お嬢の怒りと緋月さんの隠し事



 駆け付けて来たお嬢は俺達を一瞥してから、大きな息を吐いた。

 どうやら見ただけで場の状況を察したらしい。


「……そういうことですか」

「は、はい。半吸血鬼ヴァンピールが公爵家に忍び込んでいまして──」

「忍び込む? おかしな話ですね。彼女は当家の正式な使用人ですよ?」

「え?」


 セリーエ様のメイドは萎縮しながらも改めて説明をするが、その言い分はお嬢の冷淡な声によって遮られた。

 まさか否定されると思っていなかったようで、メイドは目を丸くして茫然とする。


「い、いえ待って下さい! 半吸血鬼がスカーレット公爵家の使用人だなんて、そんな馬鹿げた話があって良いはずがない!」


 程なくして理解が及んだのか、焦燥を露わにした面持ちでお嬢へ抗議する。


「何故でしょう? ヴェルゼルド王が言っていたではありませんか。半吸血鬼は魔王に操られていた被害者だと。魔王亡き今、彼らは適切な対応を心掛ければなんら脅威ではなくなったのですから、隣人として助け合って行こうと。まさかとは思いますが、彼の王の意向に背くおつもりなのですか?」

「い、いえ。そんなことは……」


 しかし、お嬢の反論によって呆気なく語気を落とす。


 どうやら王様から半吸血鬼に対する意識を改めるように伝えられていたらしい。

 同調圧力ハンパないけどお嬢の言い分通り、魔王がいなくなったのなら半吸血鬼達は理性を取り戻していることになる。


「フェネーシェス侯爵は元々エルフを治める長の家系であり、半吸血鬼によってかつての住処だった森を壊滅させられたことは存じています。植え付けられた恐怖や憎しみが拭えないのも無理もありません」

