クールビューティーメイドさんに壁ドンされる



 緋月さんの説教が利いたからか昼休みを過ぎて放課後になっても、クラスの誰も奴隷になったことや咲葉さんとの関係を聞きに来ない。

 来たとしても別のクラスだったり、知らない先輩後輩が興味本位で顔を見に来るくらいだで、それも放課後にもなれば今朝よりだいぶ気持ちが落ち着いてきた。


 だが授業が始まる度に担当教諭が俺を憐れむのだけは引っ掛かる。

 なんなの?

 もしかして人生詰んだと思われてる?

 むしろ新しいスタート切ったところなのに酷くない?


 目は口ほどにものを言うというが、まさにそのとおりだと頷かざるを得ない気分だ。

 まぁこれからも授業に出続けていたら、先生達も次第に慣れていくよな。


 こうして実害も無く済みそうなのは緋月さんのおかげだ。

 俺を助ける意図が無かったにしても、感謝の気持ちを抱くくらいは自由だろう。


 お礼の品を渡したいところだけど、生憎と金欠なので厳しい。

 ……むしろ下心を疑われそうだから止めた方が良いか。

 一番分かりやすい誠意として、早く一人前になることで返す他ないな。


 そのためにも放課後から屋敷での仕事を緋月さんから教わないといけない。

 事実なのに文面にすると情けなさで溢れてるのは気のせいか?


 いや考えるな、とにかく屋敷に戻ったら気合い入れて仕事に励めば良い。


 そう気を取り直した現在、俺は自室で黒の燕尾服に袖を通していた。

 これが屋敷での仕事における作業着で、学校に行っている間にお嬢が用意してくれていたのだ。

 異世界の素材で作られてるようで、見た目より頑丈かつ動きやすい良質な代物らしい。


 なんでサイズがピッタリなのかはこの際考えないでおこう。

 きっと奴隷商から買った時に、身体情報でも書かれた紙でも添付されてたのかもしれない。


 しかし……。


「服に着させられてる感ハンパねぇなぁ……」


 部屋に置いてある姿見で確認した限りでも、あまり似合っているとは言い難い出来映えだった。

 どれだけ服が良かろうと、着る当人が冴えない顔の平凡男子じゃ服が可哀想だ。

 せめて笑われないくらいには釣り合うようになりたいものである。


 ひとまず着替えを済ませたので、部屋の外で待っている緋月さんと合流した。

 燕尾服姿の俺を見た彼女は、ジッと足から頭まで見てから小さく頷く。


「服装に関しては特に問題ありません。では仕事の説明に入ります」

「う、うす」


 似合ってるかどうかについてはノーコメントだったが、少なくとも仕事に差し障りはないようでちょっとだけ安堵した。

 先導する緋月さんに続き、屋敷内の部屋割りや仕事道具の保管場所などを教わっていく。


 役職こそ執事だが奴隷である俺の主な仕事内容は緋月さんと咲葉さんの手伝い、要約すると雑用ということになる。

 いずれは他の使用人を手伝うことにもなるそうだが、しばらくはクラスメイトの二人と一緒の方が良いだろうという、これまたお嬢からの気遣いだと緋月さんから聴かされた。


 そんな訳で緋月さんからは掃除をメインに教わっている。

 とはいっても窓拭きや床拭きなら他のバイトで経験済みなので、そこまで苦戦することはない。

 強いて緊張した点を挙げるなら、どう見ても高そうな壺やら絵画やらを磨いた時だ。


「ほ、本当に俺が触っても大丈夫なんでしょうか?」

「手袋をしていますし、何より定期的に磨かないと景観を損ないますので早くして下さい」

「いやでも、触ったら突然割れたりしない?」

「そんな柔な管理をしていると思いますか?」

「はい、すみませんでした……」


 布巾を片手に恐れ戦く俺に構わず、緋月さんはさっさと済ませろという風に促してくる。

 なんとか触らないで済まないか思案してみるも、そんな真似をすればサボってるように見られかねないと諦観する他ない。


 それでも手が震えて拭けそうにない俺の様子に、緋月さんが小さくため息をつく。

 やべ、呆れるあまり怒られる?

