俺の親友はユニコーン。彼の趣向はロリコン
──誰か俺を楽にしてくれ。
現在の心情を端的に表すならこれ以外にないだろう。
まず周囲の視線が痛い。
隣で歩いている咲葉さんは緋月さんと並んで、
高嶺の花である緋月さんと比べて、フレンドリーな咲葉さんを慕う男子は多い。
そんな彼女と一緒に登校している俺を、男子達は今にも殺しそうな眼差しを向けているのだ。
次に右腕を支配している柔らかな感触。
そう……咲葉さんは隣で並んでいるのではなく、俺の右腕に腕を回して寄り添うように歩いているため、彼女の豊かなヤツがダイレクトに密着しているワケだ。
当然意識しないはずがなく、今も喧しい鼓動が全く落ち着きそうにない。
「あははぁ~すごく見られてるねぇ~」
「わ、分かってるなら離れてくんない……?」
「えぇ~どーせならチューでもしてもっと見せつけちゃおうよぉ~」
「それやった瞬間、俺は二度と放課後を迎えられなくなるな」
わざとらしく唇を尖らせる咲葉さんから目を逸らしつつ返す。
羨望と憎悪を向けている男子諸君からリンチされる未来しか見えないよ。
今すぐに手を出してこないのは、原因でもある咲葉さんが抑止力になっているからだろう。
俺としては猛獣がいる檻の上で宙吊りにされてるような気分でしかないが。
そんな周囲の視線と右腕の柔らかい感触から逃れるように意識を逸らしつつ、俺達は下駄箱で靴を履き替えてから2-C組へと向かう。
ガラリと教室のドアを開けた瞬間、先に登校していたクラスメイト達が俺と咲葉さんへ一斉に見つめる。
ついさっきまで壁越しに聞こえていた話し声がピタリと止むとか、言葉に出来ない重圧を受けてビビったんだけど。
え、もしかして俺が咲葉さんと一緒に登校してるって話がもう教室にまで広まってんの?
違うよな?
両親に売られて奴隷になって退学した俺が、普通に登校して来たことに反応してるだけだよな!?
「みんなぁ~おっはよぉ~」
「お、おはよ~……」
戸惑いを隠せずに立ち尽くす一方で、咲葉さんは平然と挨拶しながら教室へ入っていった。
こんな重たい空気の中でよく突っ切って行けるな。
メンタルが強いのかマイペースなのか……彼女の性格を考えたらどっちもあり得そうだ。
先に登校していた緋月さんはというと、廊下側の自席で黙々と本を読む姿が目に入る。
静かなのに目立つ存在感の強さは、さすがは高嶺の花といったところですぐに見つけられた。
俺が登校しても一瞥しないのは読書に集中しているのか、ガチで興味が無いのか……なんとなく後者の方な気がしてしまう。
まぁ緋月さんとも交流があるってバレるより遙かにマシだよな。
そう納得させてから、未だに刺さる視線を無視しつつ自分の席に向かう。
書類上では一時退学扱いだったけど、机の中に入れっぱなしだった教科書とかは残っていた。
良かったぁ……撤去とかされてなくて。
「随分な災難に遭ったみたいだな、
「よっ、
ホッと胸を撫で下ろしていると、隣の席から声を掛けられた。
透き通るような白髪とキリッとした青色の目を持つ仏頂面なイケメンの親友──
「異世界に売られて奴隷になったと訊いたが、尻は大丈夫か?」
「俺自身の身の安全じゃなくて尻の心配すんなよ。どーせするなら前の方だろーが」
「フッ。僕の鼻に掛かれば伊鞘が童貞のままなのはすぐに分かる」
「サキュバスといいユニコーンといい、人の貞操を匂いで看破するの止めてくれない?」
「分かるんだから仕方がないだろう」
思わず背筋が凍りそうな発言を悪びれもしない親友にツッコミを入れる。
緋月さん達と同様、白馬も異世界生まれのユニコーンだ。
馬じゃなくて人の姿で過ごしているのは、地球での生活を円滑にこなすためなんだとか。
人化したらイケメンになるとかなんともズルい話ではある。
まぁどれだけ顔が良くても欠点というモノは存在しているワケで。
「分かってても告白してくれた女子に向かって『穢らわしい声で話し掛けるな』は無いだろ。あの時告った子の泣き顔、今でも思い出せるぞ」
「伊鞘も知ってるだろう? 僕の恋愛対象になり得るのは心身共に清らかな女性だけ……それ以外など眼中にない」
「その結果がロリコンなんだから救いようがねぇよなぁ」
「ユニコーンなら当然の性だ。それを覆してまで女と付き合うつもりはないな」
白馬は不遜にもそう言ってのける。
