選手と伊鞘とでは戦いにおける認識からして違う。奴らは部活動の試合感覚だが伊鞘は戦闘──いわば殺し合いだ。モンスター相手とはいえ、命懸けの戦いを知らない連中に負ける道理はない」

「で、でもそれならどうして初めから本気で戦わなかったのぉ?」


 そんなに強いなら初戦から簡単に勝ち進められたはず。

 だけどいっくんはさっきまで手加減した状態で戦っていた。

 意図が読めない私に、子馬さんはフンッと小さく鼻を鳴らす。


「あの阿呆を心身共に叩き潰すためだろう。最初から全力で挑んだとして勇者病患者のことだ、自分はまだ本気を出していないなどと言い訳を口にするだろうな」

「うわぁ」


 その時の様子がイヤなくらい簡単に想像出来て思わず引いてしまう。


「それに加えて伊鞘は対人戦だと意識的に手加減をする性分もある」

「! ……そういうことですか」

「え? サクちゃん、何か分かったのぉ?」


 何やら察したらしいサクちゃんに問い掛ける。

 すると彼女は勇者くんの攻撃をいなし続けるいっくんへと目を向けながら口を開く。


「モンスターを相手にする感覚で人と戦えば、誤って殺してしまう可能性があるからです。いくら防具を着けた上で殺傷性の低い木剣であっても、打ち所が悪ければ危ういですから。もし自分のせいで人が亡くなったらと思う気持ちは、私にもよく分かります」

「サクちゃん……」


 半吸血鬼のサクちゃんは、吸血衝動から理性を失って人を襲うことを極端に怖がっている。

 だからこそ対人が苦手ないっくんの気持ちが分かったんだ。

 ……何故だか少しだけ、羨ましいと思ってしまう。


「緋月の言う通りだ。冒険者として依頼をこなしていた伊鞘は盗賊だろうと凶悪犯だろうと、決して殺めることなく捕らえ続けた。簡単なことのように聞こえるがその実、殺さずに無力化するというのは高度な戦闘スキルを要求される。故にアイツの実力は冒険者の中でも特に抜きん出ているのだ」


 いっくんのことを語る子馬さんの表情は、心なしか活き活きとしている。

 だっていつになく饒舌だし……親友を褒められて嬉しいのかな?

 

「身体強化を極めたのも、一秒でも早く動いて依頼の達成報酬を得るためだ。低報酬でも塩漬け依頼でも高難度でも、依頼とあれば即座に解決する卓越した手腕。それを讃えられて至ったのが、約三百万人いる冒険者の内たったの十五人しか存在しない最高峰のS級冒険者の位と『掃除屋スイーパー』という称号だ」

「「S級冒険者!??」」


 当然のように明かされた冒険者としてのいっくんの肩書きに、サクちゃんと一緒になって愕然としてしまう。

 S級冒険者になれる人は本当に希少で、実力だけで言えばあのヴェルゼルド王にも匹敵するくらいだって言われてる。

 

 前に先輩のペットから助けてくれた時は、なんとなく強いんだろうなぁとは思っていた。

 でもまさか英雄とも称される程の冒険者だなんて予想もしなかったのだ。


「聞いた時はそんなこと言わなかったのに……なんで隠してたんだろう」

「アイツは自らの力を誇示するような愚か者とは違う。元より力を求めて強くなったのではなく、依頼を確実に達成して報酬を得るため……要は金を稼ぐために強くなる必要があっただけだ。そうでもしなければ、その日の食費さえままならなかったからな」

「「……」」


 当時のいっくんのことを思い出してか、子馬さんは憎々しげに吐き捨てた。

 私とサクちゃんも、多分同じことを考えてる。


 S級冒険者になれたほど強くなったいっくんなら、きっと物凄い金額を稼いでいたはず。

 特待生になるくらい勉強も頑張ったのに彼の生活は貧しいままだった。

 それが意味することはただ一つ……いっくんの両親が稼いだお金以上の借金を積み重ねたからだ。

 死ぬかもしれない冒険者業を必死でこなして来たのに、彼の親は膨れ上がった借金を返すために息子を奴隷として売り飛ばした。


 なんでそんな酷いことが出来るんだろう。

 いっくんの努力を全部水の泡にした人達にどうしようもない怒りが込み上げて来る。

 

「はぁ、あの両親のことはいい。それよりも見ろ。そろそろ決着だ」


 行方の知れない人達への呆れを露わにしたまま、首を振って試合の方へ促される。

 視線を向ければ、勇者くんが大きな光の剣を構えていっくんに振り下ろそうとしていた。


 危ない!

 思わずそう声に出そうとして……。


「消えろ! シャイニングブレイ──」

「テメェの勇者ごっこなんかに、俺の大事な友達を巻き込むんじゃねぇっ!!」

「──ブルエッフェッ!? ごばぁぁっ!??」


 いつの間にか懐に潜り込んだいっくんの一撃で阻止された上に、そのまま地面に叩きつけられる。

 噴火みたいに立ち上った砂煙が晴れると、勇者くんは白目を剥いて気を失っていた。


 いっくんは勝ったにも関わらず、平然としたまま見下ろしてる。

 彼にとって勇者くんは相手にもならなかったと印象づけるには十分な佇まいだった。

 ほとんどの人が勇者くんの優勝を疑っていなかった分、いっくんの勝利に茫然自失としてしまう。


「いっくん、勝っちゃった……S級冒険者ってあんなに強いんだねぇ」


 別に疑ってた訳じゃないけど、実際に勝つところを見ると私も驚きを隠せなかった。

 そんな中、隣でサクちゃんが小さく拍手しながら微笑む。


「伊鞘君、優勝しましたね」

「サクちゃん、あんまり驚いてない?」

「えぇ。伊鞘君なら勝つって信じていましたから」

「っ!」


 自信満々にいっくんの勝利を確信していた言葉を聞いて、心にチクリと痛みが走った。

 サクちゃんの気持ちを考えたら当たり前なのに、どうしてモヤモヤってするんだろう……?

 その疑問の答えを探すより先に、子馬さんが声を殺して笑い出した。


「フッハハ。いつもは人に対して全力を出さないクセに何故だと思っていたが……どうやらよっぽど阿呆の所業に腹を据えかねていたようだな」

「え?」

「業腹だが淫魔、伊鞘がらしくもなく全力を出したのは十中八九で貴様のためだろうな」

「リリのためぇ?」


 言われたことの意味が咄嗟に理解できなくて反芻してしまう。

 相変わらず子馬さんは私に顔を向けないまま話を続ける。


「さっきも言った通り、伊鞘は対人戦において身体強化の出力を意図的にセーブしている。しかし例外が二つだけある。自他の命が脅かされた時と、懐に入れた人を傷付けられた時だ」

「懐に入れた人……」

「勇者にトドメを刺す際の言葉を考慮すれば、倒れるほどの悩み事を抱えていた貴様の憂いを晴らす以外は思い当たらん」

「リリが、悩んでたからぁ?」

「その相手が淫魔というのは気に食わんが……そういう心根の持ち主だからこそ、伊鞘はユニコーンである僕の親友に相応しい。アイツは自分のことでは中々怒らないが、身内のこととなると当人よりも激怒する質だからな」

「──っ!!」


 憎まれ口を含みながらも真意を伝えられて、心臓がキュッと締め付けられる。

 

 人と戦うのが苦手なのに私が泣いていたから、本気を出すくらい怒ってくれた。

 前に助けてくれた時も、いっくんは私の気持ちに寄り添って励ましてもらったと思い出す。

 両親に売られても失くさなかった優しさに、一体どれだけ助けられて来たんだろう。

 

 からかうと面白いくらい慌てふためく可愛いところ、人のために怒ると真剣でカッコイイところ。

 ズルいくらいギャップのあるいっくんの顔を思い返す度に、胸がドキドキして顔が熱くなって堪らない。


 あぁ……分かっちゃった。

 サクちゃんを羨ましく思ったり、信頼の言葉を聞いて心が痛くなった理由が。

 を見た時、真っ先にいっくんが浮かんだ訳も。

 

 ずっとずっと憧れ続けた、パパとママみたいな素敵な恋愛。

 サキュバスだからって同族にもバカにされて来た幼い頃からの夢。

 叶えるために求めていた初恋相手がようやく見つかった瞬間、頭の中はいっくんのことしか考えられなくなった。


 もう……いっくんはズルいなぁ。

 悩み事まで一緒に吹き飛ばされちゃった。

 

 

 ──リリは、いっくんのことが好きなんだって。

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