 そう思ったのも束の間、彼女は俺から布巾を取って慣れた手付きで壺の表面を拭き始めた。


「そんなに手に力が入っていると懸念通りになってしまいます。私が実践しますからちゃんと覚えて下さい」

「え? あ、あぁ……」


 説明しながらも動き続けている緋月さんの手は、確かにそこまで力が入っている感じはしなかった。

 表面に着いたホコリを払うように、優しくも滑らかな動作でキュッキュッと磨いていく。

 なるほど、布巾を持っていない手で壺を支えていけば良かったのか。

 こんな簡単な事に気付かなかったなんて、緊張で視野が狭まっていたようだ。


「分かりましたか? では次の壺こそは辻園さんが拭いて下さいね」

「了解っす……」


 返された布巾を握って、これまた豪奢な模様が描かれている壺の前に立つ。

 まだ緊張がなくなった訳じゃないけど、さっきの緋月さんのやり方をしっかりと思い出しながらゆっくりと両手を伸ばす。


 ズシリと手袋越しに陶器の重みが伝わるが、そこには単なる材質の重さ以上の質量が感じられた。

 だからこそ間違っても傷付けないように、片手で壺を支えながら表面を丁寧に拭き続ける。

 一拭きする度にキュッと音がなり、照明の灯りを反射して光沢が露わになる。

 一心不乱に磨き続けて全体を拭き終えると、何もそんなに汚れていた訳でも無いはずがやけにピカピカになった気がした。

 たった一個の壺を拭いただけなのに、息をつくと途端に全身が脱力していく。


「その、大丈夫ですよね?」

「えぇ。問題ありません」


 おずおずと見守ってくれた緋月さんに尋ねると、無表情のまま淡々と返してくれた。

 抑揚のない声音なので、お世辞なのか本心なのかなんとも測りかねる。


 けどまぁ、これだけは言っておこう。


「ありがとう、緋月さん」

「別に感謝される程のことではありませんので、気にしないで下さい」

「いやいやお世辞なんかじゃないですから」


 お礼を伝えられた緋月さんは素っ気ない態度で返す。

 なんとなく彼女ならこう言うだろうなとは思っていたので、特に傷付いたりはしていない。

 むしろ見返りを求めない高潔さに感心した程だ。

 だから今度はもののついでとして続けた。 


「そう言わずに。ほら教室の時も助けてくれたし、緋月さんって意外と親切だなって嬉しいくらいですよ」


 それは紛れもない本心から出た言葉だった。

 例えあの時の緋月さんにそんなつもりは無かったとしても、白馬と咲葉さんの喧嘩に巻き込まれていた俺が助かったことに変わりない。

 人間不信でも優しい人だと感じた言葉を聞いて、彼女は紅の目を大きく見開いて……。




「──ふざけないでください」

「え?」


 激情を押し殺したかのような鋭い眼差しで俺を睨みだした。

 向けられた思わぬ感情に、訳も分からず茫然としてしまう。

 ただ咄嗟に察したのは、緋月さんの中にあった地雷を踏み抜いてしまったことだけだ。


「あの、あか──っぐ!」


 ひとまず謝ろうと声を掛けるよりも先に、緋月さんに右腕を掴まれる。

 吸血鬼の膂力に抗えるはずもなく、俺の身体は廊下の壁に叩き付けられた。

 それによって肺の中が一瞬だけ空にさせられ、酸素を求めてむせ込んでしまう。


 そうして動けない俺の逃げ道を塞ぐかのように、緋月さんは壁に両手を着く。

 いわゆる壁ドンをしたままキッとこちらを睨み付ける。


「私が親切? そんな世迷い言、すぐに言えなくなりますよ」

「げほっ、ごほっ、なにを……」

「今から吸血します」

「っ、は……?」


 息を整える間もなく、前回から三日も経っていないのに二度目の吸血を宣告された。



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