吸血と吸精を同時にするのはやめておけ(遺言)


 お嬢に呼びされた翌日の放課後、今日も今日とて仕事に励む。

 お茶会を経た今じゃ一人で基本的な業務はこなせるようになった。 


 その指導をしてくれていたサクラと距離が縮まったはずなのに、また避けられてしまっている。

 なんか察したらしいお嬢からはソッとしてあげてと言われたが、首筋からの吸血が原因なら断るべきだったんだろうか。

 でも受けなきゃ名前で呼び合ったりしなかっただろうし、なんともままらない話である。

 

 やるせない気持ちを抱えたまま廊下の掃除していると、ふと視線を感じ取った。

 冒険者のバイトで察知出来るようになった特技の一つだ。

 直感に従って勢いよく振り向くと、壁に半身を隠していたサクラと目が合う。


「あっ……」


 視線を交わしたサクラはビクッと身体を揺らした

 

「サクラ? 何か用事でもあった?」

「~~っ」


 怖がらせないように優しく呼び掛けて見たが、彼女は顔を赤くしながら俯いてしまう。

 よく見ると震えているし、もしかしたら体調でも悪いのか?

 

 確かめたいものの、恐らく一歩近付いただけで逃げられる予感がする。

 これまでの経験則から容易に想像が付く。

 でも何もしないまま待つのはやっぱり我慢出来そうにない。


 だから俺はサクラに向かって腰を曲げて謝罪した。


「ゴメン。俺がまた何かしたなら謝るよ」

「え、そんな、伊鞘君が謝ることなんて何もありません! むしろ悪いのは私の方なのに……」

「でも避けるだけの理由はあるんだろ? だったら俺が悪いのかなって──」

「いいえ! 謝罪するべきなのは私です!」

「いや俺が……」

「私です!」

「……」

「……」

「っく、はは」

「ふふっ」


 何故か責任の被り合いになった妙な空気に耐えきれず、どちらともなく噴き出してしまう。

 何も解決していないのに、俺達の間にあった気まずさが薄れた気がした。

 一頻り笑い合った後で、息を整えたサクラが数歩前まで近付いて来る。


「伊鞘君。その、ですね。先日の吸血後の話は覚えていますか?」

「ぁ、あ~……覚えてるというか忘れられる訳ないというか、そんな感じ」

「っで、でしたら、改めてお願いしたいことがあります」

「お、おぅ」


 頬を朱に染めたまま改まってのお願いに、自ずとこっちにも緊張が走る。


 もしかして忘れろって言いたいのか?

 首筋の吸血とか甘えて来たこととか、確かに女子的にはよくないかもしれない。

 だったら残念だけど受け入れるしかないよな。


 漠然とそんな当たりを付けていたんだが、彼女の口から出たのは全く異なる内容だった。


「吸血の時だけで良いので──また、甘えても良いですか?」

「へ?」


 上目遣いで恐る恐るといった風に告げられた要望に、思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。

 だってそんなの……。


「それくらいなら全然良いけど? てっきり忘れて欲しいのかと思ってた」

「こ、こちらから願い出た吸血なのに、そんな身勝手なことは言えません! もう、伊鞘君は変な人です……」

「変って」


 至って自然体なのに。

 いまいちピンと来ていない俺に対し、サクラはジト目で咎めるように見つめて来る。


「変です。普通、半吸血鬼ヴァンピールからの吸血は怖がって当然なんですよ? 元冒険者なのにどうして知らないんですか?」

「いや確かに不勉強なのは認めるけど、冒険者として働くのに半吸血鬼がどうのこうのなんて必要なかったし」


 切っ掛けはともかく五年も続けた冒険者業の間、魔王の使徒なんて一度も聞いたことがなかった。

 そんなことよりも日銭を稼ぐために、一つでも多く依頼をこなす方が重要だったのだ。

 決して基本的にソロだったから、誰からも聞く機会がなかったとかじゃない。

 冒険者としての振る舞いを教えてくれた先輩とか一時組んでいた後輩とか居たし。

 

 誰にいうでも無く強がりを張りつつサクラへ告げる。


「俺としては初めて知って触れ合った半吸血鬼が、サクラみたいな綺麗で優しい女の子でよかったくらいだよ」

「ぇ……」


 我ながら青臭い台詞ではあるものの、嘘偽り無い本心で伝えるとサクラは紅の目を丸くして呆ける。


「~~~~っ!!」


 数秒経って理解が及んだのか、彼女の顔色はみるみるうちに眼と同じくらい赤くなった。

 らしくもなく口は半開きで、全身がワナワナと悶えているように見える。


 もしかして痛々しかったのか?

