リリスへの相談と厄介事の予感


 お嬢の奴隷になってから一週間が経った。

 最初はどうなるかと思ったエサ役だったが、波乱がありつつも貧乏だった頃よりは平穏に過ごせている。

 間近であった出来事といえば、リリスと名前で呼び合い始めたらクラスの男子達の嫉妬と羨望を一身に浴びてしまった件だろうか。


 リリスは誰とでも接する一方で、男子を名前で……ましてやあだ名で呼んだことがなかった。

 そんな彼女から『いっくん』と呼ばれている俺は、さぞ親の仇のように映ったんだろう。

 授業中でも休み時間でも、視線だけで人を殺せそうなレベルで睨まれ続けているんだから間違いない。

 サキュバスが嫌いな白馬はくまも複雑そうだったけど、俺の交友関係に口出しするつもりはないみたいだ。


 一週間前まではクラスでいなくても特に問題ないポジションだったのに……二大美少女というネームバリューは油断ならないなぁ。


 そうしてリリスと仲良くなった一方で、相変わらず緋月あかつきさんとは距離が空いたままだ。

 仕事の時は話をしてくれるんだけど、最近は業務を覚えていくにつれてどんどん会話が減っている。

 良いことなのに良くない方向に進んでる矛盾に頭を抱えてしまう。


 しかし今の俺には絶好の相談相手がいる!


「リリスはどうやって緋月さんと仲良くなったんだ?」

「えぇ~? 普通にお仕事の合間に食べ物とかファッションとかぁ~、色んなこと話してたらいつの間にかなってたよぉ~?」

「……」


 屋敷へ帰る道すがら隣を歩くリリスに尋ねたらそう返された。

 さも簡単とでもいうような口振りに絶句してしまう。


 これはアレだ、ゲームで上級者しか出来ないプレイを見せられた初心者の気分だ。

 俺とリリスのコミュ力差もあるが、同性と異性という垣根じゃそもそものスタート地点が異なっていた。

 参考に出来る部分が一割もあったか怪しいぞ。


「なになにぃ~? いっくんはサクちゃんに興味あるのぉ~?」

「お嬢と同じニュアンスでからかうなよ……」


 俺の質問から勘違いしたのか、リリスは目をキラキラと輝かせながらニヤける。

 すぐに恋愛だと結びつけるのはなんなんだろうか。


 若干のウザさを感じつつもそんな意図は無いと返し、ここ最近の緋月さんとの間にあったことを打ち明けた。

 一通り聞き終えた彼女は、顎に人差し指を添えながら悩ましげな面持ちを浮かべる。


「ん~……いっくんの力にはなりたいけどぉ~、リリがいっくんのことは信頼出来るって言ってもぉ、サクちゃんが信じる理由にはならないと思うなぁ~」

「そうだよなぁ……」


 これまたお嬢と同じく尤もな答えで返される。


 人伝に聞いて付き合い方を決めるのなら、緋月さんは人間不信だなんて評されない。

 むしろそういう人によって裏切られたからこそ、彼女は人を信じられなくなったとさえ思える。


「でもでもぉ! サクちゃんは冷たく見えるだけで本当は良い子なんだよぉ! すぐに仲良くは無理でもぉ、リリからいっくんとお話出来ないかお願いしてみるからぁ!」

「……はは、サンキュ。そう言ってくれる友達が出来て良かったよ」

「いっくん……」


 肩を落とした俺を励まそうとしてくれたリリスへ笑い掛ける。

 世辞でもなく本音だ。

 ここまではっきりとした友人関係になれなくても、緋月さんとは同僚として悪くない仲になりたいな。


 なんだか空気が重くなってしまったが、それを軽くする間もなく俺達は屋敷へ着いた。


 スカーレット公爵家の別邸へは正門以外の通り道はない。

 6メートルもある塀を越えようとすれば、仕掛けられた魔法が発動して迎撃する仕組みになっている。

 唯一の通り道である正門に関しても、お嬢から持たされた鍵以外で開けることは不可能だ。

 リリス曰く、これらのセキュリティを構築したのはあの料理長であるジャジムさんなんだとか。

 流石は魔法に長けたエルダーリッチーだと感服するしかない。


 なんでいきなりこんな話をしたかというと、その屋敷の前にリムジンが停まっていたからだ。

 あの車、お嬢に買われた日に乗ったな~とか思い返しながらリリスに尋ねる。


「なぁリリス。今日ってお嬢はどこかに行くのか?」

「ん~ん。そんな予定はなかったはずだけどぉ……」


 二人で話している内に車から誰かが出てきた。


 出てきたのはワンピースを着た大人の女性だ。

 太陽かと見間違う程の輝きを放つ金髪、たおやかな微笑みの中に浮かぶ月みたいな深紅の瞳、華奢な体躯から溢れ出る優美な佇まい……それら全てが人目を奪う美しさに満ちていた。 


 緋月さんやリリスには無い大人の色香に見惚れていると……。


「あの人、奥様だよぉ!」

「へ?」


 リリスの叫び声でハッと意識を戻された。


 というか今、あの人をなんて呼んだ?

 おくさま……奥様……ってまさか、お嬢の母親ってことか!?


 わっっっっっっっっか!

 吸血鬼だから見た目が若く見えるからって、あれは母親より姉って言われた方がしっくり来るレベルだぞ!?

 世界中の女性が血の涙流して羨ましがりそうだ。


 そんな衝撃を受けていると向こうが俺達の存在に気付いた。

 程なくニコリと人当たりの良い笑みを向けながらこちらへ駆け寄り、隣のリリスと抱擁を交わす。


「久しぶりねリリスちゃん。前より可愛くなったんじゃないかしら?」

「えへへぇ~ありがとうございますぅ。奥様もお元気そうで何よりですぅ」


 抱き合ったまま言葉を交わす二人は、主従よりも家族に近い距離感を覚えた。

 お嬢の公爵家とは思えない気安さは母親に似たんだろうか?

 まぁ礼儀や序列に厳しくされるよりはありがたいので文句は何一つ無い。


 なんてことを考えていたら、リリスとの抱擁を解いた奥様が俺に顔を向けた。


 うわ、改めて前に立たれるとオーラハンパない。

 思わず萎縮してしまう。 


「それで……キミはエリナちゃんが買った奴隷のイサヤちゃんね?」

「は、はい……」


 流れるようにちゃん付け呼びされて動揺しながらも肯定する。

 緊張しているのが伝わったのか、奥様はクスクスとお淑やかに微笑む。


「初めまして──ワタクシはシルディニア・セルネ・スカーレットよ。公爵夫人でエリナちゃんのママなの。よろしくね?」

「よろしく、お願いします……」


 改めて自己紹介をするシルディニア様に、俺はそう返事をするのが関の山だった。

 なんとなく厄介事が美女の姿でやってきたような予感を覚えてしまう。

 俺の考えすぎだといいんだけどなぁ……。


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