辻園伊鞘の怒り、そして本気


「はあっ!」


 宣言を受け取るように、音を置き去りにする速さでユートが斬りかかって来た。

 上段から振り下ろされた攻撃に対し、木剣を振るって弾く。


「っ!」


 本気の一撃を跳ね返されたことに驚きながらも、ユートは顔を顰めて再び斬りかかってくる。

 今度は袈裟斬り……木剣を添えて受け流す。

 てっきり弾かれると思っていたのか、異なる動きに目を見開いていた。

 

 流した勢いに乗って身を翻し、首筋に当たる寸前で木剣を止める。

 

「っ、舐めるな!!」


 寸止めされたと悟ったユートは怒りを露わにして、半歩下がってから斬り上げて来た。

 バックステップで躱すと考えたんだろうが……甘い。

 止めていた木剣を振り下ろして打ち合う。


「ぐっ……!」


 攻撃を防がれたユートは苦悶の声を漏らす。

 そもそも近接戦では回避するより、弾くか捌くかいなしたり受け流す方が消耗が少なくて済む。

 それに隙も減るから次の行動に移しやすい。

 

「ありえない……! ボクは勇者だぞ!」


 優勢を覆されたのが腹に据えかねているのか、ユートは闇雲に否定しようと斬りかかって来る。

 対して俺は迫り来る剣撃を捌いていく。


 ユートが攻めて俺が防御する流れだけなら、開始時と変わり映えが無いように見える。

 けれど明確な違いとして、ユートの表情に余裕が消えていた。


 要因を挙げるなら攻撃を防がれることじゃなくて、弾いた際に木剣を通して伝わる威力の差に焦りを隠せないのだ。

 本気を出した自分より強い力で跳ね返されているとイヤでも分かるから、アイツはどんどん余裕を失くしている。

 弛んでいた弦を張り詰めるように、焦燥感を逃がす場が無くなって視野が狭くなっていく。


 その気になればユートがやったように一撃で倒すことは出来た。

 しかしそれではヤツが『本気を出していない』と言い訳するのは容易に想像出来る。

 だから退路を断たせるため、どうしても向こうから先に本気を出してもらう必要があった。

 

 結果は大成功。

 観戦している人達から見ても、形勢が逆転していると伝えることが出来た。


「勇者の本気だぞ! それなのに!」

「どうした勇者様。随分と余裕がないな?」

「うるさい!!」


 自分はペラペラと喋っていたのに、人の話はうるさいと切り捨てる。

 案外早く化けの皮が剥がれたな。


 お嬢の命令を遂行するには、まだまだ剥き出し足りない部分がある。

 それを今から剥いでいこう。  


「お前、多くの敵からリリス達を守るって言ってたけど……別にそこまで過保護にならなくてもいいだろ」

「ふざけるな! 彼女達は守るべき存在で──」

「その守るって言葉が、誰よりも二人を傷付けているのにか?」

「は?」


 俺の言葉が予想外だったのか、ユートが思わず攻撃の手を止める。

 

