借り物リレーで指定されるモノが普通なワケない
第二種目は借り物リレー。
クラス毎に四人チームを組み、一人250メートルを走ってタスキをパスしていき、グラウンドを一週するというルールだ。
だが借り物という単語が付けられてるように、道中で様々な借り物をするよう指示される。
どんな物が指定されるのかは、クジの入った箱から出した結果次第。
それらを突破していくことがゴールへの最低条件だ。
その借り物リレーに参加するのはリリスを含めた男女四人となっている。
『それでは第二種目、借り物リレーのスタートです! 第一走者は位置に付いて下さい!』
実況の案内に従って、それぞれのクラスの第一走者がスタートラインに立つ。
ウチのクラスの第一走者は狼獣族の女子、ロウカさんだ。
魔封じの腕輪を付けているので本当の意味での全速は出来ない。
でも陸上の異世界人部門として、インターハイにも出たことがある実力者だ。
さっきの騎馬戦で出来たリードを活かす良い人選だと思う。
とはいえ他のクラスの第一走者も、獣族を選んでいる。
決して油断は出来ない。
『よぉーい、スタート!』
──パァァンッッ!!
スタートの合図とほぼ同時に全員が駆け出す。
獣族と一括りにしても、細かな種の違いはある。
それでもロウカさんは先頭に出て走っていた。
『最初のお題箱に着いた第一走者は、2ーC組のロウカ=ルゥフさん! 果たしてどんなお題が出るのでしょうか!?』
軽快な実況のノリに引きつられて、観戦する学生や教師達の意識がロウカさんへと向く。
彼女はお題箱に手を入れ、ゴソゴソと探ってから一枚の紙を取り出した。
ジッと内容を確かめ、顔を上げたロウカさんは高らかに叫ぶ。
「──あの! 誰か『エリクサー』を貸して頂けませんか!?」
……。
…………はぁっ!?
今、エリクサーって言った?
四肢や内蔵の欠損、瀕死の重傷すら治せる万能薬を貸せって言ったか!?
学生と教師しかいないのに、あるワケないだろそんな超レアアイテム!
俺も
一個で五億もする一攫千金の品で……あれ、でもお嬢はその六倍の金で俺を買ったって言ってなかったっけ?
い、いや、そっちは考えないでおこう。
ちなみに先輩が手に入れたエリクサーは酔い覚ましに消えた。
二日酔いで頭の回ってなかったみたいで、気付いた瞬間にはもう無くなってたんだよなぁ。
あの時の先輩の慟哭は今でも鮮明に思い出せる。
成人しても絶対に酔うまで酒を飲まないと心に誓った程だ。
そんな切ない回想をしている内に、ロウカさんはエリクサーを借りにひたすら聞き回り始めた。
当たり前だが都合良く持ってる人なんて居るはずもなく、悉く首を横に振られ続けられてばかりだ。
このままじゃ後続に抜かれる、という焦燥感に襲われそうになるが……。
「すみません! 炎属性の魔剣を持ってる人は──」「ドラゴンの鱗って持ってませんかー?」「誰かーー! ペガサスの羽を貸してくださぁぁぁぁい!」「何よミスリルの盾って! 誰が持ってるっていうの!?」「ねぇ、この学校に賢者っている?」「アンデッド連れて来いって殺す気ですか?」
お題箱に辿り着いた第一走者の人達が、揃って無理難題に振り回されている様を見て杞憂だと悟る。
いやどう考えても無茶振りだろ。
面白半分で書いたヤツでもいなきゃ、こんな持ってくるまでに年単位も掛かりそうなモノばっか指定しないって。
『皆さん、かなり手こずっていますねぇ! ですがご安心下さい! お題に書かれた品物はグラウンドのどこかに隠されています! 観戦中の皆さんは温かく見守って下さい!』
「「「「はぁっ!?」」」」
実況から伝えられたまさかの情報に走者達はもちろん、観戦していた俺達も愕然としてしまう。
うっそだろオイ。
ここまで聞いたアイテムとか役職が全部あるの?
貴族の子息か令嬢が出資でもしてんのか?
