異世界のご令嬢を地球に招いてお茶会でもてなそう!




 ──異世界の貴族令嬢を地球に招いてお茶会を開く。


 お茶会という単語そのものは聴いたことがある。

 確かお菓子を食べながら雑談を繰り広げる異世界の女子会みたいな感じだったはず。

 なのに厄介事の予感しかしないのは、恐らく貴族同士の付き合いっていう未知の領域に触れようとしているからだろうか。


 シルディニア様が帰って来たのはその手配をするためだという。

 それだけならどうして面倒だなんて言うのか……。


「えぇ~? 面倒くさい……」


 その答えは、今まさにイヤそうな表情をしたお嬢によって齎された。

 声音からして忌避感しかない辺り、お茶会には良い印象がないんだろうか?


「お嬢、そんなにお茶会がイヤなのか?」

「イヤに決まってるでしょ。お茶会って聞けば楽しそうかもしれないけど、実際の会話内容はSNSでツラツラと垂れ流される自分語りみたいなものよ。それも知り合いとか有名人じゃなきゃどうでもいいレベルのね」

「例えが生々しい」


 そりゃ確かに知らない人が食べた夕飯の写真とか、出掛けるために着た服の自撮りとか興味ないけどさ。


「しかも普通に言えば良いのにわっざわざ遠回しかつ含みを持たせて話すし、意味解釈する手間を経てなおつまらないんだから最悪の極みだと思わない? せっかくのお茶菓子が台無しよ!」

「公爵家令嬢とは思えない庶民的な理由だなぁ……」


 貴族らしくないとは思ってたけど、ここまで明け透けだと逆に心配してしまう。

 まぁ猫被るくらいケロッとやってのけそうだから無用な気がする。

 とはいえお嬢にとっては関心が向かない話ばかり訊かされて退屈で仕方ないんだろう。


「おまけにあたしが公爵令嬢だから気に入られて甘い蜜を啜りたい、スカーレット家の虎の威を借りたいって魂胆が丸見えなのがもうねぇ。そういうのに一々付き合わされてるとイヤにもなるわよ」

「お嬢……」


 嘆息したお嬢の面持ちは実に煩わしそうだった。

 庶民で貧乏人の俺にとって貴族社会は華やかに映っていたが、現実でそこへ身を置いている彼女にとって気苦労が絶えないようだ。


 少し想像してみれば、なるほど。

 関わりたくないのに下心丸出しで下手に出る相手が寄って来るのは、面倒どころかウザったらしくて避けたいと思わされる。

 加えて貴族でも頂点の位にある公爵家の令嬢として、相応の振る舞いを意識していると下手に断るのも難しいんだろう。 


 振り返ってみればお嬢に買われた後の馬車の中で、様付けで呼ばれるのを却下したのはプライベートの時くらい羽を伸ばしたかったのかもしれない。


「エリナちゃんの気持ちは分かるけれど、今回ばかりはそうも言っていられないのよねぇ」

「どうしてよ?」

「提案者が他でもないヴェルゼルド王だからよ」

「ええっ!?」


 明かされた提案者の名前を訊いて思わず大声を上げてしまう。

 思い切り場の空気を乱してしまったが、そんな無礼を誰も指摘しない。

 出来るはずがないのだ。

 声こそ出さなかったがシルディニア様以外の全員が息を呑む程の衝撃だったのだから。


 ヴェルゼルド王は異世界を治めている王様だ。

 30年前に地球から迷い込んだ先の異世界をかつて支配していた魔王を倒したという、数多の異世界系ラノベをノンフィクションにした経歴も持っている。

 文字通り二つの世界を跨いだ交流の発端を作り出した、今や知らない人はいないとされる程の生ける偉人なのだ。 


 そんな物凄い人とシルディニア様が顔見知りだとは思わなかった。

 いや公爵夫人なんだから繋がりくらい察せられるよな、うん……。


「そりゃ断れないに決まってるわ……」


 お嬢は動揺する俺に構わず、腑に落ちながらも呆れを隠せないでいた。

 漏れた言葉には何度も首肯したい。


 驚きはしたけれど、そうと分かればシルディニア様でも断れなかったのは当然だ。

 地球と異世界の交流で忙しいであろう王様の提案となると、スカーレット公爵家に交流の布石を任せられたのと同義なのである。

 拒否したら角が立つとかそんな柔なレベルじゃない、一発で首と胴体がおさらばしてもおかしくないわ。


 責任が重すぎる……なんとしても失敗は避けなければならない!


 緊張感漂う空気の中、シルディニア様がパンッと手を叩いて注目を集める。 


「そんなワケだから十日後までに諸々の準備を進めるわよ。どの令嬢を招くのかはヴェルゼルド王が選定して下さったリストがあるから、各自で目を通して頂戴」

「面倒だけど、相手方の近況とか把握しておかないと。取り引き状況の資料はある?」

「もちろん。当日はワタクシもいるけれど、令嬢達の相手はエリナちゃんに任せたわ」

「では我が輩は提供するお菓子や飲み物の選択と準備をすればよいのですな?」

「えぇ。その点はジャジムの腕なら心配いらないわね」

「ならリリとサクちゃんはぁ~会場の清掃とか飾り付け、その他諸々の準備ですかぁ~?」

「配置や必要品の手配はお任せ下さい」

「察しが良くて助かるわ」


 あれよあれよと話が進んでいく。

 公爵家の使用人としてジャジムさんやリリスは非常に手慣れている。


 俺はどうすれば良いんだ?

 飲食店で接客した経験はあるけど、流石に上流階級の人が相手じゃ無礼だって言うのは分かってる。

 だから経験上こんな時に取る行動は得てして一つ……分からない時は現場責任者に聞く。

 つまりシルディニア様に聞くのが一番だ。


「あの、シルディニア様。俺はどうすれば良いんですか?」

「あらごめんなさい。イサヤちゃんには真っ先にやって貰いたいことがあるの」

「やって貰いたいこと?」

「説明したいけどその前に……サクラちゃん、ちょっといいかしら?」

「どうされましたか?」


 用件より先に何故かシルディニア様は緋月あかつきさんを呼ぶ。

 リリスと話し合っていた彼女は颯爽と呼び出しに応じて来た。


 そうして揃った俺達を交互に見やったシルディニア様がニコリと微笑みを讃えながら言う。


「サクラちゃん。お茶会当日までイサヤちゃんに必要なマナーを教えてあげてね」

「「え」」


 確定事項みたく告げられた指示に、俺と緋月さんは声を揃えて呆けてしまう。

 なんとなく彼女の方へ顔を向けると紅の瞳とパチリと目が合った。

 けどそれはほんの一瞬で、ハッと思考を取り戻した緋月さんが顔を逸らす。


 避けられてる……まぁ当然だよな。 


 何も俺がマナーを教わる点に関しては問題は無い。

 あるのはそれを教えてくれる相手が、ギクシャクしたままの緋月さんってことだ。


 シルディニア様!

 俺達の現状を知ってるか知らないか分からないけど、なんでよりにもよって緋月さんに頼んだんですか!?


「もちろんリリスちゃんと一緒に準備を並行しながらよ? それじゃワタクシはエリナちゃんとリストを見てくるわね」

「承知致しました……」

「了解ッス……」


 そう言いたいのは山々だったが、夫人の指示を奴隷と使用人が覆せるはずもなく黙って従うしかなかった。

 ただでさえお茶会という難題を前にしてるのに、緋月さんとペアだなんて気まずさも合わさってもう頭を抱えたい気分だ。


 どうなるんだ、お茶会……。

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