決闘第一試合、番狂わせな第四試合



 第一試合の相手、三年のバルオーグ=ベイア先輩。

 熊獣族らしく三メートルに迫る巨漢と、防具の上からでも目立つ筋肉からパワー系なのは明らかだ。

 共通の武器として木剣が握られているが、そのサイズは彼に合わせて大剣と呼べる程に大きい。


 生まれ持った豪腕と純粋な質量から見ても、打ち合いになれば消耗は避けられないだろう。

 だから相手の攻撃に対して取るべき行動は一つ──回避のみだ。


「オラァッ!!」

「っ」


 上段から振り下ろされた一撃を左へ大きく跳んで躱す。

 叩き付けられた地面が小さなクレバスみたいに割れる。

 まともに受けたら防具があっても気絶は必至、防ごうとしたら腕が逝きそうだ。


 獣族は魔法を使わずとも軒並み素のフィジカルに秀でているため、人間の身としては羨ましい限りである。


「次行くぞぉっ!」

「あっぶね!」


 今度は時計回りの横薙ぎだ。

 咄嗟にバックステップで回避するが、棒立ちしていたら間違いなくぶっ飛ばされてた。

 だってブオンッってめっちゃくう切ってたもん。


 砂埃も舞い上がるくらいの風が起きてるし、これは絶対に食らいたくない。

 ゾッと恐ろしさを感じながらも、着地と同時に地面を蹴って駆ける。


 俺の接近にベイア先輩は気付くが、横薙ぎで振るった木剣はすぐに引き戻せない。

 質量の大きさから起きた強い遠心力のせいだ。

 そうして隙だらけの背中へ一閃を見舞う。


「せいっ!」

「うごっ」


 背中に直撃を受けたベイア先輩が前のめりによろめく。

 転倒させるつもりだったけど、思ったより体重があったせいで無理だった。

 というか岩かってくらいめっちゃ硬かった。


 反撃を貰わないように後ろへ跳んで距離を取る。


 先制したはずが逆に初撃を受けてしまったベイア先輩は、俺をギラリとした獰猛な眼差しで睨む。


 う~ん、やっぱ対人って苦手だわ。

 武器越しとはいえ、どうしても人を傷付ける感覚が不快だ。

 いくら洗っても手に付いた泥が落ちないみたいな、そんな煩わしさがある。


「地球人のクセにやるじゃねぇか」

「そりゃどーも」


 野郎に見下されたまま褒められても嬉しくないが、とりあえず社交辞令で返す。


「見たところ、テメェの魔法は身体強化だな? だがあんな低い強化で俺に勝てるワケねぇだろ。さっきの一撃も大したことなかったしな」

「割と力入れたんだけど、頑丈すぎじゃないですか?」

「頑丈に決まってるだろ! 俺の魔法は堅牢! 要は自己防御に特化してるからなぁ!」

「うわぁ初戦から面倒な……」


 通りで岩殴ったみたいな感覚だったワケだ。

 魔法を明かしたのも、俺じゃ突破出来ないと踏んだからだろう。


 生憎と身体強化しか適性がないので、物理以外の攻撃手段がないのは事実。

 お世辞にも相性が良いとは言えない。


 思わず面倒くさい顔をしたのが気をよくしたのか、ベイア先輩は急接近して大剣を振り回して来た。

 こっちが反撃しても意味がないと理解した上での強引な猛攻だ。

 躱して跳んで下がって、とにかく回避を続ける。


 衆目から見ても形勢は先輩側に傾いていく一方だ。


「オラオラオラオラァ! 避けてばっかじゃ俺は倒せねぇぞぉぉ!」


 確かにそうだが、それは先輩側にも言えることだ。

 何せ彼はまだ俺に一回も攻撃を当てられていない。

 優勢ではあるものの、膠着状態に陥っているのは向こうも同じなのだ。


「クソッ、いい加減にくたばりやがれ!」


 次第に先輩の表情に焦りが募っていく。

 そりゃそうだ、いくら攻撃しても掠りもしなければおかしいと気付ける。

 意地でも食らわせてやろうと、いっそう力を込めて木剣を振るう。


 でも当たらない。

 むしろ大振りになった分、目に見えて避けやすい。

 だから余計に焦って余裕が無くなり、体力の消耗から疲労が目立ち始める。

 いくらフィジカルと体力に優れた獣族といえど、武器を振り続けて魔法の守りも常時展開していては、ガス欠を起こすのも自明の理だ。


「ぜぇ、ぜぇ、このぉ……野郎」


 息を切らしながらもベイア先輩は木剣を上段から叩き付けようと構える。


 ──ここ。


「ごぁっ!?」


 攻撃に意識を向けるあまり魔法を解除した隙を狙って、一気に接近してから首筋に一閃。

 防御されていない確かな手応えを感じながら、返す一太刀で鳩尾を叩く。


