イヤそうな顔で血を吸うクールなメイドさん



「……」

「……」


 俺は今現在、緋月さんと共にさっきとは違う部屋へ移動し、配置されていた大きなソファへ共に腰を降ろしている。

 けれども人一人分の距離があります。

 ソーシャルディスタンスがあからさまでめちゃくちゃ気まずい。

 学校で二大美少女と呼ばれている彼女と二人きりというシチュエーション……普通なら喜ぶべきことなんだろうが、俺の心にそんな余裕は微塵も無かった。


 だって俺に対してめっちゃ敵意剥き出しで睨んでるんだもん。 

 何もしてないのに居たたまれねぇ……。


 とにかく緋月さんと少しでも早く打ち解けるのが先決だろう。


「えっと……何気に教室以外で話すのは初めてっすね……」

「そうですか」

「あ~……あはは~」

「……」


 ねぇ十秒も経たない内に会話が終わったんですけど?

 意を決して話し掛けたのに、こんなアッサリ終わってたら打ち解けるなんて夢のまた夢だわ。

 勘弁してくれよぉ……同僚になるんだし、エサってことは今後もこうやって顔を合わせなきゃいけないってことだろ?


 いや、こんなことで折れて堪るか!

 思い出せ!

 今までのバイト先でも最初はギスギスしてた先輩とも、最終的には業務に差し障りが無いくらいには打ち解けたじゃないか!

 これまでに培って来たスキルを発揮する時だ!


「き、吸血ってどうやるんですかねぇ~?」

「はぁ……手首を出して下さい」


 あ、やっとまともな返事が来た。

 でも手首って……。


「漫画とかと違って首筋じゃないんですね」

「首筋から吸わせようだなんて、とんだ変態ですね」

「いきなり辛辣!?」


 些細な疑問を口にしただけなのに、何故か罵倒された。

 ちょ、その床にぶちまけたエサを貪る野良犬を見るような目はやめて……。 

 俺には美少女から蔑まれて喜ぶ趣味なんて無いから……。


「な、なんで首筋だとダメなんでしょうか……?」

「女性の口から言わせるつもりですか? 見下げ果てたド変態なんですね」


 理由を尋ねただけでさらに悪化した。

 首筋から吸血するのって、吸血鬼的にそんなデリカシーのないことなの?


 分からない……吸血鬼社会が何一つ分からないよ……。


「いや、あの……マジで知らないだけなんで、決して緋月さんを辱めようとか思ってませんから……」

「はぁ……疑ってもキリがありませんし、早く終わらせましょう」

「すみません……」


 セクハラで訴えられないかビクビクしながらも、緋月さんに言われた通り右手首を差し出す。


「失礼します」

「!」


 すると緋月さんはグッと距離を詰めて来た。

 吸血しやすくするためだと分かってても、彼女の綺麗な顔が間近に迫る上に良い匂いもするため、否応にも意識してしまう。


 だがその動揺を顔に出さないように努めた。

 もしバレたらまた罵られかねない。


 そんな内心を余所に、緋月さんが俺の右手を取る。


「先に断っておきますが、私は吸血があまり得意ではありません」

「あ~時間が掛かるってこと? 別に気にしないですよ」

「それもありますが……口で説明するより体感した方が早そうですね」


 そう言って俺の手の甲を上にしたまま、彼女はゆっくりと口を近付けていく。

 いよいよ吸血される瞬間を目の当たりにして、全身が緊張で強張る。


 そして人間より鋭い吸血鬼特有の牙が、皮膚を貫いて血管に突き刺さ──。


「いだだだだだだだだ痛い痛い痛い痛い!?!?」


 待って待ってクッッソいっっっったいんですけど!?

 神経に熱した鉄の針を直接刺したみたいに痛いよ!!?

 吸血ってこんなに痛いの!?


 反射的に手を振り解こうとしたけれど、緋月さんによって抑えられた腕は全く動かせない。

 力つっよ。

 吸血鬼の女子の腕力は人間の男子を上回っているらしい。 

 抵抗したのが気に障ったのか、アカツキさんに暴れるなと睨まれてしまう。


 いや無茶言うなよ。

 こっちは痛過ぎて涙出てんだから。

 今もイヤそうな顔で血を吸う彼女の顔を見ていると、わざと痛くしているのではと勘繰ってしまいそうだった。


 っていうかおかしいだろ。

 学校で異世界の種族について学んだことがあった。

 吸血鬼による吸血は、牙から出る特殊な体液で痛みはすぐに和らぐって教わったはずだ。

 なのにこの激痛……全然和らぐ気配が無いぞ。


 というかお嬢から手を出すなって命令されてるけど、こんな痛みを前にして欲情なんてする余裕があるワケがない。

 同じ手でも出るのは殴る方だわ。

 女子を殴る趣味無いから無理だけどさ!


「というか緋月さん、これ本当に吸えてるの? 痛みが強過ぎて吸われてる実感がまるでないんだけど!?」

うるひゃいでふうるさいですひゅうへふはほふいふぁはいほいいまひは吸血は得意じゃないと言いました

「得意じゃないってそういう意味かよ!」


 吸うのに時間が掛かるだけじゃなくて、対象の痛みを和らげることも出来ないってことかよ! 

 採血するための注射を何度も刺し間違える新米看護師か!


 お嬢……絶対に緋月さんの吸血が下手だって知ってたよな?

 ここまで上がってた好感度が下がったよ?

 どうして言ってくれなかったん……?


