俺がエサとして選ばれた理由



 両親に売られて奴隷になった俺は、吸血鬼のロリお嬢様からメイドのエサになれと言われた件。


 まるでラノベにありそうような状況だが、紛れもない現実である。

 むしろエロゲか?

 正直、どっちでも変わらない気がする。


 だってエサだよ?

 俺、人間なのにエサになれってどういうこと?


 呑み込むにはあまりにもパワーワード過ぎる。


 衝撃のあまり絶句する他なかった。


「まぁ大袈裟にエサだなんて言ったけれど、実際にやって貰うのは献血みたいなモノだから安心して良いわよ」

「誇張表現し過ぎだろ……」


 お嬢から軽く訂正を入れられて、少しだけ楽になった気がした。

 でも俺が身体を張ることに変わりはないのだが。


「血と……せ、精気、だったよな? それって大金で俺を買ってまで必要なのか?」


 なんで精気って単語を言い淀んだかって?

 察しろ。


 誰に向けるでも無いツッコミを内心で繰り出していると、俺の言葉にお嬢が頷いた。


「えぇ。サクラとリリスの二人にとっては命に関わることだもの」

「命って……」


 そんな大事なことをサラリと告げられる。

 少し軽くなった気持ちにずっしりと重りが乗せられた気分だ。


 緋月さんは吸血鬼で咲葉さんはサキュバスだから、種族故に重要なのは理解している。

 でもそれならわざわざ俺である必要は無いはずだ。


「イサヤからすれば『なんで自分?』って思うでしょうけど、色々と事情があるの」


 脳裏に浮かんだ疑問を察したのか、お嬢がそう前置きをして続ける。


「まず対象は異性に限られてるんだけど、地球での……というか地球人を襲うような吸血と吸精は禁止されてるのよ。違反した場合は洩れなく罰せられるわ」

「まぁそれは俺でも知ってる」


 元々の住処である異世界で吸血鬼やサキュバスがしてきたことは、地球では通り魔や強姦魔と何も変わらないのだ。

 ファンタジー世界の事柄を地球の法律に当て嵌めるのは無粋だ、なんて意見もあったそうだが現実の問題なのだから無視なんて出来ない。

 そもそもの話、誰だっていきなり襲われていい気はしないだろう。


地球こっちで魔法が使えてたらぁ~、ヤりたい放題になっちゃうもんねぇ~」

「幻術系の魔法であれば、催眠や催淫は容易ですから」


 咲葉さんと緋月さんがお嬢の言葉を補足する。


 魔法というのは、異世界人なら誰もが使えるとされている力だ。

 しかし地球側からすればそれは、誰もが銃を持つのと同義になる。


 故に異世界人が地球で過ごすには、うっかりでも魔法の使用を封じるために魔封じの腕輪の装着が義務化されているのだ。

 お嬢とゲートの検問所を通った時に、衛兵のおっさんに取り付けられたのがまさにそうである。


 俺も付けられてるように、この制限が課せられるのは異世界人だけじゃない。

 それは異世界で訓練して魔法が使えるようになった、俺みたいな地球人だ。


 そもそも異世界人だって訓練も無しに魔法を扱えるワケじゃない。

 お嬢曰くそれが出来たら天才だという。


 とはいえ地球人は魔法に対する認識や知識といった土台作りから始めないといけないため、異世界人と比較して踏む工程は多い。

 だがその工程さえ越えられれば、地球人でも魔法が使えるようになるのだ。


  それでも魔法そのものの危険度や脅威は変わらないため、パワーバランス維持のために魔法が使える地球人にも魔封じの腕輪が必要なのである。

 もし仮に地球で魔法の悪用しようモノなら、その時はヴェルゼルド王の信頼を傷付けたとして非難されるだろう。

 というか過去に魔法の軍事転用を企んだヤツを、王様自身が対処した事例があるから、どこの国も規制に乗り出すしかなかったのだが。


 なので極論だが、魔法を使いたいなら異世界で使えってことで落ち着いている。

 まぁその異世界でも、魔法で無闇に人を傷付けたり殺めたりしたら普通に捕まるんだけども。

 そういうとこは世界が違っても同じなのだ。


 仕方が無いとはいえ地球側としては必要な規制でも、異世界側からすれば易々と受け入れられることじゃない。

 故に吸血鬼やサキュバスは地球に来ることを拒むケースが多く、緋月さんと咲葉さんのように留学生として学校に通うのは非常に稀なのだ。 


 二人が二大美少女と崇められているのも、そういう背景も加味してこそである。


 それなら吸血や吸精が必要な時に異世界へ戻れば良い、という話ならお嬢も俺を買うこともなかった。


 某猫型ロボットの秘密道具のドアと違い、ゲートの設置場所は限られている。

 吸血と吸精がどれくらいの頻度で必要かは分からないが、スカーレット家の権限で顔パスで通れても非効率でしかない。

 何せ学業と仕事で忙しい二人にとって、世界を往復して異世界むこうで獲物を見つけて帰るというのは、いくらなんでもハードスケジュールになってしまう。


「だったら地球人から提供者を作る方が早いじゃない?」

「それで俺に白羽の矢が立つのは分かるけど、二人が相手になるなら募集すれば候補者が殺到するんじゃないか?」


 お嬢の言い分に納得しつつも、別の方法があったんじゃないかと指摘する。


 繰り返すが緋月さんと咲葉さんは絶世の美少女だ。

 そんな二人に血と精気を提供出来るとなれば、我こそはとこぞって名乗り出そうなモノだが……。


「もちろん募集はしたわよ。でもそれが問題だったの」


 そんな俺の指摘にお嬢は人差し指を立てながら言う。

 問題ってどういうことだ?