 だとしたらめちゃくちゃダサいな、俺。


 新しい黒歴史が出来上がった事実に少なからずショックを覚えている時だった。


「あっ! いっくん、み~っつけたぁ~!」

「「!」」


 明るくも間延びした声が廊下に響いた。

 反射的に声のした方へ顔を向けると、リリスが文字通り胸を弾ませながら俺達の方へ駆け寄る姿が目に映る。


 うっわぁ、凄い揺れてらぁ。


 思わず目を奪われている内に、至近距離まで近付いて来たリリスの豊満な胸に左腕が挟み込まれる。

 Oh……。


「昨日はリリの用事で吸精出来なくてゴメンねぇ~? 一日待たせちゃった分、今日はたぁっくさんサービスしちゃうよぉ~」

「まるで俺が待ち望んでたみたいな言い方やめてくれない?」

「うっそだぁ~♡ いっくんったら、リリのおっぱいをいつもより一秒くらい長く見てたも~ん」

「そそそそそんなことないし気のせいだってうんそうに決まってる」

「あはぁ~超動揺してるぅ~。可愛いなぁ~♡」


 サクラが居るにも関わらず普段と変わらない調子のリリスに、すっかり翻弄されてしまう。

 せっかく距離が縮まったのに、他の女子の胸見てたことを暴露されるなんて最悪過ぎる……。

 違うんです男の性なんです許して下さい。

 

「リリス……」

「あ、サクちゃんも居たんだぁ~。いっくんと何かお話してたのぉ~?」

「い、いえ。おおよその話は済みましたけれど……」

「そっかぁ~。それならちょっとだけいっくんから精気貰って来るねぇ~」


 そんな俺を余所に二人が言葉を交わし、用件は済んだと把握したリリスが俺の腕を引いて連れて行こうとする。

 しかし……。


「──っだ、ダメ……です」


 キュッ、とサクラが消え入りそうな声と共に燕尾服の右袖を摘まんで制止した。

 

「さ、サクラ……?」

「サクちゃん?」


 予想外の行動に俺とリリスは揃ってサクラを見やる。

 その瞬間に目に映った彼女の表情は、まるで飼い主から離れたくない子犬のように寂しげだった。

 仕方ないと理解していても行って欲しくない……そんな感情が容易に読み取れる。


「! ふぅ~ん……」


 茫然とする俺と違ってリリスは何かを察したような面持ちを浮かべる。


「き、今日は私が吸血させて貰う日なんです。だから、ダメ……なんです」


 俺達の様子を気にする余裕が無いらしいサクラは、視線を右往左往させながら制止した理由を口にする。

 あまりにその場凌ぎ過ぎると自覚しているからか、凜とした声音が嘘のように弱々しく覚束ない。

 

 でもその拙さは俺の足を止めるには十分だった。


「えぇ~でもリリは本来の日より一日過ぎてるんだからぁ~、先に吸精しても良いでしょ~?」

「うっ、で、でも……」


 吸精が吸血と同じくらい大事なのは理解しているため、リリスの正論に元から無いに等しいサクラの語気が勢いを失くす。

 正統な理由を前に勝てないと踏んだのか、サクラは俺に助けを乞うように頬を膨らませて目尻に涙を浮かべながら見つめて来る。

 

 おいやめろ反則だろその表情は!

 平時はクールなのに、いざ感情的になると子供みたいな反応なのズルすぎない?

 首筋から吸血した時も思ったけど、どうしたんだホントに。

 

「あはぁ~。言うことが無いなら時間が勿体ないしぃ~、さっさと吸精しちゃおっか。ねぇ~いっくん~♡」


 留まることを知らない可愛さに悶えそうになっていると、リリスがクスクスと笑いながら勝ち誇る。


 それを見て察した。

 まさかコイツ、サクラの反応を見て愉しんでやがるな?!

 友達に対しても遠慮無しかこのサディスト!!


