世界観のおさらいと地球への帰還
今から30年前、一年間も行方不明になっていた青年が突如として地球に帰って来た。
それまで人知れず命を絶っただとか、別の国に亡命しただとか、神隠しに遭っていたなんて噂されていたのだ。
家族でさえ生存を諦めていた矢先の帰還に、当時の世間を大いに賑わせた。
やがて記者会見を開いた彼の口から、思いもよらない経緯が語られる。
──自分は地球とは異なる世界に迷い込んだ。
──その世界を支配していた魔王を倒すために戦い、勝利して地球に帰って来たのである。
あまりに荒唐無稽な話に、会見に参加した記者からは怒号すら飛び交っていた。
だがそんな反論はすぐに黙らされることになる。
青年が何も無い所から武器を取り出したり、手のひらに炎や雷を起こしたのだ。
それだけじゃない。
彼の呼び掛けに応えて舞台袖から限りなく人間に近い容姿ながら、長い耳や動物のような耳としっぽ……挙げ句には羽や角を持つ人々が現れたのだ。
あまりに現実ばなれした光景を目にして、騒然とした記者達へ青年は語る。
──彼ら、彼女らのおかげで自分は生きて帰ることが出来た。
──そして自らが二つの世界の架け橋となる。
この宣言の後、青年は異世界の王『ヴェルゼルド王』として世界各国首脳達と同等以上の権威を持つことになった。
「なるほど、ヴェルゼルド王様のことは知ってるのね」
「すげぇよなぁ、あんな綺麗な奥さんが四人もいるとか」
「感心するところがそこなのね……」
お嬢からなんか言いたげな眼差しを向けられるがスルーした。
だって男なら羨ましいと思うに決まってるだろ。
異世界王の奥さん達はそれぞれが絶世の美貌を誇っていて、美術の教科書にも肖像画が載っている程だ。
夫婦仲は凄まじく睦まじく、学校の友人から聞いた話だと第三妃との間に娘が生まれたらしい。
「正直、意外ね。バイト漬けの日々だったイサヤにモテ願望があったなんて」
「日頃からバイトに励む分、普通に青春してるクラスメイトが羨ましい気持ちは誰にも負けてないぞ」
「聞いてる方が悲しくなる誇り方はやめなさい」
「はい、すみません」
お嬢に頭を下げて謝罪する。
自分でも言ってて悲しくなって来たし。
こういう時は後ろじゃなくて前を見よう。
そうだ、お嬢が学校や衣食住に加えて仕事まで用意してくれたんだ。
少なくとも今までで一番良い暮らしが出来るんだから!
そうして気を取り直して、お嬢から質問の続きが投げ掛けられる。
「それで、ヴェルゼルド王はどうやって二つの世界を繋げたか知ってるの?」
「えっと、王様が二つの世界を行き来出来るようにって、地球の各国にゲートを置いたんだっけ」
「正解」
当事者じゃない俺からすればあって当たり前の代物だが、別の世界へ移動するという現象を体感した当時の科学者達は揃って卒倒したらしい。
王様が作った魔法なのだが、詳しい原理はお嬢でも『そういう魔法』としか把握していないんだとか。
それをゼロから構築した王様の理解力が、ずば抜けていると見て良いかもしれない。
「でもゲートには色々と制限があるのは知ってるわよね?」
「専用のパスポートが必要なんだろ。バスや電車みたいにホイホイ使えたら、逃亡犯とかが逃げたり逆に異世界側の悪人が襲いに来たりするし」
「そうよ。誰だって外国の凶悪犯が自分の国に来たら怖いに決まっているもの」
お嬢の言い分に納得しかない。
そうしてゲートで世界を繋いで30年が経過した現在では、互いの世界の学者や技術者はもちろん、留学生なんかも送り合う良好な関係を築けてはいる。
だがヴェルゼルドでは未だに馬や馬車が主な移動手段だったり、スマホを始めとしたネット環境が設置されていない。
地球でも魔法の活用方法に悩まされていたり、各国で異世界交流のイニシアティブを巡ったりと問題が山積みだ。
正直、まだまだ手探り状態なのである。
まぁ世界と世界による交流なんて前代未聞なのだから仕方がない。
せめて
貢献……出来るよな?