「何を言っているんだ?」

「そもそも敵ってなんだよ」

「決まっている! 彼女達を脅かし、傷付ける悪人だ!」

「その理屈ならお前もそうだな」

「意味が分からない! どうして勇者のボクが悪人になる!?」


 ユートはバカな話だと吐き捨てる。

 けれど俺からすればお前こそまさにその該当者でしかない。


 何せ……。


「守る理由にサキュバスだからとか、半吸血鬼ヴァンピールだからって必要無いだろ」

「馬鹿馬鹿しい! 彼女達はそれで思い悩んでるんじゃないか!?」

「わかんねぇヤツだな。サキュバスだから、半吸血鬼だから、彼女達は守らなきゃいけないようにしか聞こえないんだよ」

「み、下す……?」


 寝耳に水という風に心当たりがないと呆ける。

 まぁそうなるな。

 だってコイツ、自覚無しに言ってたし。


 そうじゃなければ、リリスは泣くほど悩むことはなかった。


「そういう種族だからって理由付けして、守らないといけないくらい弱いから大人しくしてろって。そうやって味方面される方が、下手な罵倒よりよっぽど傷付く」


 それは相手の尊厳に対する否定に等しい。 


 サクラは半吸血鬼への迫害に屈さず人であろうと頑張っている。

 リリスは淫魔への偏見に曝されても純粋な恋愛に憧れ続けた。

 ユートが散々口にした『守るべき』とか『救う』なんて言葉は、彼女達の心や努力を蔑ろにして見下すことと同じだ。


「ち、違う! ボクはそんなこと考えていない!!」

「考えていようといまいと、傷付けられた側からすれば関係ないだろ」

 

 知らないからって無視して良い道理はない。


「サクラもリリスも、何が何でも守ってやらなきゃいけないほど弱くない。隣に立って支えて、たまに降りかかる火の粉を払うくらいで十分なんだよ。世界とか多くの敵とかそんな先の話なんて知るか。今の幸せを保てるようにすれば良いだろ」


 決して簡単なことじゃないけれど、守るというのはそういう意味だと思う。

 コイツみたいに独り善がりはただの自己満足でしかない。


 あぁ、自己満足と言えばそうだ。


「なぁ。お前って本当にリリスのことが好きなのか?」

「は? 何を当たり前のことを言っている!? 愛しているに決まっているだろ!」

「いや、今までの言動を振り返ってもとてもそう見えないし」

「バカを言うな! リリスを好きだからこそボクはここまで強くなったんだ!!」


 自らが勇者を志した根幹に触れられ、ユートは癇癪気味にリリスへの好意を主張する。

 その前提が崩れてしまえば、自分の努力が水の泡になるのだから当然だろう。

 尤も、俺に逆転されたせいで脆くなりつつあるが。


 しかし、改めて伝えられても信じられないな。

 何せ……。


「──だったらなんで、さっき倒れたリリスの見舞いに来なかった? 見舞いだけじゃない。俺に容態を聞かなかった、勉強を教える気があったのに誘わなかった、何より……勇者になる必要なんてあったか?」

「……へ?」


 完全に予想外だったらしい問いに、ユートは呆けたアホ面を曝す。

 だがそれを笑う気は一切起きない。

 むしろ自覚の無さに苛立ちばかりが募る。

 

 いや……自覚がないからこそ、その歪みが不愉快極まりない。


「答えを教えてやろうか。ユート、お前が本当に好きなのはリリスじゃない。お前だ。カッコイイ勇者になろうとする自分自身だ」

「はぁっ!?」


 断じる俺の答えが心底受け入れられないのか、ユートは大いに困惑を露わにした。


 お嬢から聞いた勇者病、子爵様に教わった過去の話、そしてイヤでも絡んできた時の数々の言動。

 それらを合算して導き出した答えがコレだ。


 正確にはリリスへの好意が全くない訳じゃない。

 幼い頃に会って惹かれたのは多分事実だろう。

 しかし問題はその後だ。


 リリスの気を惹こうとヤツは勇者を目指す過程で勇者病を患い、次第に自身を主人公とした物語のヒロインとして彼女を定義付けた。

 

 主人公の自分とヒロインのリリスは結ばれて当然の運命で彼女に寄る他の男は敵だ。

 そんな手段の目的と化した驕りから、ユートはリリス自身を何一つとして見なくなった。

 自分の世界に引き籠もらずにちゃんと見ていれば、倒れる前に駆け寄ることも悩んでいることにも気付けたはずなのに。


 先の正義を語った時も、ユートが拘ったのはリリス達の安全ではなく勇者らしい自分の在り方。

 自分を良く見せたいという顕示欲しか感じられなかった。

 だから何を言っても薄っぺらいし、勇者だからと負けることを極端に避ける。


 まさに本末転倒としか言い様がない。


「本気でリリスの気を惹こうとするなら勇者になるんじゃなくて、一刻も早く日本に来れるように廃嫡覚悟で子爵様を説得するべきだったんだ。そうしなかったのは、子爵家嫡男という地位を捨てられなかったから。リリスはそんな中途半端なヤツを好きになる安い女の子じゃない。馬鹿にするなよ」


