お嬢様の命令はゼッタイ!


 とりあえず子爵様に土下座されたままだと、こっちが居たたまれないので普通にソファに座って貰った。

 その対面にお嬢と俺も腰を下ろす。


 改めて顔を合わせた子爵様は、イケメンなユートの血縁というのもあって精悍な顔つきをしている。

 服の上からでも鍛えられているのが分かるし、きっと普段はとても威厳ある人なんだろう。


 どうしてもさっきまでの土下座が頭に過ってしまって、全然敬える気がしないけど。

 厳格な貴族様っていうより、胃腸の心配をするサラリーマンのイメージが染み付いちゃってる。

 どんだけあの勇者バカに悩まされてきたのか想像に難くない。


「ゴホン。改めて我が愚息が多大な迷惑を掛けたこと、本当に申し訳なく思っております。本来であれば張本人のユートを引き摺ってでも連れて来るべきだったのですが……」

「あたしが顔を見たくなかったから断ったわ」

「現状において穏便に済みそうな選択を自ら断ち切っちゃった」


 そりゃ勇者病患者に会いたくないのは分からんでもないけどね?

 流石にあのユートでも、お嬢を前にすれば刃を引っ込めてくれるはずだろうに。


 というかだ。


「その子爵様。質問しても良いですか?」

「そう畏まらなくて良い。それでなにかな?」

「どうしてユートをあんなバ──短慮な性格になっても、次期当主として籍を置き続けていたのでしょうか?」

「随分と言葉を選んでくれたね。信じられないだろうが、ユートは恋愛事さえ絡まなければ文武に優れた息子だ。尤も、因縁を付けられたキミがその疑問を懐くのも無理は無いがな」


 俺の問いに子爵様は痛い所を衝かれたような苦笑を浮かべる。


 子爵様の胃をさらに痛めそうな質問で心苦しいが、あんな思い込みの激しい性格で子爵家の後継が務まるのか甚だ疑わしい。

 今回のように家を潰しかねない所業を起こす方がまだ信じられる。

 我ながらイヤな信頼だが、そもそもユートを次期当主の座から外せば済む話だ。 


 更生には廃嫡が一番手っ取り早いはずなのに、どうして行わなかったのか知りたいと思った。

 いくら畏まらなくて良くても、流石に無礼な質問なのは自覚している。

 しかし子爵様は怒ることなく重い面持ちのまま口を開いた。


「次期当主という地位こそが、ユートの愚行を縛る鎖ではあったのだ」

「鎖?」


 言葉の意味を咄嗟に呑み込めなくて聞き返してしまう。


「そもそもいくらリリスが好きだって言っても、子爵家の人間でも平民との結婚なんて許されないわ」

「身分差かぁ。でもアイツって確か……」

「えぇ。あの勇者に婚約者は居ないわ」

「あの歳で婚約者が居ないなど恥曝しもいいところです。なのに息子は『心に決めた女性がいるから』と持ち込まれた縁談を悉く断り続ける。やがて嫌気が差したのか、挙げ句には自分が父の実子では無いなどと妄言を口走る始末で……!」


 その時の様子を思い返してか、子爵様は右手で目を覆って体を震わせる。


 過去にもえげつない一線を越えかけたことあんのかよ、アイツ。

 そんなこと言ったにも関わらず、見捨てずに息子として接する子爵様の苦労が伝わってくる。

 めちゃくちゃいい親なのに蔑ろにするなんて……バカだバカだとは思ってたけど、ここまでとは思わなかった。


「リリス嬢だったか。彼女に恋慕してからのユートは勉学にも鍛錬にも精力的に取り組み出した。それ自体は良かった。しかし嫡男に婚約者が居ないのは非常にマズいのだ」

「えぇっと、要は次期当主が後継を作れないのが死活問題ってことですよね? それがどうして廃嫡も勘当もしない理由に繋がるんですか?」

「簡単なことだ。勘当した瞬間、あの馬鹿者は嬉々としてリリス嬢の元へ駆け付けるのが目に見えたからだ」

「うわぁ……」


 まさにその通りだと頷いてしまいそうになった。

 めちゃくちゃ容易に想像できたもん。


 つまり貴族としての責務が一種のブレーキとして働いてたのか。

 今朝の様子だと無惨にもぶっ壊されたけど。


「第一ユートが日本の学校に転校したいと言った時も、私は何度も猛反対した。だが愚息は全く聞き入れないばかりか幾度となく脱走を試みる。であれば心苦しいが挫折を経験させるしかないと考えた」