「でしたら!」

「ですが、ここにいる彼女は過去の戦乱と無関係です。何の罪もない少女を一方的に責め立てて良い理由にはなり得ません」

「……」


 有無を言わさないお嬢の圧を感じ取ったのか、メイドは何も言い返せずに顔を俯かせた。


 なんというか、さっきからお嬢の声音は怒りが滲んでいるように聞こえる。

 彼女が怒る姿を見るのは初めてだ。

 どうしてそこまで憤りを感じているのか……その理由はすぐに明かされた。


「使用人に対する暴言、所有している奴隷への傷害……到底看過出来ませんよ」

「っ」

「も、申し訳ございません、エリナレーゼ様! 従者の不敬は私が謝罪させて頂きます!!」


 腰を抜かしていたセリーエ様が慌てながら立ち上がってお嬢へ頭を下げた。

 メイドの働いた無礼を謝られても、お嬢は厳かな面持ちを崩さない。

 俺としては溜飲を下げて済ませて良いが、公爵令嬢である彼女はそう簡単に許してはいけないんだろう。


 数秒も経たない間を置いて、お嬢は小さく息を吐いた。


「ここが異世界であれば即刻処断していましたよ。直ちにお引き取りになられるのであれば謝罪は受け取ります。ですが……」

「はい、寛大な対応に感謝致します。彼女についてはフェネーシェス家で相応の処分を下します」

「申し訳ございませんでした……」


 お引き取り……つまり帰れってことか。

 それでこっちから手を下さない代わりに、自分達でしっかり尻拭いしろという形で決着したみたいだ。


 お嬢の出した決定にセリーエ様は深々と頭を下げる。

 特にメイドは自分のせいで主人と侯爵家に恥を掻かせてしまったからか、緋月さんを見た時以上に青い顔色を浮かべて謝罪を重ねていた。


 公爵家が手を出さないだけ温情だが、異世界に戻った時にクビで済めばまだマシな方だろう。

 最悪の場合は奴隷の身分に落とされてもおかしくない。

 罰にしては重いが、それだけのことをしでかしてしまったのだ。


 そうして一連の事態は収束して、セリーエ様は異世界へと帰って行った。

 侯爵家の今後に関してはなるようにしかならないだろう。 


 気にしていても仕方が無いし、お茶会には他のご令嬢達も参加している。

 彼女達をもてなすためにやることは山積だ。

 けれど軽傷とはいえ顔を怪我をした俺が客人の前に出る訳にいかないため、緋月さん共々裏方に従事する羽目になった。


 その仕事もジャジムさんから後は自分だけで済むと言われ、今は厨房の隅で緋月さんに手当して貰っている。

 手当と言っても唇の端を小さく切っただけなので、消毒して止血すればすぐに終わってしまった。


「……」

「……」


 手当後、俺達の間には沈黙だけが訪れていた。

 理由なんて分かり切っている。

 俺に半吸血鬼だと知られてしまったからだ。

 ひた隠しにしていた秘密を図らずも暴かれたんだから無理もない。


 かく言う俺もどう声を掛ければ良いのか迷っている。

 彼女の味方で居ようと決めた気持ちは変わってないけど、明かされた事実を思うと話題にするのが憚られるのだ。


 だからといってこの静寂にいつまで耐えきれるのか分からない。

 とりあえず気を紛らわすために、茶会用に作られたけど余ったお菓子でも食べようか。

 そう思った瞬間……。


「──辻園さんは、避けないんですね」

「え?」


 不意に緋月さんがそんな呟きを零した。

 話し掛けられると思っていなかったから驚いたが、また沈黙するよりも良いと閉口したまま首肯する。


「さっきも言ったけど、緋月さんが誰かを無闇に傷付ける人じゃないって分かってますから」

「……お人好しですね」

「疑ってばっかじゃ疲れるんで」

「そうですか」


 互いに視線を合わせない状態で言葉を交わす。

 秘密がバレたからか、緋月さんの口調がどこか険が無くなった感じだ。 


「お茶会とかパーティーで裏方なのは、あぁいうのを避けるためなんですよね?」

「えぇ。ヴェルゼルド王の声明と三十年以上の時間があっても、半吸血鬼への恐怖は根絶出来ていません。悪い子のとこには半吸血鬼が来る、なんて言い聞かせる家庭も少なくありませんよ」

「世界が違っても、そういうのは変わらないんだなぁ……」


 実在かつ被害があったからこそ、ナマハゲよりよっぽど躾けやすいんだろう。

 尤も躾のためとはいえ、スケープゴートにされる身からすれば堪ったモノじゃないが。


 緋月さんみたいな美人でも、異世界人からすれば忌避すべき存在なんてあんまりだ。

 今日のように化け物呼ばわりされ続けたら、誰であっても人間不信になって当然だと思える。


「そう考えたら、お嬢やシルディニア様って懐が深くありませんか?」

「はい。公爵家の皆様やリリス達にはいくら感謝してもしきれません。だからこそ私のせいで公爵家の品位に傷を付けてしまうのを恥じるばかりです」

「別に二人は気にしてないと思いますけどね。緋月さんを家族みたいに思ってるから、お嬢はあんなに怒ってた訳ですし」

「そう、ですね……」


 励ますために送った言葉だったが、緋月さんは少しだけ顔を強張らせながら伏せる。

 また地雷を踏んでしまったかと一瞬身構えるも、彼女は視線を落とした状態で黙り込んでしまう。


 せっかく会話が弾んでいたのにやっちまった。

 思わず頭を抱えそうになっていると、隣から『辻園さん』と呼び掛けられる。


 声の方へ顔を向けてみれば、紅の瞳とパチリと目が合う。

 何かを決意したような……けれども隠しきれない不安が滲んでいた。

 ガーネットにも勝る透き通った煌びやかさが、異世界の人達には綺麗に見えないのが勿体ないなんて感想が過る。


 気付けば見惚れていた紅に見つめられるまま、緋月さんがゆっくりと口を開く。


「遅くなりましたが、先程は助けて頂いてありがとうございました」

「え? あぁ、あれくらいどうってことないですよ」

「それでも感謝しています。ですから、せめてもの誠意として全部話します」

「全部……?」

「はい」


 まだ何か隠しているのかと思いながら聞き返すと、緋月さんは真剣な面持ちのまま頷く。

 そして彼女は告げた。







「──私の本当の身分は、スカーレット家の養子なんです」

「!」


 あまりの予想外な告白に息を呑まずにはいられなかった。


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