それで余ったレアアイテムや素材はどうするんだよ。
スタッフが美味しく頂くのとはワケが違うんだぞ。
あまりに無茶苦茶な借り物に頭が痛くなって来る。
何はともあれ、走者達は散り散りにお題のアイテムや該当者の捜索を始めた。
ちなみにアイテムの使用や破損、複数の保持は禁止だとか。
まぁ消費してお題クリアできないようにされたら、競技として成立しなくなるから当然だ。
破損なんて弁償が目に見えているし、なんなら重荷になって走りにくくなる。
前者はともかく後者は絶妙にいやらしい。
あったはずのリードが実質無くなったような状況だが、どこか楽しんで観戦している自分がいた。
奴隷になる前の体育祭は早く終わって欲しいなんてばかり考えたっけ。
なんとも現金な話だなと苦笑していると、薄く光る小瓶を持ったロウカさんの姿が見えた。
どうやら無事にエリクサーを見つけたらしい。
落とさないように気を配りつつ、お題箱の近くで待機していた実行委員に借り物を見せる。
「合格!」
「よしっ!」
問題なくお題を突破した彼女は、憂いを絶った気前の良い走りで第二走者にタスキを繋いだ。
そこから絶対とまではいかなくとも確かなリードを保ち続け、いよいよアンカーであるリリスの番が回ってきた。
「咲葉さん、頼む!」
「まっかせてぇっ!」
タスキを受け取ったリリスは勇ましく駆け出す。
悩み事を抱えているみたいだから心配だったけど、今は競技のために思考を切り替えているようだ。
運動部では無いので足はそこまで速くないが、事前に作られたリードのおかげで大して問題にならない。
そのまま最後のお題箱の前に辿り着き、リリスはそこへ手を入れて手繰っていく。
程なく一枚の紙を取り出し、内容に目を向ける。
瞬間、リリスの紫色の瞳が大きく見開かれた。
その場で立ったまま顎に手を当て逡巡し始める。
一体どんなお題を引いたのだろうか?
俺を含めたクラスの全員が止まった彼女の様子に首を傾げていると、リリスはバッと意を決した面持ちで顔を上げた。
キョロキョロと辺りを見渡して……パチッと目が合う。
リリスは視線を外さないまま俺の方へと駆け出して来て──え?
「いっくん!」
「お、おう?」
「一緒に来てぇ!」
「へ?」
有無を言わさないまま俺の手を取って走り出した。
いきなり引っ張られて戸惑いながらも、転ばないように足を進める。
だが頭の中は混乱を極めていた。
何せ唐突に指名されるわ、走らされるわ、手を繋がれるわで
「り、リリス? 借り物のお題はなんだったんだ?」
「ごめんねぇ! 説明してる時間ないのぉ!」
「えぇ……」
当人に尋ねてもはぐらかされてしまう。
なんなんだよ。
奴隷とか仲の良い異性とかそんなのか?
疑問は尽きないものの俺が一緒に行けば、最後のお題もクリア出来ると思ったのは違いない。
クラスの優勝に近付けるのなら、ここは黙って従うべきなんだろう。
そうしてリリスに手を引かれるままゴール前まで着いた。
「ではお題を確認させて頂きます」
「はぁい」
「お願いします」
お題が達成出来ているか確認するため、実行委員に従ってリリスはお題の書かれた紙を手渡す。
受け取った実行委員の女子は紙と俺を交互に見やり、ふむふむと小さく頷く。
そしてチラリとリリスに目を向け……何やら含みを持たせたように頬が緩み始めた。
「なるほど、咲葉さんの認識では彼が相応しいと」
「少なくともリリはぁ~、いっくん以外の人はイヤだなぁ~」
「そうですかそうですか」
リリスの答えを聞くと、何故だか大仰に頷きながら微笑ましそうに見つめられた。
いや結局お題の内容はなんだったんだ?
──ピッッッッピーーッッ!!
痺れを切らして聞こうとした瞬間、けたたましいホイッスルが鳴り響く。
『一位通過はまたしても2ーC組! おめでとうございます! 事前に決められたルール通り、最後のお題は非公表とさせて頂きますのでご了承下さい!』
「うわぁモヤッとするヤツ……」
連続で一位を獲得した喜びよりも、お題を教えて貰えない肩透かしの方が勝ってしまった。
借り物として選ばれた身としてはなんとも言えない気分だが、ひとまず首位を守れたことを讃え合うことにしよう。
「お疲れ、リリス。一位おめでとう」
「うん~。ありがとねぇ、いっくん……」
俺の称賛にリリスはニヘラと笑う。
でもやっぱりいつもよりどこか元気が無い。
ずっと引っ掛かるモノがあって彼女を見ていたからこそ、次の瞬間に起きた出来事に対して即座に動けたのだと思う。
笑った瞬間、リリスの体がフラリと倒れ込んだのだ。
「リリス!?」
咄嗟に肩を支えて転倒を防いだが、呼び掛けても彼女は目を開けなかった。
揺すっても意識が戻らない。
突然のことで周囲も騒然となる。
とにかく保健室に運ぼうと、リリスを抱えて行こうと歩く。
「辻園伊鞘! リリスに何を──」
「黙ってろ! 今はお前の相手なんかしてられるか!!」
「うっ」
こんなでも空気を読まないユートに怒号を飛ばす。
それでたじろいだヤツを無視して、保健室へと向かった。
抱えたリリスの体は、離してしまえばどこかへ飛んでいってしまいそうな程に軽かった。
そのことが堪らなく不安を加速させる。
お願いだから無事であってくれ。
そう祈りながら俺は一心不乱に保健室へと駆けるのだった。
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