「勇者病で一番のショック療法でしたっけ」

「あぁ。だから配下の中で一番の腕利き、それもA級冒険者と同等以上の実力者に勝てば転入を許可すると条件付けたのだ。しかし……」

「ユートは勝った、と」


 皮肉にも勇者病の行動力と、ユート自身の才覚が噛み合ってしまったみたいだ。


 口に出した以上は貴族として約束を違えることの出来なかった子爵様は、転入こそ認めたが決して騒ぎを起こすなと釘を刺していたらしい。

 しかし悲しいことにアイツは転入初日に、よりにもよって公爵令嬢の奴隷である俺に喧嘩を吹っ掛けてしまった訳で。


 ……うん、俺が子爵様の立場だったら間違いなく首を刎ねてたわ。

 廃嫡とか勘当じゃ生温い。

 もう息の根を止めるしか怒りを収める方法が思い付かねぇよ。


 それでも子爵様は三時間に渡っての説教に留めたのだという。

 人が良すぎるのも考え物だなぁ。


 ともあれ俺が受けると言わない限りは決して手を出すなと再三に渡って注意していたようだ。

 それであんなにしつこかったのか。


 ……。


 どうしよう、実は今朝にとうとう決闘する流れになりましたとか言えねぇ。

 言ったら確実に子爵様の胃が逝く。

 いやだよ、自分の口から伝えた事実でトドメ刺すの。


 十中八九その場凌ぎにしかならないが、せめてもの心遣いとして黙っておくに越したことは無い。


「イサヤ。何か言いたいことでもあるのかしら?」

「っ! い、いや、別に何も無いっす!」

「ふぅ~ん……」


 だがここで聡明なお嬢に察せられてしまう。

 咄嗟に何もないと否定するが、深紅の瞳がジ~っと刺すように細められる。


 お願いだ、何も言わないでくれ。

 俺は冒険者の仕事でも殺人を犯さないように心掛けて来たんだ。

 清き日本人として培ってきた道徳を、こんなところで失わせないでくれ!


 心の中で必死に弁明する。

 その祈りが届いたのか、お嬢はニコリと実に良い微笑みを浮かべて言う。


「──イサヤ。言いなさい」

「畏まりましたご主人様」


 天使みたいな吸血鬼の笑みは実に無情だった。

 お嬢から命令されてしまえば、奴隷である俺に黙秘権なんて行使出来るはずも無い。


「な、なんだ? まさかユートがまた何かやらかしたのか!?」


 あ~ぁ見ろよ、今のやり取りを見てた子爵様が戦々恐々と震え始めたぞ。

 もらい泣きしそうなくらい心が痛い。


 もうやだ。

 なんで俺がアイツの不始末でこんな罪悪感を抱かなくちゃいけないんだよ。

 もはやトラウマになりそうな怒りのまま、俺は重い口を開いた。


「実は今朝、事の成り行きでリリスがご子息より俺の方が好感を持ってると発言したんです。それで失恋して荒れたユートから体育祭で決着をつけると言い付けられ、周囲の囃し立てもあって決闘が避けられなくなりました」


 簡潔に今日一日で起きたことを打ち明ける。

 説明を聞き終えた子爵様は、目を丸くして石像のように固まった。


「──……ぅぁ」


 ほらぁ、頭を抱えて言葉失くしちゃった。

 だから言いたくなかったんだよ。


 ぶっちゃけ俺も頭を抱えたい。


「あら、渡りに船じゃない。伸びきった自尊心ごとボコボコにしてやりなさいよ」

「ねぇお嬢、いつもの慈悲の心は?」

「敵に掛ける情けなんて持つだけ無駄よ」

「もはや人扱いですらない」


 あまりに早い決断にツッコんだけれど、思えばサクラを魔王の使徒って貶したメイドにもブチ切れてたなぁ。

 リリスと俺のためだろうが、せめて相手の父親が居ない場で言って欲しかった。

 普通に気まずい。


 なんて思っていると、子爵様がゆっくりと顔を上げた。


「いや、スカーレット公爵令嬢の仰る通りだ。命に差し支えない範囲であれば、愚息のことは好きなだけ殴ってくれて構わない。生きてさえいるのなら当家は誓って、キミに責任を追及しないと約束しよう」

「父親から聞きたくないパワーワードを並べないで下さい」


 半殺しの許可が出るって明らかに異常だろ。

 言葉の節々に腹に据えかねなかった黒い部分が滲んでなかったか?

 まさかの認可に戸惑いを隠せという方が無茶な話だ。

 それに経緯はともかく、結果としては子爵家の不始末を俺が拭う形になってるのはおかしくない?


 どう考えても道理に合わねぇよ。

 あんの勇者バカ、俺の親と同じくらい恨んでやるからな。

 出来るなら辞退したいが、生憎とそうもいかない。


「さて。子爵からも許可は下りたし遠慮は要らないわ、イサヤ────やれ」

「はい」


 肩に手を乗せられながら命令された。

 再三言うが俺に拒否権なんて無い。


 こうして完全に退路を断たれた俺は、来たる決闘ゲームに備えることになったのだった。


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