高嶺の花は微笑まない



 昼休みになってもクラスの男子達からの怨恨の眼差しは絶えない。

 白馬はくまと一緒に食堂へ向かっている途中、すれ違った先輩や後輩からも舌打ちされるし、席に着いてもチクチクと突き刺さる視線には流石に参ってしまう。

 せめて食事中くらいはほっといて欲しい。

 そっちだって飯食べながら睨むのしんどいだろ。


「全く、見苦しいことこの上ないな」


 そう愚痴るのはテーブルの対面に座っている親友の白馬だった。

 雪のような白髪と鋭い青色の瞳のイケメンで、その正体は人の姿で学校生活を送るユニコーンだ。


 俺に向けられる嫉妬の眼差しに対し、端正な顔立ちを顰める程に苛ついていた。


「悪いな。白馬は関係ないのに俺のせいで巻き込んだみたいで……」

「何を謝る。僕と伊鞘の仲だろう。あの忌まわしい淫魔はともかく、緋月との仲を深めたのは他でもないお前自身の努力の成果だ。何もしなかったにも関わらず身勝手に僻むなど、自らの恥を曝すだけで浅はか極まりない。そんな奴らを相手に伊鞘が気に病む必要など微塵も無いぞ」

「ははっ、サンキュ。ちょっと楽になった」


 種族柄か高潔かつ尊大な性格の白馬がバッサリと切り捨てたことで、落ち込んでいた気持ちも一緒に振り払われた。

 歯に衣を着せない言い方はよく敵を作るが、味方でいると非常に頼もしい。


「僕の方でも伊鞘は変わらず童貞のままだと説明しているんだがな」

「さっきの感動返せ」


 前言撤回。

 フォローが下手くそ過ぎて余計に拗れそうだし、なんなら火に油注いで爆発しそうじゃねぇか。


 フレンドリーファイヤで傷付いた俺を余所に、白馬は呆れを露わにしてため息をつく。


「しかしどんなに気を持ち直そうとも、あの淫魔と緋月が二大美少女として校内で周知されているのは事実だ。人の口に戸は立てられん以上、時間が経つ度に彼女達を慕う男共からの敵意が増すだけだぞ」

「じゃあどうしろって言うんだよ」

「手っ取り早いのは二人と距離を置くことだが……伊鞘のことだ。どうせそんな選択肢は無いのだろう?」

「当たり前だっつーの」


 確かに解決の手段としては楽だし即効性はあるだろうが、選ぶことはあり得ないと断ずる。

 お嬢の奴隷だからどうしたって離れられないし、彼女達の事情を知って見捨てられるはずがない。

 何よりサクラと距離を置いたら、せっかく寄せてくれた信頼を裏切ることになる。

 ただでさえ人間不信の彼女を、我が身可愛さで突き放すくらいならこれくらいの嫉妬は甘んじて受け入れてやるさ。


 そんな俺の答えを聞いた白馬はニヤリと口端を吊り上げた。


「フッ、そうでなくは困る。まぁ伊鞘から特別何か行動を起こす必要はないがな」

「え? でも──」

「お前、自分の身分を忘れたのか? スカーレット公爵令嬢の奴隷、即ち所有物だろう?」

「あ。つまりこっちから喧嘩売ったりしない限り、俺が怪我した時点でお嬢の所有物に傷を付けたことになるから……」

「あぁ。伊鞘は手を下さず汚さないまま相手が破滅していくという寸法だ」

「事実だけど言い方ぁっ!!」


 やり口が完全に権力者が黒幕だったパターンなんだよ。

 バックにお嬢、もとい公爵家が控えてるから何も間違ってないけども!!


 こっっわぁ……なんか自分が人型の地雷になった気分。

 触れて傷付けた瞬間にアウトとか、絶対に関わりたくないわそんな人。

 何が悲しいって、自分自身がそうだっていう点だよなぁ。


「強いてデメリットを挙げるなら、伊鞘に刃向かった人間が悉く消えるという別の悪評が広まることだな」

「それ解決に至らない上に改善すらしないし、むしろ改悪してるじゃねぇか! 却下だ!」


 いきなり美少女と仲良くなった奴隷から、強権を振りかざす悪徳領主染みた扱いに変わるだけだろ!