 見境無しのリリスに戦慄していたら、サクラはハッと何か閃いたかのような顔をする。

 

「そ、そうです! 吸精中に伊鞘君が我慢出来なくなって、ま、間違いが起きたらどうするんですか!?」

「いや俺、お嬢の命令で手が出せないようになってるから」

「伊鞘君は黙ってて下さい!」

「はい」

「いっくんが相手ならリリは気にしないよぉ~?」

「えぇっ!?」

「えっ!?」


 今なんて言った!?

 え、いやいや冗談だよな?

 後で反応した俺をからかうつもりなんだろ?

 

 そうだと言ってくれよ、そんな舌を出して妖しい笑顔してないでさ!!


 瞬間、右から鋭い視線を感じ取る。

 それは情けなくも動揺が収まらない俺へ向けた、サクラから失望したような眼差しが原因だった。


「いっ、伊鞘君……期待してるんですか?」

「さ、サクラ。違う、これはリリスのイタズラで──」

「いっくんったらヒドい! リリとサクちゃんの乙女心を弄ぶなんてサイテー!」

「今まさに人の心を弄んでるヤツに言われたくねぇよ!!」


 無駄に上手い演技で非難するのはやめろ!

 一番愉しそうだなお前!!

 

 頭を抱えたくなるくらいに引っかき回されて、もはや自分じゃ収拾を付けられる気がしない。

 助けてお嬢!

 なんてメーデーを心の中で発信していると……


「──分かりました。でしたら私にも考えがあります」

「考えってなぁに?」


 何やら意を決した面持ちのサクラにリリスが問い掛ける。

 そしてサクラは言った。


「間違いが起きないように、わ、私が監視します!」

「おぉ~」

「えぇっ!?」


 とんでもない宣言に堪らず声を荒げてしまう。

 リリスの吸精を監視するということはつまり、両手足を縛られた上に目隠しされた俺が羞恥に悶える姿を見られるワケで……。


 うわ、想像しただけで恥ずかしさがハンパない!

 悶え死ぬ未来しか見えねぇ。

 そして何より恐いのが、リリスが感心してることだよ!


 下手をすれば普段の吸精よりえげつない提案にガクブルするしかなかった。

 俺、今日死ぬかもしれない。


「なるほどなるほどぉ~……」


 怖じ気づく俺を余所にリリスは顎に人差し指を当てながら熟考して、ニパッと朗らかな表情になる。

 それは天使みたいな淫魔の笑みだった。

 悲鳴を出さなかっただけ褒めて欲しい。


「それならいっそのことぉ~、吸精と吸血を同時にしちゃおうよぉ~」

「同時、ですか?」


 あ、死んだ。


「うん~。そしたらリリとサクちゃんでいっくんの取り合いしなくて済むしぃ~、お互いの監視牽制にもなるでしょ~?」

「なるほど。それでしたら誰も損はしませんね……」

「俺の寿命が削れそうな点は無視しないで?」


 理性的なはずのサクラが受け入れた時点で詰んだと悟る。

 すっかり乗り気な二人に俺の悲痛なツッコミは聞き入れられない。


 二人の美少女にそれぞれ両腕を引かれる俺に拒否権は無く、あっという間に空き部屋へと連行された。

 そして頬が赤いまま澄ました顔をする半吸血鬼サクラと、隠そうともしない嗜虐的な笑顔のサキュバスリリスが俺に向かって告げる。


「それでは伊鞘君」

「それじゃいっくん」

「「──いただきます♡」」

「せ、せめて優しくしてね……?」


 頬を引き攣らせながらそう返すのが精一杯だった。


 なぁ、どこかにいる父さんと母さんへ。

 奴隷になった俺は吸血鬼のお嬢様に買われて美少女メイドのエサになったけど……。



 ──多分、そう遠くない内に昇天すると思います。


 

 そんな遺言のような感想を脳裏に浮かべながら、俺は美少女達に血と精気を貪られるのだった。



【第一章:完】



 =======


 ここまで読んで下さってありがとうございました!

  

 伊鞘の羨ましいやらご遠慮したいやらのエサライフはまだまだ続きます。

 続く第二章ですが、ストックがゼロなので日が空いてしまうと思います( >Д<;)

 それでも読者選考期間は出来るだけ順次書いて、更新していきたいと思います。


 ではでは~。

 

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