 何が辛いってただでさえこんな痛みが続いてるのに、それが終わるまでに掛かる時間が遅いってことしか分からない点だよ。


 吸血がどれくらいの頻度で必要かによるけど、仮に毎日だとしたらとんでもねぇ拷問だぞ!?

 死ぬ!

 身体より先に心が死ぬ!!


「ぎゃああああああああああ!! ねぇ緋月さん、まだ!? 吸血はまだ終わらないの!?」

ひぐかにひへふらはい静かにして下さい

「お嬢ぉぉぉぉ! 助けてお嬢ぉぉぉぉぉぉぉぉっっ!!」


 痛みに悶絶するあまり、恥も外聞も捨ててご主人様に助けを乞うのも厭わなかった。

 それだけ緋月さんの吸血は地獄に等しいのだ。


 そうして吸血を始めて30分後、初めての吸血がようやく終わりを告げた。


「ふぅ……」

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」


 叫び過ぎて息も絶え絶えな俺はソファに倒れ込んでいた。

 今までのバイトでも、ここまで疲弊したことはない。


 対照的に緋月さんは相変わらず無表情ながらも、どこか満足げな面持ちを浮かべている。

 嫌いな俺の血であっても、腹の足しになるなら許容するようだ。


「終わったみたいね」


 どうやって吸血が済んだのを察したのか、いつの間にかお嬢が部屋に入って来た。


 出来ればもっと早く来て欲しかったよ。

 これが遅れてやって来たヒーローを恨む気持ちか……。


「お嬢……なんで緋月さんの吸血下手を教えてくれなかったんすか……?」

「だって言ったところで信じないでしょ?」

「ぐぅ……」


 確かに予め言われてたとしても、時間が掛かる程度にしか思わなかった。

 本人から断りを入れられた時点でも察せなかったし。


 だがそれはそれとして不満はあるので、ぐぅの音を出すのが関の山だった。


 あぁそうだ、丁度良いから訊いておこう。


「吸血ってどれくらいの頻度でするんすか?」

「そうねぇ……毎日だとイサヤの身体が持たないし、かと言って間を空け過ぎるとサクラが体調を崩すから……大体三日に一回くらいね」

「おぉぅ……」


 一週間に二回もあの拷問が来るんかい。

 いいや逆に考えろ、毎日じゃなくて良かったってさ。


 そういえばお嬢も吸血鬼なんだよなぁ。


「お嬢は吸血しなくて良いのか?」

「あら、心配してくれてるの? でも大丈夫よ。あたしは高貴なスカーレット家の生まれだもの。そこらの吸血鬼と違って吸血は極少量で済むわよ」

「付け加えるならエリナお嬢様程の高位であれば、同性からでも問題なく吸血出来ます」

「マジか……」


 お嬢が吸血鬼の中でも凄い方と知って唖然する。

 同性相手でも吸血出来るって訊いた瞬間、なんか百合の花が見えた気がしたけど気のせいだよな、うん。


 あぁ吸血といえばもう一つあったわ。


「なぁお嬢。なんで首筋から吸血しちゃダメなんだ? 緋月さんに訊いたら変態って罵られたんだけど」

「え、首筋から吸うと思ってたの? うわぁ~そりゃサクラじゃなくても変態って言うに決まってるわ……」

「お嬢までそういう反応するのかよ……」


 呆れた眼差しを浮かべるお嬢の反応から見て、緋月さんの罵声は正しかったらしい。

 首筋から吸血ってそんなセンシティブな扱いなのか……。

 意味を知りたいが今ここでお嬢に訊こうモノなら、緋月さんに問答無用でぶっ殺されそうな気がするからやめとこ。


「エリナお嬢様、要件も済みましたので業務に戻るため失礼致します」

「えぇお疲れ様」


 意識が逸れている内に、俺を一瞥することなく緋月さんは部屋を出て行った。

 無表情なのもあって機械的というか義務的というか、なんだか虚しい感じがしてしまう。


「まぁなにはともあれイサヤもお疲れ様。今は休憩しなさい」

「はい……」

「とはいっても夕食までに終わらせたいからざっと10分くらいね」

「うぃ……」

「その休憩が終わったら、次はリリスに吸精して貰うわよ」

「あぃ…………え?」


 お嬢の言葉に頷いている内に吸精に移ることを伝えられ、思わず聞き返してしまう。


 ……。


 やっべぇ……そういえば俺がエサになるのは緋月さんだけじゃなかったわ。

 吸血が苦痛過ぎてすっかり忘れてた。


「安心しなさい。リリスの吸精はサクラみたいに痛くないはずよ」

「あ、あはははは、はは……」


 お嬢は笑顔でそう言い切った。

 俺の不安を取り除こうとして言ったつもりだろうが、実際にエサになる身からすれば渇いた笑いしか出ない。


 だって男を腹上死させることで有名なサキュバスだぞ?


 マジで死ぬかもしれない。

 

 ===========


【おまけ】


伊鞘「なぁお嬢。手首からの吸血にも何かしらの意味があったりする?」

エリナ「えっ。サクラって手首から吸血したの?」

伊鞘「何その意味深な反応……やっぱ何かあるのか?」

エリナ「まぁあるにはあるわよ? 手首からの吸血は吸血鬼にとって『お前の血を吸い尽くして殺す』って意味なんだけど」

伊鞘「殺害予告そのものじゃねぇか! 吸血鬼社会ってそんな暗殺的な意味があるの!?」

エリナ「色々あったのよ。吸血鬼社会にもサクラにも……」



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