勇者の正義


「はあっ!」

「っ」


 開始と同時に、瞬間移動かと見間違う速さでユートが斬りかかって来た。

 上段から振り下ろされた攻撃に対し木剣を水平に構えて防ぐ。

 鋭くて重い……分かってはいたが、他の出場者と自力が段違いだ。


 ともかく反撃を……そう思った矢先にユートの姿が消える。

 

「っ、後ろ!」


 寒気立つ直感に従って、振り返りつつ下から木剣を振り上げる。

 ガッと鈍い音が木霊した。

 背後に回ったユートの攻撃を寸でのところで防御出来たのだ。

 

 しかし二度も攻撃を防がれたというのに、ユートは涼しげな面持ちを保っていた。


「今のが反応出来るなんてやるじゃないか」

「そんな顔で褒められても嬉しくねぇ、よっ!」


 要らない世辞と共に力を込めて木剣を振り切って突き放す。

 バックステップで距離を取った隙を衝こうと足に力を込めて──。


「させないよ」

「っく!」


 けれど機先を制するようにユートが突きを繰り出す。

 咄嗟に左へ跳躍して躱すが、追撃で振るわれた横凪を木剣で防ぐ。

 ギリギリと木剣が擦り合う……力が拮抗している証拠だ。


 一撃で倒されていないのは他の選手より戦えているから……じゃない。

 コイツまさか……


「お前、俺の戦い方を封じるつもりだな?」

「気付いたんだね。キミに考える隙を与えなければ誘導作戦は使えない。得意の戦法を封じられ、パワーもスピードもボクの方が上である以上、もはやキミに勝ち目はない。ほら──」

「っ!」

「こんな風にね!」


 またも目の前で消えた驚きよりも先に、脳裏に過った警鐘に逆らわず前方に宙返りする。

 反転した視界には水平に木剣を振るったユートの姿が映った。

 

 っていうか咄嗟とはいえ、この体勢はマズい!


 案の定、返しの一閃を放って来た。

 狙いは腕……防具と木剣だとはいえ、まともに受ければ不利は避けられない。

 だから腕の力だけでユートを飛び越す高さまで跳んだ。

 しんどいし体力使うけど、攻撃を食らうよりずっとマシだろう。


 そのまま体を捻って着地し、ユートの居た方へ顔を向ける。

 しかし当然と言うべきか、既にヤツの姿はない。

 こういう時は大抵……。


「うしろ、だよなぁっ!?」


 着地の時に曲げた膝を伸ばして右へ跳ぶ。

 瞬間、さっきまで居た位置に唐竹割りが繰り出された。

 

 おいおい、地面が抉れてらぁ。

 防具着けてても食らったら気絶してたぞ。


 ゾッと背中に悪寒が走る俺を余所に、ユートは笑みすら浮かべてこちらを見やる。


「はははっ、よく粘るねぇ!」

「生きるのに必死な人生だったからなぁ!」


 腹の立つ称賛にブラックジョークで返しながら、鍔迫り合いに持ち込まれる。

 

 状況は圧倒的に向こうが有利だ。

 勉強中に楽器を掻き鳴らされるように執拗な攻撃を前に、悔しいが思考誘導する間が本当に無いぞ。

 

 それにコイツの動きは、ただ俺の戦法を封じるためだけじゃない。

 自分の方が強いのだと誇示することで、俺の心を折るつもりなのだ。

 現にここまで身体強化以外の魔法を使ってないのが裏付けている。

 

「いいぞ勇者ー!」「そのままやっちまえー!」「俺らに代わって裁きをー!」「「「「ゆ・う・しゃ! ゆ・う・しゃ!」」」」


 嫉妬に駆られた男子達のシュプレヒコールがうっせぇ。

 集中を乱されないように、目を凝らしてユートに意識を向ける。


 そんな周りの歓声を受けて気を良くしたのだろうか。

 ユートはフッと、したり顔を浮かべる。


「形勢は火を見るより明らかだ。降参すればこれ以上は痛い目を見なくて済むよ」

「はぁ? まだ始まって五分しか経ってないだろ。寝言は寝て言えっての」

「ここまで差を見せても勝つつもりなのかい? 無駄だよ、ボクの試合に懸ける思いの強さは、キミと隔絶しているのさ」

「思い?」


 何の話だと聞き返した途端、一際強い力で押されて距離が開けられる。

 よろめいた隙を衝くようにユートが逆袈裟で斬りかかって来た。


 踏ん張りが足りないながらも、なんとか木剣でガードする。


「サキュバスは生きるために異性の精気が必要だ。その生態を逆手にとって関係を迫ろうとする悪人が後を絶たない。これは地球に限った話じゃないんだよ」

「いきなりなんだよ、リリスは俺をエサにしてるんだから関係ないだろ!」

「いいやあるさ。彼女はサキュバスである以上、どうしても人付き合いを選ぶ必要がある。人は誰もが善人ではない。キミのような良からぬことを企む悪人達から守るべきだ! そのためにボクは力を身に付けた!」

「っ」


 ギリッとユートの木剣に力が込められる。

 体重を乗せているのもあって、膝を曲げる程に押し込まれてしまう。


「それに緋月さん……半吸血鬼ヴァンピールの彼女も守るべき存在だ」

「! 知ってたのかよ……」

「当たり前だろう? 魔王の使徒、災厄の化身と言われているけれど、無理やり変貌させられた可哀想な被害者だ。今も根強く残る迫害が彼女を傷付けているのは容易に想像できる」

「何が、言いたいんだよ」

「キミのような地球人の奴隷に、異世界の人々による蔑みから緋月さんを救えると思っているのかい? ボクは違う! 半吸血鬼への迫害を無くし、大手を振るって幸せに生きていける世界を作る!」

