人間不信×お人好し?
ともあれ安堵した俺はのっそりとベッドの上に座った。
程なくしてジャジムさんは明日の仕込みのために部屋を出て行って、俺とお嬢が互いに顔を合わせる。
「あ、そうそう。イサヤ、なんで倒れたのかは覚えてる?」
「えっと、二日続けて吸血させたから……だよな?」
「分かってるなら話は早いわね」
思い出したかのように投げ掛けられた問いに、気まずい思いをしながらも正直に答える。
本来は三日空ける必要があった吸血を、一日も経たない内に行ったのだ。
つまり俺はお嬢との約束を破ったことになっている。
そんな申し訳なさから萎縮している俺を深紅の瞳がジッと見つめた。
だがそこには何故だか咎めるような意思は感じられない。
「貧血で倒れたイサヤをジャジムに運んでもらってる間、サクラから事の経緯は聴いたわ」
「そっか……その、緋月さんは今どうしてるんだ?」
「仕事の続きをしてるわ。あの子は責任感が強いから、イサヤが倒れる原因を作ったのは自分だからっていつも以上に頑張ってる」
「……」
初勤務なのに先輩の足を引っ張って申し訳ねぇ……。
そもそも……
「緋月さんは何も悪くないよ。彼女を怒らせた俺が悪いんだ」
「? そんなこと分かってるわよ」
「え?」
ところがお嬢は何を言っているのだという風に首を傾げる。
あれ?
なんか間違ったこと言った?
予想と違う展開に目を丸くしていると、何か合点がいったのかお嬢は大きなため息をつく。
「はぁ~……サクラったら、やっぱり嘘付いてたわね」
「う、嘘?」
「そ。イサヤの負担を無視して吸血したのは、自分が吸血衝動を抑えられなかったせいだってね」
「いやいやいやいや、なんで緋月さんがそんな嘘を?」
「イサヤを庇うためよ。全く、吸血衝動を疎ましく思ってるのは知ってるんだから、あんな嘘すぐバレるに決まってるじゃない……あの子も焦ってたのかしら?」
あまりに信じられない話に動揺を隠せない俺に構わず、お嬢は一人愚痴るように右手を顎に当てながら目を伏せた。
あの~一人で納得してないで説明して欲しいんですけど。
えぇっと、つまり緋月さんは俺に責任を被せないために自分のせいにしたってこと?
言葉では理解できても意味がまるでわからん……。
「俺、庇われる程のことしてないぞ?」
「あら? 自惚れないなんて、もしかして無自覚でやっちゃったのかしら? 普通は調子に乗ったりしない?」
「身に覚えが無いのに思い上がれるかっての……」
「謙遜にせよ卑下にせよ理性的なのは好ましいわね。っま、実際のところ単にサクラがお人好しなだけよ」
「お人好し……」
お嬢から告げられた緋月さんの人物評に不思議と否定する気は起きなかった。
人間不信なのにお人好しだなんて矛盾しているけど、彼女の冷たい態度に隠れる優しさを身を以て知っていると頷くしかない。
だったらどうにも引っ掛かる疑問がある。
「その……どうして緋月さんが人間不信なのか訊いてもいいか?」
緋月さんのことで一番気になるのは、そんなお人好しらしい彼女に何があって人間不信になったかだ。
本人から聴くのが一番だとは分かっているが、その当人が話してくれそうにない。
何より俺が倒れたことに責任を感じてしまっている以上、仕事の話以外は避けられそうなのは明らかだ。
だからこそ詳しそうなお嬢に尋ねたんだが……。
「イサヤの疑問は尤もだけれど、それはあたしの口から話す訳にはいかないわ。何しろサクラの人間不信の元は、あの子の隠したい秘密に触れちゃうしね」
「隠したい、秘密……」
「そういうのはサクラに限った話じゃない。あたしやリリスにジャジムも隠し事はあるし、イサヤにだってあるでしょ?」
「……あぁ」
お嬢の返答は反論が浮かばない程に正論で、俺が思っていた以上に緋月さんの事情は根が深そうだった。
そりゃそうか。
信じて話した人に自分の秘密をペラペラと吹聴されたら、裏切られたと感じるに決まってる。
危うくお嬢と緋月さんの間に溝を作りかねないことをしでかすところだった。
自分が叩いていた石橋に隠れていた地雷に気付いて、安堵と恐怖が同時に押し寄せる。
複雑な心境から肩を落とす俺に、何故かお嬢はニヤニヤと怪しい笑みを浮かべていた。
「イサヤってば、そんなにサクラのことが気になってるの?」
「なんか語弊のある聴き方……言っとくけど、恋愛的な興味は無いからな」
「あら残念」
「オイ」
真面目に悩んでるのにからかわれて思わずツッコむが、お嬢は『冗談よ』と軽く流して続ける。
「じゃあどうして気になってるのよ?」
「なんとなく……としか言い様がない」
「なにそれ?」
お嬢の言うとおり自分でもなんだそれって話だが、本当にそうとしか言い様がないのだから仕方が無い。
クラスメイトだから?
同じ職場の先輩だから?
絶世の美少女だから?
パッと挙げた理由はどれも安直で腑に落ちない。
なんというか、もっと根っこの部分で感じているような気がする。
緋月さんのことをあまり知らない以上、気になる理由も分からない。
かといってこんな曖昧で不明瞭なまま接しても心を開いてはくれないだろう。
飛びたいのに飛ぶ羽が無い……そんなデッドロックに苛まれる。
「──ふぅ~ん」
うんうんと頭を悩ませる俺の様子を見ていたお嬢は、何かを思案するように深紅の瞳を細める。
「お嬢?」
「なんでもないわ。イサヤ、今日の仕事はもういいから休みなさい」
「え、でも……」
「貧血で倒れたの忘れたの? 明日も学校があるんだからちゃんと休む! ほら、ご主人様の命令よ」
「…………りょーかい」
あまりの接しやすさで忘れそうになるが、年下でもお嬢は奴隷である俺のご主人様だ。
その主人からの命令とあれば逆らわずに聞くしかない。
「それと次の吸血は一週間空けること。二回目は無いわよ?」
「う、うっす……」
ニコリと目も笑ってるはずなのに、刺された釘がやけに深いところまで達する。
仏の顔ならぬ吸血鬼の顔に二度目は無いらしい。
事情を汲みはしても命令無視したことに変わりはないので頷くしか無かった。
なんとも締まりの無い話の終わりだったが、俺の初勤務はこうして幕を閉じるのだった……。
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