バイト戦士、怒る



 確かにエサとペットって字面で比較したら、エサの方が格下だろうよ。

 でも俺は奴隷でエサだけど、人としての尊厳を捨てたつもりはないからな?


 誰にいうでもなく内心でそう弁明する。

 だが咲葉さんは俺をエサだとハッキリ言ってしまっている。


「キャッハハハハ! コイツ、エサだって!」

「ウケる! そりゃエサとヤる物好きいないわぁ~!」


 なので先輩達から盛大に嘲笑されてしまった。

 童貞であることに加えてエサ扱いなのがツボに入ったらしい。


 当事者としては微塵も笑えねぇんだけど。

 なにこれイジメ?

 いつの間に標的が咲葉さんから俺に変わったの?


「プヒップヒップヒップヒップヒップヒッ!」


 そんでポチの笑い方がいっちばん腹立つ。

 どっかの海賊漫画に出てきそうな笑い方が本気でムカつく。

 分かりたくないけど、コイツの中で俺は格下だと認識されてそうだ。

 コレより、下……納得いかねぇ。


「ポチ! そんな生意気なエサ野郎はさっさとぶちのめしちゃえ!」

「言っとくけどポチは異世界で拾った元B級冒険者よ! ひょろいエサ童貞のアンタじゃ相手にもならないわ!」

「ブヒィ!」


 歯痒い思いをしていると先輩の命令を受けたポチが飛び掛かって来る。


 だというのに俺の思考は全く別の方に向いていた。

 こんなのが元B級冒険者のなれの果てなのかぁ~とか、出来れば一生見たくなかったなぁ~とかそんな方向に。


「辻園くんをバカにしないで! 辻園くんはえっとぉ~、そのぉ~……バイト! 今まで色んなバイトをして生き抜いてきたバイト戦士なんだからぁ~!」


 咲葉さんのフォローの皮を被った追い討ちも気にならない。

 いややっぱ嘘です、思いっきり傷付いてます。


 もっと他にあっただろ、なんだよバイト戦士って。

 戦士って単語が付いてるからって、別に戦闘職としての意味合いは無いからな?