ユニコーンといえば普段は獰猛だが、清らかな乙女……すなわち処女の女性を前にするとその膝の上で眠ってしまう逸話を持つ幻獣だ。
そんな潔癖な種族である白馬も例外ではなく、身体の貞操に加えて精神的な純真さが伴っていない相手には大変手厳しい。
『処女ではない貴様に僕が付き合うワケがないだろう』
『貴様は処女でも心は醜いな』
イケメンなのでモテはするものの、告白してきた数多の女子達に対してこっぴどく振り続けた。
こんな処女厨全開の振り方をされたら誰だって傷付くし怒るに決まってる。
彼が笑みを見せるのは俺みたいな同性か、10歳以下の女子小学生だけ。
曰く、見た目よりも中身を重視した結果らしい
故についたあだ名が『ロリコン王子』だ。
フラれた女子の腹いせで広まったのだが、そもそも酷い振り方をした白馬が悪いので擁護する気は無い。
それでも信念を曲げない意志の強さだけは尊敬出来る。
なんて思い返していると、白馬から不意に問い掛けられた。
「しかし見方を変えればむしろチャンスだと思わないか?」
「チャンス?」
「あぁ。奴隷として売られたのなら戸籍上、伊鞘と両親の親子関係は絶縁している。つまり、もうあの二人と関わらなくて良い。加えて主人は学校にも通わせてくれている……これからの生活にも困ることはないだろう」
「! そ、……かぁ……。色々あり過ぎてその発想が浮かばなかった」
白馬の言葉に目から鱗が落ちた。
まだ貧乏生活の感覚が抜けていないけど、もう父さんの無茶振りや母さんのヒステリーに付き合わなくて良いし、なんならバイト代を渡す必要も無い。
もしまた戻って来るようなことがあっても俺とは関係が無くなるんだ。
我ながら単純だけど、今まで纏わり付いていた枷から解き放たれたように気持ちが軽くなっていく。
売られた悲しみが消えはしないものの、貧乏生活から抜け出せた開放感が勝っている。
ありがとう、お嬢……。
また一つお嬢への感謝を積み重ねていると、白馬から声を掛けられた。
「それでお前を買ったのはどんな貴族なんだ?」
「スカーレット公爵家のエリナレーゼお嬢様だよ」
「──は?」
お嬢の名前を告げた途端、白馬が目を丸くする。
いつも無表情でいることが多いだけに、珍しく動揺した様子にこっちも少なからず驚いてしまう。
やがて理解が追い付いたのか、白馬は眉間のシワを解しながら長い息を吐いて目を合わせる。
「……伊鞘。いくらなんでも冗談が過ぎるぞ」
「冗談で言ったつもりないっての」
「う、むぅ……貴様が安易な嘘を付くとは思えんが、スカーレット公爵家といえば
「ユニコーンの白馬から見てもそんなに凄いのか……」
一蹴されないだけマシだが、親友の白馬でさえ信じられない程にスカーレット家の威光は凄まじいらしい。
「地球で例えるなら伊鞘は野良犬で僕は良くて動物園のパンダだが、スカーレット公爵家となると首相や大統領以上の差があると言っても良い」
「俺の扱いはともかく、自分に対する見積もりが割と高いな」
「茶々を入れるな続けるぞ。そんな格式の高い公爵家のご令嬢が一体何の目的で伊鞘を買ったのか? 僕が一番疑問を感じているポイントはそこだ」
「それは……」
言い方は引っ掛かったが
貧乏生活続きだった苦学生の俺を、公爵家のお嬢が買う必要性は普通に考えて見当たらない。
身分が違いすぎて目に留まらない方が自然とすら言える。
そして実際にお嬢が俺を買った理由は、自分のメイドである緋月さんと咲葉さんのためだ。
しかしこれを正直に言うのはどうにも躊躇ってしまう。
俺個人ならともかく、二人の事情にまで踏み込むことになるからだ。
それはいくら親友の白馬であっても赤裸々に話すのは良くない。
かといって誤魔化すのも忍びないという葛藤に苛まれる。
どう説明したものかと頭を悩ませた時だった。
「──辻園くんをリリのエサにするためだよぉ~」
「なっ!?」
「「「「「はぁっ!?」」」」」
いつの間にか俺達の傍に来ていた咲葉さん自身によって盛大に暴かれた。
最悪なことにそのカミングアウトは白馬だけでなく、クラスメイト全員の度肝をぶち抜いてくれやがったのだ。
当然、衝撃の告白に教室にいた皆が愕然とする。
またも注目を集めて肩身が狭くなった俺と対照的に、爆心地にいる咲葉さんはニコニコと場の空気にそぐわない明るい笑みを浮かべていた。
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