決勝戦前にて



 決闘ゲームの決勝戦、その対戦者は俺とユートの二人に決まった。


 その身に秘める実力を示したことで周囲の注目を集めたユートと、堅実に戦うも地味な俺とで圧倒的に評判が違う。

 地味なのは仕方が無い。

 何せ俺はあんな風に派手な魔法が使えないし。


 仮に賭けでもしていたら、オッズは圧倒的に俺が上だっただろう。

 ほとんどの男子に嫌われているのも相まって、相当な高さになっていそうだ。


 まぁそれよりも今は決勝前の休憩時間に専念しよう。

 とはいってもドリンクを飲むだけだが。

 ちなみにサクラ手製で、爽やかな味と酸味が体を潤してくれる。


「サンキュ、美味かった」

「それなら良かったです」


 リリスへの見舞いと報告を済ませた彼女は、専ら俺のマネージャーみたいに付き添ってくれている。

 甲斐甲斐しくタオルで汗を拭いてくれたり、こうやってドリンクを手渡してくれたり、メイドを本職とするだけあって非常に手際が良い。


 まぁ当然と言うべきか周りからの……特に男子からの嫉妬が凄まじいが。

 しかし、もはや慣れたモノなので気に留めることもない。


「全く、見る目の無い人達ですね。伊鞘君は相手の動きを誘導するという高度な戦い方をしていますのに……」

「まぁ地味なのは事実だから。むしろサクラがよく気付いてる方だよ」

「自分で気付けたら良かったのですが、恥ずかしながら隣で観戦していた壱角いすみさんから教わるまで分かりませんでした」

「あぁ白馬か。アイツが自発的に教えるなんて珍しいな」


 白馬は中学の頃、俺のバイトにくっついて来たことがあった。

 その時に初めてユニコーンとしての姿を見たり、逆に俺の戦い方やスタンスを教えたんだっけ。

 でも基本的にアイツは人に質問されても口を閉ざすことが多い。


 なのにサクラに自分から説明したと聞いて、意外だと驚いてしまった。


 俺の疑問を察したのか、サクラは恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべながら人差し指で頬を掻く。


