勇者 に BSS ! 脳 を 破壊した!



 テスト明けから土日を挟んだ月曜日、朝から渡り廊下の掲示板前には人集りが出来ていた。

 中間テストの順位発表が張り出されているからだ。

 各学年別で上位五十人が合計点数と共に載せられる。


 登校したばかりの俺達三人も、人混みに入って自らの順位を確認しに来た。


 とはいえ見つけるのにそう時間は掛からなかったが。


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    ~中間テスト順位表~


 1位:2ーC組 緋月サクラ 500点

 2位:2ーC組 辻園伊鞘  496点

 3位:2ーA組 山田琢矢  487点


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 サクラは自己採点通り、全教科満点という結果を出して見事一位を防衛した。


「わぁ、サクちゃんすごぉい! 満点で一位だってぇ!」

「ホント凄いよ。完敗だ」

「ありがとうございますリリス、伊鞘君」


 俺とリリスの称賛にサクラは嬉しそうにはにかみながら礼を返す。

 続く俺は僅差で二位となったが、今回は一位奪取を目指していただけに少し口惜しい。

 それでもサクラを恨む気持ちなんて微塵も無かったし、むしろ彼女の努力が実ったことが素直に嬉しかった。


「あぁ~! あそこ、リリの名前があったぁ~!」

「え? あ、ホントだな」


 リリスの声に従って目を向けると、確かに彼女の名前が載っていた。


「四十五位ですか……ふふっ。リリス、頑張りましたね」

「ありがとぉ~! いっくんとサクちゃんのおかげだよぉ~!」


 よほど嬉しいのか、リリスは俺とサクラの手を取ってブンブンと振る。

 こんなに喜んでくれると教えた側としても感無量だ。


 白馬はというと……あった、三十二位か。

 アイツもなんだかんだで五十位以内にいつも入ってるんだよなぁ。

 当人は俺が教えてくれたおかげだって言うけど、地頭の良さがないと難しいだろ。


「ですが気を抜いてはいけませんよ? 七月上旬に期末テストがあるんですから」

「えぇ~? もうちょっと余韻に浸らせてよぉ~」

「まぁまぁ。また皆で勉強すればいいだけだからさ」

「わぁい、いっくん優しぃ~♡」


 サクラの尤もな注意にリリスがげんなりと項垂れる。

 苦笑しながらフォローを入れた途端、ニパっと明るい笑みに戻った。


「全く……」


 そんな調子の良い友人にサクラが呆れからため息をつく。


「それじゃ教室に行──」

「待て!」

「うわぁ……」


 自分達の順位を確認したので教室に行こうとした矢先、例の如くやって来たユートに呼び掛けられた。 

 しかも何故か怒りの形相付きだ。

 別に無視しても良いんだが、余計に付き纏うだろうから嫌々ながら相手にするしかない。


「何の用だよ」

「辻園伊鞘か。まさか学年二位だなんて驚いたよ。成績だけは本当に優秀みたいだね」

「それ以外が劣悪みたいな言い方すんな。一応訊くけど、お前の方は?」

「そこに書かれてるよ。四十九位だ」


 思いの外ギリギリじゃねぇか。

 いや五十位以内なら十分優秀なんだけど、人に合計点数で勝負を吹っ掛けようとした割にはなんか拍子抜けだ。


 面倒くさがらずに勝負受けとくべきだったかなぁ。

 そうしたらこんな風に絡まれなくなっていたと思うと、若干惜しい気がしてしまう。


「だが用があるのはキミじゃない。リリスだ」

「うぇ~なにぃ~?」


 要件が自分に対してだと告げられた途端、リリスがあからさまにイヤそうな表情を浮かべる。

 その気持ちがめちゃくちゃ分かってしまう自分も、随分と勇者に悩まされてるなぁと実感せざるを得ない。


 曲がりなりにも好きな子に嫌われてる状況だというのに、ユートは大して気にした素振りも見せないまま口を開く。


「ついさっき聞こえたけど、辻園伊鞘から勉強を教わったってどういうことだい?」

「だっていっくん、学年二位だよぉ~? おかげで四十五位になれたんだぁ~」

「!」


 何やら不満げな面持ちなユートの質問に、リリスはにこやかに返す。

 その返答を訊いた彼は目を丸くして驚愕を露わにしたかと思うと、その瞳に淀んだ感情が浮かび上がる。


「おかしいだろ!」

「きゃっ!?」 


 マズい、と思った時にはユートはリリスの肩を掴んで怒号を発した。 


「勉強を教えて欲しかったなら、言ってくれればボクが教えたのに!」

「離してぇっ! 四十五位のリリが四十九位に教わることなんて何も無いよぉ!」

「いやそんなマウント取れるような順位差じゃねぇだろ」


 じゃなくて、今はリリスを助けないと!