 絶妙に嘘を言ってないのが余計に傷付くし、微塵も攻めの手を緩めない姿勢はもう褒めるしかない。


 まぁ咲葉さんに関してはああいう性格だって受け入れるだけだ。

 俺がどうこう出来る類いじゃないので大人しく諦めよう。


 というかそろそろポチに構った方がいいか。

 元B級冒険者というだけあって思いのほか動きは速い。

 魔法が封じられていない異世界だったら、もっと速く動けていただろう。


 だが……。


「よっ」

「ブヒッ!?」


 掴み掛かろうと振り下ろされた腕を躱す。

 一発で決めるつもりだったのか、ポチは目を丸くして驚いていた。

 そうしてガラ空きになった背中へ右足で回し蹴りを食らわせる。


 バランスを崩してモタついてる隙に左腕を掴んで一気に捻り上げ、膝を着いて蹲る背中を足で押さえた。


「ぐあああッ!!?」


 肩が外れそうな痛みにポチが悲鳴を上げ、身を捩って逃げようとするもビクともしない。

 そんな抵抗で拘束を解かれるほど柔な鍛え方はしてないので当然だ。


 なにはともあれ背後を取った時点で勝負は決まった。


「ぽ、ポチが一瞬で負けた……?」

「嘘でしょ……?」


 三十秒と経たずに決着した事実に茫然としている先輩達へ声を掛ける。


「もう終わったんで帰って良いですか?」

「! クソッ、地球じゃなかったらアンタなんて魅了で片付くのに!」

「お、覚えてなさい! 行くわよ、ポチ」

「ぶひ、ぶひぃ~……」


 小物みたいな負け台詞を吐きながら、先輩達はポチの背中に乗って一目散に去って行った。

 いやさっき肩外し掛けたんだからもっと労ってやれよ……。

 ペットに掛ける情けは無いらしい。


 そんな呆れとも悲哀ともつかない憐れみを感じつつ、呆けた表情を浮かべている咲葉さんの元へ歩み寄る。


「咲葉さん、怪我は無い?」

「ぁ、うん……どこも痛くないよぉ。……その、強いんだねぇ~? どこで習ったのぉ~?」

「バイトで冒険者やってる内に身に付いたんだよ」

「ぼ、冒険者ってバイト扱いで良いのぉ……?」


 俺の返答が信じられないのか、咲葉さんは珍しく困惑していた。

 そんな反応をされても本当なのだから否定しようがない。


 異世界での就業年齢は地球よりも低く、十二歳になれば子供でも働ける。

 その点に目を付けた両親は、勝手に俺を冒険者として登録させたのだ。

 息子を命の危険がある職業に就かせるかってキレたのは覚えている。 


 色んな依頼をこなすために魔法を覚えたり、先輩から戦闘技術を教わったりした日々が懐かしい。

 最初はスライム一匹倒すのも苦労してたなぁ。

 盗賊討伐とかは殺さないように四苦八苦した甲斐あって、仕事でも人殺しをせずに済んでいる。


 そんな訳であれくらいでビビったりはしない。

 それに……。


「異世界人のポチが魔法を使えない戦いに慣れてないのと、ペット生活に甘んじててブランクがあったからどうにかなっただけだよ」

「う~ん、リリが見た感じでも辻園くんなら異世界でも勝てそうだったよぉ~?」

「いや、異世界だったらあの先輩達の魔法で魅了されてたかもしれないし……」

「それならだいじょ~ぶぅ。辻園くんの身体にある奴隷の魔法紋はねぇ~、不当に奴隷が奪われないように催眠と催淫に完全耐性が付与されてるんだよぉ~」

「え、そんな凄いんだコレ……」


 身分に似合わない高性能に驚きを隠せなかった。


 それが本当なら先輩達のさっきの負け台詞は負け惜しみにすらならないのか。

 うわぁ……一気にピエロ感増したなぁ。

 ポチと合わせてなんとも憐れな話だと思わざるを得ない。


「それよりも辻園くん、巻き込んじゃってゴメンねぇ~」

「自分から首を突っ込んだんだから気にしなくていいって。けど、ああいうのって今までもあったのか?」

「うん。リリはパパとママみたいに素敵な夫婦になるのが夢なんだけどぉ~、仲間や人間からもサキュバスなのにそれは変だって結構言われてるのぉ~」

「なるほど……」

「慣れてるけどぉ……流石にちょっと疲れたかなぁ~」


 相変わらす緩やかな口調だが、咲葉さんの表情はどこか重い。

 懐いた憧れを周囲から変だと言われ続けたら、間違っているような気持ちになってしまう。

 言われ慣れてるからって、なんとも思わない訳じゃないんだ。


 俺も吸精された時に誤解したように、サキュバスと聞けば大半の人が性的なイメージを浮かべる。

 にも関わらず普遍的な夫婦の姿に憧れる咲葉さんは、多数の男を相手取る淫魔という印象に反して異端に映るだろう。


「サキュバスだから普通の恋をしちゃダメならぁ、リリはサキュバスじゃない方が良かったのかなぁって。思いたくないのに、つい思っちゃうんだぁ……」


 そう苦笑いする咲葉さんの面持ちはとても暗い。

 ただでさえ夢を否定されている上に、種族性に対する偏見が重なっているせいで卑屈になりかけていた。

 そんな彼女の様子を見ていると、どうにも胸の奥がざわつく。


 なんとなく、咲葉さんには暗い顔をして欲しくないと感じて……。


「咲葉さんがそうありたいって思うなら何も間違ってないだろ」

「え?」


 気付けば、身勝手な憤りが零れた。


 唐突に投げ掛けられた言葉に彼女は目を丸くして呆ける。

 それでも構わず駆られた気持ちのまま口を開く。


「そりゃ確かにサキュバスっていえばエロいイメージがあるよ。でも咲葉さんはサキュバス以前に人間と変わらない心を持ってる女の子だ。そんな簡単なことも分からない奴らなんか無視した方が良いに決まってる」

「……怒ってる?」

「あぁ、めちゃくちゃムカついてる。中学でクラスメイトの財布が無くなった事件があった時、貧乏だからって理由で俺が犯人扱いされた時くらい腹が立ってるよ」


 クラスで唯一庇ってくれたのは白馬はくまだけで、担任すら疑うような最悪な状況だった。

 事件そのものは持ち主が財布を学ランの内ポケットに入っていたが判明して、疑って悪かったと謝罪を受けたことで決着している。

 けれど……貧乏だから犯人だと決め付けられたショックは消えなかった。


 彼女とはベクトルは違うけれど、俺も偏見に曝されたことがあったから腹が立ってるんだ。

 貧乏ってだけで無意味に見下されたことなんて数え切れないくらいある。

 生きるためだって分かってても、皆が遊んでる間に働かなきゃいけない現実を何度も呪った。


 でも現状に嘆いてるだけじゃ一生そのままだ。

 生まれや環境は選べなくても、生き方なら選べる。

 だから……。


「偏見なんて勝手なイメージに合わせる必要なんてないんだよ。咲葉さん自身が選んだことなら、それがサキュバスらしくなくたって全然良い。少なくとも俺はそう思ってる」

「辻園くん……」


 咲葉さんは紫の瞳を少しだけ潤わせる。

 程なくして冷静になった瞬間、形容できない羞恥心が湧き上がってきてしまう。


「ゴメン、好き勝手言い過ぎた……」


 勢いでやらかした恥ずかしさで赤くなった顔を手で隠しつつ謝る。

 我ながら実に締まりないが、これ以上恥を上塗りするよりはマシだろう。


 そんな俺の様子を見ていた咲葉さんが小さく噴き出す。

 うわぁ笑われてる……。

 無情な追い討ちに泣きそうになっている内に彼女から『辻園くん』と呼び掛けられた。


 顔を合わせた咲葉さんの表情はいつものにこやかな笑みだ。

 クスクスと笑いながら彼女が口を開く。


「童貞臭いし最後は締まらなかったけどぉ……ありがと、嬉しいよぉ」

「……素直に受け取ってくれたらこっちも喜べたんだけどなぁ~」


 さらにトドメを刺す必要ないだろうと呆れから肩を落とす。

 少しは手心加えてくれたっていいんだぞ?


 ……まぁでも、本調子に戻ったと思えばいいか。


 ひとまず今は彼女が立ち直ってくれたことに胸を撫で下ろすのだった……。 


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