 最悪の場合サクラとリリスが権威で脅されてるって誤認されかねないし、男子だけじゃなくて女子からも敵が出てきそうだわ。


 怠惰の姿勢で何かを得ようなんて、世の中そんな甘くない。


 白馬は『良い案だと思ったんだがな』と不満げな面持ちを浮かべる。

 ノーリスクマイナスリターンで、結果的に状況が悪化してるんじゃ俺にとっては良くないんだよ。


 それから幾つかの注意を受けて、とりあえず放課後になったらお嬢に相談する方向で一旦は纏まった。

 同じ権力に縋る方法でも、自分で動いただけまだマシなはずだ。


 そう信じながら午後の授業を乗り切ると放課後が訪れた。


 さっさと帰りたかったが、何の不運か先生に用事を言い付けられてしまう。

 その時の先生の目が、俺を睨む男子達と同じだったのは気のせいだと思いたい。

 流石にそんな大人げない真似をする訳ないよな?


 サクラが人間不信になった気持ちを痛いほど実感しつつ、美術資料室へ教材を持って行った。

 依然として嫉妬の視線は向けられ続けるので、それを避けるべく体育館裏を抜けて裏門から下校しようと思ったんだが……。


「──緋月さん、オレと付き合って下さい!」


 ああああああああ!

 なんか面倒くさいことになってる!


 思わずその場に膝から崩れ落ちそうになったが、寸でのところで堪えた。

 あと少しで裏門なのに、なんでこんなピンポイントで告白現場に遭遇するんだよ。

 しかもサクラに対する告白とか気まずいわ!


 唇を固く結んで呻き声を抑えながら、見知らない男子から告白されたサクラの返事に耳を傾ける。

 だってしょうがないだろ邪魔する訳にいかないし!


 誰にいうでもなくそんな言い訳を脳裏に浮かべていると、サクラはハァ~っと重いため息をつく。

 その表情は俺と居る時と違って、他人を拒絶する冷ややかな眼差しだった。


「お断りします」

「ど、どうして!?」

「どうしてはこちらの台詞です。今日が初対面ですよね? それなのに告白されても交際したいなんて思うはずありません」

「だ、だったら友達からでも──」

「下心が見え透いている友人なんて必要ありません。人を待っているので早く去って下さい」

「う、うぅ……」


 にべもなく振られた男子は今にも泣きそうな声を漏らす。


 手厳しいなぁ。

 でも人間不信のサクラからすれば、初対面で告白なんて唾棄すべき行為だろう。

 聞いてるだけの俺でさえ顔を顰めた程なんだから、彼女の心にどれだけの不満が募ったのか心配だ。

 なんて思っていたら……。


「ま、待ってる人って、あの辻園とかいう貧乏で奴隷になったヤツのこと?」

「っ!」

「……だからなんですか?」


 あっっぶねぇ!

 自分の名前が出て来ると思わなくて声出そうになった!


 サクラが俺を待ってる嬉しさより、知らない男子に見下されてる悲しみがデカいのはなんか嫌だなぁ。

 得も言われぬ不快感で項垂れそうになるが、問われたサクラの声音が引っ掛かった。

 なんというか重いし低い。


 その心境を悟るよりも先に男子が口を開いた。


「あんなの君とつり合ってない! あんな人生詰んでるヤツより、オレの方が緋月さんを幸せにでき──」

「『はぁ?』」

「──っ!」


 瞬間、隠れている俺にも伝わるほどに凄まじいプレッシャーが周囲を迸った。

 ライブ会場で大きな音が響いた時の、心臓に届く振動を錯覚したのだ。


 その強大な威圧を放つサクラは、紅の稲妻を走らせたような鋭い眼光で前方にいる男子を睨み付けていた。

 分かりやすく言えば、彼女は見たことがないレベルで激怒しているのだ。


 半吸血鬼ヴァンピールだからと貶されても怒らないサクラが、俺を貶す発言を聞いた瞬間にここまで憤怒した事実に困惑が隠せない。


 冒険者バイトで経験したことのある俺はともかく、一般高校生である男子はものの見事に腰を抜かして尻もちを着いていた。

 ガチガチと歯を震わせる男子に、サクラが射貫きそうな眼差しで見つめながら口を開く。


「貴様如きが伊鞘君の何を知っている?」

「ぃ、え、ぁ……」

「貴様は彼と同じ環境であんなたくましく生きられるのか? 人ではない怪物を受け入れられるか? 身も心も全て包み込むような暖かさを与えられるか? ハッキリ言ってやろう、貴様のような薄っぺらで矮小な人間には不可能だ。私の心の一厘だって見せることはない。今すぐここから失せろ」

「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」


 今にも喉笛を切り裂きそうな激情に恐れ戦いた男子は、涙と鼻水を垂れ流しながら情けない足取りで去って行った。

 一人になったサクラは威圧を解いて、ふぅっと小さく息を吐く。


 なんというか、キレると敬語じゃなくなるんだなぁ。

 本人には絶対に言わないけど、風格だけならまさに地球人が連想する魔王の使徒みたいだった。

 さて、後はどんな顔をしてここから動けばいいのやら──。 


「盗み聞きなんてらしくありませんね、伊鞘君?」

「ぶふぉっ!?」


 なんて思考を巡らせるまでもなく、知っていたかのように俺の傍に寄って来たサクラに呼び掛けられて思わず噴き出してしまった。

 え、待って待っておかしくないか?

 物音一つだって立ててないのになんでバレたんだ?


 困惑を隠せない俺の反応が面白いのか、サクラはクスクスと口元に手を添える。


「実は首筋から吸血した際に、少しだけ魔力を流し込んであるんです。ですから一定の範囲内であれば伊鞘君の居場所が分かるんですよ?」

「そんなGPSみたいな能力あんの!? 常に位置情報が把握されてるって、プライバシーのへったくれもないな」

「冗談に決まっているじゃないですか。本当は伊鞘君の魔力を感じ取っただけです。ふふっ、リリスが言っていた通り、伊鞘君はからかい甲斐がありますね」

「んぐ……っ!」


 本気で信じてしまった分、からかわれていたと理解した途端にぐうの音が出ない程の羞恥に襲われる。

 その仕掛け人がジョークなんて程遠いはずのサクラなのだから、尚のことしてやられたと歯噛みしてしまう。

 そして子供っぽいイタズラを成功させた彼女の笑みが、これまた可愛らしいのだから文句すら言えない。


「そ、それにしても最低な告白だったな。サクラが怒るのも無理ないよ」

「そうでしたね。確かに不快でしたが、私としては伊鞘君を侮辱された方が耐え難い屈辱でしたよ」

「っ……俺なんかのために、あそこまで怖がらせなくたっていいだろうに」


 話題を逸らそうとして先の告白を冗談めかして挙げてみたが、サクラは当たり前のことだと言わんばかりにあっけらかんと返す。

 自惚れじゃなくて本当に自分に怒ったのだと伝えられ、言葉に困った末につい後ろ向きなことを言ってしまった。


「それで誰も安易に関わってこないなら構いませんし、伊鞘君へのやっかみが無くなるなら何度でも怖がられますよ」


 しかし彼女はたおやかな笑みを讃えたまま、人差し指を口に当てながら言う。


「そもそも怖がられることなんて慣れっこです。だって私は『魔王の使徒』なので。伊鞘君のためなら醜聞だろうと使えるモノは使うだけですよ」

「──っはは。そりゃ頼もしいことで」


 自らに纏わり付く汚名すら利用すると言ってのけるサクラの強かさに、堪らず笑みが零れる。

 普通ならそこまでしなくていいと止めるべきなんだろうが、人間不信の彼女にとっては自分の評判が落ちようと気にも留めない。

 懐に入れた人に対する際限のない優しさがどうしようもなく嬉しかった。


 まぁそれはそれとして、サクラに甘える訳にはいかないと改めて気を引き締める。


「んじゃ、リリスに連絡して合流してから帰ろうか」

「えぇ。では早速……ん?」


 話が一段落したところで体育館裏から抜けようとしたが、それより早く何かに気付いたサクラに制止される。

 なんなんだと思って彼女の視線を先を見やると……。


「咲葉さん、好きです! 付き合って下さい!」


 今度は三年生と思われるイケメンのネコ獣族先輩から、リリスが告白される現場を目撃してしまった。


 …………なにこのデジャヴ。



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