クラス委員長がキレた

「にしても白馬、なんで田中とジーロが裏切るって分かったんだ?」

「フンッ。奴らの卑しい魂胆など匂いで判る。だから先頭だけは譲らなかったのさ」

「珍しくやる気だと思ったらそういうことか」


 俺が騎馬戦に出ることになった時、白馬は妙にやる気に満ちた様子で自分も出ると立候補していた。

 どうやらあれは男子達の企みから俺を守るための行動だったらしい。

 普通に友情だと呑気に考えてた一月ひとつき前の自分をぶん殴りてぇ。


「まさかユニコーンまでも味方に付けるなんて思わなかったよ」

「うげぇ」


 軽く反省をしながらクラスの観戦スペースへ戻ろうとするが、不意に背後から聞きたくない声の持ち主に呼び止められた。

 先の騎馬戦で二位通過したユートだ。


「今回は敗けを認めるよ。でも失望したなぁ。悪辣な人間を背に乗せるだなんて、高潔な幻獣も落ちたモノだね」

「は?」


 負けたという割にはこちらを見下した発言をしながら去っていった。

 明らかな負け惜しみだが、普段なら相手にすることはない。

 でも今回はちょっと無視出来そうになかった。

 何せアイツは、白馬を侮辱したからだ。


 カチン、と頭の中で怒りの鐘が鳴ったと同時に、ユートに詰め寄ろうと歩みを進める。


「待て。お前、白馬は──」

「構うな伊鞘。こんなところで阿呆の相手をする必要は無い」


 これから怒号を飛ばそうとした矢先、貶されたにも関わらず冷静な白馬に制止された。

 

「でもお前、一族を侮辱されたんだぞ?」

「ユニコーンは心の穢れた者を決して背に乗せないことなど常識だろう? アレはそれでも伊鞘を認めたくない負け犬の遠吠えでしかない。相手にするまでもなくくだらない戯れ言だ」

「……だよな」


 白馬に諭されたことで、熱した頭に冷や水を被せられたように気が落ち着いた。

 当人がそういうなら、ユニコーンでもない俺がとやかく言うつもりはない。


 そうして冷静になった俺を見て、白馬はニヤリと良い笑みを浮かべる。


「まぁ尤も……我らを侮辱した事実に変わりはない。その清算は必ずや払わせるさ」

「おっかねぇの」


 それはそうと腹立たしいことに変わりないらしく、拘りの強い親友の様子に堪らず苦笑してしまう。

 プライドの高いユニコーンに喧嘩売った勇者バカは、後でキッチリと報復を受けそうだ。

 あ、でもこの事を知った子爵様が卒倒しそう。

 出来るだけ胃痛を和らげるように、白馬には言っておこうか。


 話も程々に、今度こそ観戦スペースへと足を運ぶ。

 でも戻った俺達を待っていたのは勝利への称賛ではなく、女子達に囲まれながら土の上で揃って正座する男子一同の姿だった。


 え、なにこれ?

 意味が分からない光景の詳細を確かめようと、遠巻きで様子を見ていたサクラに尋ねることにした。


「サクラ、これ何があったんだ?」

「あ、伊鞘君。大活躍でしたね。壱角いすみさんもお疲れ様です」

「サンキュ」

「あれくらい造作もない」


 サクラからの労りに軽く返す。

 そこから彼女は、男子達の方へ視線を向ける。


「それであちらは……伊鞘君を失格させようと企んだ行為に対する尋問といったところです」

「あぁ……やっぱ徒党組んでたんだ」


 呆れと怒りを滲ませた真顔を浮かべるサクラから教えられた事情に、納得と寂寥感が押し寄せる。

 白馬以外に同性の味方が居なかったとか、どんだけ憎まれてんの俺。

 

 自分の置かれた状況の深刻さに思わず震えていると、包囲尋問に動きが出た。


「──あのさ、自分達がなにやったか分かってる?」

「「「……」」」


 多分な怒りを含ませた問いに、男子達は誰一人として口を開かない。

 責任逃れではなく、単純に言い訳すら憚られる圧倒的なプレッシャーに何も言えないだけだ。


 何せ発言者の女子は、2─C組のクラス委員長であるフレア・ドラグノアさんだ。

 ショートヘアの赤髪に、刃のような鋭さを感じる翡翠色の瞳、か弱さを抱かせない細身ながらも引き締まった肢体。

 彼女は異世界に存在する種族の中で、最も戦闘力に長けた竜族の一人である。

 

