サキュバスとユニコーンは死ぬほど仲が悪い




「伊鞘をサキュバスのエサにするため……だと?」


 真っ先に沈黙を破ったのは白馬はくまだった。

 その面持ちには確かな怒りを滲ませていて、俺の扱いに対する不満を露わにしている。


 顔立ちが整っているのもあってかなりの威圧を感じるけど、睨まれている咲葉さんは眉一つ揺らすことなく笑みを崩さない。

 顔を向かい合わせる二人の間にはバチバチと火花が起こっていた。


「うん~。リリが地球で生きるためにぃ~、辻園くんのせーきが必要なんだもん~」

「「「「「──っ!」」」」」


 それどころか紫水晶の瞳を妖艶に光らせた微笑みを浮かべて、明け透けな言い草をしてみせた。

 ゾクリと形容出来ない色気を発する彼女の表情に、クラスの全員が息を呑んだのが伝わる。


「マジかよ、辻園が咲葉さんと……!?」「奴隷落ちしたって訊いて可哀想だと思ったら、咲葉さんのエサになってるとか羨ましすぎる……!」「アイツは俺らより先に登ったんだ、大人の階段を……」「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁぁっ!!」


 次の瞬間、俺の現状を悟った男子達から怨嗟の籠もった僻みが放たれた。


 うわぁ……みっともないを通り越して醜い……。

 こんな下心満載な様子を見ると、お嬢が安易に募集しなかったのも頷ける。

 サキュバスの吸精を受けた=そういうことって思考回路は分かるけど、実際に受けたのは生き殺しという名の地獄だぞ。


「落ち着け貴様ら、伊鞘は童貞のままだ。ユニコーンである僕の鼻がそう告げている」

「「「っほ……」」」

「白馬、そっちにフォロー入れなくていいから」


 そして安心するな男子共。

 実に分かりやすいアホな反応に呆れていると、奥田という小太りな男子が勢いよく挙手した。


「咲葉さん、精気が欲しいんですか!? だったらオレ、オークのハーフなんで精力には自信があります!」


 朝っぱらからそんな最低な自己PRすんな。


「あははぁ~。オーク程度の精力でサキュバスの相手しようとかウケるぅ~」

「ぐはぁっ!」


 こっちもこっちで返しが辛辣だなオイ!


 無慈悲なカウンターを食らい、奥田は反論する余裕もなく崩れ落ちる。

 そんな彼を見つめる女子達の目は、養豚場の豚を見るかのように冷たかった。

 すごいな、自業自得過ぎて擁護する気が微塵も起きない。


 変な横槍が入ったものの、白馬と咲葉さんの間には火花が走ったままだ。

 睨み合ったまま硬直状態が続くかと思いきや、先に白馬が口を開いた。


「やはり淫魔という存在は度し難いな。生きるためなら他人の純潔を穢すことも厭わない精神性は醜悪極まりない」

「えぇ~? 処女好きを拗らせた結果、薄膜一枚も破けない万年童貞よりはずぅっとマシだよぉ~」

「ふざけろ。我らユニコーンは純潔を尊ぶ清らかな一族だ。貴様らのような一時の快楽に身を委ねる愚かな淫売とは格が違う」

「あはぁ~。えらそぉ~なこと言ってるけどぉ~、年々の少子化で種族としての存続すら危ういんでしょぉ~? 無駄に高いプライドのせいで絶滅したら元も子もないって分かんないのぉ~? 馬のクセに種がザコ過ぎて笑えるぅ~」

