第一種目の騎馬戦から波乱なんだが


 勇者バカと決闘する流れになり、お嬢から叩き潰せという命令を頂戴してから一ヶ月が経過した。

 六月下旬……本格的な夏が始まろうとする今日この頃、泉凛高校体育祭が開催される。

 

 なんかあっという間だったなぁ。

 体育祭に出る競技選びにその練習、普段の学業に加えて屋敷での仕事にエサ役……見事に忙殺されていた。

 数少ない救いは事の元凶たるユートが絡まなくなったことだろうか。

 

 子爵様から送られた手紙の内容によると、俺との決闘のために鍛錬を重ねているらしい。

 そのモチベーションをもっと別のことに活かせよ。

 

 他の変化を挙げるならリリスのことだろう。

 あれからも彼女は表面上こそ普段通りだが、ふとした拍子に思い悩んだ面持ちを浮かべる。

 吸精は欠かしていないがいつもより語気が弱くなっていて、どこか乗り気じゃないのが見て取れた。

 俺も心配から中々気分が乗らず、結果として時間が掛かってしまうのだ。

 多分だけど一回の吸精量も減っていると思う。


 サクラは何度も相談事があれば受けると言っているが、リリスは心配いらないと断り続けている。

 仕事に支障をきたしていないだけマシなものの、いつまでも悩みを抱えているままというのはよくない。

 体育祭で気分転換になれば良いんだけど……。


 何はともあれ、長ったらしい校長先生の挨拶を聞き流しながら開会式が終わった。


 そのまま体育祭の第一種目、騎馬戦が始まる。

 四人一組で騎馬を組み、相手騎手のハチマキを取った合計数で順位を競うシンプルなルールだ。

 失格判定は落馬のみで、ハチマキが取られても継続して参戦し続けることが出来る。


 まずは男子の部からで、ウチのクラスから出るのは俺と白馬、地球人の田中と犬獣族のジーロの四人だ。

 この日のために練習を重ねて来たので、精一杯の健闘をしたい。

 

 騎手は俺、先頭は白馬、後ろが田中とジーロのフォーメーションだ。


「よし、ドンドン取ってくぞ」

「あぁ」

「背中は任せろぃ!」

「勝つぜ勝つぜ~!」


 意気揚々と競技に臨む俺達と同じく、他のクラスや学年の男子達も戦意が高まっている。

 中には騎手としてユートが悠々と腕を組んでいた。

 

 目が合うと、ヤツはあからさまに俺を睨み付ける。

 日が経っても憎しみは絶えず燃え盛っていたみたいだ。

 これは真っ先に狙われてもおかしくないなぁ。


『それでは第一種目、騎馬戦を開始します。よ~い!』


 ──パァン!


 実況の合図共に全員が動き出した。

 一つでも多くのハチマキを奪おうと、早々に取っては取られの乱戦が繰り広げられる。


「よしっ、俺達も行くぞ!」


 決闘はともかく、クラスを優勝に導くためにそう宣言して進もうとした瞬間だった。


「──いや、お前は落ちろ」

「俺らの恨み、とくと味わえ」

「は?」


 何故か背後からそんな声が聞こえたと同時に、支えられていた体が唐突な浮遊感に襲われて後ろへ倒れ込んでいく。

 スローモーションになった視界の端に、悪辣な笑みを浮かべながら俺と白馬から距離を置いた田中とジーロの表情が映る。

 その時に悟った。


 ──コイツら、初めからこうやって裏切るつもりだったな!?


 騎馬戦に出ることが決まった時、やけに殊勝な態度で接して来るなぁとは思っていた。

 訝しみはしたが積極的に練習してくれたし、実際に関わって噂なんて当てにならないとも言ってくれたのだ。

 だから考えすぎだったかと警戒を解いたんだけど……ものの見事に裏切られた。


 ユートもそうだけど、俺のこと嫌いな男子多過ぎじゃないか?

 もう徒党を組んで妨害されても不思議じゃない気がしてきた。


 我ながら迂闊過ぎると後悔しそうになったが、今はそんなことを考える暇は無い。

 落馬してしまえば何も出来ないまま失格になる。

 でも先頭の白馬の姿勢じゃ後ろへ倒れる俺を支えられない。

 万事休すかと思った矢先だった。


「伊鞘! 目を閉じてしっかり掴まっていろ!」

「ぇ、はく──っ!?」


 白馬から呼び掛けに戸惑いながらも、反射的にその通りにした。

 瞬間、瞼の裏でも分かる程の閃光が瞬く。


『おぉっと、開始早々なんだぁ!?』


 突然の光に俺はもちろん、実況や観戦していた他の人達のざわめきが驚きに包まれた。

 それから間もなく、後ろへ向かっていたはずの体が安定する。

 感触的に何かに座り込んだみたいだ。


 恐る恐る目を開けてみると……──目の前には真っ白な毛並みの馬がいた。


 慌てて周りを見てみれば、俺は馬に跨がる姿勢になっている。

 目まぐるしい状況の変化に困惑していると、白馬はくばがこちらへ振り返った。

 その頭部に白銀の一本角が生えているのが目に留まる。


 ……おいおいマジか。


白馬はくま?」

『伊鞘にこの姿を見せるのは二度目だったな。怪我はないか?』

「おかげさまで無傷……って、それよりもお前、人前で人化を解くのはイヤだって言ってただろ!? なんで……」


 ユニコーンは滅多に姿を現そうとしない幻獣だ。

 注目を浴びたり、清い女性以外から安易に触れられるのを避けるためだとは聞いたことがある。

 白馬もその例に漏れず、人の姿をして暮らしてはいても本来の姿を曝すのは嫌っていた。

 