 思わずツッコんでしまってテンポが崩れたが、慌ててユートから彼女を引き離す。


 割って入られたのが癪に障ったのか、勇者らしからぬ激情の籠もった眼差しで睨み出した。


「辻園伊鞘ぁ……!」

「落ち着けって。勉強を教えたかったなら、テスト前に誘う機会はいくらでもあったはずだ。後から言っても意味ないだろ」

「うるさい! ボクが教えていればリリスはもっと上の順位に行けたはずだ!」

「何の根拠があるんだそれ……」


 簡単に言うが人に勉強を教えるっていうのは、自分が如何に該当分野を理解しているかが重要だ。

 ただ問題集を解けばいいのとは訳が違う。


 傲慢とも大言壮語とも取れる発言に呆れを隠せないでいると、リリスがユートに対してキッと強気な目を向ける。


「いっくんをバカにしないでぇ! リリが『もうダメ、無理、限界、休ませて』って音を上げてもぉ、最後まで付きっきりで優しく丁寧に教え込んでくれたんだからぁ!」

「言い方ァァッ!! それじゃ五教科以外の科目を教えたみたいに聞こえる!」


 保健体育の実践指導なんてやってないだろ!

 吸精してるけどそこまで行ってない!


 うわ、ちょっと女子から引かれてる!?

 違うんです本当に違う、そんなやましいことは一切無かったって!


「い、伊鞘君……」

「サクラまで!? 三人で勉強してたんだから真相知ってるだろ!?」

「え、あ、そ、そうですよね!」


 何故か一緒に居たはずのサクラからも疑われてしまう始末だった。

 幸い、冷静さを取り戻した彼女は同意してくれたが。


 リリスが放ったフォローの皮を被った爆弾に周囲が騒然とする中、直接その言葉を聞かされたユートは茫然と立ち尽くしていた。

 さっきまで憤怒に満ちていた面持ちは、見るも無惨な程に真っ青になっている。 


「り、リリス……そんなに辻園伊鞘がいいのか?」

「うん~。少なくとも勇者くんよりいっくんの方が好きだよぉ~」

「なっ!?」


 エサ兼オモチャとしてだよな、分かってるよ。


 だがそんなリリスの本音など露も知らないユートは額面通りに受け取ったようで、打ちのめされたのか膝から崩れ落ちた。

 言ってしまえばまた振られたようなもんだしなぁ。

 しかも今回は敵視している俺と比較された上でだ。


 流石の勇者様でもこれは堪えたか。


 そう思っていたのだが、ユートがブツブツと小声で何か発しているのが耳に入る。

 どうしたんだと思った瞬間、いきなり俺の胸倉を掴んで来た。


「絶対に許さないぞ辻園伊鞘ァ!」

「振られた腹いせに俺に突っかかって来んな!」

「ボクが先に好きだったのに!」

「俺に言っても迷惑なだけだわ!」


 ホント質悪いなコイツ!

 振られたクセにまだ諦めないのかよ!?


 存外しぶとい勇者に辟易せざるを得ない。

 掴み掛かってくるユートをなんとか突き放すが、依然として憎悪に満ちた目で俺を睨んでいる。


「辻園伊鞘! 改めてキミに決闘を申し込む! 体育祭の最終プログラム『決闘ゲーム』で決着だ!! ボクが勝ったら二度と緋月さんとリリスに近付くな!」

「だからイヤだって言ってんだろ。しかもその条件だと余計に受けたくないんだけど」

「黙れ! これはもう決定事項だ、キミの意見なんて関係ない!」

「横暴極まりねぇな……」


 俺の返答なんて訊きたくないという風に、ユートは言うだけ言って去ってしまった。

 失恋しただけであんな悲劇のヒーロームーヴされるとウザいことこの上ない。


「大丈夫ですか、伊鞘君?」

「なんともないよ、サクラ。それより面倒なことになったなぁ。リリスも平気か?」

「ぇ、あ、うん! どこも痛くないよぉ~」


 周囲の誰もが唖然とする中、サクラから尋ねられた安否に問題ないと返す。

 流れで肩を掴まれていたリリスにも振ってみたが、心此処に在らずといった風に茫然としていた。


 だがすぐにいつもの笑顔に切り替わる。

 考えすぎだろうか?


 疑念は残るが今は深く聞いても答えてくれないだろうと結論付けた。

 目下の問題はユートの方だ。

 なんか決闘を受ける流れにさせられたけど、勝つにせよ負けるにせよ面倒に変わりない。


 またお嬢に相談するべきか。

 ひとまずそう締め括って思考を終わらせるのだった。


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