お嬢は俺の飼い主兼雇い主
「今日からアンタはあたしのモノよ」
それが売られていた俺を買った小柄な美少女の第一声だった。
現在進行形で、彼女が住んでいるという屋敷に馬車で向かっているところだ。
煌びやかなセミロングの金髪、深紅の瞳の瞳孔は猫みたいに縦長で、どう見ても年下なのに聡明さを感じさせる佇まいで座っている。
黒いワンピースから伸びる足を優雅に組むのも様になっていて、世の中にはこんなお嬢様も居るんだなって感想が浮かぶ。
実際のとこガチのお嬢様みたいなんだけど。
確か公爵家のご令嬢なんだっけ?
「ちょっと、返事くらいしたらどうなの?」
「あ、すみません……」
少しムッとした面持ちで促され、慌てて謝罪の言葉を伝える。
「硬いわねぇ。っま、自分の親に金で売られたらそうなるか」
「っ」
彼女の言葉に思わず肩を揺らして動揺してしまう。
彼女が言ったことは紛れもない事実だからだ。
三日前のある日、俺が家に帰ると両親の姿がなかった。
代わりに居たのは異世界で奴隷を取り扱っている商人だ。
『坊主の身柄は一億で買ってやった』
出会い頭に告げられたその一言で、どうして両親が居ないのかを察した。
父さんは商才の無い経営者で、新しい流行りを作ろうとして色んな事業に手を出しては、赤字しか生んで来なかった人だ。
天の邪鬼に逆張りした結果、悉く滑って行く体たらくだった。
母さんは夢見がちな性格で、挑戦しては失敗を繰り返す父さんを支える自分に酔っているナルシストだ。
そのクセ家族の危機だからと、幼い頃から我慢を強いて来た身勝手な人でもある。
そんな人達なので借金を背負うのは、ある意味当然の帰結だった。
借金を返すために別のとこから借金をする、なんてのも日常茶飯事だ。
物心着く前から貧乏暮らしだった。
内職やバイトに苦心してはそのお金を両親が持っていく……そんな生活だ。
借金があったのは知ってたけど、まさか一億もだなんて思いもしなかった。
奴隷商人から訊かされた時は、あまりに途方も無い額に頭が真っ白になった程だ。
そして両親は膨れ上がった借金を返すために、遂に一人息子である俺の身を売ったのである。
ろくでもない親であっても、少なくとも家族としての絆はあるんだと信じていたのに……。
そこからはあっという間だ。
俺は奴隷商人によって異世界に連れられ、どう考えてもヤバい闇オークションに商品として掛けられた。
そんな絶望的な状況下にあった俺を買ったのが、目の前に居る美少女──エリナレーゼ・ルナ・スカーレット公爵令嬢様だったのだ。
彼女は異世界の貴族で、しかも吸血鬼だという。
金髪と深紅の瞳は一族の中でも特に気高い血筋なんだとか。
なんで異世界の公爵令嬢が闇オークションに来て、俺を買ったのかはよく分からない。
理由を訊いたところで答えてくれそうな感じはしないから、運が良かったんだと思うことにした。
「名前は?」
「えっと、
スカーレット様に自分の名前を告げる。
地球での敬語がどこまで通用するのか分からないけど、今後のことを思えば反感を買わないに越したことは無い。
だが俺の言葉が気に入らなかったのか、スカーレット様は深紅の瞳をスッと細めた。
今にも射貫きそうな視線に、堪らず背筋を伸ばす。
「あのねぇ……公の場ならそれで良いけれど、プライベートでも畏まらなくたって良いわよ。そんな堅苦しい態度を取られると、こっちの方が息苦しくなっちゃうじゃない」
しかし、彼女から言われたのは何とも予想外なことだった。
あまりに気安い調子に少し面を食らってしまう。
「え、でもご主人様に不敬な態度は……」
「そのあたしが無礼講で良いって言ってんの。ほら、呼び方も好きにして良いから」
「そ、それなら……エリナさん?」
「却下」
「ぐっ……なら、お嬢でどうですか?」
「敬語」
「うぐっ……よろしく、お嬢……」
「うん、それで良いわ♪」
納得の行く返事を訊いたスカーレット様──お嬢は満足げな笑みを浮かべる。
その微笑みは年下とは思えない程に綺麗で、堪らず視線を逸らしてしまう。
なんというか、この人になら付いて行きたいと思わせるようなカリスマに溢れていた。
そんなことを考える俺を余所に、お嬢は表情はそのままに話を続ける
「さて。イサヤの今後についてだけれど、とりあえず高校は通い続けて大丈夫よ」
「えっ、良いのか!?」
「ええ。ただし今向かってる地球の別邸で住み込みの執事として働いて貰うわ。学校にはそこから通ってね」
「別邸……」
なんともブルジョワな言葉が出てきたが、退学も転校もしなくて良いという事実にこれ以上無いくらいに安堵した。
前の家も解約されてるだろうから、寝床と仕事を与えられたのもありがたい。
「お給料も出すし、まかないだって食べられるわよ」
「マジで!?」
そんな破格の条件付きなのか!?
