俺の学校生活は敵が日に日に増えている
「え、今日の昼ご飯?」
「はい。普段はどういう風に済まされているのか気になったので」
五月も中旬を迎えた頃、一緒に登校している
朝陽に照らされて煌びやかに光る長い銀髪と、ルビーに勝るとも劣らない切れ長な紅の瞳、目鼻立ちの整った美貌から学校ではもっぱら高嶺の花として見られている。
今は制服姿だがクラシカルタイプのメイド服を纏う佇まいは洗練された美しさを醸し出していて、顔立ちも相まってクールビューティーな美少女だ。
先のお茶会後に首筋からの吸血を受け入れて以来、冷たかった態度が一変して友好的な関係を築くことが出来ている。
特に吸血した後は甘え下手な彼女を甘やかすのが日常になっていた。
そんな背景はさておき、サクラの質問に答えるために口を開く。
「奴隷になる前は食費を浮かすために食べない日の方が多かったなぁ。今じゃ
「なるほど……」
返答に対してサクラは顎に手を添えて考え込む。
そもそもどうしてそんな質問をして来たのかが疑問だが、彼女なりに何かしら思うところがあるんだろう。
例えば……食生活がだらしないとか?
いやそれはないかと頭を振る。
俺達が住み込みで働いているスカーレット公爵家の別邸では、エルダーリッチーの料理長であるジャジムさんから、高級料理店かと思うほど絶品のご飯を作って貰っているからだ。
特に吸血鬼とサキュバスのエサ役を担っている俺の場合、血と精気には欠かせない鉄分と亜鉛を中心に摂取できるメニューになっている。
昼ご飯は好きにさせて貰っているが、学食を利用しているので栄養が偏っている訳でも無い。
だからこそサクラの意図が掴めないでいると、彼女から『伊鞘君』と呼び掛けられる。
考え事で逸れていた思考を戻したら、頬を赤くしながらやや緊張したサクラと目が合った。
「もし、迷惑でなければ……私がお弁当を作っても良いですか?」
「そのお弁当って、もしかしなくてもサクラの手作り?」
「は、はい。ジャジムさんの指導を受けているので人並みには作れます。伊鞘君のお口に合うかはわかりませんが……」
「いや素直に嬉しいし楽しみだって。それなら明日から頼んでも良いか?」
「! はい!」
美味しいご飯、それもサクラみたいな美少女の手作りとあれば断る理由なんて無い。
という訳で提案を快諾すると、彼女は不安げな表情から一転して満たされたように明るい笑みを浮かべる。
仲が深まって以来、サクラはこうして笑顔を見せる機会が増えた。
お嬢曰く、人間不信の反動で身内にはかなり甘いということらしい。
とはいえ人間不信が治った訳じゃないから、学校で他人から話し掛けられようとも冷然とした態度を取るままだ。
高嶺の花が自分にだけ微笑んでくれる状況……優越感を覚えないかと言われれば嘘になるくらいに嬉しい。
お嬢に買われたことも含めて、三ヶ月前の俺に言っても信じられないレベルで恵まれていると思う。
らしくもなく感慨深さに浸っている内に、俺達は教室へと辿り着いた。
しかし当然と言うべきか、サクラと並ぶと嫌でも目立つ。
それくらいは奴隷になってからいつものことだけど……。
「あ、いっくんとサクちゃんだぁ~。おはよぉ~。今朝のお仕事は手伝えなくてゴメンねぇ~」
俺達に気付いて駆け寄って来たのは、サクラと同じくスカーレット家でメイドとして働いている
ツーサイドアップにした桃髪と、ゆるふわな言動に違わない円らな紫の瞳、同年代の女子でも特に大きく実った双丘が特徴の美少女だ。
彼女もまたサクラと同じ二大美少女と見なされていて、明るくフレンドリーな一面から男子から非常にモテる。
今日はある事情から早朝の業務も登校も共に出来なかった。
「おはよ、リリス。日直だったんならしょーがないって」
「おはようございます。私も気にしていませんよ」
「ありがとぉ~。放課後のお仕事は任せてねぇ~!」
むんっと力こぶを作るように両腕を曲げながら大きな胸を張る。
同じ職場で働く仲間として仲が良いと思っているが、最近はサクラとリリスの間で張り合うことが増えた。
サクラの反応をリリスが面白がってからかうのが常だが、前みたいに吸血と吸精を同時にして競うこともある。
あれは死ぬかと思ったけど、意外にも体調は崩さなかった。
自分の身体の丈夫さに感心してしまったくらいだ。
尤もお嬢から盛大に叱られた上、また同時にしたいなら二週間は空けろと制限されてしまったが。
体調に変わりはないとはいえ、精神的な負担は掛かるので仕方の無い話である。
そもそもどうしてたまに張り合うのかも分かってないんだけど……。
なんて思い返しながらも、三人で和やかに言葉を交わす。
だが俺は少し……いや、かなりの居心地の悪さを感じていた。
率直に言ってしまうと男子達から凄まじい敵意の眼差しが向けられているのだ。
サクラの眉目秀麗で成績優秀かつ孤高的な振る舞いから、好意や憧れがあっても遠巻きに眺めるだけに留めるのが男子の間で暗黙のルールと化していた。
泉凛高校の入学からある種の偶像視か神聖視が続いた結果、人気に反して積極的に声を掛ける男は殆どいない。
彼女自身の人間不信を思えば、関わってこないのは好都合だったと言えるだろう。
一方でリリスは男女ともに話す人は多いが、意外と男子との距離は弁えている。
というのもサキュバスである彼女は身体目当てで告白されることが多く、そういった手合いは須く断り続けているのだ。
淫魔らしくない話ではあるものの、リリスは自分の恋愛観に基づいた貞操観念を貫いているため、普通の女の子として見れば断るのはなんら不思議じゃない。
まぁ要するにそんなサクラとリリスに混じっている俺は、彼女達に憧れる男子共から一方的に恨まれているのだ。
おかげでクラスにおいてまともに交流出来るのは、親友でユニコーンである白馬だけである。
奴隷になる前もバイト漬けで孤立気味だったから今と大差ないが、方々から睨まれ続けるのは肩身が狭い。
俺だけが害を被るならまだ良い。
けれどサクラとリリスにまで迷惑が掛からないように、なんとか対処しないとなぁ。
漠然とそんな不安を懐きながらも、今日もまた一日が始まるのだった。
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