 つまり怒らせたらいけないタイプの人なのだ。

 そんなドラグノアさんに詰められた男子達は、数の差を微塵も感じさせない程にガクガクと怯えていた。


「あのね。ウチは別にさ、辻園君を嫌う分には好きにすれば良いと思ってんのよ。バカとかアホとか思うし、そんなのと関わりたくないなぁってなるけど」


 俺としては出来れば止めて欲しいけど、それを女子達が聞くかどうかは別だ。


「ただ今は体育祭なワケ。クラス一丸で優勝目指してるワケ。分かる?」

「「「は、はい……」」」

「いやはいって何? 分かってたらしないでしょ、あんなこと。いくら辻園君が嫌いでも、自滅してまですることじゃなくない? 壱角君の機転が無かったら開始と同時に失格だったんだからね? 普通にありえないし。次似たようなことしたら女子全員、無視するから」

「「「ひ、ひゃぃ……」」」


 こええええぇぇぇぇ……。

 サクラがプレッシャー放った時とは違うベクトルで恐ろしいわ。


 でもそれだけのことをしでかしたのだから同情はしない。

 何はともあれドラグノアさんに釘を刺された以上、もうあんな行動は起こさないだろう。


 とりあえずお礼だけでも言っておかないとな。

 そう思った俺は彼女の元へ歩く。


「ドラグノアさん」

「あ、ツージー! 騎馬戦おっつー!」


 声を掛けた途端、ドラグノアさんは纏っていた威圧を霧散させて人当たりの良い笑顔を浮かべる。

 というかツージーってなんだ。

 初めて呼ばれたぞ。


「えっと、怒ってくれてありがとな」

「ん~ん、おれーなんていーよー。キモかったからって避けてたウチらも悪いとこあったし、こっからドンドンアゲてってー、ばんかい? へんじょー? してくからヨロー♪」

「お、おぉ……」


 早口で話を進めてく彼女の語気に気圧されて、なんとも曖昧な返事しか出来なかった。

 さっきみたいに怒ると怖いけど、普段のドラグノアさんはとても賑やかなムードメーカー──所謂ギャルらしい人だ。

 サクラとリリスが突出してるだけで、彼女も相当な美少女なのでどうにも気後れしてしまう。

 

「てかおなクラなのに苗字とか堅くない? フツーにウチのことはフレアでいーよ」

「いや、でもそんな話したことないですし……」

「ツージーならノープロ!」

「は、ははは……それならよろしく、フレア」

「オケー!」


 一歩どころか五歩も踏み込んだ距離の詰め方に戸惑いを隠せない。

 それでも仲良くしてくれるというのなら、断る理由は無いので楽にさせて貰おう。

 

「体育祭の後でRINE交換しよ! ウチ的にツージーのこと、めちゃ気になってんだよねー」

「えっ!?」


 交換ぐらいなら構わないが、その後でなんの気なしに言われた理由に動揺してしまう。

 冗談か俺の勘違いだとは解っているものの、それでも男子的にその言葉に期待感を隠せなかった。


 グルグルとどう返事をしたら良いのか考え込んで……。


「ゴホン。そろそろ次の競技が始まるみたいですよ」

「うぉっ、サクラ?」


 突如サクラが咳払いをして話に割って入ったことで、強制的に逡巡から意識を戻される。

 驚いて彼女の顔を見やると、どこか不機嫌そうに目を細めていた。


「……なんか怒ってる?」

「別に怒ってません。伊鞘君が誰と仲良くしようと〝同僚〟の私には関係ありませんから」


 やけに同僚を強調して俺の問いを否定する。

 しかし頬が僅かに膨れているため、また機嫌を損ねたことだけは察した。


 深掘りしても余計に不興を買うだけかもしれない。

 そう思うと踏み込む気にはなれなかった。

 女子って難しい……。


 なんて感想を浮かべていたら、フレアが何やら面白いモノを見つけたように目を輝かせる。


「緋月ちゃ~ん、ちょっといーい?」

「な、なんですか?」


 そう言ってサクラに肩を寄せる。

 

「そんな心配しなくても、ツージーを取ったりしないし」

「っ!?」


 フレアが何か囁いたのと同時に、サクラがギョッと驚愕を露わに目を見開く。

 程なく顔全体が朱に染まって、全身がわなわなと震えてだす。


 小声で話していたので聞こえなかったが、サクラにあんな表情をさせるなんて少しビックリした。

 

「ど、どうして解ったのですか……?」

「や~ん緋月ちゃんめちゃカワ~! もっと早く話せば良かった~♪」

「ぇ、あ、あの、抱き着く前に質問に答えて下さい!?」


 ……なんか仲良くなってない?

 サクラが丸くなったからなのか、フレアのコミュ力が高いからなのか。

 

 まぁいずれにせよ、クラスの男子達が大人しくなるなら良かった。

 ホッと胸を撫で下ろしながら、次の競技──借り物リレーに出場するリリスの応援に意識を切り替えるのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る