「その……相手の攻撃が伊鞘君に当たりそうになる度に、ビクビクしていた私を見かねたそうです」

「そ、そうだったのか……」


 若干見たかった気持ちを抑えつつ、心配を掛けてしまった罪悪感から苦笑いで返す。

 なんとなくソワソワとした落ち着かない空気を感じていると、ゴホンとサクラが咳払いをして切り替えた。 


「私のことよりもブレイブラン様の方です。口先だけかと思っていましたが、まさかここまで一撃で相手を倒してしまうだなんて思いませんでした」

「何気ない毒舌。なんでもA級冒険者と同等の兵士に勝ったみたいだぞ」

「A級冒険者と同じ……であれば学生相手では話になりませんね」

「まぁな」


 冷静な分析に賛同する他なかった。


 学生の内で俺みたいに危険な冒険者をやっている地球人はいない。

 異世界人に関しても現地ならともかく、戦闘の機会が少ない地球じゃどんな能力も持て余してしまう。

 故に空手を習っている程度の実力しか無い。

 がっつり英才教育を受けているユートとは自力からして差があるわけだ。


「でも勝つのは伊鞘君です」

「ははっ。サクラがそう言ってくれて嬉しいよ」

「壱角さんから対人戦が苦手だと伺っていましたが、心労が募っていたりしませんか?」

「まぁその辺は上手いことやってるさ」


 サクラの問いに心配は要らないと返す。

 その根拠を口にしようとした時だった。


「──いっくん、人と戦うの苦手だったのぉ?」

「リリス?」


 いつの間にか後ろに来ていたリリスから思い詰めた雰囲気で尋ねられた。


「もう大丈夫なのですか?」

「うん、ちゃんと休んだから平気ぃ」


 容態を尋ねたサクラにリリスはニコリと笑いながらピースサインを見せる。

 さっきより顔色は良いので、動けるくらいには回復したのは確かなようだ。


「それでいっくん。サクちゃんも言ってたけどぉ、ホントに大丈夫なのぉ?」

「あぁ。苦手ではあるけど、必要な時にはちゃんと割り切ってるよ。少なくとも攻撃する直前に日和るような真似はしないって」

「でもリリのせいで──」

「リリス」

「!」


 問題ないと返すも納得がいかない様子のリリスが自罰的な言葉を口にしようとした。

 それを遮って彼女の名前を呼ぶと、ビクリと肩を揺らして俺の方へ顔を向ける。


 しなくてもいい戦いに巻き込まれはしたが、それはユートが勝手にやったことだ。

 リリスが悪いなんてことは絶対に無い。

 けれど言葉でそう伝えたところで、彼女の胸の内に燻るモヤは晴れないだろう。

 だから俺から言えるのは一つだけだ。


「元々ユートにはうんざりしてたんだ。だから丁度良い機会だと思って感謝してるくらいだよ」

「いっくん……」


 冗談めかして言ってのけても、リリスの中で疑念が払拭したワケじゃない。

 少しでも彼女が自分を責めなくて良くなるのならすべきことは単純だ。


 席を立って防具を身に付ける。

 そして不安げな面持ちを浮かべるリリスに言った。


「それじゃ、行って来るよ」


 ========  


『ついにこの時が来ました! 決闘ゲーム決勝戦! 彗星の如く快進撃を続ける2ーA組、ユートブレイブラン選手! 対するは絶対的な回避能力を見せつける2ーC組、辻園伊鞘選手! 両者共に睨み合っております!』


 ハイテンションな実況を適当に聞き流しつつ、対面に佇むユートに視線を向ける。

 相も変わらずヤツは余裕の態度を保ったままだ。


「──今日、キミはここで断罪の時を迎える。覚悟はいいかい? 辻園伊鞘」

「よくないに決まってんだろ。勇者様相手に決闘なんて面倒なことこの上ないわ」

「キミは二大美少女の緋月さんとリリスに対して、自分の言うことを聞くように脅した。人として非常に恥ずべき罪に手を染めたこと……それは決して許されない悪行だ!!」

「えぇ……」


 正義が自らにあると信じて疑わない言動は、一周回ってナルシストですらある。

 聞かされる側からすれば堪ったモノじゃない。


 ここまでありもしない罪状をツラツラと述べられたら、頬の一つや二つ簡単に引き攣る。

 自分の世界で生きる人ってこんなにも痛々しいのか。


「ふざけないでぇ! いっくんにそこまで出来る度胸があったらぁ、とっくの昔に童貞じゃなくなってるはずだもん!」

「り、リリス。あまり大声でそんなはしたないこと言わないで下さい。事実でも伊鞘君が可哀想です!」


 歓声に混じってリリスとサクラの声が聞こえる。

 けれども悲しいかな、俺へのフォローのはずが追撃にしかなってない。

 むしろ庇おうとしてる分、この場のどの罵声よりもダメージが大きかった。


 決闘が始まってないのに既にメンタルがボロボロな俺に、ユートは毅然と声高に言う。


「彼女達に惹かれるのは理解出来る。しかし一方的な感情で食い物にして良い理由にはならない!」

「食い物にされてんのは俺の方なんだけど。ちゃんと二人に確認取った?」

「どうせキミを庇うように強要されるだろうと、クラスの男子から助言は受けている! そうでなくとも、無理に聞き出して傷付ける訳にはいかないさ。見え透いた嘘なんて無駄だよ」

「だから当事者の話聞けって言ってんだろ……!」


 なんで俺の言い分とかサクラ達の言葉より、他の人の話を信じるんだよ。

 こっちの言うことを疑うなら、そのクラスの男子から逆恨み満載で吹き込まれた嘘も少しは疑えばいいのに。


 ほとほと呆れるしかなく、ついため息が出てしまう。

 そんな俺の反応が気に障ったのか、ユートがあからさまに顔を顰める。


「なんだいその余裕は? 負けたら二度と彼女達に近付かないという約束を忘れた訳じゃないだろう? それともまさか、勇者であるボクに勝つつもりなのかな?」

「いやその約束ってそっちが勝手に決めたことで、俺は一切了承した覚えないし……」

「勝てないからってそんな負け惜しみはみっともないよ」

「あ゛ーっ! もう無理だわ、これ以上話してたら頭がおかしくなる!!」


 あー言えばこー言う!

 やってられるか!!


 同じ言葉を喋ってるはずなのに、全くと言っていいくらい会話が成立しない。

 堪忍袋の緒が切れる音が聞こえたのと同時に、俺は頭を掻き毟りながら対話を断念した。


 木剣を構えたのを見て、ユートはフフンッと鼻で笑いながら同じく木剣を構える。


『準備は良いですか? それでは決闘ゲーム決勝戦、スタァァァァトォ!!』


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