 勇者という隠れ蓑の奥にあったユート・ブレイブランの自己愛。

 それを包み隠さず突き付けられたヤツは茫然自失と立ち尽くすのみだった。


 もうこれ以上は言葉もいらない。

 さっさとケリを着けようと、一歩ずつユートへと近付いて行く。


「ま、待て! まさか攻撃する気なのか!?」

「そうしないと勝てないしな」

「やめ、止めるんだ! ボクは子爵家の嫡男だぞ!? いくら公爵令嬢の奴隷だからって、流石に手を出したらマズイだろう!?」

「心配するな。お前の父親から半殺しの許可は貰ってる」

「う、嘘だ! あの優しい父上がそんなことを言うはずない!」


 言わせるくらい追い詰めたヤツが何を言ってんだが。

 親の心子知らずってこのことだな。

 ウチの両親みたいな子の心知らずよりずっと良い人というのが、どれだけ恵まれているのか解っていない。

 恐れ戦くユートの姿は、とても勇者とは言えないくらい惨めで憐れだ。


「まぁ安心しろ。俺は盗賊だろうが殺人犯だろうが、殺さずに捕まえてきたプロだ。盛大にキツいのを一発だけで済ませてやるよ」

「く、来るなァァァァ! ボクは勇者なんだ! 勇者は負けるわけにいかないんだぁぁぁぁ!!」


 迫り来る恐怖を排除しようと、上段に構えた木剣の刀身に魔力が迸る。

 魔法で形成された光の剣は、元の三倍以上の長さにまで伸びた。


 間違いなくユートの持つ最大級の技だろう。

 並のモンスターなら豆腐みたいに斬れそうだ。


 まぁ色々と言ったけど。


「消えろ! シャイニングブレイ──」

「テメェの勇者ごっこなんかに、俺の大事な友達を巻き込むんじゃねぇっ!!」

「──ブルエッフェッ!?」

 

 今にも放たれようとした必殺技が繰り出されるより先に、ユートの懐まで瞬時に潜り込んでから胴薙ぎを食らわせる。

 アニメや漫画じゃないんだから、来ると分かってる攻撃を野放しにする訳ないだろ。

 ましてやあんな隙だらけだと、どうぞ攻撃して下さいと言ってるようなモノだ。


 木剣を胴にめり込ませたまま地面へと振り抜く。

 

「ごばぁぁっ!??」


 背中を地面に叩き付けられたユートの悲鳴と共に、爆発したような砂埃が立ちこめる。

 程なくして砂煙が収まると、敗者となった勇者が白目を剥いて気絶していた。

 微かにピクピクしているので命に別状はない。


「「「「……」」」」


 勝敗が明らかになったにも関わらず誰もが絶句していた。

 下馬評最悪だったはずの俺が、蓋を開けてみれば勇者相手に完勝を決めたのだから無理もないか。


 とはいえこのまま黙られると決闘ゲームが終わらない。


「おーい。見ての通り気絶してんぞ。早く担架で運ぶなりしてやれよ」

『ッハ!? き、気絶!! ユート・ブレイブラン選手の気絶により、優勝は辻園伊鞘選手に決まりました!! 一体誰がこの結果を予測出来たのでしょうか!? 決闘ゲーム歴十年にして史上初、地球人から優勝者が現れましたぁぁぁぁ!』


 実況の熱いコールにより男子から絶望に近い悲鳴が、女子から甲高い歓声がグラウンド中に響き渡る。

 俺が優勝したことにより、2ーC組も総合優勝を勝ち取ることが出来た。

 勇者をボコボコにしろっていう、お嬢からの命令も遂行したのでようやく肩の荷を降ろせる。


 両腕を伸ばして体を解しながら、大きなため息をつく。


「はぁ~……疲れた」


 今夜は良い夢を見て寝たいものだ。

 そんな感想を浮かべながら欠伸を噛み殺すのだった。

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