「二人はある事情で異性には警戒心が強いし、男側も二人にあわよくばって企むヤツばっか。ここまで言えば分かるかしら?」

「あ~察した」


 なるほど、集まりはするが全員が善意100%って訳じゃなかったと。

 確かに男からすれば美少女と接点を持てるチャンスに見えるだろうが、客観的に見れば助ける代わりに関係を迫るようなもんだ。

 加えて二人が異性に対して警戒してるなら尚更だよなぁ。


「そこで俺……つまり奴隷なら命令すれば行動に制限を掛けられるから、二人は安全に吸血と吸精が出来るってワケか」

「その通り」


 奴隷となった俺の身体には、主人の命令に逆らえないように専用の魔法紋が仕込まれている。

 位置的には左胸だ。

 お嬢が俺の身体に触れた状態で命令を告げると、その内容に反する行動をしたら全身が金縛りに遭ったみたいに硬直し、なお逆らおうとすれば身体中に激痛が走る鬼畜仕様である。


 当人の能力を超えない以上、どんな命令だって課せられるのが奴隷の魅力と言えるだろう。

 それこそエロいことだってやりたい放題だとも。

 しかも魔封じの腕輪の効力も及ばない強烈な魔法のため、軽減なんて期待するのも無駄だ。


 この魔法紋が解除出来るのは奴隷商人か、主人が解放を認めた時のみ。

 どちらも困難を極めるからこそ、奴隷になってからの人生は絶望的と言われているのだ。



「イサヤには弱味に漬け込んだみたいで申し訳ないと思ってるわ」

「……」


 お嬢は俺に対してそう謝罪する。


 主人が頭を下げている状況なのに、緋月さんと咲葉さんは何も言わない。

 いや、言えないんだろう。

 自分達のために主人が奴隷を買った以上、意固地になって反感したらその気持ちを裏切ることになるから。


 お嬢としてはそういう打算も込みで俺を買ったのかもしれない。

 それでも俺の心に失望したとかそんな感情は湧いてこなかった。

 むしろお嬢には足を向けて寝られないとすら思っている。


 何せ……。


「お嬢にとって緋月さんと咲葉さんはそれだけ大事だってことだろ? 今日が初対面の俺より、二人の安全を優先するのは何もおかしくないじゃん」

「!」


 俺の言葉にお嬢が目を丸くした。

 もしかして文句でも言われると思ったんだろうか。


 まさか、とんでもない。

 むしろお嬢が身内を大事にする性分だって理解したくらいだ。

 マジでいい女だわ。


「そりゃ奴隷にはなったけど、お嬢は俺を同じ学校に通えるままにしてくれた。衣食住どころか仕事だってくれた。その気になれば命令で何でもさせられるヤツに、ここまで気を利かせてくれたんだから恨みなんかしないって」

「イサヤ……」


 他の貴族や金持ちだったら、こんな待遇はしなかっただろう。

 今日会ったばかりだけど、俺を買ってくれたのがお嬢で良かったと本気で思っている。


「そのお嬢のお願いなら、例え魔法紋がなくたって精一杯応えるつもりだよ」

「な、なんか思った以上に慕ってるじゃない」

「今まさに誰かに仕えたい気持ちを実感してるところだし」

「何よそれ……」


 素直な気持ちを伝えると、照れたのかお嬢は少しだけ頬を赤くして目を逸らす。

 うむ、年下とはいえ美少女の照れ顔は実に眼福だ。


「それでも念には念をってことで、命令は施してくれると自分でも安心出来る」

「そこは鋼の精神で耐えますってポーズでも言っておきなさいよ、もう……ふふっ」


 我、童貞ぞ?

 バイトを通して女子と接した経験はあっても、めちゃくちゃ耐性があるワケじゃないんで。

 どういう方法で吸血と吸精をするか分からない以上、刺せる釘は刺しておくに越したことは無い。


 そんな俺の要望に、お嬢は呆れながらも笑みを隠せないでいた。


「それじゃ気を取り直して、イサヤに命令するわ」

「うすっ」

「──『サクラとリリスに手を出さないこと』」


 話も一段落したところで早速、お嬢が俺の胸に手を当てて命令する。


 その瞬間の感覚は何とも不思議なモノだった。

 魂に鎖が巻かれたような感じだろうか?

 上手く例えられそうにないが、自分の中に枷を付けられたと自覚は出来た。


「これでオーケーよ。効力はあるか試してみる?」

「そんなマゾヒストじゃないからしないって」

「冗談よ。さて、説明と準備は済んだわね。まずは吸血から始めましょう」

「りょ、りょーかいっす」

「……かしこまりました」


 もう始めるのかと驚きつつも了承した。

 お嬢の期待に応えるためにも、エサになれというのならなるしかないのだ。


 だがどうしても拭えない気掛かりがある。

 それは……。


 同じくお嬢の言葉を受け入れた緋月さんが、とてつもなくイヤそうな顔をしていたことだ。



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