暴かれた秘密



 お茶会が滞りなく進行していた最中、エルフの侯爵令嬢であるセリーエ様がおもむろに挙手をした。


「申し訳ございません。少々、お花摘みへ向かってもよろしいでしょうか?」


 お花摘み……即ちトイレに行きたいと暗に告げられる。

 まぁエルフだって生きてるんだから無理もない。

 セリーエ様はインスタントの紅茶を気に入って五回もおかわりしてたし。


 若干の微笑ましさと気まずさを感じていたら、チラリとお嬢から目配せが送られる。


 あぁ、これ俺が案内しなきゃいけないパターンだわ。

 同性のリリスの方が適任なんだけど、彼女はネレイア様に地球での学校生活について語っている最中だ。

 一応、事前の打ち合わせでどう対応するのかは決めてあるので、それに則って行動するだけだがなんとも気まずい。


 こっちの気を知ってか知らずか、無情にもお嬢はセリーエ様へ呼び掛ける。


「それでしたらセリーエ様、私の従者を案内に着けますよ。イサヤ、お願いできるかしら?」

「お嬢様のご命令とあれば」

「申し訳ありません……」


 セリーエ様は恥ずかしげに苦笑される。

 普段からリリスや緋月さんと接してなかったら、意識してしまいそうなくらいに可愛い。


 まぁそれ以上に異性をトイレに案内する居たたまれなさの方が強いんだが。

 そんな内心はおくびにも出さず、執事らしくお辞儀をしながら了解した。


 そうしてセリーエ様と傍付きのエルフメイドさんの二人を、中庭から厨房前を通ったところにある一番近いトイレへと案内する。

 使い方の説明は必要ない。

 こういう時のために使用方法を書いた紙を中へ貼っているからだ。


 数分後、用を済ませたセリーエ様を会場へ誘導していく途中の時だった。


「──えっとイサヤさん……で、よろしいでしょうか?」

「な、なんでしょうか?」


 不意に後ろに続いていたセリーエ様から声を掛けられたのだ。

 まさか話し掛けられると思わず、少し驚いてしまうが平静に努める。

 立ち止まって振り返ると、柔らかな笑みを讃えるセリーエ様と目が合う。


 緊張が湧き上がって来るが、落ち着けと鼓舞しながら目を逸らすことなく真っ直ぐ見つめる。


「見たところイサヤさんは地球人ですよね?」

「そう、ですが……」

「でしたらお尋ねしたいことがあります」

「自分に答えられることなら、なんなりと」

「良かったです……そのぉ、先程の紅茶の『いんすたんと』はどちらに行けば手に入るのでしょうか?」

「気に入って頂けて何よりです。例の品は──」


 なんとも可愛らしい問いを微笑ましく思いながら、淀みなく返答していく。

 実はお茶会の後で紅茶パックを配るサプライズがある。

 比較的治安の良い日本といえど、異世界のご令嬢を歩かせる訳にいかないというシルディニア様の配慮だ。


 今回のお茶会に参加した令嬢達から、他の貴族へと日本の製品を喧伝して貰う。

 小狡い話だが地球側から無理に勧めるよりは触れて貰いやすい。


 詰まることなく質問に答えられたのは、セリーエ様がお嬢と同じく権力を笠に着ないタイプだからだろうか。

 エルフなのもあって気品はハンパないけど、威圧感が無いから変に肩肘張らなくて楽だ。

 もちろん、お嬢と接するような気安い態度を取ったりしない。


 失言しないように意識しながら再び厨房前を通り掛かろうとした瞬間だった。


「きゃっ!?」

「セリーエ様!?」


 後ろから聞こえた悲鳴の方へ振り返ると、セリーエ様が尻もちを着いていた。

 原因は不運にも彼女が通っている最中に厨房の扉が開いたことだと悟る。

 その扉を開けたのは……緋月さんだ。


 ジャジムさんの手伝いで忙しかったのか、緋月さんは紅の瞳を見開いて茫然と立ち尽くしていた。

 らしくないミス……だがすぐにフォローしようと思考を切り替えようとしたら、ふとあることに気付く。


 セリーエ様が立ち上がる素振りを見せないまま、ジッと緋月さんを見つめているのだ。

 付き人のメイドさんも同じく硬直している。

 そう認識したのも束の間、二人はたちまち顔色を青ざめさせていって──。



「きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」

「っ!」


 セリーエ様の大きな悲鳴が屋敷中に響いた。

 傍にいた俺は唐突な大声に堪らず顔を顰めてしまう。

 でもそれ以上に、緋月さんの姿を見ただけで叫んだという状況に困惑を隠せない。


 事態を飲み込めていないでいる内に、エルフメイドさんがセリーエ様を庇うようの抱き寄せる。

 メイドさんは焦燥を露わに俺へ視線を向けながら口を開く。


「キミも早く離れて!」

「え、いやなんで──」

「なんでって、その銀髪と紅の目を見れば分かるでしょ!?」

「だから何のことだよ!」


 ただでさえ状況が呑み込めていないのに、畳み掛けるように訳の分からない怒号を飛ばされる。


 銀髪と紅色の瞳で何が分かるんだよ?

 なんでメイドさんは敵意と恐怖が綯い交ぜになった眼差しで緋月さんを睨む?

