膝枕からのおやすみなさい
決闘ゲームを制し、総合優勝も果たした波乱だらけの体育祭が終わった。
そんなことがあっても俺達には屋敷での仕事がある。
回復こそしたもののリリスは倒れたので休んで貰った。
当人は申し訳なさそうな顔をしていたが、病み上がりで無理をされるよりはずっとマシだ。
なのでサクラと二人で働こうと思ったのだが……。
「伊鞘君も決闘ゲームでお疲れでしょうから、残りは私が片付けますよ」
「え、いやでも──」
「休むのも仕事の内です。何かご不満でも?」
「……無いッス」
というやり取りを経た現在、手持ち無沙汰になった俺はひとまずお嬢へ報告することにした。
命令通り勇者を倒しました……ってこの文面だとなんか魔王側の台詞だな。
実在していた魔王の所業を思い返すと、ブラックジョークでも口にしちゃダメなヤツだ。
バカをぶっ飛ばしました……これでいいか。
脳内で報告内容を纏めながらお嬢の元へ向かおう廊下を歩いていると……。
「いっくん! もうお仕事終わったのぉ~?」
「リリス」
先に暇を貰っていたリリスと鉢合わせた。
制服から部屋着に着替えたようで、淡いピンクのワンピースがよく似合っている。
ゆったりとした服装でも、彼女の大きな双丘は大変目立っていた。
「サクラから決闘ゲームで疲れてるだろうって言われて、俺も休むことになったんだ」
「そっかぁ~。休む前に吸精させて貰おうっかなって思ったけどぉ~、いっくんも疲れてるなら明日にした方が良いよねぇ~」
俺の体を慮ってか、リリスは微笑みながらも残念そうに眉を下げる。
彼女はそのままおやすみと言って踵を返す。
しかし……。
「リリス、待ってくれないか?」
「ふぇっ!?」
立ち去ろうとする彼女の手を握って止めると、何故だか肩をビクッと揺らして驚かれた。
振り返ったリリスの表情は耳まで赤くなっていて、視線が右往左往していて落ち着きがない。
「顔赤くないか?」
「ぇ、そ、そんなことないよぉ~?」
「いややっぱ赤いって。まだあんまり良くなってないんじゃないか? ちょっとじっとしてろよ」
「え?」
一言断ってから、前髪をあげて互いの額を触れ合わせる。
自分とは違う温もりから熱がないか確かめるためだ。
善意から行ったことではあるものの、リリスの可愛らしく整った顔が至近距離に迫るとどうにも意識してしまう。
少しでも視線を下に向ければ谷間が見えそうだし、お風呂上がりなのか良い匂いするし……。
違う違うこれは体調を確認するためで、そんな疚しい気持ちを抱くのは不誠実だ。
心の中でかぶりを振って邪念を追い払う。
改めて額に意識を集中させるが……。
「熱はない、か。でも念のため吸精はした方が良いよな。倒れたのも精気が足りなかったからだし」
「う、うん……」
体を離しつつ吸精を提案する。
お嬢への報告は明日にしても問題ないだろうけど、吸精はリリスの体調に関わるので出来る内にした方が良い。
肝心の彼女は目をキュッと閉じてそわそわと落ち着かない様子だが、俺の心配でもして居たたまれないんだろう。
「も、も~……そ~ゆ~とこ、ホントズルいってばぁ~」
「何か言ったか?」
「なんでもない! 吸精するなら早くリリの部屋にいこ!」
「リリスの部屋!?」
ボソボソと小声で呟くので聞き返すと、何故かリリスの部屋で吸精することになった。
なんでそっちの部屋?
いや、体調が良くないなら吸精の後ですぐ寝れる方が良いよな?
