予想外なお客様



 ユートから一方的に決闘を申し込まれ、雌雄を決する時は体育祭だと決め付けられた。

 しかも俺が負けたらサクラとリリスに二度と近付くなという、こちらの事情も都合もガン無視の条件を付けられる始末だ。


 加えて校内にも決闘の話が広まり、何をトチ狂ったのか体育祭に出る競技を選んでないのに決闘ゲームに出るのが確定させられた。

 男子達は揃って俺が倒されるならとユートの味方をするわで、もう反論する気力すら沸かない。

 サクラ達は諫めようとしてくれたが、どうせ味方をするように脅されていると一点張りで聞く耳を持たれなかった。


 それらのせいで今日の授業は何一つとして頭に入って来なかったんだよなぁ。


 後で復習しようと思いながら、放課後になってサクラ達と一緒に屋敷へ帰る。

 でもいつもは率先して話題を振って来るリリスが黙り込んでいた。

 明るいはずの表情は憂い気に沈んでいて、並んで歩いていたのが数歩後ろから付いて来るだけだ。

 俺とサクラがそれとなく話し掛けてみても返事に覇気が無い。


「リリス。先程から元気がありませんが、体調が悪いようでしたら仕事は休んでも構いませんよ?」

「え? あぁ、ううん。リリは元気だよぉ~。心配させてゴメンねぇ~」

「リリス……」


 痺れを切らしたサクラが思い切って聞いたものの、リリスはニコリと笑みを浮かべて問題ないと返す。

 けれど、交流を持って二ヶ月の俺でも今のは空元気だと判る。


 明らかに何か思うところがあるけど、俺達に話す気が無いといったところか。


 サクラが俺からも聞いて欲しいと目で訴えて来るが、リリスが話したくなる時まで様子を見守るしか無いと首を横に振る。

 そんな行動がお気に召さなかったのか、ジト目で睨まれてしまったが。

 懐かしいと感じてしまったのは口に出さないでおこう。


 程なくして、サクラがため息をついてから口を開いた。


「それにしてもブレイブラン様は非常識が過ぎます。伊鞘君が了承していないのに決闘を行うと公言したり、自分が勝ったら私達と関わるなと勝手に条件を指定して……思い出しただけで腹が立ってきます」

「しかも根本から見ると私怨なんだよなぁ。勇者病のこと完全に舐めてた」

「あぁ、あの異世界人特有の精神病ですか。ではブレイブラン子爵家の教育ミスがそもそもの原因ではありませんか?」

「それはお嬢も言ってたよ。暴走する可能性はあるって聞いてたけど、まさか失恋しただけであんな横暴になるとか思わないだろ……」


 思い返すだけでも呆れて物も言えない。

 振られたなら潔く諦めるべきだろうに。


 なんて思っていると、不意にサクラが言う。


「──私は、失恋してむしゃくしゃしてしまう気持ちだけは解ります」

「え?」


 思わぬ共感に驚いてサクラの顔を見やると、彼女は微笑みながらもどこか切ない面持ちを浮かべていた。

 どうしてサクラがそんな顔をするんだろうか?


「相手のことが堪らなく好きなのに、その想いは受け取って貰えなかった。私は想像するだけで足元から世界が崩れるような絶望をしてしまいそうです。経緯はどうあれ実際に振られたブレイブラン様の悲しみだけは、手に取るように理解出来ますよ」

「サクラ……」


 物憂げな眼差しのまま語られた言葉に、どう返せばいいのか分からなかった。

 ただ一つ言えるのは、失恋をバカにしてはいけないということだけだ。


 俺は今までの人生で恋愛を経験してない。

 何せ貧乏暮らしで、金を稼ぐために青春してる時間なんて無かったからだ。

 だから他人の恋に対してどうしても他人事になってしまう。


 振られたなら早く諦めれば良い、勝算も無いのに玉砕覚悟で告白なんて無謀だ。

 白馬やサクラ達へ想いを告げる人を見る度に、そう心内で吐き捨てていた。


 でもきっと恋というのは、ほとんどが本気じゃなかったのだとしても、俺が考えてるほど簡単に諦められないモノなんだろう。

 恋愛的に人を好きになったことがない俺にはさっぱりだ。

 けれども……たかが失恋だと一蹴するのは改めよう。


 無言になった俺の反応が思わしくなかったのか、サクラは顔を赤らめながら手を振って慌てだした。


「あ、その、あくまで私が想像したらという話ですよ? 決して他意はありませんから!」

「そんな照れなくたっていいよ。女子的に解るってことだろ? ちゃんと分かってるって」

「えっ、う、ぅ……分かってないじゃないですか」

「サクラ、今何か──」

「なんでもありません!」

「お、おぅ?」


 なぜ聞き返しただけで怒られる?

