ワールドギャップ的おもてなし



 ついにお茶会の日がやってきた。

 この日のために屋敷の皆が入念な準備を重ねて来たのだ。

 絶対に失敗は出来ない。


 緊張でやっと着慣れてきた燕尾服が鎧みたいに重く感じるが、マナー指導で散々しごかれた末に習得したポーカーフェイスで以て平静を装う。


 エントランスで待機している内に、スカーレット公爵家の地球邸へ異世界から招いた四人のご令嬢が到着した。


 まずはマージェリン子爵家のルエラ様と、ステラリオ男爵家のアーシャ様。

 二人の種族は人間で、年齢は揃って十五歳だと資料に書いてあった。


 次にお嬢と同じ吸血鬼であるグルヴィス伯爵家のネレイア様は、十六歳ながら大人びた容姿は同年代とは思えない気品に満ちている。

 一瞬だけ俺にチラッと目を向けたが、すぐに興味を失くしたのか視線は前へ戻った。

 お嬢の奴隷だと気付いたか、普通に血が不味そうだと思われたのかは分からないものの、懸念していたようなことは起こらなさそうだ。


 最後にやって来たのはフェネーシェス侯爵家のセリーエ様。

 明るい金髪とエメラルドみたいな瞳というエルフらしい美貌の持ち主で、年齢は百十八歳だが人間年齢に換算すると十八歳になるんだとか。


 全員が見るからに高そうなドレスを着ていて、傍仕えだろう執事やメイドに警護されながら俺とリリスの案内に続く。

 中庭に用意したテーブル席には、主催者であるお嬢とシルディニア様が既に腰掛けていた。

 来客の姿を見たお嬢は、無駄のない所作で席を立ってたおやかに微笑む。


「──ごきげんよう、皆様。本日はお茶会のために、異世界から地球へはるばると足を運んで頂き感謝します。この日のために用意した茶菓子と歓談を交えながら歓迎しますわ」

「こ、こちらこそ、高名なスカーレット公爵家のお茶会にお招き頂き、大変光栄でございます!」


 お嬢の挨拶に侯爵令嬢であるセリーエ様が、やや緊張した様子で恭しくカーテシーを披露しながら返す。

 他の令嬢達も続けてカーテシーを見せるも、その表情は同じくどこか強張っている。


 正直に言えば普段からお嬢と接しているはずの俺も驚きを隠せない。

 貴族として振る舞う姿は、この場で最年少だと思えない程の令嬢然とした優雅さがあった。

 前に猫を被ってるだけだとは聞いたけど、これだけ高貴な佇まいを知ったらそんな風には見えない。


 公爵令嬢という身分以上にお嬢自身の才媛があってこそ、異世界の人達から畏敬の念を懐かれるんだろう。


 そうして挨拶も程々にお嬢が『どうぞ』と声を掛けたのを機に、俺とリリスは令嬢達を席へと誘導する。


 さて、ここからが緋月さん仕込みのマナーを披露する時だ。


 ・円形のトレーに載せたカップやティーポットを音を立てずにテーブルに置く。

 ・カップは相手の利き手に取っ手が向くように置く。(もちろん、音を立てないように)

 ・飲み物を注ぐ時はティーポットの蓋を押さえず片手で行うこと。


 単に飲み物を提供するだけでもかなり意識することが多いが、全てはお客様に気持ちよく召し上がって頂くために必要な行程だ。

 強いて予想外な点を挙げるなら、公爵家のお茶会という雰囲気から令嬢達が緊張しているおかげで、思っていたよりも余裕を持って行えたことだろうか。

 自分以外の人が緊張したり怖がっていると、却って冷静でいられる心理性が働いた結果なのかもしれない。


 何はともあれ最初の難関をミス無く越えられて、ホッと胸を撫で下ろす。

 それでも露骨に息を吐いたりしないよう、気を抜かず内心に留めておく。


 そんな一喜一憂に関わらず、お嬢が紅茶を飲んでから令嬢達は注がれた飲み物に口を付けていく。


「この紅茶、とても美味しいですわ」

「飲みやすい温度で、香りも良いだなんて……」

「後味もスッキリしていて、なんだか落ち着きます」

「どんな茶葉をお使いになられたのでしょうか?」


 紅茶を味わった令嬢達は、緊張を吹き飛して口々に感想を述べる。

 四人の表情から好感触なのは明らかで、自分が淹れた訳でも無いのに頬が緩みそうだ。


 お嬢も内心では同じ気持ちなのか、クスクスと優美に笑う。


「ふふっ、気に入られたようで何よりです。それは地球で売られているインスタントで淹れたモノなんですよ」

「えっ!? これが噂に聞くあの『いんすたんと』なのですか?! ……あ」


 お嬢の種明かしにアーシャ様が愕然とする。

 声を荒げたことに気付いた彼女は、咄嗟に口を押さえながら顔を青ざめさせた。

 瞬間、驚きながらも声を発しなかった三人の令嬢が息を呑む。 


 お茶会の場で大声を出した上に、それでお嬢の言葉を遮ってしまったからだろう。

 マナーを教わった今だからこそ察せられた。


 だがお嬢は気にした素振りを見せず、笑みを崩さないまま話を続ける。


「その通りです。異世界で過ごしていると馴染みが薄いですが、地球では安価で手に入る上に、お湯さえあれば誰でも美味しく淹れられるんですよ」

「こんなに美味しいのに、そんな簡単な方法で味わえるだなんて……!」

「地球の文化は先鋭的ですのね!」


 インスタント品で興奮している令嬢達の反応は、地球人の俺からすると新鮮に映る。

 ジェネレーションギャップならぬ、ワールドギャップといったところか。

 ガラケーが普及した時代の人間にスマホを見せると、まさにこんな感じの反応をみられるのかもしれない。


 なお絶賛されている紅茶は緋月さんが淹れている。

 インスタントといえど、淹れる人次第で美味しさが変わるのは言わずもがな。

 試飲した時に分かったんだけど、彼女の腕は料理長のジャジムさんが認める程だ。

 言ってしまえば詐欺みたいなことになっている。


 とはいえ今回のお茶会の主目的は、異世界のご令嬢達に地球の飲食物を味わって貰うことだ。

 つまり本題を鑑みれば狙い通りなのである。


 無論、用意しているのはインスタントの紅茶だけじゃない。

 ジャジムさん手製、地球素材のお菓子も用意されている。


「紅茶もよろしいですけど、こちらの抹茶シフォンケーキ、バナナのスフレケーキ、イチゴタルトなども召し上がってみて下さいな」

「「「「は、はい!!」」」」


 遠慮は要らないとばかりにケーキを勧めるお嬢に意見など出るはずもなく、むしろ蠱惑的なまでに漂うお菓子の魔力に令嬢達の手が止まらない。

 ただでさえ未体験な地球のお菓子なのに、作り手が公爵家の筆頭料理長であるジャジムさん故に、絶賛の嵐は留まることを知らずに加速するばかりだ。


 事前に学んだことの六割くらいは使わずに終わりそうで、ポーカーフェイスの裏で苦笑しながらも行く末を眺める。

 このままなら穏便に済みそうだ。


 少なくとも、この時の俺はそう確信していた。

 トラブルというのは、万全を期しても起こりうるモノだと忘れたまま……。


 


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