 ダメ押しに蹴りを見舞えば、踏ん張りきれなかったベイア先輩が尻もちを着く。

 そのまま木剣の切っ先を向ける。

 どう動こうといつでも攻撃できるぞと暗に示す。 


 勝敗は明らかだ。


「──こ、降参だ」

『バルオーグ=ベイア選手、降参ー! 勝者は2ーC組、辻園伊鞘選手でーす!』


 先輩の降参を実況が報せると、グラウンドは一気に大きな歓声に包まれた。

 純粋な勝利への称賛から、獣族の先輩に勝った衝撃、先輩が負けたことに対するブーイングなど様々だ。


 何はともあれ第一試合は勝つことが出来た。

 ふとサクラの方へ顔を向けると、彼女は胸元で拍手しながら笑みを浮かべている。

 彼女との約束を守れたので内心で胸を撫で下ろす。


 改めてベイア先輩と一礼して、自分の控えスペースへと足を進める。

 そんな時だ。


「思っていたよりもやるみたいだね。明らかに経験者の動きだった」


 ユートから要らない賛辞が送られた。

 一回戦負けを期待していた割には、そこまで驚いてはいないみたいだ。


「地球人のキミが勝つだなんて意外だったよ。一体どこであんな戦い方を身に付けたんだい?」

冒険者バイト

「なるほど、真実を教えるつもりはないみたいだね」


 いや事実なんだが。

 まぁ深く聞いて来る様子はないから別にいいか。


 そのまま進んでも特に呼び止められなかったので、話は終わったらしい。

 ひとまず次の試合まで、防具は外しておこう。


 そうして第二試合、第三試合と決闘ゲームは進んで第四試合……ユートの番が来た。


『決闘ゲーム一回戦、第四試合です! まずは前回優勝者、3ーB組のガトック=イータ選手! 虎獣族の力で二連覇となるか!? 対するは2ーA組のユート・ブレイブラン選手! 自らを勇者と称する転入生ですが、果たして実力の程や如何に!?』


 前回の優勝者が出てきたとあって、会場の熱は大盛り上がりだ。

 一方でユートの方は、勇者病患者という背景のせいかまるで声が掛けられない。


 しかしそんな状況でもアイツは余裕を崩さなかった。

 自分の勝ちを信じて疑っていない。

 普通なら痛いヤツで終わるのだが、泉凛高校に来るためにA級冒険者と同等の兵士に勝った過去がある。

 だからこそユートから見れば、獣族でも学生であるイータ先輩は井の中の蛙にしか移らないんだろう。


『それでは決闘ゲーム、第四試合スタートです!』


 実況が試合開始を告げると共に、イータ先輩が残像を残す速さでユートへ急接近する。

 そのまま隙だらけの体を殴り飛ばそうと木剣を振るい──。


「──ライトニングスラッシュ!」

「ぐあぁぁっ!!?」


 当たるより更に速くユートが雷を纏わせた一閃を食らわせた。

 カウンターで反撃したことで威力はもちろん、雷魔法によって全身が痺れさせたこともあり、たった一撃でイータ先輩は前のめりに倒れ込んだ。


 あまりの早い決着に会場の誰もが絶句した。

 無理も無い、前回優勝者が呆気なく敗北したのだ。


『い、イータ選手、気絶! 勝者は2ーA組のユート・ブレイブラン選手!!』


 遅れて実況が結果を報せると、まさかの番狂わせに会場のボルテージが一気に高まった。

 バカを自称する勇者がここまで圧倒的な強さを見せつけたことに、誰もが興奮を隠しきれない様子だ。


 もしかしたらアイツは本当に勇者なのかも知れない。


 そんな称賛すら聞こえて来る。

 事情を知っている側からすれば信じられないが、イケメンで子爵家の嫡男というのもあって真に受ける人が多い。


 以降の試合でもユートは期待に応えるかのように次々に対戦相手を一撃で倒していく。

 目に見えて派手な勝ち方をするユートはあっという間な支持を得るまでに至る。


 一方の俺は第一試合の時と同じく、相手の攻撃を避けてから隙を見て反撃する堅実な方法で勝ち進めていた。

 何度か攻撃を受けそうな場面はあったが、なんとか無傷だ。

 だが決まって相手が疲弊したところを衝く形になるので、ユートと対照的に卑怯者と罵声が飛ばされるようになっていた。

 不正なんて一切働いてないのにヒドい話だ。


 そうしてユートが準決勝を越えたことにより、ついに決闘ゲーム決勝戦の対戦カードが俺と彼の二人に決まった。

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