 そんな彼が体育祭という人目が集まる場で、こうして人化を解いた事実に大きな戸惑いを隠せない。

 動揺する俺に対して白馬はフンッと鼻を小さく鳴らす。


『知れたことを。親友の危機を前にそんな拘りなど塵芥同然だ。それよりまだ競技中だぞ?』

「……ははっ確かにそうだな。乗り方はバイトで経験してるから存分に暴れろ」

『ユニコーンである僕をそこら馬と同列にするな。そっちこそ振り落とされるなよ』

 

 気の置けないやり取りを済ませたのを皮切りに白馬が跳躍する。

 それだけで茫然としていた二組の騎手の間を通り抜け、俺は隙だらけだった彼らからハチマキを掠め取った。


「え、えっ!?」

「なんだ今の?! 全然見えなかったぞ!?」


 ようやくハチマキを奪われたことに気付いた二人の騎手が慌てふためく。

 同じく遅れて事態を察した他のクラスが騒然とする。


「よし、二本ゲット」

『ナイスだ。ギアを上げていくぞ』

「どんとこい」


 そんな彼らを尻目に俺と白馬は無双を繰り広げる。

 本物の騎馬を前に、四人一組の騎馬が敵うはずがないので当然だ。

 そもそものスピードが桁違い故に、逃げることも追い掛けることも出来ない。


 中には待ち伏せを狙うヤツもいたが、そういう時は白馬が加速か減速をしてタイミングを外してくれる。

 ホント、頼りになる親友だ。


「ぎゃああああああああ全部盗られたぁぁぁぁ!!」

「なんなんだよこれぇ、こんなことがあって良いのかよ!?」

「しぃぃんぱぁぁぁぁん!! あれ反則だろ!? 今すぐ失格にしてくれぇぇぇぇ!」

『え~辻園さんは落馬していない上、壱角いすみさんも初めから騎馬戦に参加しています。加えて魔法を使っている訳でもありませんので異議は却下されました!』

「クソがアアアアァァァァ!!」


 阿鼻叫喚が飛び交う中で、俺達はどんどんハチマキを集めていく。

 実は反則じゃないとかという点は、ひっそりと気にしていたのでセーフだと知って安堵した。


 なので気兼ねなく相手からハチマキを盗っていこう。

 そうして独壇場を築く中、ソイツは現れた。


「そこまでだ、辻園伊鞘!」


 勇者が俺達の前に立ちはだかる。

 あの乱戦の中で、自身のも含めて三本のハチマキを獲得しているみたいだ。

 

「キミ達が手にしたハチマキを総取りすることでボクらが勝つ! さぁかかってこ──」

「挑まねぇよ、じゃあな」

「ええっ!?」


 ユートが予想を裏切られたような反応をするが、俺からすれば挑むメリットが一切無い。

 だってこっちは既に一位が確定する程にハチマキは集まっている。

 アイツから奪って全取りするより、時間切れまで逃げる方がずっと楽だ。

 

 白馬もそれを理解しているから、阿吽の呼吸でスルーに賛同してくれた。

 まぁ一番の理由は、決闘ゲームまで関わりたくないってだけだが。


「逃げるな臆病者!! 逃げるなァ!!!」


 どっかの長男みたいに叫ぶ勇者を尻目に、グラウンドを駆け回る白馬に振り落とされないよう姿勢を保つ。

 完全に俺達の独走状態が続く内に……。 


 ──ピッッピィーーッッ!!


 競技終了のホイッスルがけたたましく響いた。


『タイムアァーップ! 一同静止して下さい。ただいまより集計に入ります。と言いたいですが結果は火を見るより明らか! 一位は2-C組です!』


 実況が声高に叫ぶと、クラスメイトが観戦しているスペースから歓喜の声が発せられた。

 でも良く聞くと女子だけの気がするんだけど……これ、本当にクラスの男子が徒党を組んでた可能性ある?

 

 一方で他のクラスは第一種目から無双された事実に戦慄している様子だった。

 少しでも士気が下がっているのなら、次の種目に出るメンバーにも貢献できるだろう。


 地面に降りるとほぼ同時に、白馬が再び人化する。

 前に見た時も思ったけど、服は普通にそのままなんだよなぁ。

 どうなってるのかは気になるものの、今は勝利を得られた事実に喜ぶことにしよう。


 そう思いながら手を掲げると、同じく白馬も無言で手を上げる。


「ナイスプレー」

「フンッ。お前が童貞である限り、僕の背に乗るくらい構わないさ」

「もっと友情に則した信頼が欲しかったなぁ」


 軽く台無しな台詞を吐く親友に苦笑しつつ、第一種目を終えるのだった。


 

 

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