起きたら枕元に死神がいた



 

「ん……?」


 目を覚まして真っ先に視界に映ったのは、夕陽に照らされた見新しい天井だった。

 身体の感覚からして、どうやらベッドの上で寝ていたらしい。


 ゆっくり起き上がろうとすると、やけに頭が重いことに気付いた。

 なんだこれ、脳に石が入っているみたいにしんどい……。

 右手で目元を擦りながら深呼吸を繰り返せば、少しだけ軽くなった感じがした。


「えぇっと、何があったんだっけ……?」


 ぼんやりと思考が覚束ない頭で、寝る前の状況を思い返す。

 確か屋敷での仕事を緋月さんに教わっていてそれで……。


「──目を覚ましたか。二日続けて吸血させるなど自殺行為であるぞ、小僧」


 あ、そうだ。

 なんか地雷を踏んだせいで、一日も間を空けずに吸血させられたんだっけ。

 つまり俺は貧血で倒れたのか。


 夕方ってことはそんなに長く気絶してた訳じゃないみたいだ。

 バイト漬けの日々で体力は付いていたのが幸いした。


 その原因を思うと不幸中の幸いという方が適切かもしれないが。


 ……あれ?

 今誰に話し掛けられた?


 意識がハッキリしていくにつれて、ようやくそのことに気付いた。

 恐る恐る声のした方へ顔を向けると……。




 ──そこにはコック帽を被った人間の骨が佇んでいた。




「うぉわああああああああああっ、っっだいっ!?」


 当然、無警戒だった俺は驚愕から後退りし過ぎてベッドから落ちてしまう。

 うぐぉ……尻打ったぁ……!


 悶絶しながらも身体を起こしてベッド越しに改めて骨の居た方を見る。


 俺の反応を見た骨は腕を組んで思案しているようだった。

 いやなんでシェフみたいな服着た白骨遺体が居るんだよ。

 しかも動いてるし、さっき喋ってもいなかったか?


「ふむ、どうやら驚かせてしまったようであるな」

「寝起きに白骨遺体から声を掛けられたら驚くに決まってんだろ!? え、なに? 俺、霊安室にでも運ばれたの?」

「案ずるな。ここは小僧の部屋で運んだのは我が輩だ」

「何も安心出来ねぇよ。部屋に死体が侵入してる現状に案ずるわ」

「ククク……。普通であればそうだな。だが見てのとおり、我が輩はピンピンと生きているぞ? 何せ上級アンデッドのエルダーリッチーであるからな!」

「そんなヤベーヤツが地球にいるからビックリしてんだよ!!」


 コイツ、目を逸らしたかった事実を真っ向から突き付けて来やがった!

 いやホントになんでアンデッド系のモンスターでもトップクラスにヤバいのが居るんだ!?


 無理無理アカン詰んでるって。

 魔封じの腕輪を着けられてる今、どう足掻いても瞬殺される。

 グッバイメイドさんのエサライフ……なんて悲観に暮れていると部屋のドアが開かれた。


「イサヤ、起きたの? いきなり悲鳴が聞こえたけど大丈夫?」

「お、お嬢!?」


 やって来たのはご主人様であるお嬢だった。

 マズい……!

 ベッドの影からお嬢の元へ行こうにも、間にリッチーがいるせいですぐに駆け付けられそうにない。

 公爵家令嬢のお嬢を人質に取られでもしたら、覆しようのない最悪な状況になる。


 そうして慌てる俺とは違って、彼女はなんとも暢気な調子のまま部屋を一瞥して……呆れた表情を浮かべながらため息をついた。


「あ~もう何があったのか分かったから説明しなくていいわ。ジャジム、自分の風貌を使って新人をからかうのはやめなさいって言ってるでしょ」

「はっはっはっ! ちょっとしたジョークではあるまいか、姫様は手厳しいな」

「へ?」


 予想した展開と違い、親しげに言葉を交わす二人に付いていけず茫然としてしまう。

 急に和やかな雰囲気を漂わせたリッチーは、呆けている俺に一礼をする。


「すまなかったな少年よ。我が輩の名はジャジム。スカーレット公爵家の料理長と執事長を任されている者だ」

「つ、辻園伊鞘です。お嬢の奴隷やってま──って料理長!?」

「うむ。我が主からは昨日の料理を絶賛してくれたと聴いているぞ」


 まさかの肩書きに思わず声を荒げてしまう。

 視界の隅で小さくビックリしたお嬢が見えたけど、指摘して文字通りクビを切られたくないので黙っておく。


 っていうか嘘だろ……昨日のめっちゃ美味しかった飯はこの人……人?

 いや人ってことにしておこう。

 とにかくリッチーが厨房に立ってあの料理の数々を作ったらしい。


 ぶっちゃけツッコミどころしかないわ。

 厨房って衛生管理に気を配らなきゃいけないところなのに、なんで衛生とは正反対に位置するアンデッドが料理長なんだよ。

 肝心の料理が絶品だったからこそ動揺を隠せない。


 今さらになるが異世界ヴェルゼルドには、ゲームや漫画で見るような数多のモンスターが実在しているのだ。

 まぁ吸血鬼やサキュバスが居るんだから、ゴブリンやドラゴンが居たって何も不思議じゃない。

 バイトで初めて遭遇した時は不気味極まりなかったけど、何百匹も討伐した今じゃどの部位が高く売れるかなんて考える余裕があるくらい見慣れたモノだ。


 当然ながら大半のモンスターは地球でも異世界でも脅威であるため、ゲートを通ったりしないよう検問所の兵士によって監視されている。 

 例外としてはリッチーのような知性を持ちつつ友好的な個体であれば、地球にも来られたりする。


 ただしリッチーは生命維持に魔法の源である魔力が欠かせないため、魔封じの腕輪を着けれない。

 つまりその気になれば地球でも魔法を使えてしまうのだ。

 だからこそさっきまで大慌てだった訳だが……。 


「まぁビックリするわよね~。見た目は白骨遺体なのに料理は三ツ星級だもの」

「死して尚生きていると退屈過ぎる故に、時間潰しとして覚えたまでよ」

「今年で生前70年没後180年だっけ。それだけ時間があったら趣味の一つや二つないと確かに退屈で死にそうだわ」

「フハハハハ。吸血鬼であってもまだまだ若い姫様には長命で悩むのは早いぞ?」


 こうもお嬢と気さくに話すジャジムさんを見ていると、そんな暴挙に出るとは思えない。

 だったら同じ職場の上司として関わっていけば良いだろう。


 ……白骨遺体が動く様は慣れるまでに時間掛かりそうだけど。


 

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