歴史の1ページとまでは言わんけど、ニュースに載るくらいの貢献にはなるはず。
あ、ダメだ、ニュースに載ったらクラスメイトに奴隷になったことがバレるわ。
なけなしのプライドでも、それだけはなんとしても避けたい。
「何を考えて不安になってるかわからないけれど、異世界に関する知識は概ね把握してるみたいで手間が省けそうだわ」
「……まだまだ知らないことの方が多いけどな」
「知ったかぶりをしたり、知らないことを知らないままにしているより遥かにマシよ」
「お嬢ってホントに俺より年下なの? 実は見た目が若過ぎるお姉さんとかじゃなくて?」
「大人っぽいって褒め言葉として受け取っておくわ。それよりそろそろゲート前の検問所に着くわよ」
お嬢がそう告げて間もなく、俺達の乗っている馬車が止まった。
体内時計の正確さハンパねぇ……。
「降りましょ」
「うす」
促されるまま、馬車を降りた。
外に出れば大きな砦のような建物が視界に入る。
犯罪者やモンスターがゲートを通らないように、常駐している兵士による厳重な警備が敷かれているため容易に突破は出来ない。
この先の検問所で問題ナシと判断されれば、異世界から地球の日本へと戻ることが出来るのだ。
しかし俺はどうしても拭えない不安があった。
「なぁお嬢。俺、ヴェルゼルドでバイトするために作ってたパスポート持ってないんだけど」
「一応イサヤの荷物は預かってるから、無いワケじゃないわよ。でもそのまま使うのはやめておきなさい」
「え、なんで?」
パスポートが残ってることにホッとしたのも束の間、お嬢が制止する意味が分からず首を傾げる。
そんな俺の反応にお嬢は呆れた面持ちを浮かべながら理由を話す。
「あのねぇ……
「あ」
言われてようやく意味を理解した途端、背中に大量の冷や汗が流れる。
やっっっっべぇ……!
俺が
渡航記録上、俺は通ったことになってない!
つまり違法
「本来地球に戸籍を置いてる人を異世界で奴隷にするのは違法なんだけど、イサヤの場合はその戸籍ごと売られてるのよねぇ」
「あの奴隷商人、どんだけアコギな商売してんだ!?」
そりゃ本来禁止されてる貴重な地球人奴隷なら、1億とかで売れるに決まってるわな!
男の俺でさえそんなとんでも価格なんだから、女の子だったらもっとえげつない金額になりそうだ。
「戸籍の有効手続きは申請してるけど、受理されるのは明日以降でしょうね」
「つまり……?」
「パスポートは無効だから、どのみちゲートを通れないことに変わりないわ」
「ジーザス!!」
無慈悲な現実に打ちのめされて、膝から崩れ落ちながら頭を抱える。
最悪だチクショウ!
持ってないけど、運転免許の一時停止と取り消しを同時に食らった気分だわ!
それもこれも父さん達が俺を売ったからだ!
「どうするんだよお嬢!?」
「落ち着きなさい」
今にも泣きそうな俺とは対照的に冷静なお嬢から宥められる。
何か策でもあるのか?
平静な彼女の様子からそう思った俺は、とりあえず立ち上がる。
落ち着いた俺を見たお嬢は無言で頷く。
右手の人差し指を唇に添えながら、左手で小さく手招きをした。
黙ってついて来いってことらしい。
お嬢に近付くと、不意に彼女は左手で俺の手を取った。
うわ、柔らかくてちょっとひんやりしてる。
絶妙に心地良い手触りに動揺を隠せなかった。
そのまま歩き、やがて検問所の入り口に着くと警備中の衛兵がこちらに気付いた。
「これはこれはスカーレット公爵令嬢様。地球へ向かうのですか?」
「ご苦労様。えぇ、別邸に帰るところなの」
「そうでしたか」
応対した衛兵はどう見てもおじさんなのだが、年下であるお嬢に対し恭しく接している。
これが権力……!
思わず妙なところで戦慄してしまう。
しかし、ここからお嬢はどうやって俺を通すんだろうか?
気を取り直して成り行きを見守っていると、衛兵のおじさんは手に持っていた紙に何かを書き込む。
書き終えた衛兵はお嬢と俺の手首に通行証代わりの腕輪を取り付けて、脇に移動して道を開けた。
「通過後は足元にお気を付け下さい」
「ありがと」
そうして会話を終わらせたお嬢は、俺の手を引いたまま検問所を通り抜けた。
……あれ、もう終わり?
てっきり貴族らしい交渉が始まると思いきや、呆気ない通過に肩透かしを食らう。
「もう喋って良いわよ」
「お、おぅ……てかお嬢、今何かをしたのか?」
「? 別に何も……って、あぁ。もしかして交渉や賄賂とか期待してたの?」
「賄賂は微塵も考えてねぇよ」
「ふふっ、冗談よ。でも誓って法を侵してないわ」
困惑する俺をお嬢はクスクスと微笑みながら
意地が悪い言い草なのに、所作にはとても品がある。
悔しいけど可愛いなこんちくしょう。
「でも真面目にどうやって、あの衛兵さんに通過を認めさせたんだ?」
「何も難しいことはしてないわ。だって
「おぉぅ……」
策のへったくれもねぇし、ある意味で賄賂より質が悪いわ。
そんな稀に見る所業を誇るでもなく純然たる事実として言い切ったお嬢に、両世界におけるスカーレット公爵家の立場の高さが垣間見えた気がするぞ。
改めて自分が凄い家のご令嬢に買われたという事実に堪らず身震いしてしまう。
そんな戦慄を余所に、ゲートを潜った俺達は異世界から地球へと向かうのだった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます