クラスメイトがメイドさん!?


 地球側のゲート検問所から出てからは、お嬢が用意していたリムジンに乗って別邸まで移動することになった。

 妙にダンディな執事さんによる運転なのだが、俺は初リムジンで満喫するどころじゃない。

 髪の毛一本でも落として汚したくない緊張から、手が膝にくっついて離れそうに無かった。


 馬車で緊張してなかった理由?

 前に御者のバイトをしたことがあるからだよ。


 そんな俺を尻目にお嬢は、相も変わらず優雅に足を組んで備え付けの冷蔵庫からブドウジュースを出して飲んでいる。

 え、リムジンって冷蔵庫付いてんの?

 しかも吸血鬼なのにトマトジュースじゃないんだ?

 まぁどう見ても未成年なのにワインとか、血液を目の前で飲まれるよりはマシだけども。


「イサヤも喉が渇いてるなら、好きなのを飲んで良いわよ?」

「いや大丈夫っす……」


 ジュースを見ていた俺の視線に気付いたお嬢がそう気を利かせてくれたが、緊張で味も分からなさそうなので断った。


 あぁ今は無き我が家が恋しい。

 住み込みで働くってことは、お嬢の家の別邸に住むのと同義だ。

 だとしたら仕事より先に、屋敷での生活に慣れないといけないかもしれない。


 そんな覚悟からしばらくして、俺達が乗っていたリムジンが目的地である別邸に着いた。


 案の定というか、目の前の光景に面を食らってしまう。

 リムジンが停車していても窮屈さを感じさせない広々とした庭、確実に4M以上はあるバラを模した黒い鉄柵、そして豪邸としか形容出来ない程に豪奢な西洋風の屋敷が建っていた。

 これで別邸だというなら、本邸はどれだけデカいのか想像も出来ない。

 しかもここ、今日から住み込みで働く職場なんだぜ?

 もう心臓が痛いし、呼吸すら烏滸がましい気がして息が苦しくなる。


 あ~やっべ、足も子鹿みたいに震えてらぁ。

 帰る家無いけど帰っても良いですか?


「なにボーッとしてるの? 行くわよ」

「う、うす……」


 そんな逃避が許されるはずも無く、お嬢の手に引かれるまま屋敷へと入ることに。


 玄関からして外観に違わず……というかもうエントランスレベルの広さだった。

 見上げたらなんか二階の廊下が見えるんですけど……吹き抜けだっけ、家の中なのに開放感がハンパない。

 それにエントランスの奥にある大きな窓の向こうには中庭が見えるし……もう訳分かんねぇよ。


 何もかもが埒外の光景に、口から魂が飛んでいきそうな程に茫然としてしまう。


「お、お嬢……本当にこのまま進んでいって良いのか?」

「進んで良いから早く靴を脱ぎなさい」


 恐縮しまくりな俺に、先に進むお嬢が冷たく返す。

 いや、うん。

 いつまでもビビってる俺が悪いけど、もう少し手心を加えて頂けてもよろしいんじゃありません?