あまりに良すぎる雇用条件に、一瞬でも自分が奴隷であることを忘れそうだった。
これまでもバイトの経験があるとはいえ、精々クビにならないように気を付けてないとな…。
「それとイサヤには仕事以外にもやって欲しいことがあるの」
改めて気を引き締めていると、お嬢がピンと人差し指を立てながらそう言った。
「やって欲しいこと?」
「そう。むしろこっちの方が仕事より重要ね」
そんな大事なことを俺に任せるのか?
自惚れかもしれないけどお嬢の口振りからすると、その重要なことのために俺を買ったように聞こえる。
「まぁ詳しい説明は別邸に着いてからにするわ。じゃあいくつか質問するから答えてくれる?」
「質問って……」
「アハハ。別に就職面接みたいな堅苦しいのじゃないから、気負わずに答えて良いわよ」
「はぁ……」
意外にも表情がコロコロ変わるお嬢の魅力にドギマギしつつ、肝心の質問を聞き逃さないように集中する。
「まず私達の住む世界ヴェルゼルド──地球人から見た異世界についてどれくらい知ってるのかしら?」
「異世界のことは授業で教わったこととか、バイト関係である程度は把握してるつもりだよ」
「あぁ極貧生活だったものね。それじゃニュースとかは見てないって感じ?」
「スマホなんて高価な物は持ってないからな」
「仕方がないとはいえ絶滅危惧種みたいな事情ね……」
俺の悲しい事情を聴いて、お嬢の深紅の瞳に憐憫が宿る。
一部の層に受けそうな眼差しやめれ。
「スマホくらいサクッと契約してあげるわよ。今の時代、あった方が便利だし」
「お嬢っていい女っすね」
「あら、わかってるじゃない」
衣食住や仕事だけでなく、スマホまで与えてくれるなんてマジで感謝しかない。
そんな純粋な称賛に気を良くしたのか、お嬢は得意気な表情を浮かべる。
なんかやっと年相応の一面が見れた気がするなぁ。
可愛いから尚更だ。
「そういえばお嬢は俺をいくらで買ったんだ……?」
「ん? 白金貨100枚よ」
「ひゃ……っ!?」
事もなさげに返された額は、魂を置き去りにされそうなレベルの大金だった。
待て待て待て待て。
白金貨って言った?
ヴェルゼルドの金貨一枚って、相場通りなら日本円で100万になるんだぞ?
金貨より上の白金貨は一枚で金貨の約30倍の価値がある。
その白金貨を100枚……。
──つまり俺は30億円で買われたことになる。
……。
…………。
ふふっ、一生掛かっても返せる気しないわ。
脳裏に『人生の終身雇用確定』という言葉が焼き付いて離れそうになかった。
「コホン」
少し逸れた話を戻すために、お嬢は軽く咳払いをしてから続ける。
「それじゃ早速、知ってる範囲で地球と異世界の関わりを話してみてくれる?」
「……了解っす」
わざわざそう提案したのは、俺の気を紛らわせるためだろう。
お嬢の家柄を思えば俺より知ってるだろうが、これからの仕事で異世界絡みの知識があるに越したことはない。
だからこそ敢えて俺の口から説明させる魂胆だろう。
その気遣いに感謝しつつ、俺は把握してる限りでの地球と異世界の関わりを話すことにした。
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