自問自答で一応納得しながら、手を引かれるままリリスの部屋へと入った。
初めて入った彼女の部屋は、カーペットからカーテンの柄までフェミニンな内装だ。
如何にもな女子らしい感じで、否応なしにドキドキしてしまう。
俺の緊張など露知らずなリリスはベッドに腰掛け、左手でポンポンと叩く。
「いっくんはこっちぃ~」
「りょーかい」
打って変わってニコニコな彼女に促されるまま隣へと腰を下ろす。
そして俺は自首して手錠を掛けられる犯人のように両手首を差し出した。
だが当のリリスはコテンと首を傾げる。
「? なにそれぇ~?」
「ん? これから吸精するんだから縛らないといけないだろ?」
「う~うん。今日は縛らないよぉ~?」
「え、あ、そうっすか……」
事もなさげに否定され、勘違いした羞恥から目を逸らしつつ両手を引き下げる。
うわぁ~~はっず。
今の俺、自分から縛られに行った変態みたいだった。
そんな趣味も性癖もないのに、なんかすっかり調教された気分。
出来れば知りたくなかった変化に肩を落とすしかない。
「あはぁ~。それじゃ気を取り直してぇ~、吸精しちゃおっかぁ~」
「へいへい。俺は何をすれば良いんだ?」
「ん。いっくんは今から横になってリリに膝枕してもらうのぉ~」
「横になって膝枕ね。りょーか──って待て待て! 今までと毛色の違うこと言われたんだけど!?」
素直に従いそうになった寸前でおかしいことに気付き、慌てて真意を問い掛ける。
俺の反応が気に食わないのかリリスは頬を膨らませて唇を尖らせるという、目に見えて不機嫌そうな面持ちを浮かべた。
「吸精するだけだってばぁ~」
「今まで受けた経験を踏まえると警戒せずにはいられないんだよ」
リリスの吸精っていつも両手足を縛って目隠しをした上で、俺を弄ぶようなきわどいことばかりしてきたはずだ。
なんだって急に膝枕なんて優しい展開になる?
……いや普段の吸精がアレなせいで感覚が麻痺してない?
膝枕してくれるって言うなら喜ぶべきなのに、困惑が勝ってる状況の方が異常なのでは?
やっぱり調教されてるんじゃと戦慄しながら眉間のシワを解す。
落ち着け。
エサ役を二ヶ月もこなして来た俺には察せられるはずだ。
「膝に頭を乗せようとして冗談だと言った後でからかうか、乗せてから何かするつもりだった?」
「も~! 今回の色々なお礼も兼ねてるんだからぁ~、そんな意地悪なんてしないよぉ~」
「わ、悪い……」
いけしゃあしゃあと言ってのける彼女の言葉に、釈然としない思いを抱えながらも謝った。
まぁユートを倒してからというものの、リリスは元の明るさを取り戻している。
大したことはしてないけど、当人がお礼をしたいというのなら素直に受け取ろう。
そう思い直した俺は、言われるがままに彼女の膝へと頭を乗せる。
──瞬間、全身が脱力した。
え、いやなにこれ?
柔らかすぎじゃね?
今まで使ってた枕が一生使えないレベルなんだけど?
脳裏に浮かぶ疑問が閃光のように駆け巡る。
右側頭部から伝わる太ももの感触や鼻を擽る甘い香りが、これでもかと心臓の鼓動を加速させていた。
「ありがとねぇ~いっくん」
「っ」
感謝の言葉と共にリリスが赤ん坊を撫でるような手付きで頭に触れて来た。
唐突な行動に驚きはしたものの、抵抗することもなく受け入れる。
子供扱いされているようで恥ずかしくはあるが、どこか形容できない心地よさを感じているのも確かだ。
大人しく撫でられる俺がおかしいのか、頭上からリリスの小さな笑い声が聞こえる。
「ふふっ。いっくんってその気になれば振り解けるのにぃ~、いっつも敵わないフリをして受け入れてくれるよねぇ~。リリ達を傷付けないためって解るけどぉ~、もしかして期待してるのかなぁ~?」
「な、なんのことだか……」
如何にも
もしかして白馬から冒険者時代のことを色々聞いたな?
じゃなければ魔封じの腕輪を着けてる状態でも、実は抵抗出来たなんて図星は衝かないだろ。
しかしそんな些細なプライドによる強がりはバレバレなようで、リリスはクスクスと笑うだけだった。
見透かされてるみたいで余計に恥ずかしくなる。
それにしても太ももの柔らかさと絶妙な撫でられ具合が心地良い。
段々と眠気に誘われていく。
ダメだ、まだ吸精してないのに寝るな。
うつらうつらと重くなる瞼を閉じないように堪えるが、体育祭での疲れもあって次第に意識が保てなくなってしまう。
「──おやすみぃ~いっくん♡」
そんなリリスの声が聞こえた瞬間、完全に眠りに落ちてしまった。
========
全身がやけに温かく感じる。
朦朧とした意識が徐々に覚醒していくと、自分が湯船に浸かっていると悟った。
いや、正確には真っ白な温泉だ。
あれ?
でもいつの間に温泉に入ってたっけ?
些細な疑問が浮かぶが、お湯による温もりで霧散していく。
……考えるのは後にしよう。
今はゆっくりと浸かって疲れを癒やしたい。
肩まで浸かるように体の力を抜く。
そんな極楽を感じている時だった。
「──んん~気持ちいぃねぇ~♪」
「……?」
誰かから話し掛けられた。
ボーッと火照った頭のまま、何の気なしに声のした方へ顔を向ける。
右隣には同じく温泉に浸かっている女の子が居た。
ゆるやかなウェーブを描くピンク色の髪、煌びやかな輝きの紫の瞳、温まってほんのりと赤く上気している頬、陶器と見間違う程に白くて透き通った肌、水面に浮かぶ大きくて柔らかそうな──っっ!!??
そこまで認識したところで、朧気だった意識が突如としてクリアになった。
けれども目の前の光景を即座に受け入れられるはずもなく、咄嗟に身を翻して彼女に背中を向ける。
「な、なんで男湯に入ってるんだ!? リリス!」
「あはぁ~。やぁっと意識がハッキリしたねぇ~」
大いに困惑する俺と対照的に、リリスはやけにのほほんとした調子で返す。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!
何がどうなってリリスと混浴してるんだ?
混乱する頭でどうにか状況を整理しようとするが、少しだけ見えた彼女の身体が焼き付いて離れてくれない。
何せ一糸まとわぬ全裸な上、超がつく美少女でスタイルの良いリリスなのだから特に凄まじい。
幸いにも白く濁ってる温泉のおかげで余さず見た訳ではないが、それでも全然思考が纏まらない……クソ、心臓がうるさいくらいに脈打ってやがる。
なんとか記憶を掘り返していくが、次第に思い出せる前後の出来事への辻褄が合わないことに気付く。
そうだ、なんで分からなかった。
俺はさっきまでリリスの部屋で膝枕をされていたはずなんだ。
いつ温泉に浸かる流れになったのか何一つとして思い出せない。
それどころか膝の上で眠ったはずで……眠る?
ふと思考に引っ掛かりを憶えたその時だった。
「──あぁ~気付いちゃったぁ~?」
「っ!」
うしろから聞こえたリリスの声に堪らず肩を揺らしてしまう。
その声音は俺が気付いた事実を肯定するには十分すぎるくらい嗜虐的だった。
やられたと思った時には、スルリと彼女の細い腕が肩に回されて──。
「ここはいっくんの夢の中でぇ~、リリはサキュバスの力で潜り込んで来たんだよぉ~♡」
「~~~~っっ!!?」
過去の吸精を経てすっかり弱点と化した耳元で、甘い吐息を混ぜながら答えを囁かれる。
鼓膜を通して背筋と脳髄にビリビリと甘美な刺激が走った。
それだけに留まらず腕を絡めて密着された背中に、リリスにとって最大の武器とも言える暴力的なまでの大きくて柔らかい胸が押し付けられる。
ぉわああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!?!?
背中にフニフニで柔いのがぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
温泉で濡れてるからニュルニュルって艶かしくなってらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
二重の必殺を受けた俺は悶絶のあまり情けない声を漏らしてしまうのだった。
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