 どうしてセリーエ様は真っ青な顔色で全身を震わせている?


 何より分からないのは、緋月さん自身の態度だ。

 なんでそんな、黙ったままなんだよ……。


 戸惑いから思考が追い付かないまま、メイドさんは緋月さんから目を逸らさないまま続けた。


「信じられない! どうしてここに半吸血鬼ヴァンピールがいるのよ!!」

「──は?」


 メイドさんの口から発せられた名称が耳に入った途端、脳裏を支配していたノイズが塵すら残らずに霧散した。

 生まれた空白を埋めるように、新たな疑問が浮かび上がる。


「ヴァンピール?」


 どういうことだ?

 緋月さんは吸血鬼のはずだろ?

 それが間違いないのは、今まで受けた吸血が証明している。


 なのに……当の緋月さんは否定せず顔を俯かせたままだ。


「い、イサヤさんは地球人だから知らなくても無理もありません」

「セリーエ様?」

「ヴァ、半吸血鬼ヴァンピールは魔王によってのことを指しています。故に異世界では『魔王の使徒』とも呼ばれ、恐れられているんです……」

「魔王の、使徒って……」


 依然として怯えているセリーエ様から詳細を訊かされたのに、緋月さんがそんな存在だなんて信じられなかった。


 だって魔王は三十年以上も前に倒されている。

 緋月さんは俺と同い年なのだから、魔王が彼女を吸血鬼にすることなんて出来ない。

 仮に年齢を詐称したって、お嬢やシルディニア様が看破しているはずだ。


「わ、私は──」

「何も喋るな、この化け物が!!」

「っ!」


 緋月さんが何か言おうとするより先にメイドが罵声で以て遮る。

 ただ顔を合わせただけで暴言をぶつけられた緋月さんは、悲痛な面持ちで口を噤んでしまう。

 彼女が目を伏せた一瞬、目尻にうっすらとだけ涙が滲んでいるのが見えた。


 確かに緋月さんは傷付いたんだと思った時には、俺の中で渦巻いていた何もかもがどうでもよくなった。

 もしかしたら気のせいなのかもしれないし、後になって余計なお世話だと言われてもおかしくない。


 それでも……この場で緋月さんの味方をすることに一切の迷いは無かった。


 無言のまま彼女を守るように立ち塞がると、メイドはキッと射貫くように俺を睨み付ける。 

「何をしてるの? まさか操られた!?」

「正気だよ。少なくとも同僚に暴言を吐くアンタから庇うくらいにはな」

「なによそれ……」


 庇った理由を臆することなく答えるが、メイドは理解出来ないという面持ちを浮かべる。

 別に納得して貰うつもりなんてないから気にしない。


「同僚って、ソイツは半吸血鬼よ? 魔王の使徒は存在しちゃ──」

「そのヴァンピールとかで緋月さんを呼ぶな。魔王の使徒だかなんだか知らないけど、そんな奴らと一緒にするなよ」

「っ」


 なおも吐き出されようとした暴言を怒気が乗った声で遮る。

 制止されると思っていなかったらしいメイドが言葉を詰まらせ、怯えたままのセリーエ様と顔を俯かせていた緋月さんも反応していた。


 そんな彼女達に構わず、俺は奔る感情のまま続ける。


「アンタは彼女が人に危害を加えたところを見たことあんのか?」

「それは……」

「無いだろ? なのに髪と目が同じだからってだけで勝手に化け物扱いして……そっちの方がよっぽど化け物だろ」

「っ、何も知らないクセに偉そうなこと言わないで!」

「ぐ……っ」


 何かの琴線に触れたのか、激昂したメイドに頬をはたかれる。

 叩かれて視界がブレたものの、エルフの膂力だと痛くはないがちょっとだけ唇を切ってしまった。


 知らないクセに、か。


「……確かに俺は何も知らないし、むしろ知らないことばっかだ。でもな、これだけは絶対に自信を持って言える」


 魔王の使徒と呼ばれていた頃の半吸血鬼ヴァンピールがどんな被害を与えたのか、もしかするとこの人やセリーエ様はエルフだから当事者なのかもしれない。

 だからこんなにも怯えているんだろうが、俺にとってはそんなの知ったことじゃないんだ。


 お嬢に買われてからエサになって半月以上の間、俺なりに緋月さんのことを知って来た。

 無愛想な上に人間不信で素っ気ない、指導は厳しいし毒舌だって絶えない。

 けれども仕事は丁寧で教えるのも上手いし、たまに分かり辛い優しさが見え隠れする時だってある。


「俺が知ってる緋月サクラって女の子は、好き好んで人を傷付けるような怪物なんかじゃない。そうじゃなかったら、お嬢やシルディニア様がメイドとして雇ったり、家族みたいな親愛を寄せたりするはずないからな」


 そんな彼女が化け物呼ばわりされてる……だったら助けたいって思うのには十分だろ。

 自信満々に答えた俺が異様に映っているのか、メイドは立ち尽くしたまま閉口する。 


 暫しの静寂に包まれた中、その空気は唐突に割られた。



「──何をしているのですか?」

「!」



 不意に割って入った声に、俺以外の三人が咄嗟に顔を向ける。


 そこにはさっきのセリーエ様の悲鳴を聞いて駆け付けて来た、お嬢が明確な怒りを露わにして佇んでいた。


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