 よく分からないままサクラまで不機嫌になってしまった。

 これは完全に俺のせいだろうけど、原因が全く思い付かん。


 疑問符が拭えないまま歩いていると、ブブッとポケットに入れていたスマホが揺れる。

 取り出して画面を見てみれば、お嬢からメッセージが来ていた。


『屋敷に着いたら、着替えなくて良いから応接室に来なさい』


 内容にはそれだけ書かれていた。

 意図が読めず首を傾げるが、ご主人様の命令であれば応えない訳にいかない。


 丁度ユートのことでまた相談したかったし、渡りに船だと思うことにした。


 まぁでもまずはサクラの機嫌を直すのが先決か。

 そう思い至った俺は、何度も謝り倒すことでなんとか許して貰えた。


 ========


 屋敷に着いた俺はメッセージの通り、制服のままお嬢の待つ応接室まで足を運んだ。

 一体何の要件だろうか。


 そんな疑問を懐きつつ、ドアを四回ノックする。


『イサヤね。入って良いわよ』

「失礼します」


 許可を貰ったので応接室に入る。


「おかえりなさい、イサヤ」

「ただいま、おじょ、ぅ……」


 部屋に居たお嬢は腕を組んで立っていたのだが、俺は途中で言葉に詰まってしまう。


 何故ならお嬢の前でスーツを着た知らないおじさんが土下座をしていたからだ。

 それはもう見事な五体投地だった。


 いや、え……なにこの光景?


 思いがけない光景に脳が理解を拒んでしまう。

 唖然とする俺を余所にお嬢がおじさんに視線を落として呼び掛ける。 


「どうぞ。当事者を呼びましたのでいくらでも弁明なさって下さいな」

「は、はっ! この度は我が愚息がキミに多大な迷惑を掛けたこと、本当に申し訳なかった! この通り、許して欲しい!!」

「いやいや! あの、まずどちらか存じ上げないんで、謝罪よりそっちの方が聞きたいかなぁと……」


 なんでいきなりおじさんが俺に謝るんだ?

 まるで心当たりが無い。

 愚息が迷惑を掛けたって誰のこと?


 唐突な場面に困惑を隠せないでいると、令嬢モードのお嬢が微笑みを讃えたまま続ける。


「ふふっ、あまり慌てられては彼も戸惑うだけですよ? 

「子爵様!?」


 なんてこと無いように呼んだ名前に、俺は顎が外れそうなくらいに驚いてしまう。


 今まさに土下座をしているこのおじさんはユートの父親なのだ。

 ビックリするなという方が無茶な話だろう。


 あっぶねぇ、迂闊にタメ口で話さなくて良かったぁっ!


 下級貴族に分類される子爵家当主だろうと、公爵令嬢の奴隷であっても気安く接することなんて無理だ。

 例え大の大人が二回りも年下の女の子に土下座するという、微塵も威厳を感じられない場面に遭遇したとしても。


「え、っと……どうして子爵様がこちらへ?」

「それはもちろん、あたしが呼んだからよ。ユート・ブレイブランについてお話がありますってね」

「その報せを頂戴してからというものの、愚息がどんな無礼を働いたかと思うと、胃の痛みが絶え間なく続いております……」


 お嬢からの呼び出しと息子のことで、子爵様めちゃくちゃ思い詰めちゃってるじゃん。

 見てるこっちも悲しい気持ちになるわ。

 ユートの教育失敗とかで責められる状態じゃないだろ、これ。


 そもそも公爵令嬢が子爵家といえど当主を呼び出すって状況が異常でもある。

 スカーレット公爵家の権威は俺が思っている以上なのかもしれない。


 疑問は尽きないが、とりあえずこれだけはハッキリと分かる。


 ──とんだ親不孝者じゃねぇか、あの勇者バカ!!



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