「……っ!」


 さらに強まった力に抵抗するのは愚策だと決め、ユートの木剣を滑らせるように流した。

 拮抗から脱してすぐにバックステップして、痺れの残る腕を少しでも休ませようと軽く振る。


 未だに戦う意志を見せる俺に、ユートは煩わしさを隠しもせず睨み付けて来る。


「それがボクの正義だ、辻園伊鞘! 多くの敵から彼女達を守る意志と強さがキミにはない!!」


 自らの正しさを声高々に言ってのけた。

 その言葉に感化されたのか、観戦している面々から大きな声援が沸き立つ。


 正義、正義ねぇ……。


 肩を揺らして息を整えつつ、今も見守ってくれているであろうサクラとリリスに目を向ける。

 サクラは驚くくらい冷静な面持ちで、真摯に戦いの行く末を眺めていた。

 リリスは祈るように両手を握って、不安げな眼差しで俺を見つめている。

 

 今のユートの言葉は彼女達にも聞こえていたはずだ。

  

 だからこそ……失望を禁じ得なかった。

 

「ふふっ。これから離れる二人を見納めているのかな?」


 こちらの内心など露知らずなユートは得意げな表情で続ける。


「でも残念なお知らせだよ。──ボクは今まで実力の半分しか出していないのさ」

「!」


 やたらと余裕な態度を見せていた理由に目を見開く。

 そのカミングアウトに驚いたのは俺だけじゃなく、観戦している人達も同様だった。


『先の凄まじい攻防ですら半分!? これはもう決着でしょうか!?』

「すげぇぇぇぇ勇者すげぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 騒然とする歓声を聞いてさらに気分が良くなったのか、ユートは勇ましい面持ちで木剣の切っ先を向ける。


「お遊びもここまでだよ。これからは自らの悪行を悔やむ人生を過ごすことだね」


 そういうや否や、ユートから爆発したかのような膨大な魔力の奔流が発生する。

 虚勢ではなく本当に半分の実力でしか戦っていなかったようだ。


 完全に勝ちを確信したヤツは両手で木剣の柄を握り、腰を深く落として突きの姿勢で構える。

 明らかに必殺を決めるつもりだろう。


 対する俺はだらんと脱力したまま立ち尽くすだけだ。

 それを諦めたと思ったユートはニヤリと勝ち誇った笑みを作る。


「これで終わりだ! ライトニングトラスト!!」


 まるで稲妻かと錯覚するような電光石火の突き。

 迸る雷光に包まれたユートは一直線に俺へと迫る。


 瞬く間に間合いは詰められ、俺は閃光に飲まれていく。



 ──ガァンッ!



 会場に車が衝突したかのような轟音が響き、一本の木剣が宙を舞う。

 観戦している誰もが息を呑んで言葉を失くす。

 静寂に包まれる中、飛んでいた木剣が地面に落ちた。


 それでも誰も口を開かない。


「な……」


 そんな最中、ポツリと息を漏らすようにか細い声が耳に入る。

 目の前の現実を受け入れられないのか、わなわなと震えているようだった。


「何を……したんだ?」


 声の主──ユートは信じられないといった様子で尋ねた。

 その視線はと、剣を振り抜いた姿勢のまま立つ俺を行き交う。

 

 そう、宙に飛んだ木剣はユートが使っていたモノで……弾き飛ばしたのは俺だ。

 全力で放たれた攻撃に対して振るったカウンターがヤツには見えなかった。

 だからこんなにも困惑しているのだろう。


 さて、問い掛けられた言葉にどう返したものかと逡巡する。

 やったことは単純、敢えて抑えていた身体強化の出力を上げただけだ。

 しかしわざわざ詳らかに説明するつもりはない。

 

 ざっくりと分かりやすく纏めるなら、そうだなぁ……。


「──全力を出してなかったのはお前だけじゃないってことだ」

「は、はぁぁぁぁっ!?」

 

 その返答にユートは猿叫えんきょうにも似た声を上げながら愕然とする。

 まるでそんなはずがないと言わんばかりの反応だ。


「そ、そんなバカな話ある訳がない! だってキミはボクの攻撃に対して防戦一方だったじゃないか!?」

「いや攻撃してないだけで防ぐので手一杯って、どんだけおめでたい頭してるんだよ。普通、何かあるのかって警戒するだろ。全くしなかったのは分かってたけどさ」

「う、嘘だ嘘だ! ありえない!!」


 尚も信じられないという風にユートは頭を抱える。

 まぁ無理もないよなぁ、

 むしろ自分の世界に生きてる分、めちゃくちゃ簡単だったまである。

 近い将来に詐欺に引っ掛かって泣きそうだなって思うくらいだ


 呆れのため息をつきながら、木剣で弾き飛ばしたユートの剣を指す。


「そんなに否定したいなら……ほら、拾って来いよ。まだ試合中だぞ」

「っ!」


 俺の言葉が癪に障ったみたいで、ユートは言われずともと返事代わりに地面に落ちた木剣を拾って構える。


 しかしさっきまで余裕のあった態度から一変して、得体の知れないモノを見るように警戒心を剥き出しにしていた。

 事此処に至ってようやく、ユートは俺という存在を認識したと言える。

 

 やっとこの盤面まで整えられた。

 準備に苦心した分、盛大に発散させてもらうとしよう。


 木剣の切っ先をユートに向け、俺は告げた。


「さぁ、ケリを着けようぜ勇者様。そのご立派な正義も、伸びきった自尊心も、洩れなくへし折ってやるよ」


 

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