「ッハ。無作為に子孫を増やした結果、育児放棄や少年犯罪が問題化している無法者には分からんさ」


 次々と方便で以て相手を罵り合う二人に、クラスメイト達は一様に『また始まったか……』と呆れた面持ちを隠さずに浮かべる。


 サキュバスの咲葉さんとユニコーンの白馬は、種族柄死ぬほど仲が悪いのである。

 互いに不干渉を心掛けているようだが、この二人の場合は特に酷い。

 サディストとエゴイストがぶつかっているのだから当然かもしれないが。


 なので普段は意識的に避け合って話さないが、一度ひとたび会話が発生すると周囲に構わず口論を始めてしまう。

 その内容が歯に衣を着せないエグい暴言の応酬であるため、事が起きたら誰もが関わりたくないと距離を置くのが基本だ。


「伊鞘の童貞は貴様のような淫魔には不釣り合いだ。雇い主に頼んで他の男を見繕って貰うが良い」

「俺の童貞、そんな高尚なモノじゃないから無理に価値上げないでくれる?」


 親友だからって人の貞操に値段付けないで欲しい。

 普通に恥ずかしいから。


「その雇い主様がリリのために辻園くんを選んでくれたんですけどぉ~? そんな心配しなくても童貞を貰わなくたって、精気を搾り取る手段はいくらでもあるから安心してねぇ~?」

「今それを訊かされた俺としては何一つ安心出来る要素がねぇよ」


 昨日のアレでも相当ヤバかったのに、まだまだ攻めのレパートリーあるのかよ。

 ちゃんと正気を保てるか不安になるから訊きたくなかったわ。


「オイ言葉に気を付けろよ。どんなに借金苦でも伊鞘は自らの貞操を捨てなかった男だ。これ以上僕の親友を弄ぶのならただではおかないぞ」

「あははぁ~♪ もしかしてリリに辻園くんが取られるかもってビビってるのぉ~? もうリリのエサなんだから手遅れだよぉ~」

「争ってるとこ悪いけど、俺の人権握ってるのはお嬢だからな?」


 ちなみに生殺与奪権も握られているが、持ち主がお嬢なので余程の真似をしなければ殺されることはないだろう。

 でも学校における俺の平穏は死んだかもしれない。

 ただでさえ奴隷バレした上に、咲葉さんと登校したことで男子達の顰蹙ひんしゅくを買い、口論の中心に立たされたことで完全にアウェーになってしまった。


 誰かに助けを求めようにも、あからさまに目を逸らされるせいで救援すらままならない。

 もう思考を放棄して為すがままになろうかと諦め掛けた時だった。



「──いい加減にしてくれませんか?」



 そこまで大きい声じゃなかったのに、たったその一言で騒がしかった教室が沈黙した。

 声のした方に目を向ければ、さっきまで読書していた緋月さんが白馬達を睨んでいたのだ。


 吸血鬼特有のくれないと縦長の瞳孔による眼光は凄まじく、咲葉さんだけじゃなくて白馬でさえも黙り込んでいた。


「もうすぐホームルームですよ。両種の確執は承知していますが、そこに辻園さんを巻き込む必要がありますか? 私には彼を引き合いにお互いを高く見せようという魂胆にしか見えません。ハッキリ言って不愉快ですしみっともないです」

「す、すまない……」

「ごめんなさぁい……」


 氷水を浴びせるような冷ややかな声音で詰められた二人は揃って謝る。


「謝罪なら私じゃなくて辻園さんに言って下さい。」


 緋月さんはそう一瞥してから、手元の本に視線を戻した。

 どうやら説教は終わったらしい。


 そう悟った白馬と咲葉さんはホッと安堵してから、茫然としていた俺と顔を合わせる。


「すまなかった、伊鞘。友人を気遣っていたつもりが自己満足に走ってしまっていた」

「ごめんねぇ~辻園くん……」

「いや、そんな気にしなくて良いから……」


 申し訳なさそうな顔をする二人に戸惑いながらも返した。

 そうしてなんとか場が収まって程なく、ホームルーム前の予鈴が鳴る。


 各々が席に座る中、さっきの緋月さんのことを思い返す。


 ──もしかして助けてくれたのか?


 一瞬そんな考えが過るが、すぐに首を振って振り払う。

 だってあり得ないだろ。

 人間不信な彼女がわざわざ俺を助ける理由があるのか?


 いいや、そんなわけないよな。

 単に読書中なのに騒がれて迷惑しただけだと結論付ける。


 けれども予鈴がなって先生が教室に来ても、緋月さんの行動が頭から離れないまま久しぶりの授業を受けるのだった。



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