 内心で落ち込みながらも埃を立てないようにゆっくりと靴を脱いで、先導するお嬢に続いて歩く。

 途中で高そうな壺や絵画も飾ってあったが、気にしたら余計に緊張するだけだと無理矢理目を逸らしながら進んだ。


 やがて二階のある部屋の前に着くとお嬢が足を止め、ドアを開けて中に入った。


 お嬢に続いて俺も入ると……。




「おかえりなさいませ、エリナお嬢様」

「おかえりなさいませぇ~、エリナ様ぁ~」

「えぇ。ありがと」


 ──二人のメイドが居た。


 最初に挨拶をしたメイドは腰まで伸びた長い銀髪に切れ長で鮮やかなくれないの瞳をした、精巧な人形かと思う程に表情が無いクールな美少女だった。

 身に纏っているメイド服は上から下までキッチリと着込んだクラシカルタイプだ。

 クールビューティーで礼儀正しそうな彼女の雰囲気とマッチしている。

 指先まで洗練された佇まいから、マナーに厳しそうな感じだ。


 もう一人のメイドは、肩に掛かる程度の桃色の髪をツーサイドアップにしていて、円らな紫の瞳と素直に可愛らしい印象を受けた。

 その印象に違わず、敬語なのにどこかユルい口調が妙に耳に残る。

 着ているメイド服は胸元や太腿が大胆にも露わになっているミニスカタイプだった。

 特におっぱいが大きい……なんかそういうお店に入ったと勘違いしそうだ。


 なんてぐだぐだと感想を浮かべていたが、実は少しでも現実から目を逸らそうとした結果である。


「紹介するわ。真面目な方が緋月あかつきサクラ。ユルい方が咲葉さきばリリスよ。っま、イサヤなら?」

「……そっすね」


 イタズラが成功したようなニヤけ顔で紹介するお嬢に、頬を引き攣らせながら肯定するしか無かった。

 俺の個人情報や経歴を知っているお嬢が、彼女達との関係を知らないワケがない。


 緋月サクラと咲葉リリス……二人とは同じ高校に通っているクラスメイトなのだ。

 しかも彼女達はクラスで二大美少女として有名だったりする。

 同級生はもちろん他のクラスや先輩達にまで告白される程の人気者だ。


 緋月さんはお嬢と同じ吸血鬼で、容姿端麗かつ品行方正な佇まいが人気の理由らしい。

 でも告白を受けたことはなく、むしろ断り方がトラウマになるくらい冷たいことでも有名だ。

 そもそも咲葉さん以外の人と必要事項以外で話さないことから、高嶺の花として認識されている。


 一方で咲葉さんはというと、なんとサキュバスなのだ。

 それだけで男子の注目の集め、ストレートに可愛い見た目はもちろん、誰にも臆すること無く話し掛ける朗らかな性格に加え、種族に見合ったスタイルの良さからとにかくモテる。

 バイト漬けでロクに絡まない俺にもよく話し掛けてくれてたっけ。

 けれども、男子からの告白は緋月さん同様受けたという話は聞いたことが無い。


 なんとか近付きたい男子達が遊びに誘ってもバイトがあるからって断ってたけど、まさか本場のメイドだとは思わなかった。

 もし俺が同じ職場で働いてるってバレたら、学校中の男子から吊し上げに遭いそうだ。

 絶対に秘密にしておこう。 


「二人はイサヤのことを知ってるわよね?」

「はい。クラスメイトなので顔と名前だけは」

「辻園くんが同僚なんてビックリしましたぁ~」


 お嬢の問いに二人が簡潔に返す。

 何度か話したことがある咲葉さんはともかく、緋月さんにも認知されているとはおもわなかった。

 顔と名前だけって点はさておき……。


 何とも複雑な心境を抱いていると、不意に緋月さんと目が合った。

 だが彼女の紅の眼差しは、今にも俺を射殺さんばかりに鋭い。


 いや俺、何もしてないよね?

 男嫌いって噂は本当なのか?


 なんて若干の恐怖を感じている間に彼女は視線を外し、お嬢へ顔を向ける。


「エリナお嬢様。彼がここにいるということは、まさかが関わっているのでしょうか?」

「そうよ。二人にとって大事なことなんだから」

「僭越ながらエリナお嬢様。以前から申し上げているように私には不要です」

「でもここ数日は特に不調のはずよ」

「そんなことは──」

「ある。あたしの目は誤魔化せないってこと、サクラは知ってるはずよね?」

「……」


 お嬢の言い分に返す言葉が無くなったのか、緋月さんは黙り込んでしまう。

 言葉の端々から歓迎されてないのが伝わるのだが、お嬢なりに彼女を想っているのもなんとなく察した。


「リリは辻園くんが変なことしてこないならぁ~どっちでも良いですぅ~」

「ほら。リリスもこう言ってるんだし、一応奴隷だから命令で行動を縛ることだって出来るわよ」

「…………かしこまりました」


 咲葉さんが許容する物言いをしたことで、緋月さんは渋々ながらも了承した。


 とりあえず矛を収めてくれたようだ。

 でもお嬢が説得に使った材料が恐すぎる。

 そりゃ魔法でお嬢の命令に逆らえないようになってるけど、そもそも同僚にそんな真似出来るかっての。


 ただのクラスメイトじゃ信じられないも無理ないけどさぁ……。


 なんともやるせない気持ちが抑えられそうにない。


「さてと。イサヤにはさっき話した仕事よりも重要な件について教えるわ」

「そういえばそんなこと言ってたっけ。どんな内容なんだ?」


 後回しにしていた重要案件について、やっとお嬢は教えてくれるらしい。

 何の気なしに聞き返せば、お嬢はニコリと実に良い笑みを浮かべながら言う。



「イサヤには二人に血と精気を提供して欲しいの。端的に言えばエサってことね」

「…………え?」


 奴隷から人ですら無くなった最底辺の役割を。


 拝啓、どこかにいる両親へ。

 あなた方が異世界へ売った息子は、紆余曲折あって美少女メイドのエサになったってよ。


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